表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
101/290

閑話(8)

87話目の後の話です。

 毛利と水沢は仕事を終え、沖田と井上と待ち合わせをしている、レストラン『クィーン』に向かって歩いていた。

 勿論、制服を纏っていない。

 目立つからだ。

 街の中に、溶け込んでいたのだった。


 井上と沖田は休日で、仕事がある二人を待つ、格好となっていたのである。

 店先に、沖田たちが待っていた。

 制服を纏っていなくても、沖田が目立っている。

 遠目でもわかるほどだ。


 誰もが、際立っている沖田に、目線が促されている。

 二人の前を通るたびに、立ち止まって、イケメンな沖田を窺っていた。

 隣にいる井上は、ソワソワと落ち着きがない。


((あれでは、居た堪れないな))


 二人の様子に、毛利と水沢が、嘆息を吐いていた。

 急ぎ足で、待っている二人に近づいていく。


「「お疲れ様です」」

「先に、入っていなかったのですか?」

 律儀に店に入らず、待っていた二人に毛利が苦笑していた。

 入店していれば、目立つこともなかったからだ。

「えぇ」


 笑顔を覗かせるたびに、沖田の毒牙に掛かっていく、周囲の人たち。

 誰の目も、沖田に注がれているのだ。


 気遣うように、水沢が井上の顔を窺っている。

 毛利と水沢が来ない間、麗しの沖田を目当てに、男女問わず、声を掛けられていた。

 男性に声を掛けられても、嫌な表情一つ見せない。

 上手く対応している仕草に、井上は舌を巻いていたのだった。


「大丈夫か」

 やや井上の頬が、引きつっていた。

 その隣で、ニッコリと、沖田が微笑んでいたのだ。

 また、歩いている人たちが、沖田の毒牙に掛かってしまう。

「大丈夫ですよ。まだ新見隊長に、襲われていません」

 微妙な顔つきになってしまう面々。


(そのことではないんだが……。沖田のやつ、俺たちがいるんだから、イケメンオーラを、どうにか、押さえてほしいものだ)


 水沢が疲れたような顔を滲ませていた。

 まだ、傷が癒えない井上。

 男色家で有名で、井上を狙っている新見から、襲われないように、原田班が中心となり、護衛をしていたのである。

 時々、沖田も、井上の護衛に加わっていたのだ。


「襲われるのが、前提にある発言が、気になるのですが?」

 渋面している井上が、楽し気な沖田を捉えている。

 慄きながらも、どこかで井上自身、楽観視していたのだ。

 同じ深泉組に所属している仲間を、襲うはずがないと。


「甘く見るな、井上。新見隊長、井上のスケジュールを確かめていたぞ」

 憐れむような眼差しで、水沢が最近目にした光景を明かした。

 井上が不在の際、部下を使わず、自ら井上のシフトを、確認していたのである。

 それを目にした途端、新見の貪欲さに、背筋が凍りついたのを思い出していた。


 勿論、近藤や土方には、報告済みだ。

 密かに、井上の護衛の強化を命じた。

「……」

 愕然とし、立ち尽くしている井上。


 沖田が温かい眼差しで、毛利が頑張れと励ます視線を、投げかけている。

 井上を護衛している際、新見隊の隊員が、尾行しているのに、沖田は気づいていた。

 だが、そのことを、井上自身に、喋っていない。


 微かに、唇を震えながら、井上が胸を押さえ込む。

 その顔色は真っ青だ。

 気遣うように、毛利が弱々しい井上を支える。


「大丈夫ですか? 傷が痛みますか?」

「……だ、大丈夫です」

 井上の瞳が、揺れていた。

 自分は、大丈夫なのだろうかと。

 表情を垣間見、言葉を詰まらせてしまう毛利。


「土方副隊長と、相談したが、当分の間、誰かの家に泊めて貰え」

 真摯に、井上の身の心配をしている水沢だった。


(そんなに、僕は狙われているの?)


 不意に、ねっとりとした双眸を傾けてくる、新見の姿を、脳裏に掠めていた。

 全身に、戦慄が走っていく。

 身震いしている姿に、ますます同情する眼差しを注いでいた。


 童顔の井上は、二十を超えているはずなのに、見た目が十五、六歳に見えたのだった。

 見た目が、新見のテリトリーから、僅かに外れているだけだ。

 顔の好みが、ストライクゾーンに入っていたのである。


「しっかりしてください、井上さん」

 微笑む沖田は、揺れている瞳を捉えている。

 ゆっくりとした動きで、井上が顔を傾けてきた。


「当分の間、僕のところに、来ますか?」

「……」

「それは、やめて置け」

「そうですね」

 きょとんとした顔で、否定した二人の顔を捉えている。

 そして、可愛らしく、首を傾げていた。


「それはそれで、厄介だからだ」

「そうですか」

「そうだ」

 強く水沢が肯定した。

 しょうがないですねと言う顔を、毛利が窺わせている。


「私のところへ、どうぞ、来てください」

「でも……」

 躊躇う井上。

 同じ班の誰かのところへ、厄介になろうかと巡らすが、いろいろと、それはそれで大変な想像ができてしまう。

 だからと言って、素直に毛利のところへ、行くのも憚れた。


「素直に、毛利のところへ行け」

 水沢が後押しをした。

 逡巡している井上だ。


「どうして、僕のところは、ダメなんですか? 水沢さん」

「沖田を狙っている女からも、男からも、狙われるからだ」

 ようやく、合点が行った顔を、みせていたのである。


「……すいませんが、毛利さん。厄介になります」

「いいですよ」

 優しく微笑む毛利だった。


 その後、四人は予約してある『クィーン』で、沈痛な井上を励ましつつ、食事を堪能した。

 若干、井上一人だけが、美味しい料理を、素直に味わうことができなかったのだ。


読んでいただき、ありがとうございます。


今年、最後の投稿となります。

次回の投稿から時間が少し早まります。

時間が、1月3日 0時です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ