閑話(8)
87話目の後の話です。
毛利と水沢は仕事を終え、沖田と井上と待ち合わせをしている、レストラン『クィーン』に向かって歩いていた。
勿論、制服を纏っていない。
目立つからだ。
街の中に、溶け込んでいたのだった。
井上と沖田は休日で、仕事がある二人を待つ、格好となっていたのである。
店先に、沖田たちが待っていた。
制服を纏っていなくても、沖田が目立っている。
遠目でもわかるほどだ。
誰もが、際立っている沖田に、目線が促されている。
二人の前を通るたびに、立ち止まって、イケメンな沖田を窺っていた。
隣にいる井上は、ソワソワと落ち着きがない。
((あれでは、居た堪れないな))
二人の様子に、毛利と水沢が、嘆息を吐いていた。
急ぎ足で、待っている二人に近づいていく。
「「お疲れ様です」」
「先に、入っていなかったのですか?」
律儀に店に入らず、待っていた二人に毛利が苦笑していた。
入店していれば、目立つこともなかったからだ。
「えぇ」
笑顔を覗かせるたびに、沖田の毒牙に掛かっていく、周囲の人たち。
誰の目も、沖田に注がれているのだ。
気遣うように、水沢が井上の顔を窺っている。
毛利と水沢が来ない間、麗しの沖田を目当てに、男女問わず、声を掛けられていた。
男性に声を掛けられても、嫌な表情一つ見せない。
上手く対応している仕草に、井上は舌を巻いていたのだった。
「大丈夫か」
やや井上の頬が、引きつっていた。
その隣で、ニッコリと、沖田が微笑んでいたのだ。
また、歩いている人たちが、沖田の毒牙に掛かってしまう。
「大丈夫ですよ。まだ新見隊長に、襲われていません」
微妙な顔つきになってしまう面々。
(そのことではないんだが……。沖田のやつ、俺たちがいるんだから、イケメンオーラを、どうにか、押さえてほしいものだ)
水沢が疲れたような顔を滲ませていた。
まだ、傷が癒えない井上。
男色家で有名で、井上を狙っている新見から、襲われないように、原田班が中心となり、護衛をしていたのである。
時々、沖田も、井上の護衛に加わっていたのだ。
「襲われるのが、前提にある発言が、気になるのですが?」
渋面している井上が、楽し気な沖田を捉えている。
慄きながらも、どこかで井上自身、楽観視していたのだ。
同じ深泉組に所属している仲間を、襲うはずがないと。
「甘く見るな、井上。新見隊長、井上のスケジュールを確かめていたぞ」
憐れむような眼差しで、水沢が最近目にした光景を明かした。
井上が不在の際、部下を使わず、自ら井上のシフトを、確認していたのである。
それを目にした途端、新見の貪欲さに、背筋が凍りついたのを思い出していた。
勿論、近藤や土方には、報告済みだ。
密かに、井上の護衛の強化を命じた。
「……」
愕然とし、立ち尽くしている井上。
沖田が温かい眼差しで、毛利が頑張れと励ます視線を、投げかけている。
井上を護衛している際、新見隊の隊員が、尾行しているのに、沖田は気づいていた。
だが、そのことを、井上自身に、喋っていない。
微かに、唇を震えながら、井上が胸を押さえ込む。
その顔色は真っ青だ。
気遣うように、毛利が弱々しい井上を支える。
「大丈夫ですか? 傷が痛みますか?」
「……だ、大丈夫です」
井上の瞳が、揺れていた。
自分は、大丈夫なのだろうかと。
表情を垣間見、言葉を詰まらせてしまう毛利。
「土方副隊長と、相談したが、当分の間、誰かの家に泊めて貰え」
真摯に、井上の身の心配をしている水沢だった。
(そんなに、僕は狙われているの?)
不意に、ねっとりとした双眸を傾けてくる、新見の姿を、脳裏に掠めていた。
全身に、戦慄が走っていく。
身震いしている姿に、ますます同情する眼差しを注いでいた。
童顔の井上は、二十を超えているはずなのに、見た目が十五、六歳に見えたのだった。
見た目が、新見のテリトリーから、僅かに外れているだけだ。
顔の好みが、ストライクゾーンに入っていたのである。
「しっかりしてください、井上さん」
微笑む沖田は、揺れている瞳を捉えている。
ゆっくりとした動きで、井上が顔を傾けてきた。
「当分の間、僕のところに、来ますか?」
「……」
「それは、やめて置け」
「そうですね」
きょとんとした顔で、否定した二人の顔を捉えている。
そして、可愛らしく、首を傾げていた。
「それはそれで、厄介だからだ」
「そうですか」
「そうだ」
強く水沢が肯定した。
しょうがないですねと言う顔を、毛利が窺わせている。
「私のところへ、どうぞ、来てください」
「でも……」
躊躇う井上。
同じ班の誰かのところへ、厄介になろうかと巡らすが、いろいろと、それはそれで大変な想像ができてしまう。
だからと言って、素直に毛利のところへ、行くのも憚れた。
「素直に、毛利のところへ行け」
水沢が後押しをした。
逡巡している井上だ。
「どうして、僕のところは、ダメなんですか? 水沢さん」
「沖田を狙っている女からも、男からも、狙われるからだ」
ようやく、合点が行った顔を、みせていたのである。
「……すいませんが、毛利さん。厄介になります」
「いいですよ」
優しく微笑む毛利だった。
その後、四人は予約してある『クィーン』で、沈痛な井上を励ましつつ、食事を堪能した。
若干、井上一人だけが、美味しい料理を、素直に味わうことができなかったのだ。
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今年、最後の投稿となります。
次回の投稿から時間が少し早まります。
時間が、1月3日 0時です。