表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
135/290

第122話  ひと時の静寂1

 待機部屋に戻った近藤は、土方を呼び寄せ、打ち合わせなどで、使用している会議室に訪れていたのである。

 会議室には、二人しかいない。

 室内は、重苦しい雰囲気が漂っていた。

 話があると、呼び出したにもかかわらず、話を切り出さないからだ。


 上司である近藤が、口を開かないので、決して土方は、口を開かない。

 ひたすら、喋り出すのを、待っていたのである。

 こうしている間にも、仕事は溜まっていった。

 けれど、そうしたことも、土方は口にせず、沈黙を通していたのだ。


 十分以上の静寂が、流れていく。

 ようやく、伏せていた瞳を開け、無表情で待機していた土方に、視線を合わしたのだった。

「……小栗指揮官から、命令が下された」

「はい」

「……芹沢加茂、新見尓織、両名を殺す」


 息を飲む土方だ。

 まさか、近藤の口から、そうした内容の命令を、言われると思っていなかった。

 すぐに、返事することができない。

 大きく眼光を開き、無表情でいる近藤を捉えている。

 表情が、揺らぐことがない。


「……よろしいのですか?」

 小さめの声音で、相手の様子を窺うように尋ねた。

 僅かな動揺が隠せない双眸は、目の前の近藤を、注いだままだ。

 徐々に、近藤の眼光に、何も、映っていないような気がしてきたのだった。


「勿論だ。下された命令を、速やかに、実行しなければならない」

 淡々としている様子を、食い入るように土方が眺めている。


 全然、彷徨う仕草が、感じられない。

 そうした仕草にも、目を見張っていたのだ。

 どんなことがあろうと、崇拝している芹沢を、切ることはないと、抱いていたのである。それが、近藤の口から、芹沢を殺すと、言われる日が来るとは、想像もしていなかったのだった。


 絶句している土方。

 この場にいる近藤が、本物だろうかと、掠めてしまった。

 気にする仕草も、見せない。

 一切、表情を崩さぬまま、小栗指揮官から、下された命令を説明していく。

「以上だ。何か、質問はあるか?」


「……ありません」

「実行する日だが、できるだけ、今日、行おうと思う」

「今日ですが!」

 性急過ぎることに、思わず、声が上がってしまう。


 何度も、難しい仕事を、こなしてきた自負があった。

 けれど、今回ほど、難しい案件がなかったのだ。

 それが、数時間後と言われ、慌てない人間などいない。


「落ち着け、土方」

 宥める様子は、いつもの近藤と、変わらない。

 だが、何か違うと、抱く土方だった。

「先ほど、芹沢隊長と、お会いした」

「……」


 土方が、眉間にしわを寄せている。

 微かに、土方の唇が動いていた。


(何があったんだ?)


 聞きたいことがあっても、とても聞ける雰囲気がない。

 ただ、じっと近藤を窺うことしかできなかった。


「その際、小梅と、約束していると、言われていた。もし、仮に、外で落ち合う約束をしていれば、決行は、今日とする」

「……」

「メンバーは、私、土方、斉藤、永倉、山南、島田、安富、藤堂、尾形、有間で、行うものとする」


「……原田や沖田は、除くのですか?」

 訝しげな眼差しを、土方が注いでいた。

 実力的に、両名がいないと、戦力不足なところがあったからだ。


 芹沢と新見の周りに、常に、相当な腕前を持っている者たちを配置させ、護衛をさせていたのである。

 そのため、何度も襲撃されても、二人が、傷を負うことがなかったのだった。

 そうした者たちを排除するには、相当な腕がないと、二人のところまで、辿り着くことが難しかったのだ。

 だから、原田と沖田を削ったことに、納得できなかったのである。


「サノは、今回の仕事は、不向きだな。顔や仕草に、出てしまう恐れがあるからな。今回の命令は、決して、バレては、困るからな、だから、サノをはずした」

 近藤の意見に、同意する土方である。

 けれど、完全に、腑に落ちた訳ではない。

 問題だらけの原田ではあるが、腕前だけは、それなりに買っていたのだ。


「沖田は……」

 遠くを見つめる近藤。

 口を挟まず、黙ったままの土方だった。


「たぶん、上手くやるだろう。けれど、今回は、はずした。ただの私の勘だ。それに、せっかく親しくしているのに、この仕事を、任せることに、私なりに、多少なりの、不安がある。私自身、何の憂いもなく、この命令に集中したい。だから、そうした面でも、いない方が、いいと思った。迷惑をかけてしまうが……」

「……そうでしたか……」

 ふと、愛嬌のある笑顔を覗かせている沖田の顔を、土方が浮かび上がらせていた。


(俺にも、あれのことは、わからないからな。確かに、今回の仕事には、入れない方が、賢明の判断かもしれない。しかし、戦力が、不足だな。どうしたものか……、もう少し、他のメンバーを、入れて貰えるように、頼むべきか……。芹沢隊や、新見隊の戦力を踏まえると、他のメンバーでは……)


 渋面になっている土方に、双眸を巡らせている。

「トシには、悪いと思う。戦力不足を、危惧しているのだろう? だが、今回は、このメンバーのみで、動きたい。選ばれた皆には、だいぶ、負担をかけるが……」

 今まで、無表情だった近藤の表情が動いた。

 申し訳ないと。


 近藤自身も、戦力不足だと認識していた。

 けれど、部下たちに、今回の件を悟られる訳にはいかなかった。

 不安要素を覗き、少数精鋭で、いきたかったのである。


「……わかりました」

「もう、時間がない。メンバーを、至急、集合させておいてくれ。それと、芹沢隊長たちの動向に関しては……」

 近藤自ら、芹沢たちの動向を、調べようとした。

 小梅と言うキーワードが、手に入った以上、容易に、居場所が突き止められる可能性が、大きかったからだ。


 意を唱えた土方を、見つめる。

「私の方で、やっておきます」

「……」

「芹沢隊長が、外で会う場所の候補も、いくつか把握しておりますし、その見取り図も、用意しておきます」


 じっと、真摯な土方の形相を、見定めていた。

「……そんなに仕事をさせて、大丈夫なのか?」


「はい。その代わり、体調を整えて、置いてください。ちゃんと睡眠を取り、食事もしてください。今回の相手は、とても厳しい相手です。できるだけ、万全の体制を取らなければ、なりません」

「……そうだな」

「ですから、近藤隊長は、今、言ったことを守っていただき、身体を休めてください。お願い致します」

 頭を下げた姿に、双眸を注いでいる。


「……わかった。トシの言葉に甘えよう」

 微かに、土方の表情が緩んだ。

 そして、もう一度、真面目な顔つきになっていく。


「最終確認です」

 土方の言葉に促され、まっすぐに、目の前にいる土方を窺っていた。

「本当に、よろしいんですね?」

「……ああ」

「わかりました。では、そのようにいたします」

「頼む」


 会議室を、険しい形相のままで土方が後にした。

 決意を硬くいた土方。

 表情が消えていた近藤を、振り返ることもしない。

 ただ、近藤は、土方の背中を、眺めているだけだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ