第91話 四人で、今後の協議する
人気の少ない会議室に、かつての芹沢の部下であった清河、八神、安住涼太郎、野村ハンスの四人が、密かに集まっていた。
全員が集まれば、目立つので、四人だけだ。
周囲の目を盗んで、ようやく集まれた。
誰も、重い口を開こうとしない。
深泉組を潰されることは、いったん回避できた。
だが、今、置かれている状況を、誰も、良しと思っていない。
銃器組や特殊組、特命組が仕事を放棄し、上層部にかかわる、行方不明な親族の捜査だけをし、深泉組に迷惑をかけた上に、深泉組が上層部によって、潰されそうになり、かつての芹沢の部下たちが必死に暗躍していた。
その結果として、深泉組が潰されることは免れる。
けれど、上層部や上司からは、これまで以上に、目をつけられる羽目になってしまっていた。
ここにいられるものも、ほんの僅かな時間しかない。
それぞれ、監視から逃れ、会っていたのだった。
「どうにか、深泉組が潰されなくてよかったな……」
沈んだ空気の中、清河の口が、ようやく開いた。
だが、会議室が、曇よりとしている。
誰一人として、清河の言葉に、楽観視できない。
「……ああ。私たちの怠慢のせいで、だからな」
瞳を伏せたままの八神だ。
比較的、口数の少ない八神が喋っていた。
珍しい光景だが、誰も、突っ込もうとしなかった。
「……だが、ハチ。随分と、無茶したな」
壁に背中を預けている清河を、心配そうに窺っている安住だった。
上司や上層部の醜聞となるネタを、清河が使ったのだ。
他の者たちは、辛抱強く説得していた。
渋面している清河だけ、やり方が違っていたのである。
「使いどころだろう」
悪びれる素振りがない。
もしもの際の時に、取って置いたネタだった。
現在、上層部や上司から、清河は目をつけられている。
ここに訪れるまで、かなりの数の監視者を、撒いてきたのだった。
かつての芹沢の部下だった他にも、出世とも言える、局長と言う立場からも、周囲からの嫉妬が含まれていたのだ。
虎視眈々と、清河のライバルたちが、蹴落とそうと、躍起に動き回っている。
「慎重に、動くべきだった」
窘める野村に、清河が半眼していた。
睨まれても、動じない。
ただ、無言の抗議を、受け止めている。
「寄せ」
睨め合っている二人を制する八神。
嘆息を漏らす安住だった。
「……俺たちで争って、どうする? ハチ、無茶し過ぎだ。俺たちも、いたんだ。もっと、穏便に、事が運べたかもしれないだろう」
今回のやり方に、安住は納得していない。
上層部や、上司たちを説得しても、埒が明かない状況だったことも、十分理解していた。
何度、説得しても、聞き入れて貰えなかったのだ。
そのため、業を煮やした清河が、脅しのネタを解禁し、深泉組を潰さないように成功したのだった。
だが、風塵の灯火でもあった。
また、深泉組を潰す勢力が膨らむか、予断ができない状況だった。
「リョウ……」
意見する安住に、納得いかない顔を覗かせている。
同じムジナと、清河が巡らせていたからだ。
どこか、清河と安住は、似ている部分があった。
清河同様に、目的のためならば、手段を選ばないところが、安住にあったのだ。
「それに、ハンス。ハチを心配しているのがわかるが、逆上させて、どうする?」
「……すまん」
殊勝に、野村が謝った。
まだ、清河が不貞腐れている。
「俺たちが集まったのは、今後のことだ。ケンカするためではない」
清河と野村に、八神が視線を巡らせている。
「「……」」
昔から、清河と野村がぶつかり合っていた。
仲が悪い訳ではない。
ただ、二人してケンカし、切磋琢磨し、より一層、仲を深めていった。
不意に、昔を思い返している四人。
毎日のように言い合いや、ケンカがあったが、日々充実し、楽しかった。
その日々は、遠い昔に思えてならない。
二人を面白そうに、眺めていたのが芹沢であり、二人を仲裁していたのが近藤だった。
芹沢と近藤は、ここにはいない。
それぞれに、顔を曇らせていく。
空しさだけが、残っているだけだ。
「……随分と、変わってしまったな」
何気なく、安住が漏らした。
かつての芹沢の部下たちの多くが、銃器組において、出世していたのである。
そして、重要な仕事に、携わっていたのだった。
銃器組としては、彼らを潰したくないのが本音だ。
潰さずに、芹沢の存在を、剥がしたかったのである。
けれど、上手くいっていない。
誰一人として、未だに、芹沢を敬っていたからだ。
「そうだな……」
か細い声で、清河が返した。
清河と野村が、一触即発な状況の際でも、八神が逡巡していたのだった。
伏せていた瞳を上げ、三人の顔を窺っている。
「状況は、極めて不利だ」
三人が、コクリと頷いている。
「これ以上、俺としては、近藤に迷惑を掛けたくないし、掛けられない」
同じように、頷いていた。
近藤一人に、負担を掛けたいとは、誰一人思ってもいない。
だか、自分たちが傍らにいない以上、傍にいる近藤一人に、圧し掛かってしまう現状に、居た堪れないのもあったのだ。
「芹沢班長に、行動を慎んでくれと言っても、たぶん無理だ。俺たちの話に、耳を傾けてくれない」
八神の言葉に、黙り込んでいる三人。
同意見だった。
四人同時に、嘆息を吐いた。
清河、安住、野村の顔を、真剣な眼差しで見つめている。
「だから、俺は、上にいく。今の俺たちの力では、芹沢班長や、近藤を助けるのは無理だ。力を強化し、二人を助ける」
確固たる意思が、双眸に込められていた。
「「「……」」」
いきなりの宣言に、誰も、二の句が告げられない。
誰も、八神が、そんなことを、口走る人間だと思ってもみなかった。
「……やめようかと思った。だが、それをやめて、上に行く」
上層志向が、薄かった八神。
昔、芹沢からも、欲を出せと、よく言われていたのだ。
「……だが、俺たちは、目をつけられている」
困惑を隠せない顔で、安住が漏らした。
「それでも、上に行く」
「随分と、偉く出たもんだな」
面白そうに、清河の口角が上がっている。
現段階では、局長の清河よりも、八神は一つ下の班長を務めていたのだった。
「俺は、幹部になる」
「確かに、八神が本気になれば、なれるだろうな。何せ、清河が、局長になったぐらいだから」
笑いながら、野村が漏らした。
僅かに、ムッとしている清河だが、反論しない。
彼の中でも、八神の評価が高かったからだ。
「そうだな。まさか、ハチに越されるとは思ってもみなかった」
茶化す安住だ。
先ほどの重い空気が、微かに軽くなっている。
「言っておくが、正統な実力で、局長になったんだから」
「そうなのか?」
楽しげに、安住がおどけてみせた。
「当たり前だ」
「なら、今度からは、慎重に動けよ」
ムッとした顔を、清河が滲ませていた。
「そうだ。どうせ、局長になったんだから、八神同様に、上を目指せ」
いたずらな顔を覗かせながら、野村が突っ込んだ。
「うるさい。俺は、これ以上、上に行くつもりはない。面倒だ」
ややいじけている清河の姿。
クスッと、安住や野村から、笑みが零れている。
清河に、さほど出世欲がないことを、誰も知っていたのだった。
「イツキ一人より、もう一人ぐらい、いた方がいいだろう?」
「だったら、リョウが行けばいいだろう?」
「俺か……。無理だな。自分の力量は、わかっているつもりだ。せいぜい、局長止まりだろうよ」
おどけながら、安住が首を竦めていた。
「ま、冷静に考え、俺たちの中で、上に行けるとしたら、清河、八神、……近藤だろうな」
近藤の名を耳にし、徐々に、顔が沈んでいく清河と八神。
三人の顔を注ぐ野村だった。
「な、近藤を、どうにか、深泉組から、外さないか?」
野村の意見に、誰もが、怪訝そうな顔を覗かせている。
「芹沢班長は、無理だ。異動しようと言う意志がない。だが、やりようによっては、近藤だけは、戻せるんじゃないのか?」
提案内容を、それぞれに咀嚼していく。
伏せていた顔を、僅かに、八神が上げた。
そして、まっすぐに、一番近藤と親しいだろう清河に、視線を巡らせている。
「何で、近藤は、深泉組に落ちた?」
「……わからない。喋ろうとしない」
苦渋に満ちた清河を、安住が捉えていた。
仲間同士で、近藤と親しかったのが、清河だった。
お前のことだから、調べたんだろうと、視線で投げかけている。
「……調べた。けど、突き止めることができなかった」
目を見張る安住と野村。
一人、八神だけは、そうだろうなと言う顔を滲ませていた。
「僅かな痕跡も、無理だったのか?」
顔を、思いっきり顰めている清河だ。
「嘘だろう」
「まったくだ」
不貞腐れた顔を、窺わせていた。
「……上層部で、握り潰したようだ」
わかっている現状だけを、清河が吐露した。
上層部が、握り潰したことだけは、掴めたのだった。
「上層部が?」
眉間に、しわを寄せている安住だった。
(上層部が、手を加えるような案件だったのか?)
「揉めたのか?」
閃いたことを、野村が口走った。
「揉めたら、上層部が、潰そうとしないだろう?」
バカと言う顔を、清河が注いでいた。
鋭く睨んでいる野村だった。
ケンカは寄せと言う顔を、八神が浮かべている。
「とにかくだ。清河でも、掴めないとすると、徹底的に、隠すことがあったのか?」
考えに耽っていく安住。
だが、仕事に対し、真面目な近藤が、何を仕出かしたのか、見当もつかない。
やるにしても、芹沢のかかわることだろうと至る安住だ。
「班長のことか?」
「違う気がする」
安住の意見に、真っ向から、清河が否定した。
「あの頃は、一切接点を切っていた。俺たちにも、会おうとしなかったんだぞ」
特殊組にいた際、近藤は、かつての仲間と、連絡を切っていたのだった。
無理やりに、清河が近藤に会いにいったり、連絡していたりしていたのである。
近藤は徹底し、かつての仲間や、芹沢を避けていたのだ。
「……では、何だ」
「わからない」
「きっと、近藤は喋らないだろう」
八神の意見に、清河が同意している。
「頑固だからな」
ぼやく野村だ。
「……俺たちとしても、目立つ訳にはいかない」
安住の言葉に、頷く三人。
「しばらくの間でもいいから、芹沢班長には、おとなしくしてほしいが……」
不安そうな安住を、清河が捉えている。
「……この前、独断で接触した」
意外な話に、ばつが悪そうな清河を、三人が見つめていた。
「すまない。どうしても、芹沢班長に、自重して貰いたかった……」
「……結果は、ダメだったんだな」
その先を言えない清河に成り代わり、安住が確認する言葉を投げかけた。
「……」
「だろうな。あの人を説得するのは、無理だ。昔から」
「だな」
ふと、脳裏に、過去の無茶振りを掠めていた。
部下たちは、つき合わされていたのだ。
そんな芹沢でも、部下たちは誰一人欠けることなく、ついていったのだった。
「そろそろ、戻らないと」
三人の顔を窺い、八神が口にした。
「今まで以上に、慎重に動くことだな。特に、清河」
安住の眼光が、落ち込んでいる清河を捉えている。
「……気をつける」
「なら、いい。緊急の出来事がない限りは、集まるのも、控えた方がいいな」
「「「同意」」」
時間を置き、ぞれぞれの職場に、四人が戻っていったのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。