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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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閑話(7)

80話目の後の話です。

 昼時の花街は静かだった。

 まだ、身支度を整えるまで、時間が空いている遊女たちは、それぞれで過ごしていた。


 妹たちの礼儀作法でも見てあげようと、花穂が歩いていると、みんなが集う部屋が賑わっていることに気づく。

「どうしたかしら?」

 部屋に行くに連れ、騒々しさが増していった。

 訝しげに、何事かと巡らすが、見当もつかない。

 やれやれと抱きながら、障子を開けた。


 広い座敷に、十数人の遊女たちが集まっていた。

 在籍している、ほとんどの子たちがいたのだった。

 それも、小梅を中心としてだ。

 異様な光景に、花穂が眉を潜めている。


「花穂姉さん」

 顰めている花穂に、能天気な顔を小梅が滲ませていたのだった。

 仲間の遊女たちが、花穂の顔色を窺っている。

 今の時間帯は、ほとんどが休憩時間だったが、勉強しているはずの者も、若干名混じっていたからだ。


「何遊んでいるの」

 咎める眼差しに、数人の遊女たちが視線を剥がした。

 そんな花穂に気づかず、ホクホク顔を小梅はやめられない。

 空気を読めない小梅。

 花穂を含め、何人かが嘆息を吐いた。


 小梅に視線を傾けている最中、数名の遊女がそそくさと、部屋から出て行ってしまう。

「何をしていたの、小梅」

「沖田様のお話をしていたんです。それと、これをみんなに見せていました」

 嬉しそうな顔を覗かせていた。


 仲間の遊女たちが、花穂に場所を空けてあげる。

 空いた場所に座ると、一枚の写真を手渡した。

 そこには、小梅を中心とし、両脇に沖田と芹沢が写っていたのである。


 ただ、表情は対照的だ。

 ニコニコ顔の沖田に対し、芹沢はブスッとした顔をしていた。

「……」

 意外過ぎる状況に、絶句している。


 芹沢が、誰かと写真と撮るなんて珍しいことだった。

 小梅以外の誰もが、小さく笑っていた。

 突拍子もない写真に、誰もが同じような反応を、示していたのだった。


(芹沢様が写真を? それもあの、沖田様と?)


 食い入るように、写真を窺うが、小梅、芹沢、沖田だ。

 徐々に、眉間にしわを寄せる花穂。

 上機嫌な小梅は気づかない。

 ただ、嬉しそうな双眸を傾けていたのだった。


「どうしたの?」

 驚愕している顔を、小梅に巡らした。

「芹沢様が、沖田様を連れてきてくれました」


(写真のこと、聞いているのに)


 やれやれと、花穂が首を竦めている。

 周りの視線も温かい。


「……二人で? 他の人は?」

「二人ですよ」

 可愛らしい仕草で、小梅が首を傾げている。

 沖田だけを連れ、訪れたことを話した。

「……芹沢様と、沖田様だけ……」

「はい」


(どういう経緯で、そうなったのかしら)


 一度だけ、自分たちの店ではない場所に、部下の人たちを引き連れ、近藤隊の沖田と遊んでいたと耳にしていたのである。

 その際も、噂になっていたのだ。

 芹沢と沖田と言う組み合わせで、訪れたことに、花穂の旦那でもある土方の顔を掠めていたのだった。


(知っているのかしら、あの人は)


 心の中で、花穂が溜息を漏らしていた。

 そして、チラリと、周りにいる遊女たちに視線を巡らす。

「沖田様のことを、聞いていたのね」

 みんなが頷いた。

 彼女たちに、言い含めないと気持ちを引き締めた。


「お客様のことは、言わないのが、私たちの掟よ」

「でも……」

 後輩の遊女が悲しい顔を覗かせている。

 誰もが、愛嬌のある、そして、有望でもある沖田のことを知りたいと、巡らせていることに把握していた。

 花街の中でも、沖田は有名人であり、誰もが専属でつきたいと願っていたのである。


「大丈夫です、花穂姉さん。沖田様の了承はいただきました」

 やったぞと言う満足げな顔を、前面に出していた。


(それでも、ダメなのに……)


 不意に、イタイ子を見るような眼差しになってしまう。

「聞いてください。沖田様は、重要なお役職をいただいているんです」

 意気込む小梅だ。

 若干、前のめりになっていた。

 その上、瞳をキラキラさせている。


 いつも助けて貰っている、姉さんたちの役に立ちたいと思っていたのだ。

 今まさに、そのご恩を返せると力んでいた。


「「「「役職?」」」」

 誰の目も、知りたいと描かれている。


(もうダメね。みんなの頭の中は沖田様でいっぱいだもん)


 嘆息を漏らし、花穂が目で喋るように促した。

「備品係の副委員です」

 胸を張り、凄い情報でしょうと訴えていた。

 パチパチと、瞬きを繰り返す遊女たち。


「「「「備品係?」」」」

「はい。備品係です」

 さらに、瞳を輝かせている小梅。

 怪訝そうに、花穂がやった感を滲ませている姿を凝視していた。


(備品係? 備品って、あの備品のことよね。それが重要なの? それも副委員って何? 他にもいるの、そんなくだらないことに?)


「副委員ってことは、委員長もいるってことよね?」

「はい。委員長は、伍長の斉藤様です」

 それぞれに、無表情でいる斉藤の姿を掠めている。

 土方から、斉藤の愚痴を何度か聞かされたことがあったのだ。

 だから、どうしても想像できない。


(どういった経緯で、こうなったのかしら?)


「見てください。胸についている、このバッチ。これが、備品係の副委員の証しだそうです」

 意気揚々と、小梅が指し示した場所を、誰もがどれどれと窺う。

 確かに、沖田の胸元に、精密な技巧を施したバッチが付けられていた。


「沖田様に、備品係のマスコットキャラにと、要請があったのですが、私は、旦那様一筋と決めていますので、お断りしました」

 偉いでしょ言う顔をみせている。

 誰も、温かい眼差しになっていた。

「そうね。小梅は、芹沢様専属だから」

「はい」

 元気がいい小梅だった。


「花穂姉さんは、興味がありますか?」

 微妙な顔を滲ませている。

「もし、よろしかったら、沖田様に推薦します。花穂姉さんには、いつもお世話になっているので」

「……大丈夫よ」

 いい笑顔で、花穂が断った。

 しゅんと落ち込む。

 花穂を推薦しようと、思っていたのである。


「私では、そのお役目は無理よ。それに、沖田様なら、きっと、別な方を見つけられると思うわよ」

「……そうですよね」


(沖田様も、お人が悪い方。小梅で遊ぶなんて)


 それからも、小梅はお座敷で沖田から聞いた話を、みんなに聞かせていたのである。

 そして、花街では、瞬く間に沖田の噂話が広まっていくのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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