第115話 半妖の赤ちゃん
光之助との時間をしっかり守り、彼女たちが、隠れ住む小屋のような家に辿り着く。
彼女たちが住んでいる場所は、曰くつきの人間たちが、隠れて済む場所の一つで、警邏軍が捜査するにも、困難な場所だった。そして、みすぼらしい子供たちもいて、赤ちゃんが泣いても、何の違和感もないところである。
無造作に、ドアを開け、沖田が中へ入っていった。
唐突に、ドアが開いたことにより、光之助を始めとする面々が、身体を強張らせていたが、すぐさま、緊張の糸を解いたのだ。
「いつも、言っているけど、合図ぐらいしないさいよ」
我がもの顔の沖田を、眉を潜めながら、マリアが窘めていた。
「忘れていた」
言われても、ケロッとしている。
同じように、一瞬、怯えを覗かせていた光之助が、ジト目で睨んでいた。
(わざとだろう)
無言の抗議を、平然と、沖田が無視している。
そのままの足取りで、赤ちゃんと抱っこしている乃里へ行く。
先ほどから、泣き止まない、赤ちゃんの顔を覗き込んだ。
「元気に、泣いているね。男の子、女の子」
「……女の子」
「うん。可愛いね」
抱っこしている乃里から、泣いている赤ちゃんを、慣れた手つきで抱き上げた。
ゆっくりと優しく、揺らしながら、喋りかけている。
その光景は、暖かかった。
少し離れた場所では、自分で耳を塞ぎ、丸くなっている萌。
突然、姿を現した沖田に驚愕しつつも、瞬時に、自分の殻に、籠もってしまったのである。
マリアと光之助が、沖田が来る直前まで、萌を慰めていたのだった。
赤ちゃんを産んでから、萌の精神が不安定で、泣いたり、叫んだりして、殻に閉じこもっていた。
赤ちゃんと、触れ合いながらも、チラリと、沖田は萌の様子を窺っていたのだ。
かなり、精神的に参っているようで、以前、見た萌よりも、若干痩せている。
(ま、慣れないか)
赤ちゃんをあやす沖田を、誰もが窺っていた。
次第に、泣き止み、うとうとと眠っていく赤ちゃん。
赤ちゃんまで、手玉にしてしまう光景に、イケメンな沖田を、見ずにはいられない。
「……ムカつくわね」
ボソッと、乃里が呟いた。
沖田が来る前から、四苦八苦し、泣き止むのに、苦労していたからだ。
誰にも懐かず、ほぼ赤ちゃんは、泣いていたのだった。
「慣れかな」
「違うと思うわよ。赤ん坊とは言え、女の子だもん。イケメンに弱いのね」
何とも言えない面々。
そして、誰もが、その意見に肯定している。
「今のうちから、顔だけがいい男に、騙されないようにしないと」
「心外だな。マリアたちのこと、騙してないけど?」
目を細めている乃里。
誰もが、同じ目をしていた。
そんな彼らに、沖田が首を竦めている。
「……もしかして、顔だけがいい男に、何か、騙されたことでも、あったの?」
黙り込んだままだ。
「無言とは、言うことは……」
「もういいじゃないの? その辺にしてよ」
呆れた顔を滲ませながら、マリアが仲裁に入っていった。
ばつの悪い顔を、している乃里だ。
「わかった。栄養があるものを、買ってきたから、後で食べて」
マリアが立ち上がり、眠っている赤ちゃんを、受け取った。
普通の見た目の赤ちゃんではない。
右頬の下辺りに、鱗があり、両耳も、違っていたのだ。
哀しげな眼差しで、マリアが見つめている。
「……驚かないのね」
「光之助から、聞かなかった? 俺、地方育ちで、半妖の友達が多いんだ。地方にもよるけど、普通に、街で暮らしているからね」
「……そうなんだ」
一人だけ、明るい沖田である。
沖田が来る前までは、重苦しい空気が、室内に流れていたのだった。
自分で産んだ赤ちゃんを拒絶し、殻に閉じこもっている萌。
赤ちゃんが、泣き叫ぶたび、自分の耳を塞ぎ、泣いていたのである。
そんな空気を、祓ったのが、沖田だった。
マリアたちは、口に出さないが、感謝していた。
「きっと、この子は、俺の友達のように、美人になる素質があるよ」
「そうね……」
眠っている赤ちゃんの、柔らかな頬を、突っつく。
無言で、突っつくのを怒っているマリア。
また、泣かれると困るからだ。
そんなことを構わないで、柔らかな頬を堪能している。
「名前は?」
「まだ、つけていない」
「じゃ、僕がつけていい?」
「「「「……」」」」
「そうだな、百合。百合にしよう。いい?」
「つけてから、言わないでよ」
「そうだけど? 萌、いい?」
「……」
耳を塞いだままでいる。
聞こえているはずなのに、何も答えない。
居た堪れないマリアたち。
「何も言わないから、百合ね」
「「……」」
「何で、百合なんだよ」
名前の由来を、光之助が尋ねた。
純粋に、どういう経緯で、決めたのか、知りたかったのである。
「顔を見たら、百合の花のように、凛としているような子だなって。だから、百合って」
「……泣いて、眠っているだけで、わかるのかよ」
「何となくだよ、光之助」
納得がいっていない光之助。
「ねぇ。赤ちゃんの父親候補たちの中に、それらしい男がいた?」
沖田の眼光が、赤ちゃんに注いだままだ。
突然、問われ、萌があたふたとしている。
「いないわよ」
萌の代わりに、マリアが答えた。
「どうして?」
「いたら、私たちの方で、拒絶しているし、男たちを呼び寄せるもの」
「そうか」
「何か、心当たりでもあるの?」
赤ちゃんを眺めている沖田を、探るような双眸を傾けていた。
それは、ここにいる全員でもあったのだ。
「半妖だからって言って、半妖の子が、生まれる訳じゃないんだ。確立の問題だけで、普通に、人間の子が生まれる時も、あるんだ」
知らない事実に、マリアたちが、目を見張っている。
半妖と、慣れ親しんだことがないので、半妖のことを、よく把握していなかったのだ。
「それに、半妖も、数代進むと、見た目が、人間と、変わらなくなる場合もあるらしい。ただし、その逆も、あるみたいで、たまに先祖返りで、半妖の見た目の子や、見た目は人間のままで、能力だけが受け継ぐ子が、生まれるらしいけど」
以前、リキから聞いた話を、マリアたちに語って聞かせた。
けれど、リキのことは伏せている。
「「「「……」」」」
驚愕の事実に、目を丸くしている面々。
そんな反応に、沖田だけが、小さく笑っている。
そして、視線の先を、困惑している萌に移した。
「萌は、親から、聞いていない?」
「……聞いていない」
「男の可能性も、あるしね」
「「「「……」」」」
スヤスヤと、無邪気に眠っている百合。
泣き疲れ、ぐっすりと眠っていたのである。
「……もしかして、また赤ちゃんができたら、そうなるの?」
か細い声で、萌が尋ねた。
その顔は、顔面蒼白だ。
「そうなる可能性もあるね。でも、どちらかなんて、わからないよ」
「……」
苦渋に満ちた顔で、萌が、今にも泣きそうな顔を滲ませていた。
「萌。百合を、育てる自信ある?」
顔を強張らせる。
如実に、物語っていた。
「……自信がないなら、俺の友達に預ける。友達たちは、面倒見がよく、捨てられる半妖の子供の面倒も、よく見ているから」
沖田の脳裏に、再会したばかりのリズたちの姿を、掠めていた。
「……」
身体を震わせている萌だ。
その姿を、マリアと乃里が、痛ましそうに傾けていた。
居た堪れない表情を、光之助が漂わせている。
仮に、萌が育てると言っても、大きな問題があった。
都には、半妖がいないことになっているからだ。
「ただ、連絡してきて貰うのに、少し時間が掛かるけど」
「……怖い」
搾り出すように、萌が吐き出した。
沖田以外の誰もが、苦痛に顔を歪めている。
「わかった」
それ以上、萌は何も言わなくなり、沖田も、尋ねることをしない。
マリアたちとしばらく話してから、光之助と共に、小屋から出て行ったのである。
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