第94話 万燈籠の内部
警邏軍の中のとある部屋。
部屋自体が真っ暗で、窓がない部屋だ。
微かに、灯る明かりしかなかった。
そこに、三人の姿がある。
薄暗い灯りで、口元しか見えない男。
この男が、万燈籠のトップに、君臨していた。
万燈籠のトップの脇に、一人の男が立っており、二人の正面に、もう一人の男が立っている。
二人の正面に立つ男が、芹沢や、芹沢を亡き者にしようとする、万燈籠の幹部たちを探っていた。
「まだ、諦めていないようです」
沈痛な面持ちな声音だ。
正面にいる、万燈籠のトップの顔色を窺っていた。
万燈籠のトップが、芹沢を亡き者にするのを、辞めろと命じても、数人の幹部たちが上の命令を無視し、芹沢を狙っていたのだった。
そんな状況を把握しているので、正面に立つ部下が、挙動不審になっている。
渋面しているのは、万燈籠のトップの脇に立っている男。
彼は、万燈籠のナンバー五の立場にいる。
「どれだけ、仲間を不足させれば、気が済むのだ」
苛立たしげな口調だ。
正面に立つ部下が、ビクついていた。
「で、何人死んだ」
「すでに、三人です」
か細い声で、事実を伝えた。
さらに、ナンバー五が、憤っている気配を放出させている。
報告している部下が、居た堪れなくなっていた。
芹沢が、万燈籠を抜けてから、何人もの刺客を送り込み、仲間の数が激減している。
仲間が減ったからと言って、すぐに補充できる訳ではない。
長い時間をかけ、選りすぐりの人選を、選んでいたのである。
「やつらの派閥だろう? 死んだのは」
「勿論です」
万燈籠のトップの問いかけに、すぐに部下が答えた。
突如、鼻で笑い出す万燈籠のトップ。
そんな姿を、訝しげに二人が見つめている。
「いいではないか。自分たちの派閥の人数が減るだけだ」
「……ですが、仕事に支障が……」
躊躇いがちに、脇にいる男が口にした。
ここ数年、仕事に支障が出ていたのである。
芹沢に、仲間を殺されてだ。
そのため、人材集めを行い、二人の前に立つ部下も、その一人だった。
「構わない。あちら側が、弱体化するだけだからな」
万燈籠と言う組織は、決して、一枚岩ではない。
現在、トップ、ナンバー二、ナンバー四が、密かに対立している。
その中に、加わっていないナンバー三。
静観する立場を、保持していたのだった。
そして、芹沢を亡き者にしようと、未だ動き回っているのが、ナンバー二だ。
この勢力図の中で、数を減らしているのが、ナンバー二でもあった。
「私たちも……」
「確かに、数は減ったな」
あっけらかんとしている万燈籠のトップ。
二人から視線を注がれても、表情が動くことがない。
「目ぼしい者、数人を見つけてある」
目を見張る二人。
ほくそ笑む万燈籠のトップである。
警邏軍を見て周り、目ぼしい人材を、目に付けていたのだった。
「誰を?」
「楽しみにしていると、いい」
まだ、二人に言わない。
採用するとは、限らないからだ。
ただ、眉間にしわを寄せる二人を、楽しそうに窺っていた。
「お前たち、きっと、驚くであろうな」
「まさか、沖田ですか?」
「違う。あれを、入れるつもりはない」
「「……」」
確固たる意思が、込められている声だった。
「ナンバー四辺りが、まだ、諦めているつもりはないようだが」
ナンバー四は、深泉組の沖田を、万燈籠に迎えようと画策していたのである。
けれど、沖田はそうした動きを察知するように、ナンバー四についている者たちから、逃げ惑っていたのだった。
そうした様子を嘲り笑うように、万燈籠のトップが眺めていた。
「いいのですか?」
気遣うような視線を注いでいる。
単純に、優秀な人材を、喉が出るほどほしいのではと、巡らせていたのだ。
「沖田に、首輪をつけることは、誰にもできない。逆に、やられるだけだ。あれは、芹沢以上のものになる」
「「……」」
芹沢と言うに、フリーズする二人。
万燈籠のトップの言葉に、そうなる可能性を見出していた。
それほどまでに、沖田の名は警邏軍、都中に響き渡っていたのである。
いい意味でも、悪い意味でも。
「だから、沖田には決して、手を出すな」
「「承知しました」」
真摯に、二人が頭を下げていた。
「ま、沖田自身、面白い男のようだし、いつかは、この目で、見てみたいものだ」
何とも言えない顔を、覗かせているナンバー五だった。
茶目っ気が、万燈籠のトップの顔があった。
何度も、そうした行為に、ナンバー五が振り回されていた。
苦々しい過去の出来事が、頭を掠めていく。
ナンバー五が、嘆息を漏らしたのだ。
そんなナンバー五の姿を、気にすることなく、話を進めていく。
「芹沢の方は、どうしている?」
「それが、鶴岡屋で暴れ、当主を殺したようです」
ふと、眉を潜めてしまう。
(なぜ、鶴岡屋……)
すぐさま、鶴岡屋の情報が、頭の中で広がっていった。
だが、目新しいものがない。
「金を、渋ったのか?」
「いいえ。かなりの金額を、積んだようですが、足りないと。隠している金を出すように、促したようですが、ないと言ったようで。その後、鶴岡屋の耳元で、何かを囁き、一撃で仕留めたようです」
部下の報告に、思考を巡らす万燈籠のトップ。
(……! なるほど、あそこと……)
口元が、キツく結ばれている。
(さすが、芹沢だな)
「芹沢は、暴れただけか?」
「いいえ。屋敷にあった物、すべてを、検分したようです」
「すべてか」
思わず、口角が上がっていた。
(やはりな)
「何か、ご存知なのですか?」
窺うような顔を、部下が滲ませている。
「お前は、知らなくても、いいことだ」
「わかりました」
頭を下げる部下だ。
「で、芹沢は、どんな物を検分し、手にしたのだ?」
「鶴岡屋には、商売で稼いでいる以上の金が、あったようです」
「金だけか?」
「何でも、布切れを、手にしたとか」
「布切れか。わかった、後は、下がれ」
報告させていた部下を、下がらせた。
残されたのは、万燈籠のトップと、ナンバー五だけだ。
「私たちでも、手にできぬ情報で、突き止めたのでしょうな」
芹沢の執念に、ナンバー五が驚愕していた。
そして、目を細め、恐ろしいやつと戦慄している。
「ああ。あいつの目は、腐っていない。ますます、磨きが掛かっている」
とても嬉しそうな万燈籠のトップ。
彼が、芹沢を可愛がっていたのは、把握していた。
だが、なぜ、芹沢を可愛がるのか、ナンバー五には、理解できなかったのだ。
「ですから……。惜しい人材でしたね」
どこか、他人事のような眼差しを傾けてしまう。
「……」
黙り込み、脇にいる男を見上げていた。
誰にも、芹沢を後継者と、口にしたことがない。
まさか、気づいているとは、思ってもみなかったのである。
「自分の後に、芹沢をつけたかったのでは?」
「……わかっていたのか」
「何年も、あなたの下に、下りましたので」
「……そう、そうだったな」
頼もしい片腕に、口元が緩んでしまっていた。
「いいのですか? 芹沢は自滅しますよ」
「しょうがあるまい。あれが、自分で望んだことだ」
嘆息を零すナンバー五だった。
不意に、遠い目をする万燈籠のトップ。
背凭れに、身体を預けた。
「さて、芹沢は、誰にやらせるのか」
「いろいろなところに、恨みを買っていますからね」
どこか、疲れが滲む気配を、醸し出していた。
「あそこまで暴れては、向こう側の組織も、動くだろうな」
ワクワクする気持ちを、抑えられそうもない姿に、ナンバー五が息を吐く。
「だと思います」
「壊滅してくると、助かるんだがな」
「ですね」
「だが、無理だろうな。どこまで、削ぐことができるか、だな」
「そうだと思います」
「だが、芹沢も、ただでは、やられないだろう」
「あの、芹沢ですから」
「随分と、私たちのように、弱体化するんじゃないですか」
「かもしれぬ」
面白げな笑みを零している万燈籠のトップに、不服そうな顔を覗かせていた。
「あなたは、楽しいかもしれませんが、私としては、面白くありません。早く、私たちの組織を、強固なものにしないと」
「……そうだな」
「では、私は、一足先に仕事に戻ります」
ナンバー五が下がり、部屋に万燈籠のトップが残されたのだった。
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