第123話 ひと時の静寂2
近藤によって、指名されたメンバーが招集され、密かに、会議室に集まっていた。
けれど、そこに近藤の姿がない。
ギリギリまで、休めさせようと、あえて知らせなかったのである。
迅速に、集められたメンバー。
それぞれに、眉を潜めていたのだ。
下された命令に。
「本当に、小栗指揮官が、下されたのか?」
重い空気を破ったのは、難しい顔を滲ませている山南だった。
何度、進言しても、庇い立てをする二人が、ここに来て、容易く、芹沢と新見を切ることが、信じられなかったからである。
「勿論だ」
「何で、今更」
「知る必要も、ないと思いますが? 私たちは、下された命令に従う。ただ、それだけではないですか?」
平然としている土方を、半眼している。
バチバチと火花散らす、二人のやり取り。
永倉や島田が、首を竦めていた。
他のメンバーは、見て見ぬ振りをしていたのだ。
「ところで。本当に、いいのか?」
土方と山南の睨み合いに、飄々と、島田が入り込んだ。
埒が明かず、時間だけが、無駄に過ぎていくのを、嫌ってのことだった。
「……大丈夫だ」
僅かに、間があった土方。
少し違和感を、島田が生じさせている。
けれど、喋りそうもない態度に、聞くのを断念させた。
「……それなら、いいが。随分と、決行するメンバーが、足りたいと思うが? そこは、どうなっているんだ?」
もう一度、顔触れを、島田が巡らせる。
どう考えても、不足していたのだ。
腕に、自信のある者を抱えている、芹沢隊や新見隊を踏まえると。
戦力的に、二つの隊に比べ、近藤隊は、劣っていたのである。
二つの隊は、実力的に揃っている者が、多かったのだった。
「隊長が、指名したメンバーは、お前たちだけだ。他は、除外された」
少し、訝しげに、土方が口にした。
そうした仕草で、土方自身が納得していないことを、島田が察していた。
そのまま、土方の言葉に、従うつもりはない。
「何で? 原田や沖田は、確実に、使えるだろう? それに、山崎や毛利だって、ある程度は使えるぞ」
いてほしいと言うメンバーを、口に出していった。
同席している者たちも、島田の意見に、大筋で同意している。
「あまり、知られたく、ないらしい」
「だからと言って、少な過ぎるだろう」
怪訝そうに、島田がメンバーたちの顔を、窺っている。
島田の意見に、多くの者たちが、頷いていた。
「確実に、原田と沖田は、必要だ」
何事においても、あまり物怖じしない永倉が、参入してきた。
十分過ぎるほど、一緒に、戦ってきた仲間だけあり、二人の腕前を、熟知していたのである。だから、必ず必要な者たちだと、訴えていたのだった。
冷静に分析しても、この人数では、足りなかったのである。
「……」
土方も、そう抱く節もあるので、何とも言えない。
(言われなくっても、わかっている……)
「……理由は、説明した」
苦しげな土方だ。
「納得できない。副隊長は、それで、納得したのか?」
自分たちの命にもかかわるので、島田も、簡単に引き下がらない。
命を落とす危険性が、非常に、高かったのだ。
「……承知しただけだ」
「確かに。サノは、表情に、出るかも知れない。けれど、芹沢隊や、新見隊の精鋭の顔触れを考えると、絶対に、入れるべきだ」
永倉の意見に、頷きたくも、できない。
ぐっと、堪えるしかない土方だった。
頷きはしないものの、永倉の意見に、誰も賛同していた。
「沖田は、逸材だ。沖田を、入れるだけで、もう少し、やり易くなる」
藤堂の意見に、山南まで同意していた。
意見が、合うことがない永倉や、山南たちが、意見を合わせている。
とても、珍しい光景でもあったのだ。
(俺だって、こんな大きな仕事に、ソージをはずしたくない。けれど……、近藤隊長の命令だ。実行しなくては、ならない)
徐に、好き勝手に、意見を言い合っている、部下たちに対し、キツく、口を結んでいる。
「斉藤班長としては、どう思っているんだ?」
表情を崩さない斉藤を、山南が窺いながら、意見を求めてきた。
求められても、表情が変わらない。
何を考えているのか、不明だ。
「確かに。二人が入れば、危険度が、下がるだろうな。それに、沖田が、加わるだけで、もう少し、メンバーを減らされても、大丈夫な気がするが」
チラリと、斉藤が黙っている土方に、視線を巡らした。
土方の眉間のしわが濃い。
「……そうだな。沖田が入れば、もっと、少数でもいけるかもな」
「それでも、このメンバーなのか?」
「ああ」
「なら、仕方ない」
あっさりと、斉藤が引っ込んだ。
そんな斉藤の姿に、山南が、眉を潜めている。
その隣では、気遣う眼差しを、尾形が送っていた。
引っ込んだ姿に、やれやれと抱きつつ、島田が、まだ、斉藤に双眸を傾けたままだ。
「斉藤。それでいいのか? かなり、キツいと思うのだが? その辺は、どう考えているんだ?」
「命令なら、従うべきだろう。どんな大変な命令だろうとも」
無茶な命令に、あっさりと従う姿勢に、島田が呆れ気味だ。
「自分たちの、命がかかっているんだぞ?」
「それでもだと、私は考えている。それに、いつも以上に、油断なく、動き回れば、いいだろう」
簡単なことだと、言いたげな斉藤の姿。
ますます、斉藤と言う人物像が、掴めない面々だった。
「……言ってくれるな」
「俺たちが、サボっているようじゃないか?」
微かに、永倉が、眼光を眇めている。
ピリピリとした空気が、漂っていた。
「……決定しているものを、諍っても、覆せないだろう? だったら、いつも以上に、死ぬ気で戦えばいい」
口角を上げている藤堂。
アドレナリンが、すでに高揚し始めている姿に、永倉や島田が、首を竦めていたのだ。
すでに、戦闘モードな姿に、山南と尾形が辟易している。
「……まだ、早い。その時まで、取っておけ」
眉間にしわを寄せつつ、土方が藤堂を窘めたのだった。
「承知した」
「とにかく、決定実行だ。そして、このことは、一生、誰にも喋ることは、許されない。仮に、喋った者がいれば、私が、始末する」
「随分と、物騒だな」
有無を言わせないやり口に、永倉が反発した。
藤堂や山南も、微かに、顔を歪めている。
「内容が、内容だけに、知られる訳にはいかない。だから、ここで拒否すれば、私がこの手で……」
「強制参加かよ」
「そうだ」
これ見よがしに、永倉が盛大な溜息を漏らした。
「やるしかないのか……」
遠い目をする永倉。
「諦めろ」
小さく、笑っている島田だった。
この後、土方によって、それぞれの持ち場などが、提示された。
時間がない中で、土方は、詳細に調べ上げていたのである。
何かと、面倒をかける芹沢たちを、探っていたことも、功を奏していたのだった。
証拠となるものを、残さぬためにも、地図も渡さない。
すべてを、頭に叩き込めと、命じたのだった。
「……一つ、大きな不満がある」
「何だ、カイ」
「下男や、下女も、やることはないだろう」
「言っただろう、証拠は残さぬと」
まっすぐに眼光が、渋面している島田を捉えている。
島田も、土方を見据えていた。
「だが、関係ないだろう、芹沢隊や、新見隊には」
もっともな島田の意見だった。
上の者に命じられ、下働きとして、働いている者たちに過ぎない。
だから、そうした者まで、手に掛けることに、些か納得できなかった。
「だが、私たちを、見られた以上は、すべて、殺す。それが命令だ」
「事前に、逃がすことだって、可能なはずだ」
「芹沢隊や、新見隊に、気づかれたら、どうする?」
「日を改めれば、いいだろう」
「ダメだ。いた者は、すべて、息の根を止める」
確固たる意志を、込めた双眸。
肩の力を抜き、島田が軽く息を吐いた。
「……わかった」
「なら、時間まで、ここで待機だ」
「マジでかよ。酒を飲む時間も、くれないのかよ」
缶詰にされることに、永倉が納得できない顔を滲ませていた。
ギロリと、土方が威圧する双眸を、注いでいる。
「当たり前だ。感づかれる訳には、いかないからな」
不愉快な顔を前面に出し、永倉が椅子に背中を預ける。
睨まれて、萎縮する性格ではない。
「いやな、仕事だな」
これ以上の反発がないと抱き、土方が会議室から、出て行ったのだった。
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