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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第106話  井上、沖田に会う

 人通りが、少なくなっている深夜。

 貰い物を手にした沖田が、自宅へ向かって、歩いている。

 何人もの人たちから、貰い物を貰わなければ、もっと早い時間帯に、帰宅することができていた。

 貰い物をし、立ち話をしていたので、こんな時間帯になってしまっていたのだ。


 毎日、立ち話に、ふけ込んでいる行動。

 そうした行動に、後をつけていた人間たちが、徐々に減っていった。

 何も、変哲がない日常だった。


 上から命じられ、後をつけている者たちは、辟易していた。

 何も、変わらない日々に。

 このところ、彼らを、撒いていなかった。

 だが、未だに、数人は、沖田の後をつけている。

 察知しているが、気に止める様子もない。

 ただ、自宅へと、足を運んでいた。


(随分と、暇な人たちだな。後をつけても、意味がないのに……。上の人に命令されて、いやいやしているのかな。そうしたら、悪いかな。……何か、差し入れでもした方が、いいかな)


 待ち伏せしていた女が、突如、沖田の前に姿を現す。

 立ち止まり、きょとんとした顔を覗かせていた。


 綺麗に切り揃えられた髪。

 均整のとれた、体形をしている。

 そして、律儀そうな眼差しを携えていた。

 全然、見覚えがない顔だ。


(血迷って、誰か、素人で、油断させて、暗殺しようとしている?)


 目の前にいる女。

 彼女は、ただ、まっすぐ沖田を捉えている。

 唐突に、現れたにもかかわらず、一言も発していない。

 ただ、見据えていただけだった。


(何で、この人、こんなに、僕のこと、見ているんだろう?)


 黙っている二人。

 互いに、視線を交わしているだけだ。


 沖田の後をつけている者たちは、怪訝な顔で、成り行きを窺っている。

 その中の数人だけが、絶句していたのだった。

 そうした息使いを耳にし、目の前にいる女の知り合いがいることを把握する。


「……すいません。どちら様ですか?」

「……そう言えば、まだ、名乗っていませんでした」

「はい」

「私は、勤皇一派の金庫番をしている、井上香琉と言います」

 真摯に、井上が、真面目に自己紹介をした。

 紹介されても、身構えることもしない。


「勤皇一派の井上さんが、どうして、僕のところへ? 数人の人が、驚いているようですが?」

「さすがですね」

「いいえ」

「私の行動は、独自の行動です。きっと、誰かの指示で、仲間が、あなたを探っているのでしょうね」

 包み隠すこともしないで、状況を的確に、口にしていた。

 好奇の目をしながらも、相手のことを、窺っているのだ。


「いいのですか。バラしても?」

 愛嬌のある表情を漂わせていた。

 そうした表情を見逃さす、井上が見据えている。

「構いません。あなたのことですから、すべて、把握されているのでは?」


「それは、考え過ぎですよ」

「そうでしょうか?」

 不可思議そうな眼差しを、注いでいた。

「現在、後をつけている七人だけと、言うことしか、把握していません」


 後をつけていた者たちが、信じられないと言う顔を覗かせている。

 人数まで、当てられるとは思ってもいない。

 ただ、ただ、末恐ろしさを、感じさせていたのだった。


 ただ一人、表情を変えない者がいた。

 井上香琉だ。

 ある意味、彼女に対しても、胡乱げな双眸を傾けられている。


「人数だけでも、把握してるだけ、凄いと思いますが?」

 淡々とした口調だ。

「そうですか? 所属しているところが、別々で、把握するのが、結構、難しいんですが? でも、三人だけ、所属がわかりました。ありがとうございます」


 ニッコリと、沖田が微笑んでみせた。

 リキに、調べさせることもできた。

 けれど、させない。

 沖田自身、後をつけている者たちは、どうでもよかったのである。


「いいえ」

 井上の姿に、絶句していた者たちは、勤皇一派に者たちだった。

 自分たちの正体が、バレてしまってだ。

 対照的に、井上の口角が、極小さく上がっていた。

 ますます、興味相手として、沖田のことが、面白くなっていく。


「金庫番と言うのは、それなりの地位にいる人、なんですか?」

「いいえ。大したものでは、ありません。ただ、資金を、管理しているだけですから」

「そうなんですね」

「えぇ」


 楽しく、面白げな眼差しを、注ぎ始めている沖田。

 自分のことを、隠そうともしない井上に、興味を憶えていた。

 互いに、好印象を抱きつつある。


「どうして、そうした人が……、井上さんと、お呼びしても?」

「構いません。私も、沖田殿と呼んで、いいでしょうか?」

「ソージでも、構いませんよ」

 愛嬌のある微笑みも、忘れない。

 井上の表情も、変わることがなかった。


「あまり、馴れ馴れしいのも、いけないと思いますので、沖田殿と、呼ばせて貰います」

「そうですか……」

 残念そうな顔を、浮かべている。

 呼んでほしいにもかかわらず、なかなか、呼んで貰えないからだ。


(どうして、呼んでくれないんだろう)


 しゅんと、落ち込んだような表情を、沖田が垣間見せる。

 普通の人だったら、庇護欲をそそられていた。


「では、先ほどの質問の続きですが、そうした井上さんが、どうして、僕のところへ?」

「興味を、憶えたものですから」

「どこら辺に?」


「エリートと言われている、私たちの仲間を、翻弄しているところや、味方であるはずの警邏軍、まして深泉組までを、自由奔放に、動き回っている点など、様々です。沖田殿でしたら、後をつけている者たちを、蹴散らすことだって、できたはず。それなのに、何もせず、放置している点も、面白いです」

 興味を憶えた点を、素直に列挙していった。


(んー。そういう点を、素直に言う井上さんも、面白いと思うけどな)


「そうですか」

 困ったような顔を、覗かせている。


 二人で、喋っている間も、段々と、後をつけている者たちの身体が、自然と強張っていき、身構えていたのだった。

 井上の言葉通りならば、いつ、やれられても、おかしくなかった。

 警戒しながらも、身体の震えが、止まらない。


「僕としては、ただ、面倒臭いと、思っているだけなので」

「面倒臭いですか。私が、沖田殿の立場でしたら、排除していますね。目障りだと、思って」

「でも、そうすると、また、別な人が、引っ付いてくると、思うのですが?」

 沖田の意見に、真剣な顔で、思い悩んでいる。


(それも、そうですね。それもまた、目障りですね)


「……確かに。だから、放置しているんですね」

「はい。本当に、目障りになった時に、片づければ、いいだけで」

 意図も簡単に、とんでもないことを、口に出していた。

 そうなったかもしれない者たちは、怯んでいる。


「……プライバシーが、ないような気がしますが?」

「その点は、気にならないんで」

「気にならない?」

 ようやく、驚いたような顔を、僅かに匂わした。

「別に。見られても、困るものなんて、ないかなって」


(本当は、あるんだけど。その時は、撒けばいいし、それでもダメな時は、始末すればいいからな)


「私は、気にしますね。周りで、うろちょろされていると」

「そうなんですか?」

「はい。ですが、私の周りで、うろちょろされる方は、いないんで、今まで困ったことは、なかったです」

「いいですね」


 神妙で、真面目な顔つきに変わっていく。

 昔から、人に囲まれた生活を、送っていた沖田だ。

 思わず、羨ましそうな双眸を、巡らせていた。


「よくありません。相談したいことがあっても、近くで、誰もいないので、探すしかないんです」

 眉を寄せ、愚痴を吐露した。


 金庫番の井上を恐れ、勤皇一派の内部の者たちは、彼女に近づかないのが、鉄則となっていたのである。

 何かと、細かいことを直させたり、させられるからだ。

 小うるさい人間に、近づく者などいない。


「探さないと、誰も、いないんですか?」

 自分には、考えられない状況に、目を見張っている沖田だった。

 常に、沖田の周囲は、人で溢れていた。

「はい。どうしたら、沖田殿のように、人が、集まってくるのでしょうか? そうなったら、仕事の効率力も、働くと思うのですが」


「私は、よく人と、お喋りをしたりして、交流を図っています」

 思い悩んでいる様子の井上。

 気遣うような眼光になってしまう。


「お喋りですか……。私が、話しかけようとすると、逃げてしまうのですが」

「逃げてしまうんですか。それでは、したくても、できませんね」

「そうなんです。沖田殿のように、逃げてないでくれると、嬉しいのですが」

 何とも言えない顔を、滲ませていた。


 話をしたくても、仲間たちは逃げたり、目を合わせようとしない。

 徐々に、話をしてくれる人が、限られていったのだった。

 西郷や久坂ぐらいしか、いなかったのである。


「もし、よろしければ、いつでも、来てください。僕が、相手をしましょうか?」

 とても嬉しい提案に、思案する井上。

 自分から、来たとは言え、目の前にいる沖田は、敵側だった。

「所属しているところは、相反していますが、ただの人として、話し相手ぐらいは、できると思いますよ」

「……。どうしても、話し相手がいない時は、お願いできますか?」


「構いません」

「ありがとうございます」

「ところで、他に、僕に聞きたいこととか、ありますか?」

 開けっぴろげな沖田の姿勢に、ますます興味を沸いていく井上だった。


「では、なぜ、深泉組を選ばれたのですか。沖田殿のような、優秀さならば、どこでも入れたはず。その真意を、知りたいです」

「そんな、大した理由なんて、ありませんよ。ただ、都に来た際に、深泉組を見て、面白そうなだって。それに、他のところは、仕事が大変そうで、面倒臭いと、思っちゃって。でも、最近は、修理部も、よかったかもって。そこにいる開発を担当している人たちが、とても面白そうな人たちだったので」


 邪気のない、楽しそうな笑顔を、沖田が覗かせている。

 密かに跡をつけ、探っている自分たち仕事が、段々と、嫌気を差していく面々。

 そして、軽い眩暈を起こしていたのだった。


 そうとは知らず、話が進んでいく二人。

 外野だけが、曇よりと、沈んでいたのである。


「なるほど。では、芹沢加茂については?」

「とても、面白い逸材です。だって、自分の気分次第で、人を斬っちゃうんですから。こんな人、いないですよ」

 とても生き生きと、喋っている沖田。

 それに対し、沖田の話を、真剣に思考している。

「……確かに。いませんね」

「でしょ」


 話に、花を咲かしている二人だった。

 ますます、後をつけていた者たちが、憔悴していった。


「どういう思考を、しているんでしょうか?」

 眉間にしわを寄せ、井上が考え込んでいる。

 沖田同様に、興味を憶えていたが、仕事が忙しく、芹沢のことを、調べるのを後回しにしてきたので、井上自身、手にしている芹沢の情報が少なかった。


(調べる価値が、あるかもしれないですね)


「僕も、そう思うんです。でも、なかなか見えなくって」

「沖田殿でも、難しい」

「はい。芹沢隊長は、面白く、とても難しい人です」


「なるほど。今度、深く研究でも、してみましょうか」

「して見てください。それで、後で、教えてください」

「わかりました」


 その後も、自分の好きなものや、嫌いなもので、話が盛り上がっていった。

 そうした話を、後をつけていた者たちが聞かされ、精神的に、疲弊していたのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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