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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第1章  入隊
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第12話  ゆるい隊員といたずらな沖田

 山南班や島田班の一部以外にも、近藤たちが永倉のことで話しているのを聞いている者たちがいた。永倉班の杉本公恭とモアン・神保の二人だ。


 永倉班は体術の訓練を行う時間帯だったが、身体を動かして汗を流すのは面倒だと、二人は部屋に戻ってサボっていたのである。

 訓練せずとも、酒場などで大立ち回りしているので、原田班や永倉班は実地で訓練しているようなものだった。永倉班の他のメンバーも訓練は行わずに外に遊びに出かけてしまった。


 原田班や永倉班では山南のことを注意魔と密かに呼ぶほどだったので、今回の話も気にせずにサイコロを振って賭け事に興じていた。

 まったく危機感がなく、のん気そのものだ。


「山南さんの性格って、暗い方へ暗い方へと行くタイプだな。どうにかしてほしいよ。どう見てもシンパチさんの女癖は直らないぞ」

「だな」

「同じ部屋だと、息が詰まる」

「それは言えている」


 熱心に手の中にあるサイコロを振りながら神保が話し、安易に杉本が相槌を打っていた。

 持っていたサイコロを二人の間に置かれていた空の茶碗に放り込む。

 二人はじっと茶碗に視線を落とす。


 出た目を見た瞬間、神保の口元はいやらしく歪む。

 もう一人の杉本は悔しさを滲ませていた。


「次はお前の番だ」

 茶碗からサイコロを取り出して、意気込む杉本に手渡した。

 同じようにサイコロを振り始める。


 琥珀色の神保の瞳が笑っていた。

 そうとは知らずに神保の話に耳を傾け答えている。

「同じ班より、マシだろうな。同じ班は地獄だよ、……きっとやめているだろうな」

「だな。山南さんはガチガチに頭が堅物なんだよ」

 規律を乱している二つの班と山南の班は反目し合っていた。


「ゴミ溜めと敬遠されて、嫌われて」

「つま弾きにされて」

「そんな嫌われ者の溜まり場なのに、どうしてあんなに……」

「仕事、するのかね」

 自分たちの状況を笑いながら掛け合っていた。

「どうなったら、あーなるのかねー」

「知らねぇー」


 いい目が出るように願いを込めて、杉本は茶碗へサイコロを放つ。

 二人は時間があるといつも賭け事に興じていたのである。賭け事をしていることは上司の近藤や土方の耳にも届いていたし、実際に目撃したことも何度もあった。

 注意を受けても、日常的に賭け事を続けていた。

 同じ部屋には芹沢隊や新見隊のメンバーたちもいて、近藤隊のメンバーよりも賭け事に興じていて、規律を守らせようとする土方は強く出られない面があった。


 仕事中に水と称して、酒を飲んでいる隊員もいた。

 そんな規律を守らない者たちを近藤は見逃したり、度を越えた者には注意して温かく見守っていた。だが、規律を重んじる山南はそんな素行の悪い者たちをよく思っていなかった。常々処罰するべきと唱えていたのである。


 サイコロの動きが止まった。

「俺の勝ちだな、杉本ちゃん」

 勝ち誇った神保を見て、チッと舌打ちする。

 悔しさで顔が歪みそうになった。

 負けてはいたが、プライドがあったのだ。

「大したことはない」

「そうか」

 僅かに頬がピクピクと動き、それを把握している神保はニターと口の端が笑っている。

 すでに十連敗していた。


「本当に大したことはないのか?」

「当たり前だ。大したことはない」

 貰ったばかりの給料が底をつき始めていた。

 給料を増やそうとしたことが裏目となって、目びりしていき、それを取り戻そうと高額なお金を賭けていって、給料がなくなってしまったのだった。


「バカだな……」

 落ち込む杉本に気づかれないように囁いた。

 より一層神保の顔から不気味な笑みが零れていた。


 自分自身の景気をつけようと、杉本は湯飲みを一気に飲み干す。

 その中身はお茶ではなく、度数が高い酒が入っていた。


「格好いい、男だね。一気に飲み干すなんて」

「もうひと勝負!」

「そうこなくてはつまらない」

 満面の笑みで、両手をこすり合わせた。


「いいんですか?」

 見回りから戻ってきた沖田が二人に声をかけた。

 二人が飲んでいる酒が部屋中に充満していたのだ。


「サイコロか、それともこれか?」

 酒の入った湯飲みを掲げる神保。

 その仕草に悪びれさがない。


「両方です」

 小さく笑いながら答えた。

「気にするな。いつものことだ。な、モアン」

「ああ。ところでソージ。仕事、サボってきたのか?」

「違いますよ。見回りから戻ってきたんです」

「そうか。それはご苦労様。飲むか?」

「いいえ。まだ、勤務中なので」

「そうか」

 正面に立つ沖田に向かって神保が答えた。

 その声はひと際明るく、勝利の美酒に酔いしれていた。


 次の勝負にすべてをかけている杉本に沖田は声をかける。

「大丈夫ですか? 目が血走っていますよ」

「おう。大丈夫だ」

 大丈夫と言っているが、どう見ても大丈夫そうには見えない。

 眼光が見開いたままだ。

 残りの有り金を杉本は、すべてつぎ込んでいた。


「沖田もやるか?」

 いい鴨見つけたと不気味な笑みと共に神保が誘った。


「いいえ。負けが決まっている勝負はしたくないので」

「!」

「?」

 ゲッと驚く神保に、ヘッと瞬時に意味を把握できずにいる杉本。


「すいません。モアンさん」

 愛嬌のある微笑みで二人を沖田は見下ろしている。

 そんな愛らしい仕草に、神保は激高する真似ができない。

 振り上げそうになった拳を下ろすしかなかった。


 少し前に帰ってきた沖田は二人の勝負を眺めていた。そして、神保が仕掛けを施したサイコロを使っていかさまをしていた現場を見破っていたのである。

「杉本さんが使ったサイコロは何度振っても、モアンさんよりもいい目は出ませんよ。モアンさんが振る時と杉本さんが振る時は違うサイコロを使っていますし……」

 すいませんと言う顔で神保に謝りながら、いかさまの仕組みをペロッと語った。

 語り終えると、沖田は軽く舌を出した。


「何! それは本当か!」

 声音は怒っているが、まだ信じられないといった感じだ。

 ますます中性的な顔立ちで無邪気な沖田に怒れなくなる。

 余計なことを話すなよと顔が言っているだけだった。

「しゃべっちゃって、すいません」


 沖田と神保のやり取りを見ていた杉本の顔は見る見るうちに般若の面のように変わっていく。

「モアン……、お前な!」

 すでに両手を合わせ、顔を真っ赤にしている杉本に謝る体勢を取っていた。

「すまん、杉本。金を全部返す」

「当たり前だ!」

 怒りが収まらない杉本は胸倉を掴んで激しく揺さぶる。


「倍で返せ! 倍だ」

「何で倍なんだよ」

「当たり前だろう。いかさましていたんだから」

「見破れないお前が悪いんだろう? 沖田は見破ったぞ」

「開き直るな。やった方が悪いだろうが」

 掴み合いのケンカを始めた二人を楽しげに沖田は眺めていた。


「汚れるな……」

 沖田の近くを通った斉藤が囁くように呟いた。

 それを耳にした途端、沖田は噴き出して笑ってしまう。



読んでいただき、ありがとうございます。

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