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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第124話  ひと時の静寂3

 招集されたメンバーを残し、近藤が休憩している部屋に、土方が向かっていた。

 何人もの人と、すれ違っている。

 眉間には、しっかりと、しわがあった。

 いつもの、土方の表情だった。


 だから、誰も、気づかない。

 かなり、動揺していることに。

 誰にも知られず、土方が、小さく嘆息を漏らしていた。




 近藤は、休憩室を使わず、無人の会議室の長ソファで、身体を休めていたのである。

 僅かな仮眠を、取っただけだ。


 事前に、土方が用意しておいた軽食に、手をつけていた。

 用意してあった量の半分が、なくなっている。

 そして、ソファに腰掛け、静かに、瞑想に入っていたのだ。


 入室した途端、横になっていない姿に、土方が、怪訝そうな顔になってしまう。

「……大丈夫だ。少し眠った」

 小さく、笑っている近藤だ。


 チラリと、軽食が半分になっていることに、僅かに安堵し、胸を撫で下ろしていた。

 このところ、まともに、食事していないことを、察していたのである。

 だから、少しでも軽食を、食べて貰おうと、用意しておいたのだ。


 よく、近藤の顔色を窺うと、幾分、血色が戻っている。

 招集したメンバーに、近藤が休んでいる間に、詳細を詰めたことを報告した。

 自分を気遣ってくれる姿に感謝しつつ、内容の説明を求めるのだった。

 段取りを、話していく。

 それを、何も言わず、最後まで、近藤が聞いていたのだ。


「……さすがだ」

「ありがとうございます」

 軽く、頭を下げる土方だ。

 そんな姿に、少しばかり、申し訳なさそうな形相を覗かせてしまう。

「何か、不手際でも?」


「いや。何の問題もない」

 まっすぐに、土方の双眸が、近藤に注がれたままだ。

「私の我がままだ。悪いが、芹沢隊長は、私一人で、対峙したい。私一人で、直接、芹沢隊長の元へ、向かう。後は、すべて、トシたちに、任せてしまうことに、なってしまうが……」


 重苦しい静寂が、二人の間で流れていった。

 変更内容に、土方が、眉を潜めていたのだ。

 意志を覆すのは、困難な眼差し。

 土方の計画では、ある程度人数を減らした後、土方と斉藤が、強敵でも芹沢と、対峙することになっていたのである。


 近藤の言葉に、素直に、従うことができない。

 とても、危険で、無謀としか、思えなかったからだ。

 剣豪で、土方たちにとっても、大きな存在でもある芹沢。

 近藤一人で、いかせる訳にはいかない。


「……無茶です」

「これだけは、譲れない」

「隊長!」

「すまん、トシ」


 苦笑いしか、できない。

 決意した時から、決めていたことだった。

 自分一人で、芹沢に対峙すると。


「……死ぬつもりですか」

「……まさか。最初から、死ぬつもりで、行くつもりはない。私だって、むざむざ芹沢隊長に、やられるつもりは、ないよ」

 小さな声。

 だが、意志の固さだけは、感じられた。


「ですが……」

 まだ、納得できない土方。

 まっすぐに、何を考えているのか、わからない近藤を捉えている。

 注いでも、真意が掴めない。

 どうするかと、土方の双眸が揺れている。


「大丈夫だ」

 不意に、近藤が、遠くへ視線を巡らせた。

 ただ、黙って、見つめているだけだった。

「……私は、芹沢隊長の元で、しごかれた。芹沢隊長の動きは、ある程度、予測できる」


 まだ、眉間に、しわを寄せている土方だ。

「……芹沢隊長の凄さは、誰よりも、知っている」

「……」

「悪いが、これだけは、通して貰う」

「……何か、秘策があるんですか?」

 窺うような土方の眼差し。


「秘策か……。全身全霊で、私のすべてをかけて、戦うつもりだ」

「……」

「だから、芹沢隊長に、集中させてほしい」

「……」

「後、できるだけ、私たちのところには、誰も、越させないようにしてくれ」

「……」

「頼む、トシ」


 苦々しい表情しか、できない。

 難しい願いであることは、近藤自身、理解していた。

 けれど、どうしても、譲れなかったのである。

 これだけは。


「……わかりました。少し、計画を練り直します」

 苦虫を潰したかのような土方だ。

 近藤の言葉は、土方の中で、絶対だった。


「ありがとう」

 ようやく安堵の表情を、近藤が滲ませた。

「たぶん、芹沢隊長は、小梅と一緒です。小梅は、どうしますか?」

「私の方で、最初に処理する」


 それも、決めていたことだった。

 一切の躊躇いもない。

 何もかも、自分の手で、処理することに。


「その隙に……」

 ただ、近藤が、首を横に振っている。


(芹沢班長は、そんなことをしない)


 変えられそうもない意志に、ただ、ただ、土方が嘆息を零していた。

「……わかりました。芹沢隊長と小梅は、よろしくお願いします」

「ああ」

 渋い顔のまま、顔を上げた。


 何か、言いたげな口。

 だが、キツく、結ばれている。


「皆にも、軽食を食べさせてくれ。腹がすいても、戦えないからな」

「……わかりました」

 厳しい表情で、土方が部屋から出て行った。




 部屋から消え、近藤が瞳を閉じた。

 そして、見開いた際、瞳の色が、深紅に変化している。


「……私は、勝つ……」

 もう一度、瞳を閉じ、開いた時には、元の色に戻っていたのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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