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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第92話  脅す

 苦虫を潰したような顔を覗かせている、銃器組三番隊長の山下だった。

 彼の他に、ニタッと、笑っている芹沢しかいない。

 打ち合わせをしていた山下たちのところへ、突如、芹沢が姿を現し、山下自身が部下たちを部屋から出したのだった。


 睨んでいる山下に、涼しい顔で眺めている。

「……何しに来た? 金は、渡したはずだぞ?」

「使った。あれぐらいで、見逃すと、思っていたのか」

 嘲り笑う芹沢に、さらに顔を顰めていた。


「あんな金、あっという間に、使ってしまった」

 溜めてあった金の一部を、以前、芹沢に渡していたのである。

 真っ赤に染めている顔には、今にも斬って捨てたいと描かれていた。

 けれど、芹沢の技量を、痛切に把握しているので、手出しできない。

 拳を握り締め、必死に気持ちを堪えていた。


 芹沢が、銃器組七番隊に所属していた際に、十分過ぎるほど、山下自身の目で見てきたからである。

 芹沢の高い能力に、嫉妬していた。

 自分には、ないものばかり手にしている芹沢に。

 充血させ、ギラギラしている山下の眼光。


 ぐうの音もできない姿に、口の端を上げているばかりだ。

「……俺には、もう金がない」

 ようやく、声を振り絞って出した。

 怒気を孕んだものだ。


「いや。まだ、残っているはずだ」

 自信に満ちた芹沢の声音だった。

 僅かに、山下の双眸が揺れる。

 そして、驚愕していたのだ。

「俺が、調べていないと、思っているのか?」

 追い討ちをかけた言葉に、山下がフリーズしていた。


 クックックッと、芹沢が笑っている。

 茨木を使い、どれぐらい持っているのか、調べさせていたのだった。


 胡乱げな表情で、山下が見つめていた。

 一枚の紙切れを、山下の前に投げ捨てる。

 そこには、自分の持っている、すべてのものが書かれていた。

 顔を強張らせ、身体も、動かせない。


「残りの金を出せ。すべてだ」

 要求を伝えた。

 憤怒と驚愕いる山下は、気づかない。

 芹沢が纏う空気が、冷気を伴っていることに。


「お前のバックに、いるやつにも伝えろ」

「……そんなやつは、いない」

 否定しているが、山下の顔色が、幾分悪くなっていた。

 双眸には、どこまで知っているんだ?と映っている。


 だが、知られるようなへまをした憶えがない。

 黙り込んでいる山下。

 ただ、面白げに、芹沢が眺めている。

 徐々に、山下の額に、汗が滲んでいた。


「俺が、揺すった後、そいつに、俺を、どうにかしてくれと、頼んだだろう?」

 渋面させ、奥歯を噛み締めている。

 対照的に、とても愉快そうな芹沢だった。

 芹沢の言葉通り、始末するように頼んでいた。

 だが、その相手も、芹沢の実力を把握していたので、山下の意見をすぐさまに破棄したのだ。

 揺すられ、焦っていたので、その際に、ミスを犯したのだった。


「もう少し、慎重に動くべきだったな」

 ニコッと笑い、窘めた。

 そして、腰掛けている山下に近づき、机に置いてあったペンを掲げる。

 悦が混じっている眼差しで、山下のペンを振ってみせた。


「随分と、いろいろなことを聞けたよ」

 ようやく、小型の盗聴器が、仕掛けられていたことに気づくが、すでに時は遅かった。

 殺気を漲らせ、獲物を射抜くような鋭い眼光を傾けている。

 痛くも、痒くもない、芹沢の表情は変わらない。

 とても楽しそうな顔を、覗かせている。


「バカのおかげで、面白いことも、知ったしな……」

 意味ありげな視線に、今にも、逆上しそうだった。

 けれど、唇を噛み締め、必死に耐えている。


 敵わないのは、百も承知だからだ。

 それに、僅かばかりの矜持もあった。

 これ以上、みっともない醜態を、晒す訳にはいかない。


 その滑稽さに、薄い笑みが芹沢から漏れていた。

 さらに、悔しげな顔を、覗かせている山下に近づく。


 制服を無理やりに開き、懐から、何か取り出そうとする。

 青い顔をし、必死に抵抗する山下だ。

「おとなしくしてろ」

 鋭利な殺気を、芹沢が醸し出したからだ。

 唸り声を出すだけで、抵抗するのをやめる。


 知っているような手つきで、目的の物を取り出した。

 ただの無地のスカーフだ。

 透かしてみると、マークらしきものが描かれている。

 八卦のような形に、近い文様だった。


 目を細め、凝視している芹沢。

 双眸の奥で、燃え盛る焔を滾らせていた。


「バックにいる者に伝えろ。これを返してほしくば、俺の連絡を待てとな」

 口を結んだまま、山下が睨んでいる。

 今すぐにでも、この場から、消してやりたいと。


「俺の言うことを、飲めないならば、これを公表でもしてやろうか? 一体どうなるんだろうな? それは、それで面白いかもな?」

 貝のように、閉ざした山下の口は、震えているだけで、何も発しない。

 用事は済んだとばかりに、怯えている山下を残し、会議室から出てきた。




 部下たちを待機させていた場所に向かう。

 僅かに、冷たいものを放出させていることに、誰も気づかない。

 芹沢と、すれ違う者たちは、微笑んでいる芹沢の顔を、見ないようにしていたのだ。


 鼻歌を歌い、陽気に歩いているだけだった。

 それにもかかわらず、恐怖を誘っている。


 警邏軍のとある場所で、部下たちが待機していた。

 芹沢の命で、集められていたのである。

 勿論、待機している場所に、新見隊長を含めた、新見隊も揃っていた。

 気が抜けている部下たちの前に、ようやく、姿を現す芹沢だ。


 芹沢が入ってきた途端、部下たちの背筋が伸びる。

 只ならぬ、緊張感が走っていた。

 ゆったりと、構えているのは新見だけだった。

「仕事する」

 短い言葉だけだ。

 それだけで、誰も理解している。


 先ほどまでの、緩んだ表情ではない。

 誰もが、口の端を上げていたのだ。


「場所は?」

 楽しげな顔を、新見が滲ませていた。

「鶴岡屋だ」

 意外な場所で、新見が首を傾げている。

 それは、他の隊員たちも、同じだった。


 鶴岡屋は、庶民に良心的で、お金など溜め込んでいる雰囲気がなかったからだ。

 主人も、店の者も、食べる物や着る物は質素で、庶民からは慕われていたのである。


「遊べるのか?」

 微かな平間の呟きだった。

 見逃さない芹沢。

「不満か」

 目を細め、平間のことを捉えている。


 フリーズしている平間。

 自分の失態に気づくが、どうすることもできない。

 室内は、一気に冷え切ってしまう。

 誰も、喋ることはしない。

 芹沢の動向が、気になっていたのだった。


 ただ、強張っている平間を、見つめている芹沢。

 余計なことを口走ってと、他の隊員たちが、平間を責める眼差しを傾けている。

 自分たちに、火の粉が掛かるのを、恐れていたのだった。

 他の隊員たちを、気にすることなく、動き出し、ピクリとも動かない平間に近づく。


 すぐ目の前まで、来ていた。

 けれど、指一つも、動かせない。

 醸し出す空気に、気圧されていたのである。


「不満かと、聞いたが?」

 ふくよかな頬が、上がっていた。

 だが、双眸の奥が、笑っていない。

「……いえ。不満などありません」

「そうなのか? 別に、来なくても、いいぞ。平間」

「……」


「お前が、思うところでも暴れ、金でも巻き上がれば、いいんだぞ」

 甘い声音だが、立ち尽くしている平間。

 慄いているだけだった。

 黙っている他の隊員たちも、同じことだ。


 芹沢に意見すれば、問答無用で斬り捨てられた部下や、機嫌一つで、部下を斬り捨てることもあったのだ。

 それを、彼らは見てきたのである。

 如何に、今の現状が悪いか、認識していたのだった。

 ただ、新見だけは、鬱陶しい成り行きを窺っている。


「どうした? 遊びたいんだろう?」

 さらに、戦慄している平間に、顔を近づけていく。

 平間からは、脂汗しか出てこない。


 誰の目から見ても、逆鱗に、触れていることを察している。

 けれど、容赦しない芹沢の性格を、把握している部下たちは、穏便に事が収まることを願っているだけだった。

 機嫌一つ、芹沢の行動が、変わっていたのである。


「……仕事がしたいです」

 どうなるのかと、瞳を彷徨わせながら、擦れた声で訴えた。

「真面目だな」

 射抜くように、見つめている芹沢。

 蛇に睨まれたカエルのようだ。

「……隊長の命じる仕事がしたいです」


「いいのか?」

「はい!」

 人一倍、声を張り上げた。

 静寂な室内に、平間の声だけが広まっている。


「……そうか。では、仕事するんだな」

「勿論です!」

「では、ついてくるといい」

 言い終わると、刺すような空気を収め、踵を返していた。

 それに続くように、新見を始めとする部下たちが、ぞろぞろとついていく。


 その場に、金縛りに合っていたかのような平間だけが脱力し、強張っていた身体を緩めていたのだった。

 無表情でいる平山が、脇を通り過ぎる時に囁く。

「バカ。さっさと来い」

 気を取り直し、震え立たせた身体で、平間が芹沢と新見の集団の後から、ついていったのだった。




 目的地の鶴岡屋まで、誰一人として、無駄口を叩く者がいない。

 先ほどの平間の失態を、垣間見ていたからである。

 そして、新見も、ご機嫌が悪い芹沢に、喋りかける真似などしなかった。

 自分の部下たちと、他愛のない会話を楽しんでいたのだ。

 芹沢の部下たちは、ピリピリした状態が続いていた。


 鶴岡屋に到着しても、躊躇うこともなく、芹沢が入っていく。

 店内に入ると、悪い噂が絶えない芹沢の姿に、店員も、客も、度肝を抜かれていた。

 客たちの一部が危険を察知し、静かに店から出ていった。

 そうした行為にも、目も止めない芹沢だ。


「店主はいるか?」

 芹沢の問いに、店員が狼狽えながら、やり取りをする。

「……奥に下ります」

「では、呼んでくれ」

「……どういった、御用でしょうか?」

 微笑んでいる芹沢。

 けれど、目だけが笑っていない。


「呼んでくれと、言ったんだが?」

 あたふたし始める店員たち。

 さらに、残っていた客の数人が、巻き込まれるのは、ごめんだとばかりに、そそくさと逃げ出す者もいた。

 好奇心や、恐怖に駆られ、動こうとしない者もいたのだった。


「お、お、お待ちください」

 覚束ない足取りで、奥に下がっていった。

 しばらくすると、人の良さそうな面持ちをした、鶴岡屋が出てきたのである。

「大変、お待たせをしました。深泉組の芹沢様」

 礼儀正しく、頭を下げている鶴岡屋を、冷めた視線を巡らせていた。


「知っているようだな」

「勿論でございます。この都において、芹沢様のことを、知らない商人なんて、おりません」

 すでに用意した金を、店員から渡させようとする。

 店員から、芹沢の傍らにいた平山が受け取った。

 かなりの額が包まれている。

 店の中から、掻き集めてきたと言うぐらいに。


「まだ、あるだろう?」

 いやらしく、口角を上げている芹沢。

 それに対し、申し訳なさそうな顔を覗かせている。

「これが、私どもの、精いっぱいでございます。お許しいただけ、ないでしょうか?」

 深々と、鶴岡屋が、頭を下げ、懇願した。

 頭を上げようとしない鶴岡屋を、見下す。


「……知っているんだぞ?」

「何のことでしょうか」

 頭を下げたまま、鶴岡屋が喋っていた。

「随分と、あこぎな商売をしているんだな」

「私どもは、良心的に、商売させていただいております」

「それは、表向きだろう」


 鶴岡屋の身体が、僅かに動いた。

 見逃さない芹沢と、部下たちだ。

 ようやく、新見を始めとする部下たちが、鶴岡屋が、塩の商いだけではないことを、把握したのだった。

 面白くなるぞと言う顔を、誰も滲ませている。


「面を上げよ」

 促され、鶴岡屋が、芹沢が手にしている布に、瞠目している。

 何の変哲もない布だ。

 新見や部下たちが、怪訝そうに、二人の様子を窺っていた。


「知っているだろう?」

「……」

 口を結んだままの鶴岡屋。

 徐々に、身体が震えていった。


「……申し訳ありません。そのような布は、存じません」

 鶴岡屋に、近づく芹沢。

「そう言うと思っていた。言えないよな、自分の口からは?」

「……何のことでしょうか?」

 顔が引きつっている。


 ニコッと、笑みを漏らした途端、芹沢が瞬殺で、目の前にいた無抵抗な鶴岡屋を、斬り捨ててしまった。

 顔色を変えない新見や部下たち。

 店員や、残っていた客たちが、青ざめていた。


「すべてのものを、俺の前にもってこい。検分する。抵抗する者は、誰だろうと斬り捨てろ」

「「「「「はっ」」」」」

 部下たちが、芹沢の命に従い、店中の物を集め始める。

 抵抗する者たちは、命じた通りに、斬り捨てていったのだった。


 冷めた眼差しで、部下たちが暴れている様子を、傍観している芹沢だ。

 すぐさま、芹沢たちが、鶴岡屋を襲った件が、都中に広まっていくのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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