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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第104話  疲れていても、休めない西郷

 久坂から、頼まれた書類を持って、上層部のフロアーに行くと、いつの間にか、西郷が戻ってきていたのである。

 西郷以外の上層部へ、持っていく書類を、手早く渡していった。

 最後に、西郷への書類を持ち、沢村が、彼の部屋に訪れた。


 不在の間、溜まっていた書類に、目を通していた西郷。

 それに加え、このところ、外出することが多いので、様々な仕事が滞っている状況だった。

 沢村が手にしている書類に、首を竦め、小さく苦笑している。


「すいません。西郷さん、追加です」

「書類作業は、終わりがないな。後から後から、持ってこられる」

 沢村が訪れる前に、別な部下三人が来て、書類を置いていったのだ。

「ですね」

 笑顔を携えながら、沢村が相槌を打った。

 そして、西郷の机に、追加分の書類を置く。


 巌のような西郷同様に、机のサイズも、大きなものを使用していた。

 その大きな机には、作業スペースを作らないと、いけないぐらいに、多くの書類やファイルが置かれている。


「仕事は、終われたのですか?」

 頻繁に、外に出かけ、忙しそうな西郷を気遣う。

 自分たち以上に、何かと、忙しい。

 ここのところ、外の仕事をこなしているので、西郷自身の身体を、心配していたのだった。


 気遣ってくれる沢村に、頬が緩んでいた。

「今日のところはな」

「明日も?」

 思わず、胡乱げな声音になってしまった。


「そうなるな」

 若干、諦めが滲むような表情を、漂わせている。

 ますます、西郷の身体を、気に掛かる沢村だ。


(岩倉殿は、一体、どんな仕事を、依頼したのだろうか……)


 休憩する暇さえないぐらい、西郷は、馬車馬のように動き回っていた。

 食事の時間や、睡眠時間などを削り、仕事の時間を、確保していたのである。

 そうしているにもかかわらず、処理しないといけない仕事が、増えていく一方だった。

 上層部の人間でも、書類仕事もしない者が、存在していた。

 そのしわ寄せが、真面目に仕事をする、西郷たちに、降りかかってもいたのだ。


「申し訳ないと、思っている。仕事を押し付けてしまって……」

 どうしても、回らない仕事を、沢村たちに渡していることに、心苦しいと、抱いていたのだった。そのため、仕事を終えると、すぐさま部屋に戻り、できるだけ、自分で仕事を処理しようと、努力していた。


「いいえ。私よりも、弦惴の方が」

 血眼になって、書類と向き合っている久坂を、掠めている。

 同じように西郷も、仕事に邁進している久坂の姿を、思い浮かべていた。

 いずれ、外の仕事に、関わらせてあげたいと、巡らせていたのだ。

 現状では、適切に、書類作業をこなす人材がいないので、西郷としては、申し訳ないと抱きつつも、久坂を頼りにしていたのである。


「そうか。悪いことをしていると、思っている。後で、何か、埋め合わせをしないとな」

「そうしていただけると、弦惴も、喜ぶと思います」

 ニコッと、沢村が微笑んだ。


「他のみんなの様子は、どうだ?」

「武市さんの件で……」

 瞬く間に、顔を曇らせていく沢村。

 迷惑をかけ、胸を痛めている西郷だ。

「皆に、苦労をかけるな」


「いいえ。ところで、武市さんの件は、西郷さんが、処理しているのですか」

「いや。他にも、やることがあるから、大久保に任せている」

「大久保さんですか。後で、追加で、上がりそうな書類を、持って行きます」

 爽やかな笑顔を覗かせていた。

 少しだけ、西郷の心が、和らぐのだった。


「そうしてくれ。もし、大久保が不在でも、机でも置いておけば、大丈夫だ」

 外の仕事で、不在している可能性もあることも、見越していた。

 ふと、心の中で、嘆息を吐いてしまった。


(……。どうも、外に出かける楽しみを、憶えてしまったようだな)


 外での仕事の件を、西郷が巡らせている。

 密かに、外出する香茗の護衛に、西郷たちがついていたのだった。

 当初、頻繁に出られることも、ないだろうと、踏んでいたのだ。

 だが、外出する楽しみに、香茗がハマってしまったようで、何かと、外出する機会が増えてしまっていた。


 行動的になった香茗。

 いい反面、その分、西郷たちの負担が、のしかかっていたのである。

 外出するたび、西郷や大久保数人が呼ばれ、気の張る護衛をしていたのだ。

 そして、秘密にしている三条に対しても、心苦しさを募らせていた。


「わかりました」

「後、他には、何もなかったか?」

「ありました。西郷さんを訪ねて、桂さんが宅配の格好して、こちらに来ていました」

 クスッとした笑みを、零している。

「桂が? あいつにも、困ったものだ……」

 喋りながら、仕事の手を休め、立ち上がろうとする西郷。


「すいません。たぶん、もういないかと……」

「相変わらず、止まらずに、すぐさま行ってしまったのか?」

 眉を潜めている。

 何度か、桂に対し、連絡をつけられるようにしろと、命じていた。

 けれど、西郷の近くに、間者がいる恐れがあると、拒否したのだった。

 そう言われては、諦めるしかない。


「たぶん。……探しましょうか?」

「いや。桂のことだ、変装を変えて、動き回っているだろう。そうすると、容易く見つかることもできぬだろう」

「ですね」

 自分の席に、腰掛けていった。


 まだ、顰めていた顔が、緩まない。

 西郷としては、桂に落ち着いて、事に当たってほしいと、願っていた。

 桂がいれば、もっと仕事が、し易くなると、巡らせていたのだ。

「困ったものだ、桂にも」


 外だけではなく、味方の中にも、桂を狙う者が、存在していたのである。

 そうした者に対し、何かと、西郷が間を取り持って、押さえ込んでいたのだった。

 そうしないと、桂が味方の者の手により、殺される恐れがあったからだ。


 面倒の身がよく、ほっとけない性格でもある西郷は、能力がある桂を、見殺しにするのは勿体無いと、何かと桂を嫌う仲間たちに、働きかけを行い、やめるように求めていたのである。

 味方の中で、桂を狙っている者たちは、かつて桂の同僚や、部下だった者が多い。

 なかなか、決断を踏み切れない桂に業を煮やし、段々と、敵対していたのだった。


「未だに、虎視眈々と、狙っているようです」

 沢村の報告に、脱力するしかない。

 それほど、溝ができ上がっていた。


(どうすれば、そんなに溝が深くなるんだ?)


「随分と、根が深いですね」

「そのようだな。私の見込みも、少し、甘かったのかもしれない」

 渋面している西郷。


 もう少し、楽観的に構えていたのである。

 自分が介入すれば、どうにかなると。

 だが、結果は、平行線のままだった。


「西郷さんのせいでは、ありません」

 伏せていた顔を上げ、励ます沢村の顔を見上げた。

「桂さんたちの問題です」

「……ま。そうだが……」

 煮えきれない西郷がいた。


「西郷さんは、背負い込み過ぎです」

 窘めてくれた沢村に、小さく笑ってしまう。

「ありがとう。坂本は、どうしている?」


「酒場に、入り浸りです」

「困ったものだ」

「もう少したったら、戻って来て貰います」

 強い意志が込められていた。


「厳しいな」

「遊んでいる暇なんて、ありませんから」

 ほくそ笑む沢村だった。

 手綱を掴んでいる沢村。

 少し貫禄が出てきたなと、微笑が絶えない。


読んでいただき、ありがとうございます。

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