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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第115話  半妖の赤ちゃん

 光之助との時間をしっかり守り、彼女たちが、隠れ住む小屋のような家に辿り着く。

 彼女たちが住んでいる場所は、曰くつきの人間たちが、隠れて済む場所の一つで、警邏軍が捜査するにも、困難な場所だった。そして、みすぼらしい子供たちもいて、赤ちゃんが泣いても、何の違和感もないところである。




 無造作に、ドアを開け、沖田が中へ入っていった。

 唐突に、ドアが開いたことにより、光之助を始めとする面々が、身体を強張らせていたが、すぐさま、緊張の糸を解いたのだ。


「いつも、言っているけど、合図ぐらいしないさいよ」

 我がもの顔の沖田を、眉を潜めながら、マリアが窘めていた。

「忘れていた」

 言われても、ケロッとしている。

 同じように、一瞬、怯えを覗かせていた光之助が、ジト目で睨んでいた。


(わざとだろう)


 無言の抗議を、平然と、沖田が無視している。

 そのままの足取りで、赤ちゃんと抱っこしている乃里へ行く。

 先ほどから、泣き止まない、赤ちゃんの顔を覗き込んだ。

「元気に、泣いているね。男の子、女の子」

「……女の子」

「うん。可愛いね」


 抱っこしている乃里から、泣いている赤ちゃんを、慣れた手つきで抱き上げた。

 ゆっくりと優しく、揺らしながら、喋りかけている。

 その光景は、暖かかった。


 少し離れた場所では、自分で耳を塞ぎ、丸くなっている萌。

 突然、姿を現した沖田に驚愕しつつも、瞬時に、自分の殻に、籠もってしまったのである。

 マリアと光之助が、沖田が来る直前まで、萌を慰めていたのだった。

 赤ちゃんを産んでから、萌の精神が不安定で、泣いたり、叫んだりして、殻に閉じこもっていた。


 赤ちゃんと、触れ合いながらも、チラリと、沖田は萌の様子を窺っていたのだ。

 かなり、精神的に参っているようで、以前、見た萌よりも、若干痩せている。


(ま、慣れないか)


 赤ちゃんをあやす沖田を、誰もが窺っていた。

 次第に、泣き止み、うとうとと眠っていく赤ちゃん。

 赤ちゃんまで、手玉にしてしまう光景に、イケメンな沖田を、見ずにはいられない。


「……ムカつくわね」

 ボソッと、乃里が呟いた。

 沖田が来る前から、四苦八苦し、泣き止むのに、苦労していたからだ。

 誰にも懐かず、ほぼ赤ちゃんは、泣いていたのだった。


「慣れかな」

「違うと思うわよ。赤ん坊とは言え、女の子だもん。イケメンに弱いのね」

 何とも言えない面々。

 そして、誰もが、その意見に肯定している。


「今のうちから、顔だけがいい男に、騙されないようにしないと」

「心外だな。マリアたちのこと、騙してないけど?」

 目を細めている乃里。


 誰もが、同じ目をしていた。

 そんな彼らに、沖田が首を竦めている。


「……もしかして、顔だけがいい男に、何か、騙されたことでも、あったの?」

 黙り込んだままだ。

「無言とは、言うことは……」

「もういいじゃないの? その辺にしてよ」

 呆れた顔を滲ませながら、マリアが仲裁に入っていった。

 ばつの悪い顔を、している乃里だ。


「わかった。栄養があるものを、買ってきたから、後で食べて」

 マリアが立ち上がり、眠っている赤ちゃんを、受け取った。

 普通の見た目の赤ちゃんではない。

 右頬の下辺りに、鱗があり、両耳も、違っていたのだ。

 哀しげな眼差しで、マリアが見つめている。


「……驚かないのね」

「光之助から、聞かなかった? 俺、地方育ちで、半妖の友達が多いんだ。地方にもよるけど、普通に、街で暮らしているからね」

「……そうなんだ」

 一人だけ、明るい沖田である。


 沖田が来る前までは、重苦しい空気が、室内に流れていたのだった。

 自分で産んだ赤ちゃんを拒絶し、殻に閉じこもっている萌。

 赤ちゃんが、泣き叫ぶたび、自分の耳を塞ぎ、泣いていたのである。

 そんな空気を、祓ったのが、沖田だった。

 マリアたちは、口に出さないが、感謝していた。


「きっと、この子は、俺の友達のように、美人になる素質があるよ」

「そうね……」

 眠っている赤ちゃんの、柔らかな頬を、突っつく。

 無言で、突っつくのを怒っているマリア。

 また、泣かれると困るからだ。

 そんなことを構わないで、柔らかな頬を堪能している。


「名前は?」

「まだ、つけていない」

「じゃ、僕がつけていい?」

「「「「……」」」」


「そうだな、百合。百合にしよう。いい?」

「つけてから、言わないでよ」

「そうだけど? 萌、いい?」

「……」


 耳を塞いだままでいる。

 聞こえているはずなのに、何も答えない。

 居た堪れないマリアたち。


「何も言わないから、百合ね」

「「……」」

「何で、百合なんだよ」

 名前の由来を、光之助が尋ねた。

 純粋に、どういう経緯で、決めたのか、知りたかったのである。


「顔を見たら、百合の花のように、凛としているような子だなって。だから、百合って」

「……泣いて、眠っているだけで、わかるのかよ」

「何となくだよ、光之助」

 納得がいっていない光之助。


「ねぇ。赤ちゃんの父親候補たちの中に、それらしい男がいた?」

 沖田の眼光が、赤ちゃんに注いだままだ。

 突然、問われ、萌があたふたとしている。

「いないわよ」

 萌の代わりに、マリアが答えた。


「どうして?」

「いたら、私たちの方で、拒絶しているし、男たちを呼び寄せるもの」

「そうか」

「何か、心当たりでもあるの?」

 赤ちゃんを眺めている沖田を、探るような双眸を傾けていた。

 それは、ここにいる全員でもあったのだ。


「半妖だからって言って、半妖の子が、生まれる訳じゃないんだ。確立の問題だけで、普通に、人間の子が生まれる時も、あるんだ」

 知らない事実に、マリアたちが、目を見張っている。

 半妖と、慣れ親しんだことがないので、半妖のことを、よく把握していなかったのだ。


「それに、半妖も、数代進むと、見た目が、人間と、変わらなくなる場合もあるらしい。ただし、その逆も、あるみたいで、たまに先祖返りで、半妖の見た目の子や、見た目は人間のままで、能力だけが受け継ぐ子が、生まれるらしいけど」

 以前、リキから聞いた話を、マリアたちに語って聞かせた。

 けれど、リキのことは伏せている。


「「「「……」」」」

 驚愕の事実に、目を丸くしている面々。

 そんな反応に、沖田だけが、小さく笑っている。

 そして、視線の先を、困惑している萌に移した。

「萌は、親から、聞いていない?」


「……聞いていない」

「男の可能性も、あるしね」

「「「「……」」」」


 スヤスヤと、無邪気に眠っている百合。

 泣き疲れ、ぐっすりと眠っていたのである。


「……もしかして、また赤ちゃんができたら、そうなるの?」

 か細い声で、萌が尋ねた。

 その顔は、顔面蒼白だ。

「そうなる可能性もあるね。でも、どちらかなんて、わからないよ」

「……」

 苦渋に満ちた顔で、萌が、今にも泣きそうな顔を滲ませていた。


「萌。百合を、育てる自信ある?」

 顔を強張らせる。

 如実に、物語っていた。


「……自信がないなら、俺の友達に預ける。友達たちは、面倒見がよく、捨てられる半妖の子供の面倒も、よく見ているから」

 沖田の脳裏に、再会したばかりのリズたちの姿を、掠めていた。

「……」

 身体を震わせている萌だ。


 その姿を、マリアと乃里が、痛ましそうに傾けていた。

 居た堪れない表情を、光之助が漂わせている。

 仮に、萌が育てると言っても、大きな問題があった。

 都には、半妖がいないことになっているからだ。


「ただ、連絡してきて貰うのに、少し時間が掛かるけど」

「……怖い」

 搾り出すように、萌が吐き出した。

 沖田以外の誰もが、苦痛に顔を歪めている。


「わかった」

 それ以上、萌は何も言わなくなり、沖田も、尋ねることをしない。

 マリアたちとしばらく話してから、光之助と共に、小屋から出て行ったのである。

 

読んでいただき、ありがとうございます。

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