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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第90話  真意を確かめる

 堺少将の部屋から、待機部屋に戻った近藤。

 戻った際、自分のところに土方、斉藤、沖田を呼び寄せていた。

 呼び出しても、他の隊員たちは見向きもしない。

 各々で、過ごしていたのだ。

 平穏な風景が、戻りつつあった。


 三人が揃って、近藤の机の前で並んでいる。

 神妙な土方、いつもと変わらず、無表情でいる斉藤、微笑んでいる沖田だ。

 平常心で、変わらない様子の彼らに、内心で脱帽していた。

 チラリと、斉藤と沖田の胸に、ついているバッチに視線を注ぐ。

 見事な細工がなされていた。


(一体、沖田のやつ。これに、いくら金を掛けたのだ?)


 正確に、掛かった額を、把握することができない。

 ただ、緻密で精巧なデザインのため、相当な金が掛かっただろうなと言うことしか、予測が立てられなかった。

 思わず、息を吐いた。


「先ほど、堺少将に呼び出された」

 黙り込んでいる三人。

 勿論、待機部屋にいた土方と沖田は知っていた。

 斉藤だけが席を外し、把握していなかったのだ。

 近藤が堺少将に会っている間に戻ってきた。


 三人の顔を窺いながら、呼び出しされた理由を述べる。

 ただし、バッチの件は伏せたままだ。

 土方の表情だけ、曇っていた。

 他の二人は、変わっていない。


「トシ。沖田が、芹沢隊長と写真を撮った件は、知っていたか?」

「……知っておりました。報告せず、申し訳ありません」

 眉間にしわを寄せ、土方が顔を伏せている。

 唇を噛み締めていた。

「逐一、報告するように」

「……はい」

 どことなく、いつもより声が小さい。


「で、沖田」

 柔和な微笑みが、絶えない顔を、近藤が見据えていた。

 僅かに、圧を掛けられているにもかかわらず、表情が変わることがない。

 さらに、微笑みが増しているようにも思えた。


「なぜ、芹沢隊長と、二人だけで、酒を酌み交わした」

「二人では、ありません。芹沢隊長が馴染みにしている、小梅さんも、同席していましたので、三人です」

 訝しげな眼差しを、近藤と土方が巡らせている。

 この場合、二人も、三人も、変わらないだろうと。


 だが、律儀に、近藤が訂正する。

「……では、なぜ、三人で飲んでいた?」

「無理やり、誘われました」

「無理やり……」

 ギロリと、半眼している土方。


(だからと言って、素直に行くな)


 睨まれても、沖田はニコニコ顔を崩さない。

 ますます、土方の機嫌が悪くなる一方だった。

 相変わらず、斉藤は無表情を貫いている。


「最初は、断ったのですが、近藤隊長や、土方副隊長と、連絡をしてもいいぞと言われましたので……」

 その後の展開を、読める近藤と土方。

「……そうか」

 やや疲れた表情を、近藤が覗かせている。

 それに対し、眉間にしわを寄せている土方だった。

 やむを得ない状況だったことを察する。


「後でもいいから、報告するように」

「はい。以後、気をつけます」

 微笑んでいる表情に、本当に反省しているのか、わからない近藤だった。

 目を細め、土方が沖田のことを凝視している。


「トシ。それ以上は」

 土方を窘め、威嚇を収めさせた。

 ブスッとした顔で、沖田を捉えている。

 微かに、口元が緩んでいることに、土方しか気づかない。


(後で、憶えていろよ)


(僕は、知らないよ)


 さらに、仏頂面になっていく。

 表情が変わらない斉藤に、近藤が顔を傾ける。

「斉藤。仕事も、忙しくなることだし、そろそろ備品係を、三上たちに任せたら、どうかな」

 できるだけ、笑顔を作って、注いでいた。

 目を見張り、動揺が隠せない斉藤。


((斉藤が動揺! それも備品係で!))


「……私は、何か失態でも、起こしたのでしょうか?」

 僅かに、苦々しい表情で、詰め寄っていく。


 珍しい斉藤の行動に、こんなことで動揺するのかと、瞠目している面々。

 興味がなかった隊員たちもが、こちらに視線を傾けていた状況だ。

 待機部屋にいる誰もが、備品係に拘る斉藤に、怪訝そうに眺めている。

 常に、冷静沈着な斉藤が、動揺したことで、驚きが隠せない。

 待機部屋全体の空気が、瞬時に、変わっていたのだった。


 顔が引きつりそうになるのを、必死に近藤が堪えている。

「い、いや」

「でしたら……」

 譲りたくないと言う双眸を、近藤に訴えていた。


(そんなに、やりたいのか?)


 当惑を隠せない。

 同時に、他の隊員たちも、微妙な顔を覗かせている。

 ただ一人、沖田だけが変わらない。


「近藤隊長、ご不満があれば、言ってください。備品係の委員長として、改善しますので」

「ほ、本当に、働きに関して、問題はない」

「なら……」

 意思が込められた眼光を、注がれている。

 微動だ、できない近藤だ。

 ただ、必死の形相の斉藤を窺っていた。


「……純粋に、仕事が大変なのでは?と、思ったからだ」

「大丈夫です」

 力の入っている双眸だ。

 いつも騒ぐ原田たちも、やる気がある斉藤の姿に、ぽかんと、口を開けている。


「近藤隊長。大丈夫です、私も副として、斉藤委員長をサポートしているので」

 ニッコリと、この状況を楽しんでいる沖田。

 強張りそうな顔を堪えつつ、笑顔な沖田を窺っている。


(それが困るから、斉藤にも、引かせようとしているのではないか)


 僅かに、目を細め、抗議の視線を巡らせていた。

 それでも、沖田の表情が、崩れることがない。


「……二人と言うのもな」

「大丈夫です、近藤隊長。沖田は、仕事ができる男です」

「……」

 やめたくないオーラが、駄々漏れだ。


(……確かに、沖田は何でも仕事はこなせるが……。……そんなに好きなのか?)


「これまで以上に、頑張ります」

 外野では、粘っている斉藤の姿に、いつもより口数が多いとか、必死の形相だとか言う声が響いている。

 誰もが、見たことのない斉藤の姿に、興味津々と言った顔を滲ませていた。

 斉藤にも、届いているはずなのに無視し、どうしたものかと、狼狽え気味な近藤を見つめていたのだ。


「……斉藤。近藤隊長が困っているぞ」

 土方に促され、前のめりになっている体勢を直した。

 そして、土方の視線を合わす。


「そんなに、備品係をやりたいのか」

「勿論です」

 はっきりとした声音だ。

「……」

 眉を、ピクピクさせている土方。


(わぁ。兄さん、フリーズしているよ。珍しく、斉藤伍長も、やる気になっているからね)


 チラリと、安富の方へ傾ければ、その双眸は、近藤と土方を応援していた。

 安富としては、斉藤から、備品係のバッチを外させたいのだ。

 何度も試みたが、失敗に終わり、最近は、諦めかけていたところに、二人の援助があった。

 気合いの籠もった安富の視線。

 見たこともない斉藤の姿に押され、誰も気づく気配もない。


(いつもの近藤隊長や、兄さんじゃないね。安富さんも、必死だな。でも、せっかく面白いのに、終わらせるなんて)


「斉藤」

「何でしょうか? 土方副隊長」

「やめると言う選択肢は、ないのか?」

「ないです」

 即答だ。

「「……」」

 一切の迷いもない姿に、ただ唖然とするだけだ。


((備品係のどこに、魅力があるんだ?))


 重々しい顔で、近藤が見つめている。

「斉藤。上の方で、そのバッチの件で、少々、問題になっている」

「バッチですか?」

 首を傾げている斉藤だった。


「ああ。私たちは、沖田が私費で、出したことを知っているが、上の方は、そうした金の流れを、把握していない。深泉組の予算から、出したのではと言う定義を、されていた」

「……」

 黙り込んでいる斉藤から、微かに殺気が零れていた。

 気づいている者は、若干名しかいない。


「申し訳ありません、斉藤委員長。僕のせいで」

 殊勝に振舞っている沖田である。

「気にすることはない。誤解を解けばいい」

「いや……」

 あたふたとしている近藤だ。


「もしかして……上層部にいくのか?」

 訝しげに、二人を窺っている土方だった。

「勿論です。証拠の領収書や、証言が必要だと言われれば、製造した人にも、来て貰う所存です」

 沖田の提案に、二人が頭を抱え込む。

 それに対し、キラキラと、斉藤の瞳が輝いていた。


((バカな真似を、させるのか))


 二人は同時に、斉藤と沖田が上層部に対し、説明している光景が目に浮かぶ。

 饒舌に、説明している沖田の姿が。

 必死に、備品係に拘る斉藤だ。

 上層部が納得できないだろうと、近藤が巡らせつつ、これでいいのかと思案しどころだ。


「寄せ」

 強めの声音で、土方が窘めた。

「大丈夫です、土方副隊長」

「ところで、沖田。それは、どれぐらい掛かっているものなのだ?」

 素朴な疑問を、近藤が投げかけた。

 以前から、少しだけ気になっていたのである。


「自分の給料の、半分、ちょっとです」

「は、は、半分!」

 目を大きく見開き、二人のバッチに視線を注ぐ。


 聞き耳を立てている隊員たちも、瞠目していた。

 原田たちは、それだけあれば、酒が多く飲めたのにと、その場に、崩れ落ちていたのだった。


「そんなに、掛かっていたのか。私も、少し出そう」

 表情を変えず、斉藤が提案していた。

「大丈夫ですよ。頂いている給料は、ほとんど使わないので、結構、溜まっているんですよ」

 飄々とした顔を傾けている。

 全然、お金に困った顔をしていない。


「そうなのか?」

「はい。ですから、気にしないでください」

「沖田。だからと言って、バッチに使うのも、どうかと思うぞ」

 真摯に、お金の使い道について、戸惑い気味に近藤が諭した。

 普段の生活に、お金を賭けることをしない近藤だった。

 芹沢の尻拭いや、情報を手にするため、給料のほとんどを、つぎ込んでいたのである。


「そうですか? あまり使わないので、溜まる一方なんです」

 大金を持っている沖田に、羨望の眼差しや、獲物を狙う眼差しが注がれていたのだ。

 眉間にしわを寄せつつ、土方が軽き息を吐いていた。

「溜まると言っても、限度があるだろう。近藤隊長も、言われているんだ。気をつけろ」

「はい。でも、毎日のように、様々なものを頂けるので、生活も、困らないですよ。そうなると、お金を使うところがないほどでして」

 困った顔を、沖田が覗かせている。

 事務三人組が、庇護翼を携えた視線を送っていた。


 近藤や土方の脳裏に、出勤してくる際の沖田の姿を掠めている。

 大量の貰い物で、溢れていたのだ。


((確かに、あれでは、買う必要がないな))


「家賃などには、掛かるだろう?」

 冷静に、斉藤が問い質した。

「いえ。最初は、払っていたのですが、大家さんが、いいよって」

 爽やかな笑顔を覗かせいる。


「払っていないのか?」

 胡乱げな双眸を、近藤が巡らせていた。

「はい。ですから、大家さんにも、貰いもので悪いのですが、おすそ分けをしています」

「そうか」

 偉いぞと、頷いている斉藤。


「いろいろと、高級品なんかも頂くのですが、食べ切れなくて」

「そうだろうな」

「えぇ」

 食べるのにも、困っている原田たちが、ギラギラとした眼光を漂わせていた。

 借金し、給料を減らされている身としては、ふくよかな獲物しか見えない。

 原田の口からは、よだれが流れそうだ。


「早速、上層部の方へ行って、誤解の方を解いてきますね」

「私も、行こう」

「ですが……」

「いや。委員長として、挨拶もしておきたい」

 双眸には、闘志が漲っていた。

 今後は、何も言わせないぞと。


「そうですか」

 困惑している近藤に頭を下げ、二人して上層部にいってしまった。




 残された面々は、差別だと、大騒ぎしていたのである。

 騒がしい中で、痛々しい双眸で、近藤を捉えている土方。


「よかったのですか? 行かせて」

「……後で、また、頭を下げればいい」

「申し訳ありません」

 苦々しい表情の土方だ。

「大丈夫だ。頭を下げるのは、慣れている」

 渇いた笑いしか出てこない。


 居た堪れない土方だった。

 不意に、元凶を作ったのは、お前だと、大騒ぎしている原田を、物凄い眼光で睨んでいる。

 騒いでいる連中は、井上が落ち着かせようとしているが、落ち着かない。

 多くの隊員たちが、興がそれたと、仕事をし始めるのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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