閑話(7)
80話目の後の話です。
昼時の花街は静かだった。
まだ、身支度を整えるまで、時間が空いている遊女たちは、それぞれで過ごしていた。
妹たちの礼儀作法でも見てあげようと、花穂が歩いていると、みんなが集う部屋が賑わっていることに気づく。
「どうしたかしら?」
部屋に行くに連れ、騒々しさが増していった。
訝しげに、何事かと巡らすが、見当もつかない。
やれやれと抱きながら、障子を開けた。
広い座敷に、十数人の遊女たちが集まっていた。
在籍している、ほとんどの子たちがいたのだった。
それも、小梅を中心としてだ。
異様な光景に、花穂が眉を潜めている。
「花穂姉さん」
顰めている花穂に、能天気な顔を小梅が滲ませていたのだった。
仲間の遊女たちが、花穂の顔色を窺っている。
今の時間帯は、ほとんどが休憩時間だったが、勉強しているはずの者も、若干名混じっていたからだ。
「何遊んでいるの」
咎める眼差しに、数人の遊女たちが視線を剥がした。
そんな花穂に気づかず、ホクホク顔を小梅はやめられない。
空気を読めない小梅。
花穂を含め、何人かが嘆息を吐いた。
小梅に視線を傾けている最中、数名の遊女がそそくさと、部屋から出て行ってしまう。
「何をしていたの、小梅」
「沖田様のお話をしていたんです。それと、これをみんなに見せていました」
嬉しそうな顔を覗かせていた。
仲間の遊女たちが、花穂に場所を空けてあげる。
空いた場所に座ると、一枚の写真を手渡した。
そこには、小梅を中心とし、両脇に沖田と芹沢が写っていたのである。
ただ、表情は対照的だ。
ニコニコ顔の沖田に対し、芹沢はブスッとした顔をしていた。
「……」
意外過ぎる状況に、絶句している。
芹沢が、誰かと写真と撮るなんて珍しいことだった。
小梅以外の誰もが、小さく笑っていた。
突拍子もない写真に、誰もが同じような反応を、示していたのだった。
(芹沢様が写真を? それもあの、沖田様と?)
食い入るように、写真を窺うが、小梅、芹沢、沖田だ。
徐々に、眉間にしわを寄せる花穂。
上機嫌な小梅は気づかない。
ただ、嬉しそうな双眸を傾けていたのだった。
「どうしたの?」
驚愕している顔を、小梅に巡らした。
「芹沢様が、沖田様を連れてきてくれました」
(写真のこと、聞いているのに)
やれやれと、花穂が首を竦めている。
周りの視線も温かい。
「……二人で? 他の人は?」
「二人ですよ」
可愛らしい仕草で、小梅が首を傾げている。
沖田だけを連れ、訪れたことを話した。
「……芹沢様と、沖田様だけ……」
「はい」
(どういう経緯で、そうなったのかしら)
一度だけ、自分たちの店ではない場所に、部下の人たちを引き連れ、近藤隊の沖田と遊んでいたと耳にしていたのである。
その際も、噂になっていたのだ。
芹沢と沖田と言う組み合わせで、訪れたことに、花穂の旦那でもある土方の顔を掠めていたのだった。
(知っているのかしら、あの人は)
心の中で、花穂が溜息を漏らしていた。
そして、チラリと、周りにいる遊女たちに視線を巡らす。
「沖田様のことを、聞いていたのね」
みんなが頷いた。
彼女たちに、言い含めないと気持ちを引き締めた。
「お客様のことは、言わないのが、私たちの掟よ」
「でも……」
後輩の遊女が悲しい顔を覗かせている。
誰もが、愛嬌のある、そして、有望でもある沖田のことを知りたいと、巡らせていることに把握していた。
花街の中でも、沖田は有名人であり、誰もが専属でつきたいと願っていたのである。
「大丈夫です、花穂姉さん。沖田様の了承はいただきました」
やったぞと言う満足げな顔を、前面に出していた。
(それでも、ダメなのに……)
不意に、イタイ子を見るような眼差しになってしまう。
「聞いてください。沖田様は、重要なお役職をいただいているんです」
意気込む小梅だ。
若干、前のめりになっていた。
その上、瞳をキラキラさせている。
いつも助けて貰っている、姉さんたちの役に立ちたいと思っていたのだ。
今まさに、そのご恩を返せると力んでいた。
「「「「役職?」」」」
誰の目も、知りたいと描かれている。
(もうダメね。みんなの頭の中は沖田様でいっぱいだもん)
嘆息を漏らし、花穂が目で喋るように促した。
「備品係の副委員です」
胸を張り、凄い情報でしょうと訴えていた。
パチパチと、瞬きを繰り返す遊女たち。
「「「「備品係?」」」」
「はい。備品係です」
さらに、瞳を輝かせている小梅。
怪訝そうに、花穂がやった感を滲ませている姿を凝視していた。
(備品係? 備品って、あの備品のことよね。それが重要なの? それも副委員って何? 他にもいるの、そんなくだらないことに?)
「副委員ってことは、委員長もいるってことよね?」
「はい。委員長は、伍長の斉藤様です」
それぞれに、無表情でいる斉藤の姿を掠めている。
土方から、斉藤の愚痴を何度か聞かされたことがあったのだ。
だから、どうしても想像できない。
(どういった経緯で、こうなったのかしら?)
「見てください。胸についている、このバッチ。これが、備品係の副委員の証しだそうです」
意気揚々と、小梅が指し示した場所を、誰もがどれどれと窺う。
確かに、沖田の胸元に、精密な技巧を施したバッチが付けられていた。
「沖田様に、備品係のマスコットキャラにと、要請があったのですが、私は、旦那様一筋と決めていますので、お断りしました」
偉いでしょ言う顔をみせている。
誰も、温かい眼差しになっていた。
「そうね。小梅は、芹沢様専属だから」
「はい」
元気がいい小梅だった。
「花穂姉さんは、興味がありますか?」
微妙な顔を滲ませている。
「もし、よろしかったら、沖田様に推薦します。花穂姉さんには、いつもお世話になっているので」
「……大丈夫よ」
いい笑顔で、花穂が断った。
しゅんと落ち込む。
花穂を推薦しようと、思っていたのである。
「私では、そのお役目は無理よ。それに、沖田様なら、きっと、別な方を見つけられると思うわよ」
「……そうですよね」
(沖田様も、お人が悪い方。小梅で遊ぶなんて)
それからも、小梅はお座敷で沖田から聞いた話を、みんなに聞かせていたのである。
そして、花街では、瞬く間に沖田の噂話が広まっていくのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。