第116話 リキからの報告
休日、沖田は、昼頃から出かけ、光之助たちと、お喋りに花を咲かせていた。
沖田が、マリアたちに会いに行ったことで、光之助と葵の、少し憂いだ表情が、緩んでいたのだった。
二人の様子に、とりあえず、ひと安心していた。
深泉組に対し、庶民の間で、当たりが強かったが、沖田に対しては、何も起こっていない。
いろいろな人たちに、声をかけたりしていたのである。
自宅に戻ってきたのは、深夜、近くになった頃だった。
寛いでいると、徐に、窓が開く。
そして、慣れたように、リキが沖田の部屋に入ってくる。
「おかえり」
溢れるばかりの笑顔を、沖田が覗かせていた。
それに対し、リキは愛想もない。
ただ、平然としていたのである。
「凄いことに、なっているな」
首を竦めているだけだ。
ククリたちがいるところに、定期的に物資を、運んで貰っていたのである。
母美和がいる地方とは言え、物資が少ないだろうと巡らせ、つつがないように、日用品や長持ちがする食糧を、配達して貰っていたのだった。
ククリたちのところへ、行っている間に、芹沢隊や新見隊が、鶴岡屋を襲い、深泉組は、また、窮地に立たされたことを、都に戻ってすぐに、リキが耳にしたのである。
「そうだね」
「他人事だな」
深刻そうに捉えていない姿に、呆れた顔を滲ませていた。
少し前に、戻ってきたリキ。
そうした状況を耳にし、ある程度、情報を集め、それから沖田のところへ、忍び込んで来たのだった。
無造作に、沖田の正面に腰掛ける。
無遠慮な態度にも、無頓着だ。
「ククリたちは?」
「段々と、慣れているようだ」
「母さんに、遊ばれているでしょ」
微かに、リキの表情が緩む。
その様子から、上手くいっていることを察していた。
(正解だったな。母さんに頼んで)
顔に似合わず、兄土方同様に、母美和は、非常に面倒見がよかったのである。
そのため、ククリたちを頼めるのは、母美和しかないと、お願いしたのだった。
上手くいっている状況に、微笑んでいた。
「ああ。かなり遊ばれ、溜まっている」
「母さんらしいな」
「そっくりだな」
「そう?」
愛嬌ある笑顔を、傾げてみせる。
想像以上に、ククリたちが母美和によって、弄ばれていることを巡らせ、ついつい口角が上がってしまっていた。
そんな姿を、リキが垣間見ている。
眉間にしわが寄っていたのだ。
「そういうところが……」
「で、小さい子供たちは?」
話を変えた沖田に、溜息を漏らしていた。
「……ククリたちよりも、順応していた。外で遊んでいる」
ククリと、一緒に助け出した子供たちを、思い返していた。
助けた当初は、顔を強張らせ、落ち着きがなかった。
常に、ククリや聖たちに、くっついていたのだ。
それが、徐々に慣れていき、美和とは、いい関係を気づいていたのである。
いつも、半妖の子供たちは、室内に閉じ込められていることが多い。
だが、都から離れた地方だと、平気で、外に出ることができ、生き生きと、顔を輝かせ、子供らしく遊び回っている状況が見受けられた。
「半妖が、多いからね」
容易に想像し、クスッと、沖田が笑っていた。
半妖の子供たちが、自分たちの幼い頃のように、遊んでいる姿が、目に浮かんでいたのである。
人見知りなククリや聖たちと、村の中を駆け回って、遊んでいたのだった。
「状況は?」
「芳しくない。徐々に、あそこも、荒れる」
訪れていた場所を、掠めていた。
物資などを運ぶだけではなく、そこの地方の情報を、何かと探っていたのである。
勿論、外事軍の動きもだ。
「そうか……」
逡巡している沖田。
遠く、離れた地方は、もっと、荒れていた。
比較的、都に近い地方に、現在、美和たちは、住んでいたのである。
そこは、他の地方と比べると、治安が少しだけ、よかったのだ。
「売られている状況は?」
「まだ、どうにか暮らせるから、少ないと思う。その点は、ククリたちの意見だ。そうしたことは、俺には、判断できないからな」
美和たちがいる地方では、見世物小屋に、売られている半妖たちが少なかった。
比較的、穏やかに、村の住人たちと、共存していたのである。
「そうか」
「ククリが、他の地方を巡って見ると、言っていた」
「随分と、危ない真似を」
呆れ顔の沖田。
正義感の強いククリが、気持ち的に余裕が出てくれば、そうしたこともすることは、容易く想像していたが、すぐに行動に移すとは思ってもいなかったのだ。
まだ、時間が掛かるだろうと、抱いていた。
軽く息を吐く沖田。
お金ほしさに半妖を捕まえ、見世物小屋に、売ろうとするやからもいたのだ。
地方に住んでいた沖田は、何かと半妖が置かれている状況を、いろいろと目にしてきたのだった。
それは地方に生まれ、住んでいたククリたちも、そうした光景を幾度も眺め、熟知たる思いを募らせていたのである。
「少しでも、ソージの役に立ちたいんだろうよ」
「無理しないと、いいんだけど?」
「一応、気をつけろって言ったら、誰だと思っていると、凄まれた」
ふっと、笑っている。
よく剣術や体術を、自己流で、稽古していたククリの姿を過ぎらせいた。
沖田に、及ばないものの、ククリの腕前は、かなりなものに、なっていたのである。
「大丈夫だろうけど」
笑みが止まらない。
襲い掛かる敵を、容赦なく、叩き倒す光景が、目に映っていた。
周りに、リズや守るべき子供たちがいたため、見世物小屋にいた際は、おとなしくしていたのだった。
そうした対象がいなければ、瞬く間に、彼らを倒す実力を持っていたのである。
いろいろな枷を外せば、ククリは、もっと強くなると巡らせていた。
(どうなるかな……。ククリは)
「もう少しすれば、他の地方のことも、わかると思うよ」
「わかった」
ニコッと、沖田が笑っていた。
「それより、何とかしろよ」
訝しげな表情で、抗議しているリキ。
それに対し、コテンと首を傾げているだけだ。
「付け回っているやつら」
今現在、沖田が住む周囲に、沖田を探っている者たちが、まだ張り付いていたのである。
ぽんと、手を叩く沖田だった。
不意に、思い出したのだ。
「ねぇ、リキ。あの人たちに、何か差し入れしようと、思うんだけど、何がいいかな?」
真剣に悩んでいる。
ますます、リキが眉を潜めていった。
そして、マジで、言っているのかと言う顔を、胡乱げに滲ませていたのだった。
「……差し入れするつもりなのか?」
「そうだよ。毎日、大変でしょ」
邪気のない顔を、浮かべていたのである。
マジで考えている様子に、脱力感が否めない。
考えるのが、バカらしくなっていく。
「……何でも、いいと思うけど」
投げやりな態度をとっている。
けれど、沖田の表情は変わらない。
「そうか。でも、お菓子とか、持って行こうかな」
ウキウキした仕草に、リキが嘆息を吐いていた。
どんなお菓子を、持っていこうかと、楽しく候補を投げていく。
ようやく、何を持っていくのか、決まったのだった。
満足げな笑みと共に、リキに顔を傾ける。
「そういえば、芹沢隊長たちは、どうしているの?」
「相変わらず、花街や馴染みの商家の屋敷で、遊んでいる」
「都の様子は?」
「良くないね。良心的な鶴岡屋を襲ったから」
「外事軍は?」
「連日のように、都に入り込んでいる。近頃は、節操がない。だから、そのうち、気づかれる。金欲しさが滲み出ている感じ」
半妖たちを都に入れるため、自分たちの特権を、利用していたのである。
外事軍は、都にはいる際、検問などで調べられることない。
簡単に、都の中へ入ることができたのだった。
「都にいる、見世物小屋は?」
「営業しているね」
「そう。狩りの方は?」
僅かに、沖田の眼光が、鋭くなっていた。
見慣れつつあるリキは、臆することがない。
「なりを潜めている状況だね」
「やられて、どうにも、できないのか」
小さく笑っている沖田だった。
「でも、そろそろ、やるようだよ」
リキの言葉に、顔を傾けていた。
「動きでも?」
眼光の奥が、冷え切っている。
「ああ。やりたくって、疼いているんだろうね。きっと、上の連中が」
「バカだね。餌食になるのに」
僅かに、嘲笑する声音が、含まれていた。
やや顔を伏せ、考え込む仕草を、窺わせている沖田が、ふと、顔を上げる。
「芹沢隊長は、気づいている?」
「どうだろう。あの人の情報網は、凄いから」
どこか、悔しげな顔を、リキが滲ませている。
芹沢の情報の凄さに、脱帽しつつも、嫉妬していたのだ。
その優れた腕前に。
「確かに。凄い情報網だよね。一体、どんな人、なんだろう?」
「さぁ。で、どうする? 見世物小屋に行く? 狩られる前に?」
「勿論。芹沢隊長は、容赦ないから。急がないと」
満面の笑みを見せていた。
「邪魔だ。探っている者が」
どこか、案じる眼差しを、送っているリキだ。
「大丈夫。ちゃんと、撒くから」
のん気な姿に、溜息を零している。
本当かよと言う妖しげな眼差しに、なっているリキだった。
とても面倒臭いなところがあると、知り合ってから、抱くようになっていたのである。
そんな沖田を、リキがサポートしていたのだ。
「そうだ。面白い友達ができたんだ」
楽しそうに、喋っている沖田に、徐々に、リキが目を細めている。
「……勤皇一派の井上香琉だろう」
「正解」
もう一度、溜息を吐いた。
疲れた双眸を、傾けている。
「敵対しているやつと、友達になって、どうするんだよ」
「面白い人だったんだ」
悪びれる様子がない。
ただ、楽しそうな表情を滲ませていた。
「面白いってだけで、友達になるな。もっと警戒しろ」
愛嬌たっぷりに、剥れた顔になっている。
けれど、リキの意思は変わらない。
「ダメなものは、ダメ」
「でも、いつでも話し相手になるって、約束したもん」
睨まれても、ケロッとし、ニコニコとしている。
「……相手も、来ないんじゃないのか?」
「来ると思うよ」
「何で?」
「ただの勘」
今度は、大きく溜息を零したのだった。
「後、リキに、お願いがあるんだ?」
甘えたような顔を覗かせる沖田に、眉を潜めている。
「そんなに、警戒しなくても?」
口を尖らせても、愛嬌が滲んでいた。
「……面倒ごとだろう?」
「そうだね」
隠そうともせず、肯定する姿に、溜息を漏らしていたのだ。
「で、何?」
「萌が、半妖の赤ちゃんを産んだ」
「……」
マリアたちのことは聞いて、リキなりに、把握していたのである。
まさか、妊娠している萌が、半妖を産んだことに瞠目していた。
「萌の血筋からか、男の血筋かは、わからないけど、生まれた百合は、半妖だった」
「女の子か……」
「そう」
「育児放棄?」
「まあね。マリアたちが、面倒見ているけど、泣き止まないみたい」
苦笑している沖田を、顔を顰めつつ、捉えている。
「それは、そうだろう。生まれた子供は、気づくだろう? 恵まれず、疎まれているって」
何も言わず、ただ、苦笑しているのみだ。
「俺に、育てろって、言わないよな?」
ジト目で、リキが注いでいる。
「言わないよ。育てるのは、リズたちに頼むつもり。ただ、それまで少し、顔を出して、百合を、あやしてくれればいいよ」
「……」
真剣に、逡巡しているリキ。
「仕事もあるし、マリアたちのところに、なかなかいけない。さすがに、ここにつれてくるのは、不味いでしょ?」
「当たり前だ」
僅かに、リキが声を張り上げた。
けれど、沖田の表情が変わらない。
「だから。お願い」
「何で、俺?」
「リキも、言っていたでしょ? 赤ん坊だって、バカじゃない。自分を抱いている人間が、喜んでいるのか、戸惑っているのか、わかっているんだよ。だから、当惑し、気持ちを押し殺しているマリアたちに、一切、懐こうとしない。でも、リキは違うでしょ? 半妖に対し、同情することがあっても、嫌ったり、怖がったりしないでしょ?」
「……ああ。そうだな」
長い沈黙の後、強張っている顔で答えた。
「だから、少しの間だけで、いいから。百合のこと、お願い」
「……わかった。ところで、リズたちに、どうやって、連絡するつもりだ?」
百合を、気にかけるようになると、リズたちと、連絡する者がいなくなると過ぎらせていたのである。
「その点は、大丈夫。母さんに連絡し、ククリたちに来て貰うから」
「簡単に言うな」
えっへんと、楽しげに胸を張っている沖田。
そんな姿に、来るだろうククリのことを憐れむリキだった。
読んでいただき、ありがとうございます。