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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第117話  身動きできない状態

 庶民からの目が厳しくなり、原田班や永倉班は、警邏軍のビルに、連日、寝泊りをしていたのである。

 飲みに歩いても、断られたり、断られたくても、客たちから、蔑む双眸を傾けられ、居た堪れなさを巡らせていたのだった。

 そのため、寝泊りできるスペースが、完備されている警邏軍のビルに、避難していた。


 けれど、そうしたスペースを使用せず、訓練場で、雑魚寝状態で好き勝手に、酒盛りをしていたのだ。

 訓練場の一室が、原田たちの住居スペースになりつつあった。

 食べたり、飲んだものが、あちらこちらに、乱雑に置かれ、服も、無造作に放置されていたのである。

 私物の山が、でき上がっていた。


 そうした状況に陥っても、副隊長である土方は、眉間にしわを寄せるだけで、何も言わない。

 怒る暇さえなかったのである。

 隊長の近藤に至っては、沈み込んでいるようで、何も言ってこなかった。


 訓練場の中央で、原田と井上が座り込み、酒やお茶を飲みながら、話し込んでいた。

 原田班の他のメンバーは酔い潰れ、訓練場の隅の方で、熟睡している。

 永倉班は、ここにはいない。

 どこかへ、消えていたのだ。


「いつまで、こんなことが、続くんだ?」

 ぼやきが、止まらない原田だ。

 何とも言えない顔を、井上が覗かせている。

 こうした状況に、井上自身も、辟易していたのだ。


 庶民の奇異な眼差しが、いっこうに収まることがなかった。

 逆に、ますます酷い状況に、陥っていたのである。


「本当ですね……」

 嘆息を漏らした。

 発端を作った芹沢は、何食わぬ顔で、自由に行動していた。

 誰も、何も言わなかったのだ。

 強い芹沢を恐れて。


 ますます、原田が苦虫を潰した顔になっている。

「……顔が、怖いです」

「しょうがない」

「ある意味では、芹沢隊長の、いつもの行動ではないですか? ただ、襲う場所が違って、いつもよりも、行き過ぎていましたけど……」


 慰めになっていない。

 射抜き殺すような眼光を、原田が光らせている。

 乾いた笑いしか、出てこない。


「……ごめんなさい」

 素直に謝る井上。

 僅かに、溜飲を下げる。

 怒りの相手が、違っているからだ。

 そして、その相手に、原田自身が、敵わなかったのだ。


 自分が弱かったせいで、可愛がっている井上に、大ケガをさせたばかりだった。

 そのせいもあり、無謀な真似もできない。

 チラリと、井上が窺うと、お茶を飲んでいた。


 彼らの周りに、大量の酒と、完治しつつある井上のために、お茶やジュースが置かれていたのである。

 食べ物は、軽いつまみしかなかった。


「……隊長たちの様子は、どうだ?」

「相変わらずです。近藤隊長は難しい顔で、座ったままです」

 眉が、八の字になっていた。

「機能していないって、ことか」

「……はい。土方副隊長の腕に、何かと乗りかかって、いつも以上に、機嫌が悪いです。当分は、近づかない方が、賢明かと思います」


 先ほどまで、待機部屋に赴き、井上は内部の様子を偵察していたのだ。

 わざわざ、雲行きが怪しい場所に、行きたくはなかったが、原田なりに、隊のことが気に掛かっていたのである。


「だな。カイ辺りが、手伝っているのか?」

「はい。カイさんも、そうですが、斉藤班長や沖田さん、山南班長たちも手分けして、仕事をこなしています」

 意外過ぎる名に、訝しげな顔になってしまう原田だった。

 山南辺りは、外回りの仕事に回っていると抱いていた。

 それが、近藤や土方の仕事を、手伝っていることに、驚きが隠せない。


「……山南も、手伝いしているのか?」

「はい。さすがに、近藤隊長の落ち込み具合が……」

 言葉を濁し、自分たちの待機部屋の方へ、井上が視線を巡らした。

 そこでは、黙り込んだまま、動こうとしない近藤の姿があったのだ。


 待機部屋に姿を現すものの、自分の席に腰掛けたら、一言も喋らず、座ったままだった。

 そんな状態が、毎日続けられていたのである。

 当初は、土方が仕事の指示を聞いたり、でき上がった物を、近藤に渡していたのだが、受け取っただけで、手付かず状態になっていたのだ。

 それを見兼ねて、土方たちが、近藤の仕事を代わりに行っていた。


「酷い状況だな。いっこうに治る気配がないのか?」

「はい」

 定期的に、井上を待機部屋に行かせ、状況を把握している。

「相当、参っているようだな」

 どこか呆れた顔を、原田が滲ませていた。


「はい……」

 顔を暗くし、伏せ気味な井上。

 心の底から、近藤のことを、案じていたのである。


「あそこは、随分と、鬱蒼としていそうだな」

「あまり、そうではないです」

 目を丸くし、顔を上げた井上を窺っていた。

 その顔に、憂いた様子が見えない。


「どういうことだ?」

「沖田さんの存在が、大きいですね。笑顔で、みんなに、話しかけたり、凄い量の仕事を、こなして、場を明るくしていました」

 感心の声を、漏らしている原田だ。

 その口が、僅かに開いていた。


 ふと、その脳裏に、どんな時でも、微笑みを絶やさない沖田の姿を、掠めている。

 マヌケな顔を、披露していることに、気づかない原田だ。

 井上が、小さく笑っていたのだった。


「……何か、想像できるな」

「そんな感じです」

「仕事が、大変で、近藤隊長も、落ち込んでいますが、部屋自体は、普段通りな感じです」

 微かに、井上の顔も明るかった。


 いろいろなことがあり過ぎたが、悪くない状況に、原田自身も、安堵するのだ。

「そうか。それはよかった」

「はい」

「でも、戻ったら、仕事を振られそうだから、まだ、行かない方がいいな」

「サノさん……」


 窘める井上の言葉を無視し、グビッと、酒を飲み干した。

 いたずらな笑みを、漏らしている。


「その方が、上手く行く」

「でも……」

「せっかく、山南たちが手伝っているんだ。余計なお邪魔虫は、いない方がいい」

 盛大な溜息を、零した井上だった。

 原田の意見に、一理あったからだ。


 茶目っ気たっぷりに、笑ってみせる原田である。

「俺たちは、ここでおとなしくしている」

 班長命令に、渋々といった顔を覗かせ、頷いた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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