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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第1章  入隊
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第10話  賑やかな黒烏丸通り

 人々が行き交う雑踏で、ひと際目立つ集団がいた。

 艶やかな白の制服が目映いぐらいに似合っている沖田が、斉藤たちと共にすれ違うのも大変で、賑わっている黒烏丸通りを見回りしていた。

 通りの両側に露店がずらりと立ち並び、遥か遠くまで続いている。

 多彩な店があり、軽食を売ったり、食料品、日用品を売ったり、小物やアクセサリーがあって老若男女が集まっている。


 隙間を掻い潜って、歩く。

 不審者はいないかと目も光らせていた。

 メンバーの構成は伍長の斉藤を筆頭に、その腹心安富犀輔、瞳の色が緑でハーフのノール・牧、深く物事を追求しない楽観的な保科仁に新たなメンバー沖田を加えた五人だ。


 寡黙に仕事をしている斉藤に、そのすぐ隣に沖田が並ぶ。

 その背後にノール、保科、安富が続いた。


 通りを過ぎるたびに、しかめ面を浮かべる者が現れてくる。

 露店で働く者たちの一部で、深泉組に対していい感情を持たない者が多い。

 芹沢隊や新見隊が問題行為を繰り返し、嫌われていたのだ。

 隊が違うと言っても彼らにとっては同じ深泉組だった。

 数は少ないが軽く頭を下げて挨拶してくれる者もいた。


 沖田以外のメンバーは何事もないように素通りしていったが、誰に対しても温厚な沖田はまったく違う反応を示していた。

 一人一人ににこやかな微笑みで対応していたのである。

 誰しも降り注がれる微笑みに年齢問わず、射抜かれていった。


 愛くるしい微笑みを携えながら、隣にいる斉藤の整えられたオールバックにつけているジェルの香料を微量に感じ取っていた。

 普通の人なら感じない匂いでも、五感が研ぎ澄まされているので感じられる。


(さすが、斉藤さん)


 整えられている髪に一切の乱れがない。

 規則正しく櫛を梳いた跡が残っているだけだ。


(ギリギリに匂いが押さえられているものを使っているのか)


 ふと、どのくらい髪をセットするのに時間をかけるのかと疑問が湧く。

 それほど一寸の隙もなく、綺麗に整えられていた。

 それ以外にも制服にしわ一つなく、美しい着こなしをしていた。

 沖田自身、長い黒髪を簡単に一つにまとめるだけだった。

 早速、朝出勤すると、土方からきっちりと髪を結うように指導が入ったのだ。


(几帳面なところはすごく似ているな……)


 感慨深い思考を中止し、注意を受けないうちに仕事に意識を持っていった。

 注意をしてくる土方とは違い、他人に感心がない斉藤は注意しない。

 不意にどんな仕事でも手を抜くなと、眉間にしわを寄せて不機嫌な土方の姿が脳裏に映った。


(真面目に仕事をしますか)


 活気漲る露店を面白げに眺めながら、黙々と仕事を遂行している斉藤に話しかける。

 謎が多そうな斉藤と言う人物に興味が惹かれた。

「すごいですね」

 近藤隊でも無口な斉藤が口を開く。

「都でも、ここが一番賑やかだ」

 他のメンバーたちは驚きを隠し切れない。

 特にノールや保科の驚きは大きかった。


 人とのかかわりを必要以上に持たない斉藤に代わって、新人の教育をする役目は常に腹心安富が担っていた。二人を厳しくしごいたのは不在が多い伍長の斉藤ではなく、何事に対しても実直に仕事をこなす安富だった。

 珍しくしゃべったと二人は目を合わせている状況だ。

 彼らにとって、珍事件とも言えた。

 僅かに目を見張ったものの、すぐに冷静に戻った安富は斉藤と沖田の行方を見守っていた。いつでも自分が代わって、対応できるように務めていたのである。


「黒烏丸通りは初めてか? 都にきたばかりなのか?」

 話を続けようとする斉藤の姿に驚愕する二人。

 今日は良からぬことが起きるかもと、か細い声で囁き合っている。

 斉藤の耳にも届いていたが、怪訝な顔一つしないで無視を決め込む。同じように沖田も聞こえていたが、囁き合う二人に小さく笑っていた。

「はい。都には一年半ぐらい前に来たばかりです」

「一年半か……」

「それまでは父の仕事の関係で、地方を転々としていました」

「地方を転々としていたのか。それは大変だな」

「そうでもないですよ」


 父親が研究者で地方の地理などを調べていた関係で、地方を転々と移り暮らしていたと語った。そして、現在は父親が地方で暮らし、別々に暮らしていると付け加える。

 静かに耳を傾け、誰もが大型新人の話に聞き入っていた。

 ノールも保科もS級ライセンスに合格して落ちこぼれ集団と称される深泉組を希望した変わり者の沖田に物凄く好奇心が動かされたのだ。


「黒烏丸通りって、凄く活気がありますね」

 いろんな声が飛び交う周囲を見渡した。

 彩られている露店はたくさんの物が売られている。

「ああ。ここほどいろいろな物が揃ったところはない」

「確かに品揃えが良さそうですね」

「だろう」

「ですけど、白鷺もいいですよ。僕は白鷺通りの近くに住んでいるんです」

 黒烏丸通りよりも劣るが、白鷺通りは様々な露店が立ち並び活気が溢れる場所でもある。ただ、治安が悪い場所でもあった。

 一日何事もなく、過ごせるような安心できる場所ではなかった。

 その周辺で合成ドラックや窃盗、殺人と言った事件が頻繁に飛び交っている状況だった。


「白鷺か。あの辺に住んでいるのか」

 声音で斉藤が興味を惹かれたことを察する。

 普通の人なら、選ばない場所だった。


「いろいろな人がいて、面白いところです」

「そうか。飽きは来ないだろうな」

「えぇ。毎日、いろいろなことが起きますから」

 微笑む沖田とは対照的に面白くないとノールたちは思ってしまう。

 治安の悪さで何度か足を運んで、えらい目に合ったことがあった。

 そんな面々を気にせずに、のん気に沖田が話を進める。


「斉藤さんはどんなところに住んでいるのですか?」

「知っているだろう」

 当たり前のように斉藤が答えた。


 ノールと保科はわからないと首を傾げている。

「いいえ」

「少尉クラスは本部のコンピューターにアクセスできるのだから」

 二人の疑問に斉藤が答える形で種明かしをした。


「「えっ!」」

 聞き役に回っている二人が奇声を漏らした。


 階級が少尉クラスになると本部のコンピューターに簡単にアクセスができ、多くの情報を仕入れることが可能だった。そして、S級ライセンス保持者は、シールドが掛かっている特別な情報もアクセスできるようになっていたのである。

 階級が下の者はそういったことを一切知らなかった。だが、少尉ではない二曹長の斉藤がそうした上の者しか知り得ない内容を、どういう経路で知ったのかと、ノールたちの中で疑問が芽生える。


「近藤隊長のは見させていただきました。ですが、他のみなさんのは見ていません。その方が意外な発見ができて、面白いかなと思いまして」

「そうか。私は八代に住んでいる」

「静かな場所ですね」

「ああ。いい場所だ」

 八代に住んでいるのかと背後から小さな呟きが漏れ聞こえてくる。ノールと保科は同じ班にいながらも、斉藤が住んでいる場所すらしなかった。

 八代地区は警邏軍や近衛軍、外事軍関係者の宿舎が多く立ち並んでいた。


「!」

 突然の怒鳴り声に四方八方に巡らせていた視線が一つの場所に集中した。

 視線の先は籐のカゴを売っている露店だ。

 夫婦らしき二人が掴み合いのケンカをしている真っ最中である。

 派手な夫婦ケンカに目を丸くする沖田。


「またか……」

 背後に控えている安富が嘆息交じりに呟いた。

 状況が呑み込めないだろうと気遣い、いつもケンカをしている夫婦だと説明し、その原因が夫の浮気であると聞かせた。


 動じることなく、平淡に脇に立つ斉藤に尋ねる。

「止めなくても、いいのですか?」

「あの夫婦はケンカするほど、仲がいい。邪魔しないで、通り過ぎた方がいい」

「仲がいい……」


 ケンカしている夫婦の周辺に視線を向けると、何事もないように売ったり、買ったりしている人々の姿があった。毎日のように繰り返されている日常何だろうと面白い人たちの集まりに目を細め笑ってしまった。

 楽しい光景にもっと知りたくなった。

 黒烏丸通りに住まう人々を観察していった。


 ふいに、隣に立つ斉藤の変化に気づく。

 商売していることに夢中な魚屋のオヤジに、物静かでいる斉藤の瞳は射抜くような鋭い視線で止まっていた。

 それに合わせるように静かに様子を窺っていた。


 露店の脇から身を潜めていた五、六歳の少年が出てきて、並ぶ魚を盗もうと狙っていたのである。オヤジに気づかれないように注意を払いながら、盗み出そうとしている。


 一瞬の隙を狙って、魚に手をかけようとしていた。

 ただ、動かず、見ているだけだ。


「父親が病気に侵されている」

「それは大変ですね」

 淡々と説明してくれた斉藤の話に相槌を打つ。

 斉藤が動けば、動こうと思っていた。

 動かなかったので、沖田は静観している。


 それにどう見ても、泥まみれをした少年が金で買えるような雰囲気がなかった。

 そうしている間に、オヤジは盗もうとしている少年の存在に気づき、持っていた包丁を振り上げて威嚇して追い出そうとしている。

 寝込む父親に精がつくものを食べさせたいと必死な少年も負けてはおらず、目をつけていた魚を手にして一目散に路地裏に逃げ込もうとしていた。見逃すことができないオヤジは魚を手にした少年を追いかけていってしまう。


「大丈夫ですかね……」

「逃げ足が速い。それより……」

 逃げる少年よりも斉藤は別なことが気になっていた。


 露店の主が不在となって、勝手に粋がいい魚を持っていこうとする輩が増えていった。瞬時に安富に命令を下し、よこしまな輩を店から追い払う。

 しばらくすると、少年を逃がしたオヤジが戻ってきて、店番をしてくれていた安富らに礼を述べたのだった。


 その一部始終を斉藤と沖田は少し離れた場所から眺めていた。

 戻ってきた安富らと合流し、さらに見回りを続ける。


 小さな騒動ぐらいで後は穏やかな露店を通り過ぎていくと、沖田に話しかけてくる少年少女たちの集団がいた。

 彼らの身なりは良くない。

 かなりの貧困した子供たちだったが、泥だらけの顔は明るかった。


「ソージ兄ちゃん」

 慣れ親しい呼びかけに顔を綻ばせる。

 汚れることに抵抗感がない沖田を少年少女の集団が無垢な笑顔と共に取り囲む。その集団は男の子四人、女の子二人で年齢層もバラバラで九歳から十三歳といったところだった。


 集団のリーダー格の光之助が朗らかな顔で尋ねてくる。

 身長は高くないが、どことなく貫禄はあった。

「仕事、ちゃんとやってるの? 何かあったら手伝うよ」

 他のメンバーたちが無邪気に笑っていた。


「やっているさ」

 蔑むことなく、沖田は優しい微笑みと共に答えた。

 光之助たちも純粋無垢な笑みを返した。


 年下の子供たちに目上な態度を取られても怒りを見せない。

 何でもないといった素振りで、穏やかそのものだ。


「情報集めは、私たち以外に頼んじゃ、ダメだからね」

 長い髪が特徴の葵が沖田の腕を取って話しかけた。

 汚れた手で白の制服を掴まれ、泥のシミができてしまう。

 汚された張本人は怒るどころか気にしてない。

 もう一方の手で、子供たちの頭をゴシゴシと撫でている状況だ。


 掴んだ腕を離さない葵は十歳の少女で、葵を含めた少年少女たちは沖田が住むようになった白鷺通りの周辺に住む貧困層の子供たちだった。引っ越してきた当初から仲良くなっていた。そして、深泉組に入隊するまで、一緒に光之助たちと遊んでいた。

「わかっている」

「絶対だからね」

 他の集団の子供たちとも仲がいいことを知っているので強く念を押した。

 思わず、沖田は苦笑してしまう。

「ああ」


 どういう関係だ?と状況を飲み込めないノールは沖田に説明を求める。鮮やかな白の制服が無残にあちらこちらで汚れてしまうほど、汚い子供たちを可愛がって触れ合っていた。

「知り合いか?」

「はい」

 泥だらけの光之助たちが不審そうな眼差しをノールたちに傾ける。

 これが噂に聞く深泉組かといった目で凝視していた。


「俺たちの顔に、何かついているのか?」

 ぶっきらぼうにノールが尋ねた。

 訝しげに見ている光之助たちが、何を考えているのか、普段からそんな視線に晒されていたので気づいていた。まざまざと嘲るような視線に慣れていても、我慢ができなくなっていく。


 光之助たちも沖田がいなければ声などかけたくはなかった。

 問題を起こす深泉組に声をかける人たちはそう多くない。


「これが噂に行く深泉組かと思って」

「そうか。で、感想は?」

「問題、起こすなよ」

 怯むことなく、堂々と突っかかっていく。

 大人相手だからといって、引き下がる訳がない。

「何! このクソガキどもが」

 静観していた安富と保科は呆れ顔で、斎藤は無表情を崩さず、ムキになっていく二人に沖田はクスッと笑っていた。


 ふと、笑っていた沖田は一人だけくらい少年に視線が止まる。

 メンバーに一番遅く入った十三歳の少年で名を草太といった。年齢的に一番上だったが、十一歳のリーダーである快活的な光之助とは違い、どことなく静かな草太は集団の中で浮いていた。

 子供から青年になろうとする時期に差し掛かっていた。

「草太。ちゃんと食事をしているのか? あまり顔色がよくないよ」

 気遣う声にも、どこか上の空だ。

「草太? 大丈夫?」

 少し遅れて、曖昧な返事をする。

「え……、あ……、うん……」


 ノールとの論争を無視で終わらせ、光之助は沖田に耳打ちして、日ごろの様子がおかしいことを明かした。

「そうか。それは心配だね」

「草太。何も話してくれないし……」

 もどかし気な視線を呆然としている草太に投げかけた。

 新しく入った草太を一番気に掛けている。


 二人が話している間に、葵よりも一つ下の瑞希が何か躊躇っている仕草を見せた。

「瑞希。何か知っているの?」

 優しい沖田の問いかけに瑞希の顔がホッとする。

 なかなか話せなかったのだ。

 知っているなら話せとせっつかせる光之助。

 せっかちな光之助にしょうがないなと困り顔の沖田。


「う、うん……。あのね、父ちゃんと歩いている時に草太を見かけたんだ。それもガラの悪い連中と一緒のところを」

 何度も惚けている草太に視線を投げかけながら話した。

 告げ口をしているようで言えなかったのだ。

「ガラって。薬を売っているやつらか?」

 違うと首を横に振る瑞希。

 どんなふうにガラが悪いのか説明できない。

 瑞希が感じた勘で、実際に草太と歩いていたのは普通の装いをした男たちだった。

「格好はちゃんとしていたと思う」

 瑞希は段々と自信を失っていく。


「じゃ、どういうガラの悪さだ!」

「だって……」

「……普通の格好か?」

 斉藤の呟きを誰も聞き逃さなかった。

 誰も無表情の斉藤に視線を注ぐ。

「う、うん……たぶん」


 埒が明かないと思った光之助が本人に直に確かめる。

「草太。最近、誰と会っている」

 黙って答えない草太。

「草太。答えろ」

「……」

「誰と一緒だったんだ」

「……」

 頑として口を割ろうとしない。


「光之助、落ち着こう。今日のところは……」

 諫める沖田の仕草に、斉藤は子供の面倒見がいいのかと感じるのだった。

 ノールと保科は変なことに巻き込まれたなと頭を掻いていた。



読んでいただき、ありがとうございます。

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