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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第111話  おとなしくしていられない武市

 謹慎している、武市が滞在している別荘。

 武市がいる部屋には、彼の部下と武市、武市を警護している田中しかいない。

 いつも傍らにいる秘書の江藤に、別な仕事を、任せていたのである。

 そのため、ここ数日、武市たちとは、別行動にとっていた。


「奥様から、預かってきたものです」

 目の前にいる部下が、武市の妻から、受け取ったバックを手渡した。

 武市の妻のところまで行き、貰ってきたものだった。


 定期的に、妻がいる家に、部下を行かせている。

 自分のことを、気にかけている妻に、自分の近況を知らせるためだ。

 勤皇一派の中でも、武市は愛妻家として知れ渡っていた。

 それにもかかわらず、愛人を、幾人か抱えていたのだった。


 部下が、武市の家に訪れるたび、妻は、武市の身の回りの服などを、部下に持たせ、武市の元に寄せている部下たちのため、手料理を振舞っていたのである。

 武市の身の回りのものは、常に新しいものが揃っていた。

 そして、机の上に、大量の重箱も、並べられていたのだった。

 妻が、用意した身の回りのものだけを、受け取った武市。


「これは、皆で食べてくれ」

「ありがとうございます」

 重箱を持って、部下が下がっていった。


 黙々と、また、仕事を再開し始める。

 瞑想している田中が、ソファに腰を下ろしたままだ。

 程なくして、呼び寄せていた河上が、姿を現した。

 田中同様に、闇の四天王の一人である。

 平坦な顔を、覗かせている河上。


「仕事だ」

 それに対し、武市も、無駄なことを言わない。

 河上が現れても、田中は身動きしなかった。

 ひたすら、瞑想に、耽っていたのだ。

「逃げ出した者を、捕まえてくれ」


 僅かに、胡乱げな表情を滲ませる。

 普段の仕事とは、違い過ぎるからだ。

「俺の仕事では、ない」

 きっぱりと、吐き捨てた。


 これまで、暗殺以外の仕事をしたことがない。

 自分自身の仕事に、彼なりに、強い信念を抱いていた。

 そして、河上が拒絶することは、武市の中で、想定内だった。

「めったな者に、頼めない」


 河上の目が、一段と細くなる。

 まだ、納得できない。


「依頼人は、とても上の方だ」

「だからと言って、探索に向いているやつは、いくらでもいるだろう?」

「確かに。だが、他の者に、知られたくない」

 微かに、眉が動く河上。

 目の前の武市を、捉えたままだ。


「捕まえるのは、逃げ出した半妖だ」

 河上も、瞑想していた田中も、武市の言葉に絶句している。

 徐々に、武市に対し、嫌悪感を滲ませていった。


 部屋の中では、誰も、言葉を発しない。

 重い空気だけが、漂っていたのである。

 しばらくしてから、無茶振りな武市に、河上が嘆息を吐いた。


「本気なのか?」

「本気だ」

 上層部に、内緒で仕事をしている武市の立場が、悪くなる一方だったからだ。

 彼らなりに、自分たちに仕事を与えてくれる武市を、危惧していたのである。


 勤皇一派において、裏で活動している者たちを、奇異な、それに、憎悪な目で見られることも多々あった。けれど、武市はそうした目で、見ることもなく、普通に接してくれていたのだ。

 その恩義で、忠告していたのである。

 自分が置かれている状況を、理解しつつも、淡白な武市だった。


「わかっているのか? 今回だって、無断で仕事をしたせいで、状況が悪化しているんだぞ」

「知っている。それが、どうした?」

 悪びれる様子がなかった。

 平然としている武市。

 黙っている田中が、溜息を零していた。

 ただ、ただ、開いた口が塞がらない。


「少しは、おとなしくしているってことが、できないのか?」

「できない」

「……」

 まっすぐに、怪訝そうな河上に、双眸が注がれている。

 揺るがない意志が滲んでいた。


 軽く息を吐き、首を竦めている。

 静観している田中に、声をかける河上だ。

「黙っていないで、何か言ったら、どうだ?」

「私は、護衛を頼まれただけだ」

 田中の言葉に、河上が渋面している。


 これ以上、話しても無駄だと諦めた。

 けれど、持ち込まれた仕事を、するつもりがない。


「……岡田は、どうした? あいつなら、何でも、引き受けるだろう」

「まだ、岩倉殿のところだ」

 胡乱げな眼差しを、覗かせてしまう。

 もうすでに、戻ってきているものと、思っていたのだ。


「随分と、気に入られているな」

 気にいられている状況に、何とも言えない顔をみせていた。

 そして、未だに戻ってこない状態に、若干、羨ましく思えるのだった。

 このところ、勤皇一派の内情が、殺伐とした空気になっていたので、うんざりしていたのだ。

 そうしたところにいない岡田と、交代したいと、抱いてしまったのだった。


「そうすると、河上しかしない」

 盛大な溜息を、河上が漏らした。

 武市の眼光が、嫌がる河上を捉えたままだ。

 変えるつもりがない武市に、無駄とわかりつつも、反発する。

「騒がれると、厄介だぞ」


「できるだけ、穏便に、捕まえてくれ」

「穏便って、あいつらだって、必死のはずだ」

「生きたまま、捕らえろ」

「むちゃくちゃだな」

「それでもだ」


 もう一度、さらに、盛大な溜息を吐いた。

 そして、ゆっくりとした動作で、意志が固い武市に、視線を巡らせる。


「どうするつもりだ?」

「知らない」

 捕らえた後のことを聞いた河上に、そっけなく返していた。

 その返答に、眉を潜めてしまう。

「知らないはずは、ないだろう?」


「聞かないのが、ルールだと言うことを、忘れたのか?」

「それは、そうだが……」

 苦虫を潰したような河上。


 強い眼光のまま、武市が、椅子の背に身体を預ける。

 依頼を受けた際、武市は半妖を、どうするのかは聞かなかった。

 聞く必要がないからだ。

 受けた高額の依頼を、淡々と、遂行するのみだった。


 突如、ドアが開かれる。

 呼んでもいないのに、ズカズカと、勝手に入ってくる者に、誰もが眉間にしわを寄せていた。

 闇の四天王の一人、中村だった。

 ここに岡田がいれば、闇の四天王が勢揃いだ。


 闇の四天王の中でも、中村は独特で、人を殺めることに、快楽を感じていたのである。

 同じ仲間でありながら、田中も、河上も、岡田も、嫌っていたのだ。


 武市の前に立つ中村。

 誰一人として、歓迎していない。

 それでも、姿を見せたのである。


「その依頼、俺が受ける」

 悦の混じる笑みを、漏らしていた。

「中村。お前には、頼んでいない」

「河上が、断っているんだ。俺しか、いないだろう。そんな重要な仕事を、任せられるのは?」


 さらに、いやらしく微笑む。

 部下たちがいたら、ゾッとしていただろう。

 けれど、武市は崩さない。


「これは、大切な仕事だ。それも、殺さず、捕まえてくるんだ? お前には、できないだろう」

「面白そうだ」

 武市の話を無視し、口角を上げ、二カッと笑っている。

「中村」


 顔を顰めている武市に、歓喜している双眸を傾けていた。

「今、都では、狩りが流行っているらしい」

「「「……」」」

 口に出さない。

「どうせ、狩りに使う獲物に、使うんだろうよ」


 三人も、半妖が、どうなるのか、予測ができていた。

 ただ、いやで、口に出さなかっただけだ。

 それを、楽しげに話す中村の姿に、おぞましさを漂わせている。


「武市さんは、よくそんな顔できるな? わかっていて、依頼を受けたのに」

「……」

 何も言い返せない。

 ただ、睨んでいるだけだ。


「中村向きの仕事ではない。だから、引け」

「断る。俺も、狩りをやってみたい」

 さらに、悦を深くしていった。

「中村!」

 声を荒げ、窘めるが、いっこうに聞く耳を持たない。

「やる」


 やる気になっている中村。

 仲間である二人が、目を細めている。

 けれど、全然、意に返さない。


 室内に、不穏な空気が流れていたのだ。

 一触即発で、誰も、身じろぎしない。


 何が起きても、対応できるように、構えているだけだった。

 咄嗟に、その空気を、打ち破ったのは中村だ。


 机の上にあった、資料の中から、一枚の紙を取り出した。

 そこには、捕まえる半妖の特徴が、詳細に書かれていたのである。

 それを持って、軽い足取りで、部屋から、出て行ってしまった。


 田中や河上がいる以上、中村を仕留めることは、容易だった。

 そうしなかったのは、人材も不足している上に、田中と河上も、ただではすまないと、抱いていたからである。

 闇の四天王の四人は、能力的に均衡していたのだ。


「……河上」

 武市に呼ばれ、いやな顔を覗かせている。

 それ以上に、武市も、眉間にしわを寄せていた。


 今回の仕事を、失敗したくはなかったのだ。

 依頼者から信頼を受け、次の仕事に、繋げたかったのである。

 この仕事は、新規の人物からの依頼で、その人とのパイプを切りたくなかった。

 そうした思惑もあり、この仕事を、あっさりと引き受けたのだ。


「中村よりも、早く見つけ出して、捕まえてくれ」

「……俺一人でか?」

 その声音に、苦々しさが、込められていた。


「二人つけてもいい。だが、それ以上は、ダメだ。上層部には、決して、今回の仕事は、知られたくない」

「「……」」

「田中。口の堅い者を選び、河上につけてくれ」

 的確に、指示を出す武市。


「……わかった。だが、今回だけにした方がいい。この仕事は」

「……」

「上層部に、知られれば、今以上に、大事になる。そうなると、ここにいられなくなる」

 唇を噛み、苦渋に満ちた顔を、武市が滲ませている。


 田中の言う通りだった。

 依頼を請けた仕事は、非常に、危険を伴う仕事だった。

 自分の立場が、今以上に、危うくなるのだからだ。

 わかっていながらも、自分の信念を貫くためには、必要不可欠な仕事だった。

 田中や河上から、見えないところで、皮膚に爪が食い込むほど、拳を握り締めていたのである。


「……わかっている。けれど、せっかくできた繋がりを、切りたくない」

「一つ、聞く。中村が抵抗したら、どうする?」

 真剣な眼差しだった。

「……優先は、半妖の捕獲だ」

「中村を、切り捨てるのか?」

 非難めいた顔を、河上が滲ませていた。

 それは、田中も同じだった。


「あれも、バカではない。ある程度、追い込まれれば、引くだろう」

「どうだろうな」

 他人事のように、呟く河上だった。


「とりあえず、外に出る」

「ああ。選んで、後を追わせる」

 重い気分のまま、河上が出て行き、その後を田中も、人員を選ぶために、部屋から出て行った。

 一人残された武市。

 眉間にしわを、深く刻み込んでいたのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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