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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第98話  暗雲1

 稽古中に、ケガをした三浦。

 痛みで、顔を顰めている。

 その手当てを施しているのが、事務三人組の一人ジュジュだった。

 だが、とても下手で、包帯が、今にも外れそうだ。


「……終わりました」

 解けそうな包帯を、凝視しているジュジュだ。

 眉間にしわを寄せている。

 不出来なできに。


 僅かに、ケガした腕を、恐る恐る動かすと、無残にも、でき上がっていた包帯が解けてしまった。

「「……」」

 治療をして貰った側も、してあげた側も、フリーズしている。


 事務仕事は、的確にできるが、こういった治療が下手だった。

 いつもは、他の二人が、担当していたのだ。

 部屋の中は、何とも言えぬ空気が漂っていた。


 ゲラゲラと腹を抱え、原田が笑い始める。

 他の隊員たちも、段々と、笑っていった。

 事務を担当している三上が、溜息を吐く。

 そして、笑い転げている原田の頭を、叩いたのだ。

 沖田は、優しく微笑むだけだった。


「痛いな、三上」

「笑い過ぎ」

 ムッとした顔を、眉間にしわを寄せている原田に傾けている。

 解けている包帯を見据えているジュジュに、気遣う眼差しを巡らせていた。


 普段、こうしたケガの治療をすることがないジュジュ。

 三上や伊達がいなかったため、する羽目になってしまったのだった。

 二人は、仕事で、総務組にいっていた。

 ほんの数分前に、三上が戻ってきたばかりだった。


 ケガをしている三浦が、顔を歪めている。

 笑っている場合ではないかと息を吐き、頭を掻く原田。

 無造作に、解けている包帯を、黙々と、原田が外し始めていた。


「包帯は、ある程度の締め付けが、必要なんだよ」

 何だ、何だと、興味深げに、誰もが窺っている。

 見た目が、不器用そうな原田が、器用に包帯を外していたのだ。


「それに、消毒が雑だ。もっと、丁寧にしてやれよ」

 まだ、片付けていない救急セットを見事に駆使し、三浦の治療を鮮やかで、スピーディーにしていく。

 誰も、瞠目せずにいられない。


 して貰っている三浦も、鮮やかな原田の腕前に、目を丸くし、見入っている。

 とても、机周りとか、汚い原田だと思えない。

 常日頃の生活から、こうしたことが、器用にできるとは、想像できなかったのだ。


「嘘でしょ……」

 目を見開き、僅かに、口を開けているジュジュだった。

 自分以上に、不器用だと、信じ込んでいたのである。

 それなのに、治療する上手な姿が、信じられない。


 三浦も、驚愕な眼差しで、気だるげな表情で、治療している原田と、魅了するほど、上手さを発揮している手の動きを、見比べていたのだ。

 表情と、腕の動きが、合っていない。

 痛みを、忘れるぐらいにだ。


「精進しろ。これぐらいできるようにな」

「……」

 この腕前では、何も言い返せない。

 完璧に、仕上がっていたのである。

「三浦、包帯の具合は、これぐらいで、大丈夫か?」


 放心状態だった三浦は我に帰り、言われた包帯の具合を、腕を動かし確かめていた。

 動かしても、包帯が解けることがない。

 締め付け具合も、ちょうど良かった。


「……大丈夫です」

 まだ、信じられないと言う顔を、覗かせていた。

「いつも、ケガばかりしているから、上手いのよ」

 落ち込んでいるジュジュに、三上が慰めていた。

 そんな言葉も、素通りしていくのだった。


「班長は、すぐケガすると、自分でやるもんな」

 何気ない顔で、フラードが口にしていた。

 仲間たちも、頷いている。

 微笑ましく、眺めていた沖田。


 突如、隣に姿をみせた斉藤に、顔を傾けていた。

 姿を晦まし、どこかへ行って、戻ってきたのである。


「それだけでしょうか? 技術的に、学んでいるような気がするんですけど?」

 治療を施された三浦の腕を、斉藤が眺めている。

「……確かに」

「素人では、無理ですよね」

「どこかで、学んだのかもしれないな」

「だったら、何で、サノ班長は、隠すのでしょうか?」


 治療の技術を学んでいたと、原田が公言したことが、一度もない。

 治療の技術を学んだと言えば、深泉組ではなく、銃器組に、配属される可能性が高かったからだ。

 そうした経緯を踏まえ、隠していると、結論付けたのである。


「わからないな」

「そうですか……」

 残念そうな顔を、沖田が覗かせていた。




 席をはずしていた井上が、仰天した面持ちで、待機部屋に入ってきたのである。

 そうした井上の動きに、気づいている者や、気づかない者がいたのだ。

 気づいた者の眼差しで、徐々に、井上の存在に気づくのだった。

 まっすぐに、近藤の元へ向かっていく。


 何かあったと察知し、穏やかだった気持ちが、一気に引き締まっていった。

 同じように、感知した土方が、呼ばれる前に、近藤の近くで控えている。

 どっしりと、構えている近藤の前に立つ井上。


「大変です。近藤隊長」

「何か、あったのか?」

 声音は、落ち着き払っていた。

「芹沢隊長が……」

 言葉を濁し、躊躇いを窺わせていた。


(また、何かを仕出かしたのか……)


 表情で、悟られないように、心の中で嘆息を漏らしている。

「芹沢隊長が、どうかしたのか?」

「……鶴岡屋を、襲撃しました」

「鶴岡屋……」

 どういった、悪さをしているところだと巡らせ、情報を引き出しから出していく。


(……良心的で、庶民からも、慕われている店ではないか)


 破顔し、動けない近藤だ。

「……どうやら、主人を、斬って捨てたようです」

 さらに、絶句してしまう。

 耳にした土方もフリーズし、言葉も発せられない。


 井上の言葉を聞いた多くの隊員たちも、固まっていた。

 ただ一人だけ、違っている。

 沖田だった。


(芹沢隊長、動き出したのか。でも、何をしようとしているのかな)


 困ったような顔を滲ませつつ、芹沢から貰った情報の中に、鶴岡屋の情報も、含まれていたことを、思い出していたのである。


 少しずつ、息を吐き、近藤が気持ちを落ち着かせた。

 伏せていた顔をあげ、不安な井上の顔を見つめる。


「それだけか?」

「いいえ。他の商家も回って、お金をせびり、渋ると、焼き払ったようです」

「……」

 静かに、近藤が目を閉じた。

 報告している井上を、正視することができなかったのだ。


(芹沢班長……)


 双眸が閉じられていても、苦しげな形相をみせていた。

 痛ましそうに、土方が近藤を窺っている。

 閉じていた目が開き、落ち着きがない井上を捉えていた。

「負傷者は?」

「わかりません」

 近くにいる土方に、視線を巡らす。


「至急、情報を集めるんだ。それと、芹沢隊長たちの行方を調べるように」

「班長たちは、現場に行き、詳しい情報と、ケガ人の対処を頼む」

 近藤からの命令に、隊員たちが一斉に動き出す。

 それらの動きを確かめてから、小栗指揮官の下へ歩き出す近藤だった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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