表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
126/290

第113話  彷徨う子羊

 深夜遅くに、自宅に戻った近藤。

 彷徨う双眸で、生活感のない部屋を見渡した。

 いつもよりも、早く戻ったからと言って、誰か、待っている訳ではない。

 静まり返っている部屋に、落胆の色が隠せなかった。


 不意に現れた、姉がいるのではないかと、掠めていたのである。

 そして、結果は裏切られた。

 ふっと、自嘲気味な笑みしか漏れない。


 窓に映る、自分の顔を窺う。

 過ぎるのは、姉智巳のことだ。

 姉の幻影と、窓に映る、自分の顔を重ねる。

 重なり合うことがない。


 双子の姉智巳とは、全然、顔が違っていた。

 性格も、真逆だったのである。


「……バカだな。姉さんがいる訳ないのに……」

 数年ぶりに、会った姉の智巳。

 会ったせいで、姉のことを求めてしまう。

「迷惑なだけだろう……」


 子供の時に、別れて以来、会っていなかった。

 居場所さえ、知らなかったのである。

 現在も、詳しい居場所はわからない。

 けれど、自分とは、敵側にいることだけは、わかっていたのだった。

 姉の言動によってだ。


 詳しく、調べようとは思わない。

 自分と、かかわりを持ちたくないのが、姉の意志であると、確信しているからだ。

 だが、今は、姉にいてほしい、会って、話を聞いて貰いたいと言う衝動に、駆られていたのだった。


「姉さんの性格からして、会ってくれないだろうな……」

 苦笑している近藤だった。

 突然の姉の来訪も、原因の一つでもあるが、いろいろな出来事が重なり、頭の中が複雑に入り組んでいたのである。


 解決する糸口が、見つからない。

 解決する予感すら、抱けなかった。

 ほぼ、何もない部屋を、グルリと巡らせる。


(自分の頭も、こんなふうに、何も、なければいいものを……)


 実際は、小さな頭の中に、いろいろなことが、詰め込められていたのである。

 決して、整理できないものばかりを。

 軽々しく捨てられないせいで、ここまで来たようなものだ。

 息苦しさを、漂わせる息を零す。


 深泉組では、仕事が山のように残っていた。

 ほとんど仕事に、手が出ない出来事を抱え、仕事に、支障を来たしていたのである。そうした中が、土方たちが何も言わず、近藤をカバーしていたのだった。

 そうした状況を、近藤なりに把握し、自身がパンクしそうになったので、土方たちに仕事を任せ、家路についたのだ。

 だが、状況が変わることがない。


 思考の整理が、つかないのだった。

 どこから、手をつけていいのかも、見当がつかないほどだ。

 思わず、盛大な溜息を吐いた。


 帰宅しても、着替えることもなく、ベッドに腰を下ろす。

 どこか、肩も、下がりがちだった。


 智巳にも、生活感がないと叱られたにもかかわらず、物を増やそうとはしない。

 時間もないと言うのも、一つの理由だったが、最大の理由は、何を買っていいのか、わからなかったのだ。


 虚ろな眼光を、浮かべていた。

 底が見えない思考の渦に、囚われている。

 そのせいで、仕事の手も、止まりがちだ。

 幾度目かの、嘆息を零した。


 ふと、めったに開けない、引き出しに、視線を巡らす。

 以前、来た際に、智巳が置いていった物が入っていた。

 手がつき難い、大量の小さな宝石類だ。

 置く場所に困り、無造作に、放り込んでいたのである。

 今の自分にとっては、不要なものだった。

 姉に貰ったものを、容易く捨てることもできない。


「使ったところで、何も、変えられない」

 大量の金をつぎ込んでも、今の状況を変えるのは、難しかったのである。

 そこまで、深泉組の立場が、追い込まれていたのだった。

 次第に、思考を埋め尽くすのは、かつての上司だった芹沢のことだ。


 今回の一件は、皆目見当もつかない。

 普段も、皆目つかないことをするのに、今回はそれに輪をかけ、理解不能な出来事だった。

 理解を求めようと、芹沢に会いにいったが、回答を得ることができなかった。

 逆に、突き放され、落第してしまった。


 その時の光景が、ありありと蘇ってくる。

 芹沢からの評価が落とされ、あたふたとしてしまい、ついつい声音が硬くなってしまっていた。


(どう行動すれば、よかったんだ? 私は、あの人のことが、わからない……)


 冷静になろうと、心を落ち着かせようと試みる。

 いつもは、悪いことをしている商屋から、金を巻き上げていた。

 けれど、今回は庶民から慕われ、愛されている鶴岡屋から、金を巻き上げた挙句、店主を殺し、店を焼き払ってしまったのである。

 決して、ただで済まされないことだ。

 そして、許される行為ではない。


(なぜ? いつもとは違う行動を、とったんだ? ……わからない。わからないです、芹沢班長)


 鶴岡屋を始めとする、襲われた商屋を、調べることも禁じられ、見張られていたのである。

 近藤としては、打つ手がなかった。

 少しでも、情報を集めるように、部下たちに命じ、状況を掴もうと、試みている最中だった。

 だか、芳しくない。

 庶民からも、いつも以上に、好奇な目に晒され、情報を得ることが、難航していたのである。


 悪いことを、少しでも、頭から払拭させようと、頭を振った。

 消えることがない。

 逆に、増すばかりだった。

 止め処ない、嘆息を吐く。


 部下たちの行く末を、慮ってしまった。

 徐々に、都の治安が、悪くなっている状況を。

 そして、自分自身の居場所をだ。


 悪さをしているところで、金などを巻き上げていたこともあり、辛うじて、深泉組が潰されることがなかった。

 だが、今回ばかりは違う。

 いつもに増して、潰される可能性が、大きかったのだ。


(ここで、潰される訳にはいかない。居場所を、失いたくない……)


「……私は、どうすればいい……」

 苦しげな声音だった。

 このままいけば、居場所を失うのだった。

 そう巡らせるだけで、高ぶる感情。


 次第に、近藤の瞳が、変わっていく。

 深紅に、染まっていった。

 突き抜けていく感情に、ヤバいと抱き、感情をコントロールし、押さえ込む。

 こんなところを、誰かに、見られる訳にはいかなかった。


 咄嗟に、瞳を閉じる。

 大きく、深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせた。

 和らいでいく感情。

 鋭利な感覚から、穏やかな感覚になっていく。


 ゆっくりと、瞳を開けていった。

 いつもの黒の瞳に、戻っていたのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ