第125話 散りゆく華1
芹沢隊や新見隊の多くが、商家の別荘で、宴会を開き、楽しんでいたのである。
いつもと、変わらない芹沢たちの行動。
護衛を担当する隊員以外、帰っていた。
残っているのは、芹沢や新見や、彼らを護衛している隊員、小梅、新見や部下たちが、遊ぶ男や女たち、世話をする下男、下女たちだけだった。
四十人近くの人間が、別荘に残っている状況だ。
芹沢たちが、滞在している別荘の周囲に、他の別荘がない。
距離が離れたところに、別荘が、いくつか、点在していたのだった。
閑散としているところに、別荘があったのである。
定期的に、当番の隊員たちが、別荘の周りを回っていた。
酒のせいもあり、見回りの足が、覚束ない。
酒の臭いも、漂わせていたのだ。
二人の隊員たちは、眠そうに、瞬きを繰り返している。
気づかれないように、ある程度の距離を開け、招集されたメンバーが、芹沢たちが滞在している別荘を、グルリと取り囲んでいた。
芹沢たちを、探っている者たちも、すでに仕留めていたのだった。
土方の脇には、斉藤と近藤がいる。
月明かりも少ない。
視界を確保するにも、厳しい状況だ。
「配置には、付いているな」
「はい」
表情を変えることなく、淡々と、状況を確認する近藤。
その眼光は、ずっと、芹沢がいる別荘に、向けたままだ。
「近藤隊長」
気遣う眼差しを、土方が巡らす。
視線が、別荘から、土方に傾けられた。
近藤の顔は、小さく口角が、上がっていたのだった。
「大丈夫だ。心配しなくても」
その言葉を、素直に、鵜呑みにできない。
何とも言えぬ顔に、土方がなっていた。
さらに、近藤が苦笑してしまう。
「随分と、警護している者たちは、油断しています」
無表情のままで、斉藤が現状を述べた。
重い雰囲気になりつつあるところに、斉藤が割り込んでくれ、近藤も、土方も、僅かに胸を撫で下ろしていたのだ。
「そうだな」
「随分と、お金を巻き上げたのかも、しれません」
平静な斉藤の意見。
土方の眉間に、しわができ上がっている。
土方の下に、商家から、金を巻き上げたと言う情報が、入っていなかった。
(一体、どこから、金を巻き上げたんだ……)
訝しげているのは、近藤も、同じだった。
けれど、すぐに、表情を戻したのである。
「もう、関係ないことだ」
「そうですね」
微妙な形相で、土方が同意したのだ。
そして、斉藤が、コクリと頷いたのだった。
「予定通りに、動く」
「「わかりました」」
「トシ。後は頼む」
渋面している土方から、表情一つ変えない斉藤に、双眸を巡らせた。
真剣な眼差しだ。
「無茶をさせるが、斉藤も、頼む」
「ご存分に、芹沢隊長と戦ってください。そして、勝つことを願っています」
「……ありがとう」
二人に背を向け、近藤が、闇夜に消えていった。
その背中は、堂々としていたのだ。
土方と斉藤が、無言のまま、見つめている。
山南、尾形、安富、有間が揃っていた。
当初、土方が立てた計画は、四つのグループを、考えていたのである。
だが、近藤の無茶な願いで、三つのグループにし直したのだった。
見慣れない顔触れ。
一番、戸惑っていたのは、山南だ。
小さく、嘆息を吐いた。
他の三人が、苦笑していたのである。
「山南班長。時間が、まだ、あります。有間と共に、周囲を窺ってきましょうか?」
安富が、自分たちが、席を外す旨の提案を持ち出した。
落ち着かない山南を、ちらりと、尾形が窺っている。
そう、なさいますか?と。
僅かな思考を、山南が巡らせた。
そして、首を横に振って、断ったのだった。
「気遣いは、無用だ。悪かったな」
「「いいえ」」
冷静な双眸で、三人を捉えたまま、尾形が口を開いた。
このまま、この話題を続けても、互いに気まずいと、話題をすり替えたのである。
「……どうしますか? 突入の際は、どのようにしますか?」
「そうだな……」
逡巡している山南。
眼光は、安富と有間の顔を窺っている。
大まかな実力しか、把握していない。
(斉藤や、島田のサブとして、ついている二人だ。だが、今回は、芹沢隊や、新見隊の精鋭が揃っているところに、入るからな……。二人を、預かっている以上は、生きたまま、二人の下へ、返したからな)
このグループ分けがされた際、斉藤や島田からは、好きに使ってくれて、構わないと言われていたのだった。
だからと言って、無茶はさせられないと、抱いていたのだ。
徐々に、山南の顔が、顰めていく。
そうした姿に、三人が視線を注いでいた。
苦労の末、山南が命令を下す。
「……私、有間が左から、安富、尾形が、右から行こう」
「「「わかりました」」
山南たちとは違い、和やかなに、永倉、藤堂、島田が、所定の位置で、待っていたのである。
「いいのか? 有間は、きっと、苦行だろうな」
「安富もな」
薄く笑っている永倉の意見に、藤堂が突っ込んだ。
危機感もなく、ゆったりと、構えている島田も、口角を上げ、笑っている。
「だろうな。山南さんたちと、一緒だからな。だか、しょうがないだろう。副隊長殿のご命令だからな」
平然と、軽口を、叩いている島田。
どこか、ホッとしている顔を、覗かせていた。
誰とでも、上手くやれる自信を持っている島田でさえ、山南とは、あまり組みたくないなと、密かに巡らせていたのだった。
だから、安富や有間がいってくれて、よかったと、心の奥底で、安堵していたのである。
けれど、二人に悪いので、表情に出さない。
「でも、意外だったな」
何気ない永倉の呟きに、藤堂と島田が、視線を傾ける。
「隊長が、芹沢隊長を、撃つことがな」
「……」
「確かにな」
顔を合わせた際の、近藤の顔を、島田が掠めていた。
顔に、一切の迷いがなかった。
なかったと言うよりも、失せていたのだった。
(あまり、いい兆候ではないな。……だが、ここまで、増長してしまうと、ほっとくこともできないからな……。だから、決めたのだろうな)
不意に、今後の近藤のことが、気になってしょうがない島田だ。
今まで、どんなことがあろうと、芹沢を庇い続けていた近藤の姿を、過ぎらせていた。
狂気にも、似ているような気がしていたのである。
二人の関係を。
そんな近藤が、芹沢を切り捨てたことに、危惧しかなかったのだった。
「それに、隠し通せるのか?」
眉間にしわを寄せ、永倉が口にした。
島田自身も、一抹の不安と、隠すことに、無理があるだろうと抱いていた。
一時的に、隠すことができるが、調べていくうちに、誰かが気づくはずだった。
誰が、芹沢や新見を、襲撃したのかを。
性急過ぎることで、隠蔽が難しいような気がしていたのである。
「……無理だろうな」
「調べれば、私たちに、アリバイがないことは、明白だからな」
「だな」
藤堂の意見に、永倉が、気軽に返事を返していた。
「ま、バレたら、バレたで、しょうがないんじゃないのか」
深く思考することを、島田がやめた。
これを、考えるのは、自分たちではないと。
「バレらた、サノが怒るだろうな。誰よりも、芹沢隊長と、もう一度、やりたがっていたからな」
部下の井上のことで、芹沢に対し、鬱憤が溜まっていたのだ。
脳裏に、愚痴を零している原田の姿を、掠めている永倉だった。
「しょうがあるまい。除外されたんだから」
至って、平坦な藤堂である。
自分が、選ばれたので、他は、関係ないと巡らせていた。
その口角が、上がっていたのだ。
戦闘モードに、入りつつある藤堂。
呆れた眼差しを、二人が注いでいる。
「「戦闘狂だな」」
言われても、悪びれる様子がない。
「ただ、残念なのは、芹沢隊長と、もう一度、やりたかったことだ」
「諦めろ」
「そうだ、芹沢隊長のことは、近藤隊長が、相手するって、言うことだからな」
若干、納得できない顔を、藤堂が滲ませていた。
ジト目で、永倉が藤堂を見ている。
永倉自身、芹沢と、相手しなくていいと言われ、どこか、胸を撫で下ろしているところがあったのだ。
(こいつ、自分の獲物が終わったら、芹沢隊長のところへ、行きそうだな。……怒られそうだから、その際は、こいつを止めないとな。ま、十分な人数を、相手にしないといけないし、たぶん、大丈夫だろう)
三人が担当するところに、それなりに、腕に憶えがある人間が、固まっていたのである。
そのことを踏まえると、近藤と芹沢の元へ、行く前にすでに、決死が出ている場合があった。
「とにかく、時間まで、英気を養うか」
小瓶に入った酒を、島田が二人に渡したのだった。
「「ありがたい」」
三人で、酒を飲み、踏み込む時間まで、潰していたのである。
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