第89話 堺少将に呼び出される
明けましておめでとうございます。
今年も、週一回、投稿できるように頑張ります。
堺少将の部屋に、近藤が呼び出しをされていた。
室内に、堺少将、その背後に、中村少将が控えている。
人を屈服させるような、圧を放出させている二人の前に立っていた。
近藤の表情が、微かに困惑している。
部屋で、仕事をしていると、至急、来るように命じられたのだった。
呼び出し理由を告げぬままだ。
事務作業を放り投げ、堺少将の部屋に、早々に訪れた。
逡巡している近藤。
それに対し、目の前の堺少将は、無言だった。
薬の摘発の件は、ほぼケリがついていた。
(なぜ、呼び出されたんだ? ……芹沢隊長が、何か仕出かしたのか……、それとも……)
訝しげなから、考え込んでいるが、全然、呼び出された内容が不明のままだ。
呼び出され、何もない訳ではない。
上層部に、ひた隠しにしていることが、多過ぎたのである。
辛抱強く、鋭い眼光に晒されながらも、耐えていた。
中村少将が、蔑むような眼差しを注いでいる。
だが、堺少将は、圧を感じる双眸を、傾けていただけだった。
容赦なく、ヒリヒリするような殺気を、降り注いでいた。
堺少将の重い口が、ようやく開く。
眼光は、鋭く傾けられたままだ。
「呼ばれたことに、心当たりがあるか?」
「申し訳ありません。ありません」
真摯に、頭を下げる。
伏せながらも、二人の様子を窺っていた。
(読ませてくれないな、堺少将は。露骨な顔をしているが……、私の知らないところで、原田たち辺りが、何か仕出かしたのかもしれないな)
心の中で、嘆息を吐いた。
無言の怒りを、放出している前でできない。
過ぎらせているのは、負傷していた痛々しい姿だった。
つい先日、芹沢の訓練と言う名のしごきにより、原田班や永倉班は、全員負傷させられていたのである。中でも、井上の状態が一番酷く、最近まで入院していたのだ。
その鬱憤を、無理やり黙らせていたのだった。
街中で暴れたのも、しょうがないかと抱く。
視線を剥がさない近藤。
堺少将が、諦念している近藤を見据えている。
「……沖田は、随分と、芹沢と仲がよいそうではないか」
意外な話に、思わず、眉を潜めてしまった。
二人して、花街で飲んでいたことを、告げられたのである。
芹沢隊と新見隊が混じり、酒を酌み交わしていたことは把握していた。
だが、二人で、出かけたのは初耳だった。
(芹沢隊長にも、困ったものだ。沖田と、二人で出かけるなんて……)
ここで、沖田の名前が出てくるとは思ってもみない。
愛嬌を絶やさない沖田の顔を掠めている。
(やってくれたな、沖田……)
何か仕出かすのではと、近藤の中で燻っていた。
思考を読ませない、沖田に警戒をしていたが、今回はノーマークだった。
自分の愚かしさに、落ち込んでいく。
(こんな時期に、芹沢隊長と出かけるなんて……。自分がマークされているのは、わかっているはずなのに、何をやっているんだ)
「沖田ですか……」
「そうだ、沖田だ」
「芹沢隊長も、興味があるようで、何かと、声を掛けているようですが……」
しどろもどろな近藤である。
「知らぬのか」
目を細め、立ち尽くしている近藤を射抜く。
背後に控えている中村少将が、これ見よがしに、溜息を漏らしていた。
侮るような双眸を、巡らせていたのだった。
そして、甘んじて、受けていたのである。
(確実に、見ていなかった、私の失態だ……)
「何をしているんだ? それでも、沖田の上司なのか? 部下のことも、把握していないなんて」
意気揚々と、中村少将が攻め立てた。
(我慢だ、我慢だ)
「……申し訳ありません。で、沖田は、何を仕出かしたのでしょうか」
「……これだ」
堺少将が、一枚の写真を、近藤の前に置いた。
三人の姿が、映っていたのである。
その場に、崩れ落ちそうになるのを、必死に堪えていた。
芹沢の愛人である小梅を中心に、その脇に、芹沢と沖田が写っていたのだった。
写真を、食い入るに見つめてしまう。
人違いではなく、芹沢と沖田がはっきりと写っていた。
「花街で、その写真が出回っている」
「……」
「それと、沖田に、変な役職を与えたんだな」
「役職?」
当惑している近藤。
(何のことだ?)
そんな姿を、二人が窺っていた。
「備品係の、副委員だ」
堺少将の言葉にフリーズし、思わず、頬が引きつっていた。
不意に、斉藤の顔を、思い浮かべてしまう。
めったに見せることがない、嬉しそうな顔だ。
何気に言った原田の一言により、斉藤が喜び、引くに引けなくなり、放置したままだった。
まさか、ここで、それも、堺少将から、聞くとは思ってもみない。
(元をただせば、原田だったな……)
思わず、遠い目をしている。
「聞いているのか?」
「……聞いています。どうして、それを……」
「花街で、広まっているぞ」
「……何で、花街で?」
「知らぬ。そんなくだらない役職を、与えたのか?」
冷めた眼差しを、堺少将が注いでいる。
それも、更なる圧をかけてだ。
「……はい」
苦渋しながら、認めた。
実際は、沖田を副委員に承認したのは、斉藤だった。
けれど、斉藤を放置したままだったのは、自分だったからだ。
「随分と、遊んでいたんだな」
「……申し訳ありません」
平謝りするしかない。
堺少将の眼光が、険しくなっていく。
さすがに、背後に控えている中村少将も気づき、顔色も優れない。
「S級ライセンスを、軽んじているのか? 深泉組では」
「……いいえ」
「だったら、なぜ、このようなことになった」
「……」
(何で、花街に広まっているんだ? 原田や永倉辺りが、喋ったのか?)
頭が痛い出来事に、微かに、うな垂れるしかできない。
沖田自身が喋ったとは、思ってもいなかったのだ。
「近衛軍も、外事軍も、それに、徳川宗家に仕えている家臣にも伝わって、警邏軍は随分と、のん気なものだなと、嘲笑されているぞ」
「重ね重ね、申し訳ありません」
「部下一人も、満足に、コントロールできないのか」
「……申し訳ありません」
謝る言葉しか出てこない。
「バッチも、作る予算もあるのなら……」
「それは、沖田が自らお金を出して、作ったものです」
胡乱げな双眸を、堺少将が巡らす。
(深泉組に、そんな無駄にできる予算なんてない!)
「沖田自ら、デザインし、沖田のお金で、作ったものだそうです」
重苦しい空気が流れていく。
真意を見定めようと、双眸を近藤に向けていた。
「……。あれは、そんなものに、金を使っているのか」
「はい」
(これ以上、深泉組の予算を削られては、堪らない。ここは、ちゃんとしておかねば)
「どれぐらい、掛かっている?」
「金額は、申していませんでしたが、実際に、目にした感覚で、申し上げれば、緻密で精巧に、デザインが施してありましたので、かなりの金額に、なるのではないかと」
苦虫を潰したような顔を、堺少将が覗かせている。
ますます、圧が上がり、中村少将が汗を流していた。
「沖田は、何を考えている?」
素直に、思っていることを、堺少将が漏らした。
「……わかりません」
「仕事振りは、どうだ?」
「真面目にしております」
「腕は?」
「かなりの腕前かと」
「お前と戦い、勝つのは、どちらだ?」
目を細め、立ち尽くしている近藤を見上げている。
堺少将は、近藤の実力を把握していたのだった。
「……まだ、沖田の本気を、見ておりませんから、正確か、わかりませんが、今の段階では、辛うじて、私が勝つかと」
冷静に、分析した結果を述べた。
(数年後は、変わっているかもしれないな)
胸の中で、自嘲気味に近藤が笑っている。
中村少将は、そんな近藤の姿に、気づいていない。
だが、堺少将だけは、感じ取っていたのである。
「そうか」
目を閉じ、堺少将が逡巡している。
近藤も、中村少将も、口を挟まない。
ただ、ひたすらに、待っていた。
ゆっくりと、目を開け、目の前の近藤を見据えている。
「まだまだ、伸びるか」
「はい」
「芹沢と、強くなった沖田では、どうだ?」
「わかりません」
「本当か?」
疑る眼差しを巡らせていた。
「はい」
「……今後、沖田に、バカな行動はさせるな」
「承知しました」
「では、下がれ」
頭を下げ、堺少将の部屋から出て行った。
部屋から、近藤の姿がなくなる。
軽く、息を吐く堺少将。
背後では、まだ中村少将は、緊張が解けない。
堺少将は目を細め、承認証を渡した際に見た、沖田を思い浮かべていた。
上層部の面々が並ぶ中、沖田一人だけが、愛嬌を振りまいていたのだった。
周囲にいる猛者たちが、殺気を醸し出す中だ。
(何を考えているんだ、沖田は?)
読んでいただき、ありがとうございます。