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01、羊飼いと壁画

1羊飼いと壁画


「この樹木が精霊樹せいれいじゅ……」


 えっと、<精霊樹>と言うのは、子供の手が届くぐらいに低くて、幹は太くて枝は垂れ下がりぎみの白い樹木のこと。


 この世界では年齢が10歳になると、精霊樹から実をもぎ、魔力を流して孵化させる。因みに精霊樹の実は<精霊果せいれいか>と言う。


 そして精霊果を孵化させれば、人と共に生涯を歩む相棒の<精霊獣>が誕生だ。あと、精霊獣は一体しか契約出来ない。


 精霊獣は人と共に生き、人と共に死ぬ。


 そんな世界に暮らしている私には、誰にも言えない秘密がある。なんと、前世の記憶がある、それも異世界の……。


 嘘だと思ったでしょ? 


 でも本当に私は異世界からの転生者だ。


 私の生前の名前は季糸きいと杏樹あんじゅと言う。読書と料理そして、手芸が趣味だった。今世でも生前の趣味が一寸でも役立てられればと思って生活している。


 そして、今の私の姿は緩やかなウエーブが掛かった白金色の美しい髪と、日本の伝統的な藍染を彷彿させる藍色の大きめな瞳が印象的な女の子だ。


 そんな、私が暮らしているのがリリック村。この村はフォーレスト王国の辺境にある。その村の教会に今は来ている。この教会は、厚い石造りの白い建物だ。アーチとデザインされた彫刻が特徴的で、私の目を引き付けた。その中庭で精霊樹と対面している。


「アンジェも10歳になったら、精霊樹から精霊果をもいで孵化させる事が出来るぞ」


 兄のリアンが私の隣で、精霊樹から私に視線を向けた。私の兄は5歳年上だ。今日は教会に一緒に来てくれた。


「うん。 待ち遠しいなぁ」


 私はもう直ぐ10歳になる。そうすれば、念願の精霊獣と契約が出来るのだ。


 さて、今日の目的は精霊樹では無くて、教会の壁と天井の壁画を見る事にある。


 教会の壁画は精霊果が実っている精霊樹を中心に、様々な精霊獣と人が共に戯れている風景が描かれているのだ。その壁画は見方に寄っては、壮大な物語の様にも思えるから不思議である。


 兄が言うには、教会の壁画を専門に描く人の事を、<教会壁画絵師>と呼ぶ。魔力を込めた専用の絵の具で、魔力を注ぎながら描くそうだ。だから絵の腕も必要だが、魔力を上手く絵に注ぐ事も重要になってくる。


 そうして、描かれた壁画はいつまでも美しく存在し続けるのだ。それに壁画に描かれた精霊獣は、誕生し易くなる。だから、教会壁画絵師は、なるべく多くの精霊獣を壁に描く。


「とっても幻想的で美しい……」


 教会内の人々の会話や雑音も気にならない。そのぐらい、集中して壁画に、私は見入っていた。すると、優しく肩を二回叩かれる。兄である、そうしてニヤリっと字幕が付きそうな笑顔をした。


「俺には、精霊獣の標本市にしか思えないがなぁ」


「兄は絵心無さすぎだよ……」


 私は兄の教会の壁画の感想に、兄残念な子だと思う事にする。じゃないと、こんなにも感動的な壁画が可哀想だと思うからね。


「まあ、教会の壁画の精霊獣なんて図鑑がわりだかな」


「えっ、図鑑って……」


「俺も、精霊獣と契約する前に、親父に連れて来てもらった。 その時に言っていたぞ!!」


「絶対、嘘よ!!」


「嘘じゃない。 本当に、言っていたさ」


 もう、親子で絵心が解らないなんて!!この壁画が精霊獣の図鑑?やっぱり、この壁画を描いた教会壁画絵師が可哀想だよ。


「じゃあさ、精霊獣が孵化した時ってどんな気持ちだった?」


 兄が頭を軽く掻く。すると焦げ茶色の髪が少しだけ乱れた。そんな事は気にならないようで、好奇心一杯の翡翠色の瞳が壁画の精霊獣に注がれうる。


 そして、真剣な面持ちになった。


「スゲエ感動した。 何か、こいつが俺の生涯の相棒かぁって思った。 良い意味でなぁ!! 本当に、素直にスゲエ嬉しくなったな」


 兄の精霊獣は、ボーダー・コリーに似た焦げ茶色の犬である。


 名前はバーン。そして、品種は<警備しちゃう犬>と言う。私が初めて、品種名を聞いた時には耳を疑ったよ。これど、精霊獣の品種名は全部こんな感じである。


 <警備しちゃう犬>の固有能力は、契約者の思う大きさになる縮小化と巨大化だ。自由自在な姿で、家畜を追いかける。それに時には、敵を追跡して倒すハンターにもなるのだ。


「さて、そろそろ行くぞ。母さんに頼まれた、羊毛染めの顔料を取りに行かないと」


「はーい。 ジョルジュ爺さんの店に行くのよね?」


「そうそう。 いつもの分だけ頼んであるらしいぞ。 金はもう払ってあるってさ」


 教会の前の道を挟んだ所に<薬師ジョルジュの薬屋>はある。


 ジョルジュ爺さんは、高齢だ。高齢な事もあって物知りである。そんなジョルジュ爺さんは、孫と暮らしている。


 <薬師ジョルジュの薬屋>は、様々な薬が置いてあるのだ。その瓶がどれもこれも、ファンタジー的に可愛らしい。見ているだけで面白い、そして楽しい気持ちになれた。


 それに、<薬師ジョルジュの薬屋>は良心的な価格の店でもある。


 私と兄が<薬師ジョルジュの薬屋>に入ると、椅子に腰を下ろしたジョルジュ爺さんが出迎えてくれた。


「いらっしゃい」


 ジョルジュ爺は長く白いひげを撫でる。鬚の先には可愛い水玉模様のリボンが結ばれていた。一寸、いや結構お茶目でお洒落な爺さんである。


「ジョルジュ爺さん。 羊毛染めの顔料、出来ているかぁ」


 兄の陽気な声が、店内に響く。


「羊毛染の顔料は、もう出来とるよ。 直ぐに持って来るから待っておれ」


「急がなくていいから――」


ジョルジュ爺さんは、椅子からゆっくりと立ち上がり店の奥に向かった。


「いらっしゃいませ。 あっ、お客さんってリアン達の事か」


 店にジョルジュ爺さんの孫のエリアスが梟型の精霊獣と共に出て来る。そして、私達を見ると、蜂蜜色の目を細めて笑みを浮かべた。 エリアスさんはジョルジュ爺さんの所で、薬師の修行をしているのだ。


 エリアスさんの両親も近くの街で薬師をしているが、そちらはエリアスさんの兄が継ぐことになっている。だからエリアスさんは将来、この場所でジョルジュ爺さんの仕事を継ぐ予定だ。


「昨日ぶりだな、エリアス。 修行どうだ?」


 兄が軽く手を上げて、エリアスさんに答える。


「結構、面白いですよ。 まだまだだけどね」


「そりゃそうだ」


 兄は良く、エリアスさんに付き合って近くの森へ行く。そして、エリアスさんの調合の練習用の薬草を採取しに行っているのだ。


「そう言えば、アンジェはもう直ぐ10歳の誕生日になりますね」


「久しぶりです、エリアスさん。 そうです。 もう直ぐ10歳になります」


「そう。 だから、ここに寄る前にアンジェに付き合って教会に行って来た」


「兄と一緒に、教会の壁画を観に行って来たよ」


「僕も10歳になる少し前に教会の壁画を観ては、どんな精霊獣が相棒になるか想像していましたよ」


 エリアスさんは笑顔で、自身の精霊獣の頭を軽く撫でた。


 エリアスさんの精霊獣の品種名は<お届け梟>と言う。色は漆黒で、愛嬌がある目が印象的な精霊獣である。名前はトビーと言う。


 <お届け梟>の固有能力は小型収納と移転だ。小型の荷物を、精霊獣自身が収納する。そして移転で配達するのだ。受領票にサインも貰ってくる程に、賢いのである。


「早く誕生日になってくれないかなぁ。 そしたら、精霊獣と契約で出来るのに……」


「精霊獣と契約したら、見せに来て下さい」


「もちろん。 本当に楽しみだなぁ」


 私は精霊獣に思いを馳せるのだった。


 ジョルジュ爺さんに羊毛染めの顔料を渡されても、他のお客さんが来るまで話し込んでしまう。


 だから、<薬師ジョルジュの薬屋>を出たのは、結構な時間が経ってからだった。


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