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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第108話  車内

 都の中を、走っていく一台の車。

 後部座席に、岩倉と岡田が、座っている。


 ちらりと、岩倉が、おとなしい岡田の様子を窺っていた。

 いつまで経っても、場慣れしない岡田。

 若干、いつも落ち着きがなかったのだ。

 それが、今は微動だもしない。


 心の中が、ざわついているにもかかわらず、表情が、平常心のままだ。

 謹慎しているはずの武市が、また、動いたと、岩倉や岡田の耳に、入ってきていたのである。


(あら、成長したわね。武市さんのことを聞いても、気もそぞろにならなくなって)


 以前の岡田だったら、岩倉の護衛をしつつも、動揺が隠せなかった。

 落ち着きがなく、戻りたいと、顔に描かれていたのである。

 そんな姿を、楽しげに岩倉がからかっていたのだった。


(でも、僅かに、瞳が揺れているわね)


 些細たことも見逃さない。

 小さく、岩倉が笑っている。

 窓に映る岡田の瞳。

 彷徨っていることを、手に取るように、岩倉には理解できていた。


 前にいる鷹司に、視線を傾ける。

「武市さんは、どうしているの?」

「謹慎したまま、仕事に精を出しているようです」

 簡潔に、岩倉の質問に答えていた。

 どのようなことを聞かれても、即座に答えられるようと、あらゆる情報を網羅していたのである。


「仕事熱心ね」

「はい」

「でも、謹慎している意味、あるのかしら? 武市さんにも、困ったものね。もう少し、おとなしくしていれば、いいものを。そうすれば、自由に、活動できるのに。どうして、焦ってしまうのかしら」


 短慮過ぎると、岩倉が口に出しても、岡田は文句を言わない。

 ただ、黙って、ムッとしているだけだ。


「性分では、ないかと」

 不意に、不貞腐れている岡田に、双眸を巡らす。

 キツく、口を結んだままだった。

「ねぇ。鷹司の答えに、どう思う?」

 瞳をキラキラと、輝かせている岩倉である。


「……わかりません」

 そっけない返事を返した。

 それに対し、怒る気配がない岩倉。

 鷹司の眉間にしわが、寄っているだけだ。


(あら、面白くないわね。剥きになる依蔵も、楽しいのに)


 微かに、岩倉が首を竦めている。

 双眸が、鷹司の方を、捉えていた。

「深泉組の方は、どうなの?」

「未だに、庶民の目が、厳しいようです」

「あんなことを、すればね」

「はい」


 ネオンが照らす道を、車が走っている。

 いつものように、支援者たちとの会合に、向かっていたのだ。

 日々、忙しい岩倉に、休息をなかなか与えて貰えない。


「芹沢の行動も、性分なのかしら?」

「それは、どうかと……」

 あやふやに、鷹司が答えた。

 未だに、芹沢と言う人物を、捉えられずにいたのである。


 そんな鷹司を、気にも留めない。

 ただ、思うが侭に、喋っていく。

「芹沢は、変わらず、飲み歩いているのかしら?」

「いいえ。警邏軍に、何度か、戻っているようです」

 調べ上げた事実を、淡々とした口調で、鷹司が話していた。


 二人のやり取りを、岡田が、静かに耳を済ませていたのだった。

 その間、運転手は、忠実に安全運転で、目的の場所まで走らせている。


「そう。警邏軍の人たちも、大変よね。芹沢を飼っているせいで」

 少し、嘲笑が混じっている声音だ。

「そうかと、思います」

「なぜ、鶴岡屋を、襲ったのかしら?」

 返答に、詰まってしまう鷹司。

 答えを、持っていないからだ。


「いつも、襲撃する商家とは、違うところよね」

「そうだと、思います」

 上手く答えられない。

 苦々しい顔を、鷹司が滲ませていた。


 常に、崇拝している岩倉に、万全の態勢で、答えたかったのである。

 それができない不甲斐なさに、羞恥していた。


「……興味深いわね。鶴岡屋のことを、調べてくれるかしら?」

「承知しました」

「勿論、他のところもね」

「はい」


(さてさて、何が出てくるかしら)


 ほくそ笑む岩倉だった。

「姉小路殿は、どうしているのかしら? 最近、姿を現さないけど?」

 このところ、全然、顔をみせなくなっていたのである。

 見たくはないが、見えないと、気になるものだった。

 動いて貰わないと、困ることもあったのだ。


「あまり、動かれていないようです」

「随分と、静かにされているのね」

「たぶん。愛人と、一緒にいるのではないでしょうか。随分と、気に入る者でも、見つけたのでは、ないかと思います」

「そうね」


 余計なことは、言わない岩倉だった。

 信頼している部下とは言え、何もかも、話す訳でもない。

 気づかれないように、小さく口角が、上がっていたのである。


「三条殿は、屋敷で、仕事でも、しているのかしら?」

「はい。ですが、頻繁に、男たちの出入りが、あるようです」

「そう」

 聞いた割りに、三条に対し、興味を持たない。

 聞かなくても、想像がついていたのだ。

 ただ、口にしただけだった。


「西郷さんと、大久保さんは?」

「何かと、忙しいと思います。それと、大久保の方からは、連絡があり、都合がいい日でいいので、会いたいと言う言付けを受けております」

「いいわ。すぐに、日程の調整をして頂戴」

「最優先ですか?」

「そうよ」

「わかりました」


 鷹司との話が終わると、岡田がチラチラと窺っている。

「何?」

「……」


「黙っていないで、聞きなさい。答えられるものなら、答えるわよ」

 意を決した顔で、岡田が岩倉に顔を傾けてきた。

「武市さんは、大丈夫だろうか?」


(結局、聞くよね)


 これ見よがしに、鷹司が嘆息を吐いていた。

 けれど、岡田は気にしない。

 それよりも、大切な武市が、気になっていたのである。


「わからないわ。けれど、勤皇一派の上層部も、いい顔はしないでしょうね」

「……」

 心配げに、顔を歪めている。


「これまでだって、何度も、命を狙われていたんでしょ? やすやすと、やられたりしないでしょう」

「……」

「武市さんの信条は、曲げられないでしょうね。ここまで来ると」

「……」



読んでいただき、ありがとうございます。

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