表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
138/290

第125話  散りゆく華1

 芹沢隊や新見隊の多くが、商家の別荘で、宴会を開き、楽しんでいたのである。

 いつもと、変わらない芹沢たちの行動。

 護衛を担当する隊員以外、帰っていた。


 残っているのは、芹沢や新見や、彼らを護衛している隊員、小梅、新見や部下たちが、遊ぶ男や女たち、世話をする下男、下女たちだけだった。

 四十人近くの人間が、別荘に残っている状況だ。


 芹沢たちが、滞在している別荘の周囲に、他の別荘がない。

 距離が離れたところに、別荘が、いくつか、点在していたのだった。

 閑散としているところに、別荘があったのである。


 定期的に、当番の隊員たちが、別荘の周りを回っていた。

 酒のせいもあり、見回りの足が、覚束ない。

 酒の臭いも、漂わせていたのだ。

 二人の隊員たちは、眠そうに、瞬きを繰り返している。




 気づかれないように、ある程度の距離を開け、招集されたメンバーが、芹沢たちが滞在している別荘を、グルリと取り囲んでいた。

 芹沢たちを、探っている者たちも、すでに仕留めていたのだった。


 土方の脇には、斉藤と近藤がいる。

 月明かりも少ない。

 視界を確保するにも、厳しい状況だ。


「配置には、付いているな」

「はい」

 表情を変えることなく、淡々と、状況を確認する近藤。

 その眼光は、ずっと、芹沢がいる別荘に、向けたままだ。


「近藤隊長」

 気遣う眼差しを、土方が巡らす。

 視線が、別荘から、土方に傾けられた。

 近藤の顔は、小さく口角が、上がっていたのだった。

「大丈夫だ。心配しなくても」


 その言葉を、素直に、鵜呑みにできない。

 何とも言えぬ顔に、土方がなっていた。

 さらに、近藤が苦笑してしまう。


「随分と、警護している者たちは、油断しています」

 無表情のままで、斉藤が現状を述べた。

 重い雰囲気になりつつあるところに、斉藤が割り込んでくれ、近藤も、土方も、僅かに胸を撫で下ろしていたのだ。


「そうだな」

「随分と、お金を巻き上げたのかも、しれません」

 平静な斉藤の意見。

 土方の眉間に、しわができ上がっている。

 土方の下に、商家から、金を巻き上げたと言う情報が、入っていなかった。


(一体、どこから、金を巻き上げたんだ……)


 訝しげているのは、近藤も、同じだった。

 けれど、すぐに、表情を戻したのである。

「もう、関係ないことだ」

「そうですね」

 微妙な形相で、土方が同意したのだ。

 そして、斉藤が、コクリと頷いたのだった。


「予定通りに、動く」

「「わかりました」」

「トシ。後は頼む」

 渋面している土方から、表情一つ変えない斉藤に、双眸を巡らせた。

 真剣な眼差しだ。

「無茶をさせるが、斉藤も、頼む」


「ご存分に、芹沢隊長と戦ってください。そして、勝つことを願っています」

「……ありがとう」

 二人に背を向け、近藤が、闇夜に消えていった。

 その背中は、堂々としていたのだ。

 土方と斉藤が、無言のまま、見つめている。




 山南、尾形、安富、有間が揃っていた。

 当初、土方が立てた計画は、四つのグループを、考えていたのである。

 だが、近藤の無茶な願いで、三つのグループにし直したのだった。


 見慣れない顔触れ。

 一番、戸惑っていたのは、山南だ。

 小さく、嘆息を吐いた。


 他の三人が、苦笑していたのである。

「山南班長。時間が、まだ、あります。有間と共に、周囲を窺ってきましょうか?」

 安富が、自分たちが、席を外す旨の提案を持ち出した。

 落ち着かない山南を、ちらりと、尾形が窺っている。

 そう、なさいますか?と。


 僅かな思考を、山南が巡らせた。

 そして、首を横に振って、断ったのだった。

「気遣いは、無用だ。悪かったな」

「「いいえ」」


 冷静な双眸で、三人を捉えたまま、尾形が口を開いた。

 このまま、この話題を続けても、互いに気まずいと、話題をすり替えたのである。

「……どうしますか? 突入の際は、どのようにしますか?」

「そうだな……」

 逡巡している山南。


 眼光は、安富と有間の顔を窺っている。

 大まかな実力しか、把握していない。


(斉藤や、島田のサブとして、ついている二人だ。だが、今回は、芹沢隊や、新見隊の精鋭が揃っているところに、入るからな……。二人を、預かっている以上は、生きたまま、二人の下へ、返したからな)


 このグループ分けがされた際、斉藤や島田からは、好きに使ってくれて、構わないと言われていたのだった。

 だからと言って、無茶はさせられないと、抱いていたのだ。


 徐々に、山南の顔が、顰めていく。

 そうした姿に、三人が視線を注いでいた。

 苦労の末、山南が命令を下す。

「……私、有間が左から、安富、尾形が、右から行こう」

「「「わかりました」」




 山南たちとは違い、和やかなに、永倉、藤堂、島田が、所定の位置で、待っていたのである。

「いいのか? 有間は、きっと、苦行だろうな」

「安富もな」

 薄く笑っている永倉の意見に、藤堂が突っ込んだ。

 危機感もなく、ゆったりと、構えている島田も、口角を上げ、笑っている。


「だろうな。山南さんたちと、一緒だからな。だか、しょうがないだろう。副隊長殿のご命令だからな」

 平然と、軽口を、叩いている島田。

 どこか、ホッとしている顔を、覗かせていた。

 誰とでも、上手くやれる自信を持っている島田でさえ、山南とは、あまり組みたくないなと、密かに巡らせていたのだった。


 だから、安富や有間がいってくれて、よかったと、心の奥底で、安堵していたのである。

 けれど、二人に悪いので、表情に出さない。


「でも、意外だったな」

 何気ない永倉の呟きに、藤堂と島田が、視線を傾ける。

「隊長が、芹沢隊長を、撃つことがな」

「……」

「確かにな」


 顔を合わせた際の、近藤の顔を、島田が掠めていた。

 顔に、一切の迷いがなかった。

 なかったと言うよりも、失せていたのだった。


(あまり、いい兆候ではないな。……だが、ここまで、増長してしまうと、ほっとくこともできないからな……。だから、決めたのだろうな)


 不意に、今後の近藤のことが、気になってしょうがない島田だ。

 今まで、どんなことがあろうと、芹沢を庇い続けていた近藤の姿を、過ぎらせていた。

 狂気にも、似ているような気がしていたのである。

 二人の関係を。

 そんな近藤が、芹沢を切り捨てたことに、危惧しかなかったのだった。


「それに、隠し通せるのか?」

 眉間にしわを寄せ、永倉が口にした。


 島田自身も、一抹の不安と、隠すことに、無理があるだろうと抱いていた。

 一時的に、隠すことができるが、調べていくうちに、誰かが気づくはずだった。

 誰が、芹沢や新見を、襲撃したのかを。

 性急過ぎることで、隠蔽が難しいような気がしていたのである。


「……無理だろうな」

「調べれば、私たちに、アリバイがないことは、明白だからな」

「だな」

 藤堂の意見に、永倉が、気軽に返事を返していた。


「ま、バレたら、バレたで、しょうがないんじゃないのか」

 深く思考することを、島田がやめた。

 これを、考えるのは、自分たちではないと。


「バレらた、サノが怒るだろうな。誰よりも、芹沢隊長と、もう一度、やりたがっていたからな」

 部下の井上のことで、芹沢に対し、鬱憤が溜まっていたのだ。

 脳裏に、愚痴を零している原田の姿を、掠めている永倉だった。

「しょうがあるまい。除外されたんだから」

 至って、平坦な藤堂である。


 自分が、選ばれたので、他は、関係ないと巡らせていた。

 その口角が、上がっていたのだ。

 戦闘モードに、入りつつある藤堂。

 呆れた眼差しを、二人が注いでいる。


「「戦闘狂だな」」

 言われても、悪びれる様子がない。

「ただ、残念なのは、芹沢隊長と、もう一度、やりたかったことだ」

「諦めろ」

「そうだ、芹沢隊長のことは、近藤隊長が、相手するって、言うことだからな」


 若干、納得できない顔を、藤堂が滲ませていた。

 ジト目で、永倉が藤堂を見ている。

 永倉自身、芹沢と、相手しなくていいと言われ、どこか、胸を撫で下ろしているところがあったのだ。


(こいつ、自分の獲物が終わったら、芹沢隊長のところへ、行きそうだな。……怒られそうだから、その際は、こいつを止めないとな。ま、十分な人数を、相手にしないといけないし、たぶん、大丈夫だろう)


 三人が担当するところに、それなりに、腕に憶えがある人間が、固まっていたのである。

 そのことを踏まえると、近藤と芹沢の元へ、行く前にすでに、決死が出ている場合があった。


「とにかく、時間まで、英気を養うか」

 小瓶に入った酒を、島田が二人に渡したのだった。

「「ありがたい」」

 三人で、酒を飲み、踏み込む時間まで、潰していたのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ