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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第101話  暗雲4

 訓練をサボり、酒を飲んでいる原田や永倉、藤堂、島田の姿が、彼ら以外いない訓練場にあった。

 深泉組に対し、蔑ろにするような視線に、嫌気がさし、誰もいないところで、四人で酒を飲んで、憂さ晴らししていたのである。

 待機部屋で、平然と、酒を飲むことが躊躇われたので、ここで落ち着いたのだ。


「いる場所が、ないな」

 乱暴に、原田が吐き捨てた。

 訓練場の中央で、数種類の酒を持ち込んでいたのだった。

 自分の好みの酒を、各々、手酌で飲んでいる。


「確かに。どこにいても、深泉組と言うことで、奇異の目で見られるな」

 慣れているとは言え、どこを歩いても、蔑むような眼差しに晒させ、島田自身も居た堪れない。


 何度目か、わからない嘆息を吐いていた。

 馴染みの店数件で、出入禁止になっている状況だ。

 勿論、芹沢たちのことで。


「どうにか、ならないのか」

 ぼやく永倉に、藤堂が首を振っている。

「無理だ」

「どうすればいいんだ……」

 嘆きしか、出てこない永倉だ。


 警邏軍内部よりも、外の方が、そうした視線が如実に、現れている。

 そのため、制服を着たまま、外に出るのにも躊躇してしまうのだ。


 原田班と永倉班の一部の隊員たちは、制服を脱いだまま、外に遊びに出かけてしまっていたのである。

 比較的、原田たちは顔を知られているので、出かけられなかった。

 庶民に、良心的と謳われている商家を、芹沢たちが襲った余波が広がり、深泉組は身動きができない状況に、陥っていたのだった。


「何で、鶴岡屋を、襲ったんだ?」

 訝しげな顔を、原田が覗かせている。

 鶴岡屋が良心的で、庶民から慕われている商家であることは耳にしていた。

 そして、何度か、人が良さそうな主人の姿を、見かけたこともあったほどだ。


「……さぁな」

 あまり関心を、永倉が示さない。

 ただ、黙々と、酒を飲んでいた。

「……あの男は、気持ち悪かった」

 珍しく、藤堂が口に出していた。

 突如、喋った姿に目を見開き、窺っている面々だ。


「胡散臭い」

「鶴岡屋の主人のことか?」

 僅かに、顔を曇らせている島田だった。

「ああ。なぜか、わからんが……」

 不意に、永倉が逡巡し始める。

「……あまり、考えたこともなかったが、確かに、胡散臭いかもな」

 眉間にしわを寄せ、原田が永倉や藤堂を捉えている。


「どういうことだ?」

 瞳を輝かせている島田も、聞きたいと顔を描かれていた。

「綺麗過ぎるんだ」

「綺麗?」

 首を傾げる原田。


「どういうことだ、シンパチ」

 先を促す島田だ。

「何一つ、悪い噂がない。そんな人間、いるか?」

 顔を顰めている三人に、永倉が視線を巡らす。

「確かに……」

 思案する顔を、島田が滲ませていた。


「いい噂は、耳にしていたが、悪い噂なんて、一つもなかったな」

 何気なく、原田が口にしていた。

「もしかすると、裏で、何かしていたのかもな」

「「「……」」」




 休憩室には、井上と沖田が和やかな雰囲気で、過ごしていたのである。

 書類を頼まれた井上を手伝い、仕事を終えた後に、誰もいない休憩室で、少し時間を潰していたのだった。


 そこへ、斉藤が姿を現した。

「どうした?」

「休憩です」

 にこやかに、答える沖田。

 サボっている感覚が、否めない井上は、少し目が泳いでいる。


「そうか」

 淡白な斉藤だ。

「班長は?」

「少し、見回りだ」

「外の方は、どうでしたか?」

「いつも以上に、目が厳しいな」

「そうですか」


 困ったような顔を、沖田が滲ませていた。

 フリーズしている井上。

 この状況に置いても、真面目に外で仕事をしていた斉藤の姿に、驚愕が隠せない。

 僅かに口を開け、ぽかんとしている姿に、沖田が口角を上げていたのだった。


「当分、和らぐことは、ないかもしれませんね」

 ニッコリと微笑む沖田を、見下ろしている斉藤だ。

 微かだが、心配の色を醸し出している。

「……だろうな。制服のまま、出歩いているのだろう」

「はい」


「大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。みなさん、変わらず、接してくれますよ」

 愛らしく、首を傾げてみせる沖田。


 安富から、外を歩いていた保科が、小石などをぶつけられた件を、報告を受けていたのだ。

 一般の庶民から、制服を着て歩いていた保科に、小石を投げつけられていたのである。

 保科から、安富に相談が行き、斉藤へと話がいったのだった。

 ただ、土方や近藤のところまでいっていない。

 これ以上、負担をかけるのも、忍びないと伏せたのだ。


「だが、今後は、何かあるかわからない。気をつけるように」

「わかりました」

 ふと、部下ではないが、仲間の井上に視線を注ぐ。

 見つめられる双眸に、ビクッと、身構えていた。


「井上は?」

「ぼ、僕は、平気です。仕事以外は、制服を着ないように、していますから」

「そうか」

 まさか、自分のことも、気にかけて貰えるとは思っていなかったので、激しく動揺している井上だった。


「新見隊長は?」

 うっと詰まらせる姿に、クスッと、沖田が笑っている。

 未だに、男色家の新見の脅威が、収まっていなかったのだ。

「大丈夫です。必ず、井上さんを、一人にしないように、していますから」

 そういう目的があり、今現在、井上に付き添っていたのだった。


「もしかして……」

 申し訳なさそうな顔を、井上が覗かせていた。

「気にしないでください。暇でしたから」

「ありがとうございます」

 歓喜溢れる表情だ。

 微笑んでいた顔を、無表情でいる斉藤に注ぐ。


「班長。今後、深泉組は、どうなるんでしょうか?」

「……厳しい立場に、追い込まれるだろうな」

「そうなると?」

「深泉組が、潰れる可能性が高い」

 置かれている状況を語った。

 顰めっ面で、井上が黙り込んでいる。


「それは、いやですね。せっかく、楽しい職場なのに」

 遠くを見つめる沖田だった。

 口を閉ざす斉藤である。




 その頃、待機部屋の一角では、山南班が一つに固まっていた。

 他の班は、バラバラで過ごしていたのだった。


「甘やかしていたから、こうなってしまったんだ」

 ふてぶてしく笑っている芹沢の姿を、山南が掠めていた。

 徐々に、太い眉が潜めていく。

 尾形が、心配そうに山南を窺っていた。

 何度も、辛酸を嘗められていたのである。


「芹沢隊長に、どうにかできる人物なんて、いないですからね」

 冷めた顔で、水沢が呟いていた。

 山南と尾形の顔が、険しくなっていったのだ。


「大丈夫でしょうか? 僕たちにも、処分が下ってしまうんでしょうか」

 今後の自分たちの処遇のことが、気になってしょうがない千葉。

 不安な顔が、ずっと、拭えずにいる。

 処分の対象となれば、昇格にも、影響があるからだった。


「なるようにしか、ならないわよ」

 落ち着きのない千葉を、藤川が彼女なりの励ましをかけていた。

 深泉組が、消滅する可能性が高く、自分たちは、解雇されるかもしれないと、どうしても言えなかったのである。

 あまりに、千葉の形相が、悲壮感で滲んでいたからだ。


 仕事が手につかないようで、事務三人組も話し込んでいる。

「芹沢隊長のこと、嫌いではないけど、今回のことは……」

 言葉を濁している三上。

 良心的な鶴岡屋で、買い物をしている一人だった。

 将来のために節約するために、良心的な価格で、売っている鶴岡屋などを、利用していたのである。


「そうね。今回の件は、随分と、酷いものね」

 やりきれない顔で、ジュジュが嘆息を漏らす。

「何で、芹沢隊長は……」

 思いつめたような表情でいる三上である。

「お金を持っているところしか、狙っていなかったのにね」


 これまで芹沢たちが、襲った商家のことを、伊達が思い返していた。

「でも、鶴岡屋からも、お金が出てきたんでしょう?」

 耳にしたことを、ジュジュが小さな声音で口に出した。

 それを聞いた際は、自分の耳を疑ったほど、驚きが隠せなかったのだ。


「意外だったわね」

 同意する伊達に、三上が頷くだけだ。

「改めて思うけど、芹沢隊長の情報網って、凄いわね」

 感心しているジュジュだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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