表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
112/290

第99話  暗雲2

 井上からの報告を、小栗指揮官に伝え、待機部屋に戻ってきていた。

 情報を持って帰る隊員たちを、待っている近藤。

 その間も、自分の席で、瞑想しながら、待ち構えている。


 仕事も、手につかないほどだ。

 しっかりと、組まれている手に、自分の額をつけていた。


(何で、おとなしくして、くださらないのですか? 芹沢班長。せっかく、深泉組が潰されることもなく、落ち着き始めていたのに……)


 苦悶の表情が、表に出ていない。

 目を瞑っているとしか、思えなかったのだ。


 待機部屋には、事務のジュジュしか残っていない。

 三上と伊達には、警邏軍での内部を、探らせていたのである。

 勿論、新見隊や芹沢隊は、誰一人として残っていない。

 こうなることを察し、すでに戦闘部隊ではない隊員たちは、雲隠れしていたのだった。


 ゆっくりと、近藤が息を吐く。

 気遣うような双眸を、ジュジュが傾けていた。

 話しかけられるような雰囲気ではなかったのだ。


 徐々に、外に出て行った隊員たちが、少しずつ戻ってくる。

 すぐさま、近藤の元に、報告にいけない。

 暗黙の了解のように、副隊長や班長が、全員揃っていくことが、視線で決まっていく。

 しばらくして、ようやく副隊長の土方を始め、班長たちも揃った。

 そして、重苦しい足で、近藤の前に立った面々だ。


 彼らの気配を感じ、伏せていた顔を上げる近藤だった。

 神妙な面持ちの六人の顔を窺う。

 微かに、近藤の顔色が悪かった。


「どうであった?」

「事実です。現状としては、酷い状況になっています。一軒目の鶴岡屋ですが、店の主人を、一太刀で斬り捨てられておりました。他にも、抵抗したと思われる、店の者が二人ほど、斬られておりました。店自体も、酷い有り様で、徹底的に、家探しをしたようで、かなり荒らされておりました」

 苦渋に満ちた顔を滲ませ、できるだけ淡々とした口調で、土方が報告していた。


 銃器組の人間が、検分をしているところを訪れ、頭を下げ、邪魔にならないように調査を行っていたのである。

 これまでにないぐらいに、すべての物を荒らし、壊して、見逃しがないように細部まで荒らされていた。

 いつも以上のやり口に、目にしていた土方自身、眉を潜めるほどだ。


「……で、斉藤の方は?」

 促された斉藤が、無表情で口を開く。

「ケガ人も、多数出ております。勿論、店の者を始め、客、後は、見物していた者にまで、ケガ人が、出ておりました。重症の者には、病院を手配し、軽症の者に関しては、近隣の屋敷を借り、救護しておきました」


 銃器組は調査に追われ、ケガ人にまで、意識がなかった。

 斉藤班が中心となり、救護に当たっていたのである。

 救護しながらも、どういった状況だったのか、話を聞いていたのだ。


「そうか」

 小さめな声音だ。

 原田の番となった。

 視線が定まらず、落ち気がない。

 余り面白くない話に、二の足が踏んでいたのだ。

 さっさとやれと、永倉に突っつかれる。


「……うちの班と永倉班で、二軒目にやられた店に、いってきたが、店の主人も、その家族、店の従業員、客は無事だった。ただ、多少なりの傷を、負っていたがな。ただ、店自体は焼かれ、ほぼ消失していた」

 簡素な報告を行った。

 放心状態の主人から、話を聞くことができなかった。

 そのため、周囲の者から、話を聞き込んでいたのだ。


「私の方から、報告させて貰います」

 断りを入れる山南。

 促され、呆然としている顔を、顔を顰めている山南に巡らせている。


「……原田班長が、報告したように、三軒目の有村屋も、同じ状況でした。死んだ人間は、おりませんでしたが、家探しをし終えると、あっという間に、芹沢隊長は、屋敷を燃やすように、指示を出したようです」

 さらに、苦々しい顔を、山南が窺わせているのだった。

 跡形もなく、屋敷などが燃やされていたのだ。

 その影響は、近隣まで出ていた。


「四軒目も同じだ。同じように、屋敷を燃やした。芹沢隊長は、一体、何をしたいのだろうな? こうも立て続きにするなんて、今までなかったはずだ」

 眉を潜めている島田の意見に、頷く面々が多い。


 商家を襲っても、せいぜい二軒ぐらいなものだった。

 それが、いつもの倍の、四軒が襲われていたのである。

 いつも以上に、容赦のないやり口だ。


「急に、金でも、必要になったのか?」

 何気なく、原田が呟いていた。

「お前とは、違うぞ」

 呆れた顔を、覗かせている永倉だった。


 眉間に、濃いしわを寄せている土方。

「それはない。このところは、羽振りがよかったはずだ。芹沢隊長に、献金している商家が、多く宴会を催していたからな」

 芹沢の動向を、常に探らせていたのである。

 けれど、突然の動きに、このような状況に陥ってしまったのだった。

「だったら、その商家から、依頼されたのか?」

 口を挟む永倉だ。


 商家からの依頼を受け、煙たい商家を、襲撃することが、何度かあったのだ。

 実際、原田や永倉は、そうした芹沢たちを、何度となく目にしていた。


「それも、どうだろうな」

 否定した島田の顔を、怪訝そうな原田と永倉が窺っている。

「煙たく思っているだろうが、そこまでする、必要性がない気がするぞ、どの商家を見ても」

 感じたことを、そのまま島田が口にしていた。


 今回、襲われた商家は、上手く立ち回っているところがほとんどだった。

 顔色一つ変わらない斉藤が、ようやく喋り出す。

「三軒目の有村屋と、芹沢隊長と繋がっている商家と、敵対しているが、微々たるものだ。もし仮に、依頼されたとするならば、他の商家を狙われるはずだ」

「「「「「「……」」」」」」

 行き詰ってしまった六人だった。

 出口のないトンネルを、歩いているようだ。


「機嫌が悪かったから、襲ったと言うのも、おかしい。それぞれ、襲われた場所が、離れている。機嫌が悪く、襲っているならば、その近隣を、立て続けに襲っているはずだ。それに、話を聞く限り、まっすぐに襲った店に向かった。寄り道せずにな」

「「「「「「……」」」」」」


 なぜ、良心的と庶民と謳われている、四軒の商家を狙ったのか、誰も、皆目検討がつかない。

 まして、一軒目では、主人を斬り捨て、他の三軒では、屋敷を焼失させていたのだった。これまで、屋敷内を荒らし、火を放つことがあったが、ぼやまでで、屋敷を焼失させることまでなかったのである。

 だが、今回は、屋敷を焼失させるまでしていたのだった。

 なぜ、そんなことまでしたのかと、誰もが訝しげていたのだ。

 不可解な出来事が、多くあり過ぎていた。


 チラリと、原田が永倉の顔を窺う。

 永倉自身が、無言のまま頷いていたのだ。

「……もう一つ、報告がある。……部下たちに、屋敷に火を放つように命じ、屋敷が燃えるのを、芹沢隊長が高笑いしながら、眺めていたらしい」

 言いにくそうに伝えた。


 破顔している面々。

 いやな役目だなと、原田が顔を顰めている。


「……本当なのか、サノ」

 胡乱げな島田の顔だ。

「本当だ」

「いつになく、酷いな」

 島田の眼光に、嫌悪感が滲んでいた。


「何人もの、見物人が見ている。挙句、非道だ、鬼と、見物人が呟くのを聞きつけ、芹沢隊長は、それがどうした?って言って、部下に命じ、見物人を痛めつけたらしい」

 あまりの非道さに、二の句が出てこない島田だった。

 いつも以上の、むちゃくちゃなやり口に、行動原理がわからないと、太い眉を潜め、山南が頭を振っている。


 離れた場所で、耳にしている隊員たちも、口を閉ざしていた。

 部屋に空気が悪過ぎて、いつも騒がしいメンバーも、おとなしくしている。


「おかしくなったのか、芹沢隊長」

 首を竦めている原田。

「そうなったと、言わざるをえないな」

 同意している永倉だった。

「おかしくなったとしても、何か、理由があるはずだ」

 珍しく、芹沢を庇うような発言をしている土方である。


 誰も、微かに目を見開き、驚きを隠せない。

 視線を集めている土方は、ブスッとした表情だ。


「芹沢隊長を、正答するものじゃない」

 それでも、擁護するような発言をしたのだ。

 いつも、芹沢に、意見をぶつける土方が。


 面食らっている原田たちに、僅かに、頬を朱に染めている。

 その空気を払ったのが、いつも静観している斉藤だ。


「確かに。芹沢隊長は理由なく、行動する人ではないと、私は思います。何らかの、芹沢隊長なりの、理由が、きちんとあるはずなんです。あの行動には。それを読み解かない限り、芹沢隊長の考えが掴めない気がします」

 斉藤が、自分の意見を口に出した。

 饒舌に喋る斉藤に、胡散臭い顔を山南が漂わせている。


「珍しいな」

「……」

「何らかとは、何だと」

 突っかかっていく山南。


「わかりません。私は、芹沢隊長ではないので」

 涼しい顔でいる斉藤だ。

 それに対し、ムッとしている山南だった。

 一方的に、山南が、闘志剥き出しになり始めていたのである。


「私は、感じたことを言ったまでです」

「……」

「ここは、忌憚なく、意見を述べる場所のはずです」

 もっともな正論に、言葉がない。

 ただ、むっつりしている斉藤を、半眼していた。


 妖しくなっていく雲行きに、島田が首を竦めている。

 原田と永倉は、面倒臭いやつらと静観していた。

 ただ、土方が険しい顔で、窺っていたのである。


「だったら、この後、どうすべきと、思うのだ、斉藤班長は?」

「芹沢隊長のことです。聞いても、答えてくれないでしょう」

「それでも、尋問すべきです」


 尋問と言う響きに、近藤の眉を微かに動く。

 誰も、斉藤と山南を注視しているので、気づく者が少ない。

 ただ一人、沖田だけが気づいていた。


「無理だと思います。芹沢隊長は、強い信念を持っている方だ」

 感情が、読み取れない斉藤の顔だ。

 そのことが、ますます山南を苛立たせている。

「だからと言って、このまま野放しにしろと言うのか?」


「私が、決めることではありません」

「逃げるのか?」

「逃げていません。そうした立場にいないと、言うことです」

 珍しい斉藤と、山南のやり取り。

 自分たちの席にいる隊員たちが、瞠目していた。


 山南と近藤や土方が、よく論争をしているが、これまで山南と斉藤が、ここまで激しく論争している場面に、出くわしたことがない。

 面白い組み合わせに、沖田も、このなりゆきを内心で、面白がっていたのだ。


「逃げていたから、このような状況に、陥ったのではないのか」

「では、山南班長には、芹沢隊長に、尋問することができるのでしょうか?」

 挑発してきた斉藤に、ぐうの音もできない。

 他の隊員たちも、ありえない光景に絶句している。


「お答えください。山南班長」

 まっすぐに、注がれる斉藤の視線。

 受ける山南も、逃げない。


 怯まない山南の姿に、口の端を上げている原田だった。

 頑張っているなと、永倉が感心している。


「……する……。私は絶対に行う」

「そうですか。ですが、手ごわいですよ」

「……」


「部下を、何人も、死なせることになりますよ」

 斉藤の言う通りだと、山南も巡らせる。

 けれど、逃げる訳にはいかない。


 唇を噛み締め、揺らぐことが少ない斉藤を、睥睨していた。

 睨まれていても、色を変えていない。


(気に入らない男だ。何を考えている?)


「斉藤。そこまでだ」

 二人の間に、土方が入っていく。

「わかりました」

 返事をし、口を結んだ。


「引いてください。山南班長」

「……承知しました」

 面白そうだったのにと、揶揄している原田を、鋭い眼光で土方が黙らせた。


「ところで、近藤隊長……」

 気持ちを切り替え、山南が近藤に視線を傾ける。

 徐々に、眉間のしわが、増えていった。


 動かず、逡巡している近藤を、捉えていたのである。

 斉藤と山南の論争を聞いておらず、ひたすら、何らかの思考に、没頭していたのだった。

 何も聞いていない態度に、怪訝そうな表情になっていく。


 口を開こうとする山南を、島田が遮る。

「山南さん」

 呼ばれ、島田の顔を窺う。


 島田が、頭を横に振っていた。

「……」


 もう一度、近藤の顔に視線を巡らすと、血の気が引いているようだった。

 そんな近藤の姿を捉え、班長たちが、自分たちの席に、静かに戻っていく。

 山南と島田しか残っていない。


「後にしよう」

「……わかった」


 考えに耽っている近藤から、二人も離れていった。

 残された近藤は、彼らの行動に、全然、気づいた様子もなかったのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ