第100話 暗雲3
祝100話目に入りました。
話は、まだ続く予定です。
次の150話目、200話目に向けて、頑張ります。
五日ぶりに、警邏軍に顔をみせた芹沢だ。
その間、警邏軍を始め、深泉組の内部が吹き荒れていた。
矢面に立たされていたのが、小栗指揮官と近藤だった。
当事者である芹沢の行方を追うが、いっこうに捕まることができない。
居場所を突き止め、向かうも、そこは、もぬけの殻だった。
ふてぶてしい顔で、廊下を歩いている。
背後には、平山と平間が控えていた。
警邏軍の者たちは、芹沢たちと、いつも以上の距離を、開けていたのである。
ひそひそと、陰口を叩く者たち。
鶴岡屋を含めた、四軒の商家が襲われた件が、警邏軍内で広まっていた。
勿論、都中にも、深泉組の芹沢たちが、商家を襲った件が流れ出ていたのである。
警邏軍の者たちが、蔑むような眼差しを傾けていた。
だが、視線を向けるだけで、誰も口にしない。
剣豪で、容赦ない芹沢を、恐れていたのだ。
深泉組を潰すべきと言う声が、また、高くなっていたのである。
そうした声を鎮めるため、小栗指揮官が頭を下げ回っていた。
芹沢の表情が、崩れることがない。
堂々とした歩き方だ。
逆に、平山と平間が、目障りだと威嚇している。
二人の双眸により、瞬く間に注がれていた視線が、剥がれていった。
「構わん」
先を歩いている芹沢。
ただ、前を見据えていたのだった。
「ですが……」
言葉を濁しつつも、うるさいハエどもを、黙らせていく。
ムスッとしている平間が、黙ったままだ。
「好きにさせておけ」
「「……承知しました」」
威嚇するのを、やめる二人。
徐々に、好奇の目が、広がっていくのだった。
前方から、近藤の姿を捉える芹沢。
(暇なやつだ)
冷めた眼差しを、芹沢が巡らせている。
警邏軍に訪れる前から、近藤が現れると予測していたのだ。
自分が顔を出せば、姿を見せると。
わかりやすい行動に、芹沢の口角が、微かに上がっている。
先頭を歩く芹沢から、少し遅れ、平山と平間も静寂に佇む近藤を見定め、僅かに表情を曇らせていった。
歩く速度が、変わらない。
チラリと、平山と平間が、前にいる芹沢のことを窺う。
警邏軍内部に残っていた部下を使い、近藤隊の動向を探らせ、五日間見つからないように画策していた。
そうしたこともあったので、芹沢がどうするのかと、気になっていたのである。
何も、命じないまま、芹沢と近藤が立ち止まった。
「久しぶりだな、近藤」
ニコッと、笑ってみせる芹沢だ。
それに対し、淡々としている近藤だった。
とても、苦水を飲まされたとは思えない。
「お久しぶりです、芹沢隊長」
いつも通りに、頭を下げている。
怪訝そうな顔を、平山と平間が滲ませていた。
何か言ってくると、二人は読んでいたのである。
そうならず、平静としていたのだった。
「警邏軍は、随分と、騒がしいな」
「いつものことかと」
「そうか」
まっすぐに、芹沢に注がれたままの視線。
「そう言えば、どちらにいたのですか? 小栗指揮官から、呼び出しを、受けていたものですから」
「そうか。それは、知らなかった」
把握していたにもかかわらず、素知らぬ顔を通している。
警邏軍に残していた者によって、内情は筒抜け状態だった。
「何度か、窺おうと思い、向かったのですが、姿がなかったものですから」
「それは、済まぬことをしたな。何度も、足を向けさせてしまって」
「いいえ」
「御茶屋巡りをしていたんだ。な、平山、平間」
突如、芹沢から振られ、気が抜けていた二人。
「は、はい」
「……その通りです」
妙に、二人は早口だった。
慌てふためいている仕草から、誰の目からしても、嘘だとわかってしまう。
芹沢たち一行は、御茶屋にも出没していたが、商家の別荘にも滞在し、そこで大騒ぎをしていたのだ。商家の何人かが、芹沢たちを匿っていたのだった。
「そう、ですか」
近藤の表情が、変わることがない。
ひと呼吸をおいてから、もう一度、飄々としている芹沢に視線を巡らす。
「お聞きしたいことが、あるのですが、別な部屋で……」
「いや、構わない。ここで聞こう」
動こうとしない芹沢。
軽く息を吐き、身体を戻した。
「……。では、五日前ほどですが、鶴岡屋を始めとする商家を、襲ったのは、なぜですか?」
微かに、首を傾げ、悦が含む瞳で、芹沢が近藤を窺っている。
何も喋らない芹沢の代わりに、平山の口が動き出したのだ。
「……鶴岡屋が、横領した金を、溜め込んでいると言う情報を掴み、捜索したまでです。他の三件も、同じように情報があり、行動したまでです」
目を細め、説明した平山を捉えていた。
気圧されても、踏ん張って絶えている平山だった。
僅かに、額に汗を滲ませている。
その隣にいる、珍しくおとなしくしている平間も、同じだった。
「……私は、芹沢隊長に、聞いているのだ。平山には、聞いていない」
「……」
「その辺にしておけ、近藤」
芹沢に窘められ、矛先を押さえ込んだ。
ホッと、胸を撫で下ろす平山と平間だ。
強い近藤の圧に、晒されていたのである。
「平山の説明は、少しばかり違う」
喋り出した芹沢に、双眸を傾ける。
「金があると、耳にしたので、襲っただけだ」
身も蓋もない発言に、平山と平間が目を剥いていた。
「その金で、五日間遊んでいた」
ただ、微笑んでいる芹沢。
「……」
「楽しかったぞ」
「……それだけですか?」
若干、声音が強張っていた。
「ああ。実際に、かなりの金を、溜め込んでいたぞ。良心的と、庶民から言われているようだが、随分と、嘘つきだったな。そう、思わないか? 近藤」
「だからと言って、斬り捨てるのは……。そして、焼き払うのは……」
「気に入らなかったからだ。何が悪い?」
人を人とも思わない面を、覗かせていた。
二人の周囲の温度が、一気に降下していく。
居た堪れない二人。
すでに、芹沢と近藤の異様な空気を感じ取っている、警邏軍の者たちが、波が引くように、二人の見える範囲内から、消えていたのである。
芹沢から、命令されていない平山と平間が、この場から離れることができない。
ひたすら、絶えていたのだ。
「平山、平間。下がれ」
近藤が命じても、動かない二人。
芹沢の双眸が、近藤から離れない。
「近藤が、命じているぞ」
「「私は、芹沢隊です」」
口の端を上げている芹沢。
「二人とも、いいぞ。下がれ」
芹沢の命で、ようやく二人は動き出し、即座に、目の前から消えていった。
「優秀だろう?」
勝ち誇ったような笑みを零している。
「そうですね。随分と、怖がっていたみたいですが、特に、平間が」
近藤の視界には、常に二人が入り込んでいたので、様子が手に取るように、読み取れていた。
ずっと、平間の瞳が、怯えていたのである。
前にいる芹沢に対しだ。
「怖がりだからな、平間は」
表情が、揺らぐことがない。
「そうですか」
「で、二人を消えさせて、何が聞きたい」
「……本音です」
僅かに瞳を伏せ、意を決した目を、傾ける近藤だ。
けれど、まだ、どこかぎこちなかった。
「本音? 私は、いつも本音を、語っているが?」
「そうでしょうか? 私には、何か隠しているように感じます」
「だったら、お前が、探し出せばいいだろう? なぜ、私が口に出さなければいけない?」
横柄な態度の芹沢である。
「……とても、隠すのが、上手だからです」
「ただ、そんなものがないだけで、周りが勝手に騒いでいるだけかもしれないぞ」
「……茶化さないでください」
本音を語ってくれない姿に、渋面していく。
「茶化していないが?」
「私には、鶴岡屋を襲った理由が、わかりません。その後、三軒の商家を、焼失させたのも、わかりませんでした」
「先ほど、言った通りだ」
「……芹沢班長」
思わず、班長と呼んでしまった。
必死な顔を滲ませる近藤を、眇めている。
「私は、もう班長ではない」
「……すいません。ですが、訳を教えて貰えないと……」
取り縋ろうとする近藤の姿に、徐々に、興醒めしていった。
「見つけ出せばいいだろう? お前の手で」
「……」
苦渋に満ちた顔を、近藤が滲ませている。
「私は、私がやりたことをするのが、一番だ。他のことは、すべて切り捨てた」
まっすぐ近藤に、注がれている眼光だ。
「お前の一番は、何だ? 何を一番に、守りたい。ぐちゃぐちゃにしないで、絞れ」
「……」
「俺から言えるのは、それだけだ」
「……芹沢隊長が、したい行動をしているのですね」
顔を伏せているので、窺うことができない。
「そうだ」
「鶴岡屋の主人を、斬り捨てることであり、商家を焼失させることが」
「そうだ」
物怖じしない態度を、芹沢が取っていた。
「それが、芹沢隊長が、したいことなんですね」
念を押す近藤である。
「そうだ」
瞳を閉じ、気持ちを落ち着かせ、もう一度、近藤が見開く。
そこには、臆面もない芹沢の顔があった。
「……やり過ぎです、芹沢隊長」
「そうか。で、用事は終えたな」
「はい」
颯爽と、芹沢が歩いていってしまった。
立ち止まったままの近藤。
振り向くことをしない。
段々と、芹沢の背中が見えなくなっていくのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。