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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第114話  出産

 光之助の報告を聞くため、待ち合わせ場所に、歩いていく沖田だった。

 ほぼ、毎日、光之助と顔を合わせていたが、そこに亮たちもいたので、光之助からの報告を聞くことがなかったのである。


 警邏軍本部があるビルの近くで、光之助が、一人で佇んでいた。

 沖田の自宅近くではない。

 沖田の自宅付近だと、亮たちに、密かに会っていることが、バレてしまう恐れがあるからだ。

 そのため、仕事帰りに、待ち合わせに使っている場所で、落ち合うことにした。


 このところ、光之助や、葵の様子がおかしかったので、マリアたちに、何かあったことを察していたのだった。

 急いている様子もないので、今まで気づかない振りをしていた。

 ようやく、光之助が、二人だけで、話がしたいと耳打ちをし、二人で会うことになったのだ。


(さてさて、彼女たちに、何かあったのかな)


 いろいろな件が重なり、彼女たちの隠れ住んでいるところに、顔を出していない。

 自分の周りにいる者たちに、マリアたちのことを、知られたくなかった。

 だから、足を伸ばすことを、しなかったのだった。


 定期的に、光之助から、報告を受けたのである。

 問題なく、暮らしていることだけは、耳にしていた。そして、妊娠している萌が、出産が近いと、聞いていたのだ。


(生まれたのかな? でも、予定よりも、早いし……。それに、生まれたのなら、光之助たちも、喜びそうだし……)


 前方にいる、俯きかげんな光之助を窺う。

 とても、嬉しそうな様子がない。

 近頃、光之助や葵に、不意に暗い影が、滲んでいたのだ。


 沖田と光之助との距離が、縮まっていく。

 いつもは、気づくはずの光之助。

 だが、沖田の姿に、気づかない。

 突如、自分に落とされた影で、伏せていた顔を、上げる光之助だった。


「光之助。待たせて、ごめん」

「ソージ兄ちゃん……」

 どこか、ホッとするような顔を覗かせている。

 さらに、ニコッと、微笑む沖田だ。

「どうしたの? 何かあった?」


 視線をそらし、光之助の瞳が宙を彷徨う。

 どこか、歯切れが悪い。

 このところ、こんな顔を見せていたのだった。


(草太の件、以来かな)


「とりあえず、歩きながら、話そうか?」

 周囲の視線が、沖田と光之助に、集まっていたのである。

 止まっていれば、それが余計にだ。

 ただ歩いているだけで、沖田は、人を惹きつけていた。

 ゆっくりと、歩き出す二人。


 注目されている双眸から、若干、薄れていく。

 周りを気にし、声も小さめだ。

「で、何があったの?」

「それが……」

「マリアたちのこと?」


 ズバリ、マリアたちの名前を挙げ、隣を歩く光之助が瞠目している。

 それだけで、話の内容が、彼女たちのことだと確信した。

「マリアたちに、何があったの?」

「……」

 口が重い光之助。

 どう喋ろうかと、悩んでいたのだ。


 根気よく、光之助が、切り出すのを待っている。

「……萌が、赤ちゃん、産んだんだ……」

 か細い声で、光之助が言葉を紡ぎ出した。

 その顔に、喜びがない。

 戸惑いだった。

 けれど、まだ、それには触れない。


「随分と、早かったね」

「うん……。急に、産気づいたらしく、マリアと乃里で、取り上げたらしい」

「そうか。二人は、大変だったね」

「前に、経験していたらしく、何も、問題なかったみたい」

「頼もしい、二人だね」

「そうだね」


「赤ちゃん、ダメだった?」

「……元気だよ」

「萌の調子が、悪いの?」

「母子共に、健康だよ。何も、問題ないよ。その点については」

「では、別の問題が、発生したんだ」

「……うん」

 躊躇うような光之助。


 無理やり、促すような真似をしない。

 寄り添うように、沖田が歩いていた。


「身体に……」

「もしかして、都にいては、ダメな子かな」

 思わず、俯いていた顔を上げる。

 その顔は、驚愕に満ちていた。


「だって、健康で、元気な赤ちゃんってことは、それしかないかなって」

 苦笑している沖田だった。

 察しがいい、沖田に、乾いた笑みを漏らしていた。

「……さすがだね」


「地方で、育ったから、僕は、そうじゃないけど。萌、相当、沈んでいるかな」

 光之助の様子から、出産した萌が、当惑している様子が窺えていたのである。

 地方においても、半妖の子を生み、育児放棄している現場を、何度も、見かけたことがあったのだった。

「赤ちゃんの顔を、見ようとしない」

 痛ましそうに、光之助が顔を歪めている。


 光之助や葵も、赤ちゃんを産まれるのを、楽しみにしていたのだ。

 生まれてきたのは、都では存在されていない、半妖の赤ちゃんだった。

 素直に、喜ぶことができない。

 都では、半妖がいないことに、なっていたのである。

 生まれたばかりの赤ちゃんのことを思うと、どうしても、不安だけが、膨らんでいくのだった。


「そうか。赤ちゃんの面倒は?」

「マリアと乃里がしている」

「二人は、大丈夫なの?」

「マリアが、都近くの地方の生まれだから。少し、平気らしい」

「そうか」


 空を見上げる沖田。

 見上げている空は、地方も、都も、同じだった。

 けれど、半妖が置かれている現状は、違っていたのである。


「三人のところに、今から、行くかな」

「いいの?」

 大丈夫なのと言う顔を、光之助が滲ませていた。

 沖田の周りで、嗅ぎ回っている連中のことは、把握していたのである。

 その連中に、マリアたちのことを、知られる訳にはいなかった。

 それに、誕生したばかりの半妖の赤ちゃんのこともだ。


「今から、何とかしてくる」

 あっけらかんとしている。

 光之助は、ただ、脱帽しているだけだ。


「先に、マリアたちのところへ行って、待っていてくれる? たぶん、三十分ぐらいしたら、いけると思うから」

「大丈夫なの?」

「平気だよ」

「ソージ兄ちゃんでは、ないよ」

 僅かに、眉間をしわ寄せている光之助だ。


「あー。大丈夫、気絶させる程度だから、重傷を負わせないようにするよ」

「可哀想だから。あまり、ケガをさせないように」

「うん」

 二人が別れた。

 勿論、沖田を窺っている者たちは、光之助の後を、追うようなことはしない。




 しばらく、街の人たちとの会話を楽しむ沖田。

 それらの行動を逐一、彼らも、見張っていたのである。


 不意に、路地裏に入っていくのを確認した。

 彼らも、ある程度、距離を保ちつつ、何の警戒もせずに、入っていく。

 何度か、こうした場面にも、遭遇していたのだった。

 だから、警戒などしていなかった。


 路地裏にいる浮浪者たちに、貰ったものを、また配ろうとしているだろうと巡らせていたのである。

 そのため、油断していた。

 路地裏に入った途端、沖田の姿がない。

 瞠目し、奥に入っていき、沖田の姿を捜す。


 キョロキョロする彼ら。

 彼らの視界から、隠れているところで、楽しそうな笑みを、沖田が漏らしている。

 面白いぐらいに、自分が仕掛けた罠に、掛かっているからだ。

 口角を上げたまま、一切の気配を消している。

 必死に、消えてしまった沖田の姿を、捜していたのだ。


(ごめんね)


 瞬く間に、俊敏な動きで、彼らの背後に回り込んで、三人分の意識を、次々と刈り取っていった。

 あっという間の出来事。

 彼らは、反撃や抵抗することもできない。


 何の躊躇もなく、瞬殺の動きだった。

 地面に倒れ込んでいる三人を、笑顔で見下ろしている。


 次第に、興味が失せ、頭の隅から、彼らの存在を、消し去っていた。

 至急に、解決しなければならない問題を、抱えていたのである。




 来た道とは違う経路を使い、マリアたちが、隠れ住んでいるところへ、向かっていたのだった。

 彼女たちの土産も忘れず、栄養があるものを買っていく。

 探っている者たちの気配が、なくなっていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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