第114話 出産
光之助の報告を聞くため、待ち合わせ場所に、歩いていく沖田だった。
ほぼ、毎日、光之助と顔を合わせていたが、そこに亮たちもいたので、光之助からの報告を聞くことがなかったのである。
警邏軍本部があるビルの近くで、光之助が、一人で佇んでいた。
沖田の自宅近くではない。
沖田の自宅付近だと、亮たちに、密かに会っていることが、バレてしまう恐れがあるからだ。
そのため、仕事帰りに、待ち合わせに使っている場所で、落ち合うことにした。
このところ、光之助や、葵の様子がおかしかったので、マリアたちに、何かあったことを察していたのだった。
急いている様子もないので、今まで気づかない振りをしていた。
ようやく、光之助が、二人だけで、話がしたいと耳打ちをし、二人で会うことになったのだ。
(さてさて、彼女たちに、何かあったのかな)
いろいろな件が重なり、彼女たちの隠れ住んでいるところに、顔を出していない。
自分の周りにいる者たちに、マリアたちのことを、知られたくなかった。
だから、足を伸ばすことを、しなかったのだった。
定期的に、光之助から、報告を受けたのである。
問題なく、暮らしていることだけは、耳にしていた。そして、妊娠している萌が、出産が近いと、聞いていたのだ。
(生まれたのかな? でも、予定よりも、早いし……。それに、生まれたのなら、光之助たちも、喜びそうだし……)
前方にいる、俯きかげんな光之助を窺う。
とても、嬉しそうな様子がない。
近頃、光之助や葵に、不意に暗い影が、滲んでいたのだ。
沖田と光之助との距離が、縮まっていく。
いつもは、気づくはずの光之助。
だが、沖田の姿に、気づかない。
突如、自分に落とされた影で、伏せていた顔を、上げる光之助だった。
「光之助。待たせて、ごめん」
「ソージ兄ちゃん……」
どこか、ホッとするような顔を覗かせている。
さらに、ニコッと、微笑む沖田だ。
「どうしたの? 何かあった?」
視線をそらし、光之助の瞳が宙を彷徨う。
どこか、歯切れが悪い。
このところ、こんな顔を見せていたのだった。
(草太の件、以来かな)
「とりあえず、歩きながら、話そうか?」
周囲の視線が、沖田と光之助に、集まっていたのである。
止まっていれば、それが余計にだ。
ただ歩いているだけで、沖田は、人を惹きつけていた。
ゆっくりと、歩き出す二人。
注目されている双眸から、若干、薄れていく。
周りを気にし、声も小さめだ。
「で、何があったの?」
「それが……」
「マリアたちのこと?」
ズバリ、マリアたちの名前を挙げ、隣を歩く光之助が瞠目している。
それだけで、話の内容が、彼女たちのことだと確信した。
「マリアたちに、何があったの?」
「……」
口が重い光之助。
どう喋ろうかと、悩んでいたのだ。
根気よく、光之助が、切り出すのを待っている。
「……萌が、赤ちゃん、産んだんだ……」
か細い声で、光之助が言葉を紡ぎ出した。
その顔に、喜びがない。
戸惑いだった。
けれど、まだ、それには触れない。
「随分と、早かったね」
「うん……。急に、産気づいたらしく、マリアと乃里で、取り上げたらしい」
「そうか。二人は、大変だったね」
「前に、経験していたらしく、何も、問題なかったみたい」
「頼もしい、二人だね」
「そうだね」
「赤ちゃん、ダメだった?」
「……元気だよ」
「萌の調子が、悪いの?」
「母子共に、健康だよ。何も、問題ないよ。その点については」
「では、別の問題が、発生したんだ」
「……うん」
躊躇うような光之助。
無理やり、促すような真似をしない。
寄り添うように、沖田が歩いていた。
「身体に……」
「もしかして、都にいては、ダメな子かな」
思わず、俯いていた顔を上げる。
その顔は、驚愕に満ちていた。
「だって、健康で、元気な赤ちゃんってことは、それしかないかなって」
苦笑している沖田だった。
察しがいい、沖田に、乾いた笑みを漏らしていた。
「……さすがだね」
「地方で、育ったから、僕は、そうじゃないけど。萌、相当、沈んでいるかな」
光之助の様子から、出産した萌が、当惑している様子が窺えていたのである。
地方においても、半妖の子を生み、育児放棄している現場を、何度も、見かけたことがあったのだった。
「赤ちゃんの顔を、見ようとしない」
痛ましそうに、光之助が顔を歪めている。
光之助や葵も、赤ちゃんを産まれるのを、楽しみにしていたのだ。
生まれてきたのは、都では存在されていない、半妖の赤ちゃんだった。
素直に、喜ぶことができない。
都では、半妖がいないことに、なっていたのである。
生まれたばかりの赤ちゃんのことを思うと、どうしても、不安だけが、膨らんでいくのだった。
「そうか。赤ちゃんの面倒は?」
「マリアと乃里がしている」
「二人は、大丈夫なの?」
「マリアが、都近くの地方の生まれだから。少し、平気らしい」
「そうか」
空を見上げる沖田。
見上げている空は、地方も、都も、同じだった。
けれど、半妖が置かれている現状は、違っていたのである。
「三人のところに、今から、行くかな」
「いいの?」
大丈夫なのと言う顔を、光之助が滲ませていた。
沖田の周りで、嗅ぎ回っている連中のことは、把握していたのである。
その連中に、マリアたちのことを、知られる訳にはいなかった。
それに、誕生したばかりの半妖の赤ちゃんのこともだ。
「今から、何とかしてくる」
あっけらかんとしている。
光之助は、ただ、脱帽しているだけだ。
「先に、マリアたちのところへ行って、待っていてくれる? たぶん、三十分ぐらいしたら、いけると思うから」
「大丈夫なの?」
「平気だよ」
「ソージ兄ちゃんでは、ないよ」
僅かに、眉間をしわ寄せている光之助だ。
「あー。大丈夫、気絶させる程度だから、重傷を負わせないようにするよ」
「可哀想だから。あまり、ケガをさせないように」
「うん」
二人が別れた。
勿論、沖田を窺っている者たちは、光之助の後を、追うようなことはしない。
しばらく、街の人たちとの会話を楽しむ沖田。
それらの行動を逐一、彼らも、見張っていたのである。
不意に、路地裏に入っていくのを確認した。
彼らも、ある程度、距離を保ちつつ、何の警戒もせずに、入っていく。
何度か、こうした場面にも、遭遇していたのだった。
だから、警戒などしていなかった。
路地裏にいる浮浪者たちに、貰ったものを、また配ろうとしているだろうと巡らせていたのである。
そのため、油断していた。
路地裏に入った途端、沖田の姿がない。
瞠目し、奥に入っていき、沖田の姿を捜す。
キョロキョロする彼ら。
彼らの視界から、隠れているところで、楽しそうな笑みを、沖田が漏らしている。
面白いぐらいに、自分が仕掛けた罠に、掛かっているからだ。
口角を上げたまま、一切の気配を消している。
必死に、消えてしまった沖田の姿を、捜していたのだ。
(ごめんね)
瞬く間に、俊敏な動きで、彼らの背後に回り込んで、三人分の意識を、次々と刈り取っていった。
あっという間の出来事。
彼らは、反撃や抵抗することもできない。
何の躊躇もなく、瞬殺の動きだった。
地面に倒れ込んでいる三人を、笑顔で見下ろしている。
次第に、興味が失せ、頭の隅から、彼らの存在を、消し去っていた。
至急に、解決しなければならない問題を、抱えていたのである。
来た道とは違う経路を使い、マリアたちが、隠れ住んでいるところへ、向かっていたのだった。
彼女たちの土産も忘れず、栄養があるものを買っていく。
探っている者たちの気配が、なくなっていた。
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