第96話 試作品を試す2
試作品を試す準備が終わり、近藤、斉藤、沖田の手に、新しく開発された剣が握られている。
レーザー剣ではなく、妖しい光を放っている刀身の剣だった。
「珍しいですね」
ズシリと、感じる重みを、確かめていた。
懐かしい剣の重さに、沖田が顔を綻ばせている。
地方では、レーザー剣が少ない。
刀身の剣が、地方では主流だった。
地方暮らしが長い沖田も、地方によっては、刀身の剣や、様々な剣を使用していた。
「都の外じゃ、刀身の剣が、主なんでしょ?」
椎名が、愛嬌たっぷりに笑っていた。
顔全面に、ワクワク感が溢れ出ている。
昔ながらの造りに拘り、四人が寝ずに作ったものだった。
刀身に興味を憶え、その中心的役割を、担っていたのが、若手の椎名だ。
長い髪を、無造作に団子状にまとめ、顔や手には、汚れや小さな傷がたくさんあった。
女性としての、身だしなみがなっていない。
「地方すべてが、未だ刀身の剣じゃないですよ。場所によっては、レーザー剣が主流になりつつありますよ」
困ったような顔を、覗かせている沖田。
都に近い地方には、レーザー剣が流れていたのである。
目を見開き、驚きを隠せない。
椎名は都出身で、一度も、都から出たことがなかった。
地方にある、昔ながらの武器の武骨さに、憧れを生じ、ここ最近は、刀身の剣に力を注いでいたのだった。
何度も、失敗を繰り返し、ようやく納得するものができ上がり、今日に至ったのだ。
「一度でいいから、地方にいって、この目で見て見たいな」
遠い目をする椎名だった。
まだ、見たことがない、昔の武器を目にしたい。
都には、昔の武器の数が、圧倒的に少なかったのだ。
クスッと、沖田が笑っている。
(でも、地方に行ったら、餌食になりそうですね)
女性にしては、腕に筋肉がついているが、白く、まだ細かった。
都育ちで、何も知らない人だと言うのが、ひと目でわかってしまう。
そんな光景を、何度も、見てきていたのだった。
「そう言えば、地方で、使っていた武器とか、持っていないの?」
瞳を輝かせ、イケメンの沖田を窺っている。
普通の異性ならば、瞬く間に、魅了されるが、椎名は開発に魅了されているので、顔を赤らめることがない。
「すいません。これといっては……」
「そうか。残念」
残念な顔を滲ませていた。
「では、始めるぞ」
黒崎の声が掛かってきた。
そして、椎名たちが、室内の端に寄っていく。
近藤、斉藤、沖田の前には、刀身の獲物となる丸太や、竹などが設置されていた。
部下が下がったところで、立ち尽くしている三人に、視線を傾ける。
「では、始めてくれ」
黒崎の合図で、近藤、沖田の表情が変わる。
だが、斉藤は変わらない。
三人は同時に、用意された獲物に向かい、剣を振りかざしていったのだった。
たった一撃で、三人とも、動きをやめてしまっていた。
居た堪れない表情の近藤。
テヘと、笑っている沖田。
無表情で顔を伏せ、握っている無残な得物を眺めている斉藤。
三人の刀身の剣が、折れてしまっていたのだ。
「「「「「……」」」」」
寝ずに造った、折れた刀身の剣を、凝視している面々。
視線を合わせようとしない近藤に、顔を引きつらせ、近づく黒崎だ。
「近藤! 何度目だ。武器を壊すのは!」
腹の底から声が、実験場に響き渡る。
怒鳴られる近藤の姿に、沖田が目を丸くしていた。
瞳を彷徨わせ、近藤が無言を通していた。
何度か、こうした実験に近藤が、立ち会っていたのである。
これまでの試作品のレーザー剣などを、何度も、壊した過去を持っていたのだ。
壊す深泉組よりも、試作品の実験として、他の組が良かった。
だが、地味な仕事を、引き受ける組がないのが現状だ。
だから、武器を壊す深泉組を、渋々、使っていたのである。
「お前は、力の加減もできないのか!」
「……すいません」
か細く声で、近藤が謝罪した。
近藤としては、物凄く加減をしたつもりだった。
(力を抜いていたはずなのに……)
けれど、現実として、握られている刀身が折れている。
ガミガミと、発せられる怒声を耳にしながら、柄に力を注いだ。
すると、柄も、簡単に真っ二つに折れてしまったのだった。
うっと顔を曇らせ、気づかれないように、柄を後ろに隠してしまう。
説教が、止まらない黒崎。
いつもなら、土方は間に入るが、入る様子がない。
微かに、視線を剥がしていたのだった。
つばを飛ばしながら、怒っている黒崎を、苦笑した顔で沖田が眺めていた。
沖田が折った剣の前で、フリーズしている椎名に、視線を巡らす。
「すいません、椎名さん」
「たった一撃で……、私たちの苦労が……」
沖田の声が素通りし、聞こえていない。
困ったなと抱きつつ、斉藤の方に窺うと、斉藤を担当していた内藤と名乗った男の人が、労わるように折れた剣を持ちつつ、何かを呟いていた。
(途方に暮れているな。でも、できが悪いんじゃないのかな)
綺麗に、折れた剣を眺めている。
(打つのが、下手だったのかな)
また、目の前の椎名を、双眸で捉えた。
「何日も、寝ないで、頑張ったのに……。それが、それが、たった一撃で……」
「椎名さんも、まだ回復できないのか」
苦笑している沖田だった。
呼ばれている面々は、誰一人として、視線を合わせようとしない。
ただ、表情は、憐れんでいたのだ。
一撃で折った三人に、黒崎が鋭い眼光を覗かせる。
「お前たちは、もういい。下がっていろ」
落ち込んでいる近藤と共に、沖田と斉藤も下がっていき、黒崎に指名された土方、安富、尾形が出ていった。
実験場内の空気が重い。
誰一人として、無駄口を出さなかった。
黙々と、動いていたのである。
どこか、緊張気味の土方。
その後に続く、安富や尾形が、平然としていた。
準備が始まり、黒崎の合図で、始まったのだった。
一撃で折ってしまった土方は、動揺が隠せない。
折ってしまった土方とは違い、二人の剣は折れていなかった。
やったなと言う顔を、滲ませている二人。
他の面々も、表情が同じだ。
先ほどよりも、半眼している黒崎。
足音を響きながら、立ち尽くしている土方に近づいていった。
「土方。お前も、何度、壊せばいい」
近藤を叱責していたより声は、穏やかだ。
だが、双眸の奥が、ギラギラしている。
それに対し、土方が対抗しない。
ただ、肩を落としていた。
たびたび試作品を壊す近藤同様に、土方も壊していたのである。
試作品の実験に、全然、向いていなかったのだ。
「……すいません」
「どうして、お前たち深泉組は、すぐに武器を壊す」
いつもの恒例の説教に、島田が笑い、安富と尾形は、何度も言えない顔を覗かせていた。
先ほど折ってしまった近藤は、顔を伏せている。
黙ったままの斉藤の隣では、笑いを堪えている沖田がいたのだった。
首を竦めている毛利。
不意に、毛利に声をかける人物がいた。
「黒崎の説教が、始まったようだな」
聞いたことがない声。
きょとんと、目を丸くしている毛利だ。
「一応、修理部で、部長と言う肩書きを持っている、勝魁周だ」
部長と言う響きに、礼を尽くそうとする毛利を、軽く手で制した。
振舞いとしては、とても豪快だった。
「名ばかりの部長だ。若い時は、それなりに、エリート街道に邁進していたが、へまをして、黒崎に拾って貰った」
どういう顔をしていいのか、曖昧な顔を、毛利が滲ませていた。
さらに、笑みを深くする勝だ。
さっぱりとした中に、豪快さが溢れていたのである。
「だから、修理部のことは、さっぱりだ。いつも、警邏軍の中を歩いている、ただのおっさんだと、思っていてくれ」
口角を上げているものの、顔の筋肉が、硬くなっていく毛利だった。
「おかげで、随分と、情報通になった」
「そうなのですか」
「ああ。修理部にいても、仕事ができないからな、警邏軍を散歩して、暇潰ししている」
自分たち以上のダメ人間に、愛想笑いも難しい毛利である。
飄々とした顔を、説教が止まらない黒崎と、黙り込んでいる土方に傾けていた。
(あれでは、副隊長も、言い返せないな)
土方の手に、折れた剣が握られていた。
もう一度、さばさばしている勝のことを窺う。
顔の広い毛利でも、隣にいる勝のことを、今まで見たことがない。
(……見たことがないな)
僅かに、眉間にしわを寄せている。
さらに凝視し、探ってみても、見たことがなかった。
(おかしいな)
首を傾げ、毛利が窺っていると、口角を上げた勝が、顔を向けてきたのだった。
「私の顔に、何か、ついているか?」
不快な顔を、覗かせていない。
目が、笑っていたのだ。
「失礼しました。私も、警邏軍の中では、顔の広い方なのですが、勝部長のことは、拝見したことがないと思い……」
「そうか。でも、毛利のことは、何度か、見たことある」
「そうなんですか?」
瞠目する毛利。
そんな近くに、いたのかと。
「ああ。銃器組や、他の組のフロアでな」
「確かに。たまに、友人と、お喋りしていますね」
(喋りに、夢中になり過ぎて、気づかなかったのかもしれないな)
「随分と、熱心に喋っていたな」
「そうでしたか」
「お喋りは、楽しいからな」
「そうですね」
「こうして、知り合いに慣れたんだ、もし会ったら、話しかけても、大丈夫か?」
「構いませんよ」
「何せ、自分のできる仕事がないからな、ここでは。喋ることが、仕事のような人間だ」
豪快に笑っている勝だった。
腐っていない勝の姿に、毛利も、笑っていたのである。
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