3話 人ってなんだろう?
試験なんてこの世からなくなればいいのに・・・。
私がこの姿になって、一体どれくらいの年月が経っただろう?この姿になってから、たくさんのものを見て、聞いて、喰ってきた。その間に、小さくなっていた私の体も、随分と大きくなった。たくさんのことも発見した。大地の変動も見てきた。
そして、とうとう昔のことを思い出せなくなってきたという時に、私はそれと出会った。
◇
私は食べることが大好きだ。本当に大好きだ。ええ、認めてやりましょうとも。大好きですよ。最近は力をつけるとか生まれた意味を〜とかじゃなくて、味もわかってきた。いっぱい食べた。でももっと食べたい。だってしょうがないじゃない。まだまだ成長期ですよ?伸び盛りなんですよ?よく言うでしょ?いっぱい食べろって。そういうことだよ。
ああ、一つ言っておくけど、これはただの独白だから。けっして・・・けっっっしてこの大陸のもの全てを食べ尽くしたことに対する現実逃避でもなんでもないから。・・・本当だヨ?
だって、美味しいんだもん。最近は味もわかってきて食欲が湧いてきたんだもん。ほら、よく成長期には(ry
とにかく、このままじゃ私が餓死するということで、そろそろ他の大陸に移り住もうと思いまーす☆
ただ、この大陸、このままじゃ可哀想すぎるよね。広大な土地にひび割れた大地が広がっているだけだし。ということで、私の中の魔力を解放する。
この魔力っていうのは私がこの前まで“靄”って言っていたもののこと。なんか言いにくかったんだよね〜。そしたら急に頭の中に閃いてさ。なんかかっこよくない?魔力って。いかにも厨二病って感じで。・・・厨二病?
で、この魔力はもともと他の生物のものだったから、解放すれば自然と元々の姿に戻るはず。・・・体はクリスタルだけど。ちなみにここで解放している魔力はなくても困らないものだよ。私本来の魔力が大きくなりすぎて、それをさらにこの姿に合わせて圧縮しまくっているからその辺の小動物(魔物も含む)の魔力は入る余地がないんだよ。まあ、もともとの魔力も抑えきれなくなってきて最近はまた大きくなりだしたけどね。
地面も私が喰べた木や草、大地の魔力を解放するとクリスタルになって元の姿にもどる。ちなみに大地の魔力っていうのはその土地その土地にもともとある魔力のことで、その辺の生物が持っている魔力なんかとじゃあ規模が違う。それでも私の魔力よりは少なかったけど。その大地の魔力がないと土地は何も生み出さないし、荒れて最終的には死ぬ。土地が死ぬと本当に何もできなくなる。私はそのことに気がつかなかったから大地の魔力を食べ尽くして大陸を死なせちゃったんだけどね。
てなかんじでいろいろ頑張ってたらクリスタルしかない、クリスタルの大陸ができちゃいますた。まあいいか。ちなみにちなみにこの大陸のクリスタルは私の体の一部なので、私の思うように動きます。すごいでしょう?
◇
さてさてやってきましたよ海。一面真っ青で水が陽の光を反射している。耳には規則的にザザア・・・ザザアという波の音が聞こえて来る。う〜ん、いいねぇ〜。
じゃあそろそろ行くかな。体をすっぽり包み込むほどの翼を広げ、勢いよく羽ばたく。全身クリスタルな私だが、翼だけは翼膜でできているため、飛べるのだ。するとこの巨大な体がいとも簡単に中に浮く。海は風圧のせいか水が跳ね、激しく白波が立っている。
他の大陸なんてあるかどうかもわからないけど、きっとどうにかなるよね。それじゃあ、しゅっぱ〜つ‼︎
◇
・・・2週間が経った。うん、まだまだ余裕。
・・・1ヶ月が経った。♪う〜み〜はひろい〜なお〜き〜な〜♪ん?何この歌?
・・・3ヶ月が経った。う〜ん、青しかないなあ。
・・・半年が経った。あれ?見つからないぞ?
・・・1年が経った。あれ?あれ?
・・・3年が経った。海飽きた〜。陸〜。
・・・10年が経った。りく〜、りく〜。
・・・20年が経った。お腹すいたよ〜。
・・・30年が経った。・・・・・・・・。
・・・50年が経った。・・・・・あれ?遠くになんか見える・・・。あれは・・・りくぅぅぅ‼︎
全速力で陸地に降り立つ。衝撃で地震が起こったけど、まあよしとしよう。そんなことよりも陸地に降り立った感動の方が大きい。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
おっと、思わず咆哮が。それにしてもまさか50年もかかるとは・・・。ただ単に遠かっただけなのか、それとも私が方向音痴だっただけなのか。う〜ん・・・・・・・・まあ、どおでもいいか。そんなことより・・・。
お腹が減った。マジきつい。
体は大丈夫でも精神的にはやばい。なにか、何か食べ物を・・・ん?
視界の端で何かが動く気配がした。そちらを向いてみるとそこには・・・“手足の長い毛の生えていない猿”がいた。頭にだけは金色の毛が生えている。体には何かの繊維を巻きつけている。怯えているようだ。目に涙が浮かんでいる。何にと言っても一つしかないのだろうが。
なんなのだろうこのヘンテコな生物はーー人間ーーああ、そうそう人間・・・え?なんで知っている?これを見たのは初めてのはず。疑問がどんどん湧いてくる。でも・・・そんなことはどうでもいい。なぜなら、これは・・・。
こんなにも美味しそうなのだから・・・。
◇
どうしてこんなことに・・・。
人間の少女は絶望していた。今日はどこにでもあるただ過ぎ去るだけの記憶にも残らないような平凡な1日だったはずだ。朝起きて、親や友人と過ごし、神様に日々の感謝を伝え、ご飯を食べて寝る。そうして終わるだけのただの1日だったはず。なのに、どうして・・・?
ただの好奇心だった。こんな退屈な日々に少しの刺激でもと思って普段危ないから行くなと言われている海岸の崖の上に行った。この崖は真っ直ぐ海まで伸びているのだが標高が高く、下には岩場が広がっているため、里の大人たちは少女たち子供には行かせない。少女たちがそんな崖に好奇心を抱くのは当然と言えるだろう。
だが、そこで遭遇したあれは好奇心で出会っていいような存在ではなかった。
全身を覆っているクリスタルも、山ほどもあるその巨体を包み込むような巨大な翼も、スマートな頭からはえる3本の角も、やはりクリスタルに覆われた強靭な尻尾も、その全てが美しかった。美しかったのだが、その巨体から溢れ出る膨大な量の魔力。そして高い位置にあるアクアオーラのような体とは正反対の真っ赤な双眸に睨まれた時、少女の体は蛇に睨まれた蛙のようにまったく動かなくなってしまった。その目のすぐ下、少女など一飲みにしてしまうほどの大きさの化物の口元が歪む。少女の身長よりも大きなクリスタルの鋭い牙が規則的に並んだ口内が見える。少女はあまりの恐怖に下半身を自身の排泄物で汚す。目からは自然と涙が溢れてくる。
逃げたい。いますぐこの化物から目を逸らして全速力で逃げだしたい。
だが、すでに少女の体は少女の言うことを聞かなかった。
「あ・・・・ああ・・・・・・・・・あ・・・」
「グルルルル」
化物が少女に向かって首を伸ばす。巨大な、家一軒ほどの大きさがある化物の頭が近づいてくる。ゆっくりと。だが確実に。すると少女は力が抜けていく感覚を覚えた。徐々に意識も遠くなってくる。
少女にとってはそれさえも有り難かった。さっさとこの化物から目をそらしたい。どっちにしても死ぬのならこの化物を忘れてから死にたい。
ああ、私は死ぬんだ。まあ、それもいいかな。
そんなことを考え出す始末である。そこで少女の意識は途絶えた。
◇
私はいま、これの肉を喰べている。喰べているのだが、これがとても美味しい。獣とは違った柔らかな肉や骨。そして量は少ないものの、質は相当良い魔力。流石にドラゴンや、その他力の強い獣たちには遠く及ばないものの、その美味しさは私が食べてきた中でも、かなり上位に入るだろう。
うん、これだけの質の魔力だったら私の一部になりえるね。
やばい、また食べたくなってきた。欲望を抑えられそうにないな・・・。もう・・・しょうがないか・・・少しだけなら、いいよね?
ちょうどこれと同じような気配が密集しているところがあるしね。それに・・・これは私と何か関係があるようなきがする。・・・違和感はあるけど。
とにかく、早く食べたい。大きな翼を広げて空に向かって飛び立つ。数分も経つと森の中に一箇所だけ開けた場所を見つけた。・・・あそこだ。思わず口角があがる。
丸太を積み上げた箱のようなものがたくさんあるが、あれの住処なのだろうか。ちらほら外に出てくる。私はその住処もない広場のようなところに降り立つと同時に全身で魔力を吸い始める。自分の中になにかが満ちていく感覚とともに、あれらが一斉に倒れ始める。それを見て私は一気に吸う力を強める。するとどうだろう。先ほどまであれほど柔らかそうだった毛も生えていないむき出しの肌が水分を失ったかのように干からびていく。最終的には骨だけになった。
ああ、この感覚だ。自分の中に力が満ちていく感覚。この時の快感はなににも例えられないだろう・・・。
しばらく至高の快感に身を震わせていると、私の体に異変が起こった。
グッ、う・・・あ・・・なに、これ・・・・・・・・?
急に頭痛がし出した。思わず体を暴れさせる。私の巨体に押しつぶされ、獲物の住処や木々がめしめしと音を立てる。
「グルルアアアア」
声が漏れる。私が生まれて初めて出す苦痛に耐える声だ。
頭の中でなにかの映像が流れる。
さっきの獲物のようだ。だが、何かが違う。あれらとは決定的に。
色が違う?確かにそうだ。獲物のように金色の毛をしているわけでも、肌も白いわけじゃない。黒色の体毛と黄色っぽい肌色だ。だが、されではない。決定的ではない。
では魔力?魔力も違う。頭の中の存在からは魔力を少しも感じられない。魔力は私の食料であり私自身だ。魔力がない方が違和感があるに決まっている。だが、なぜかその存在からは違和感というものを少しも感じられない。それどころか懐かしささえも感じる。
なぜだ?これを見るのは今が初めてのはず。なぜだ?なぜ?どうして?なぜ?どうして?なぜ?どうして?なぜ?どうして?なぜ?どうして?なぜ?どうして?なぜ?どうして?なぜ?どうして?なぜ?どうして?なぜ?どうして?なぜ?なぜ?なぜ?ナぜ?ナゼ?なぜ、ナゼ、なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ・・・・・・
思考がループする。苦痛と困惑で頭がうまく回らない・・・。
そうしてどれだけすごしたか。やまない苦痛と思考の無限ループに陥っていた私だったが、なぜかいきなり頭の中にある事がすんなりと入ってきた。理由はわからないが、急に苦痛と思考の無限ループが終わる。そして頭の中に入ってきた。・・・いや、思い出した記憶を反芻する。
ああ・・・そうか。
私は・・・私は・・・
これだった。
お疲れ様でした。