2話 成長ってなんだろう?
サボりすぎました
私が誕生してから、どのくらいの月日が経っただろう。私が生まれる前の記憶ははっきりしていない。わかっていることは、獲物を食べては寝て食べては寝てを繰り返していたということだけだ。そして、私という自我が誕生してからは、獲物を食べては寝て、起きては獲物を食べ、そしてまた寝て、その繰り返しだった。
・・・あれ?私が生まれる前も、生まれた後もやってること大して変わんなくない?あれ?あれれ?
あ〜え〜、でも、変わったこともあった。私という自我が生まれてから決定的に変わったこと、それは・・・それは・・・
あれ?やっぱり無くない?
あ〜、いや、ある。あるよ。・・・多分。
あ、思い出した。音が聞こえるようになったことと、見えるようになったことだ。あまりにも時間がたちすぎて忘れちゃってたよ。
いや〜、いつ頃だったかなぁ。けっこうたくさんの靄を喰った後に徐々に音と視覚情報が入ってきたんだから。あの時の興奮と言ったら・・・。あ、でも初めてなはずなのに理由はわからないけど、すごく懐かしく感じたんだよね。涙が出そうだったよ〜。・・・ん?涙ってなんだろう?
それでわかったことといえば、私は青い大きなクリスタルのようなものだったということと、私がいたところは森だったということかな。だったっていうのは・・・ほら、私ってさ、あの靄が欲しかったじゃない?だからずっと頑張って吸ってたんだけど、はじめは一面緑が生い茂っていた森の緑がどんどん後退して行ってさ、まあ、それと比例するように私の大きさも大きくなっているんだけどね。
で、後先考えずにどんどん靄を喰べて自信を硬化、強化、巨大化させていった結果・・・なんと、森だった場所が全て、私の体になっちゃいましたぁ。
いやぁ、いったい何年経ったのかねぇ。昔はその辺の小動物を喰べるのが精一杯だったっていうのに今となってはドラゴンだからねぇドラゴン。ドラゴンってさぁ、馬鹿みたいに強いんだけど、その分もらえる靄の量がものすごいの。まだ一度しか喰べたことがないけど、また喰べたいなあ。・・・いかん涎が。
・・・ん?涎ってなんだろう?
◇
あのドラゴン云々の話から数日がたった。で、何かというと、そのドラゴンさんが来てくれたのですよ。しかも前より力の強そうな奴が。
これは逃せない。何としても仕留めなくては・・・。
見た感じこの前のドラゴンとは格が違う。その体の巨大さ(私よりは全然小さいが)や迫力もさることながら、その身から溢れ出る靄の量と質。何もかもが昔食べたドラゴンとは一線を画している。
あ〜もう、美味しそうだ。自分から動けないこの体が憎たらしい。喰べたい、喰べたい、喰べたい・・・。今にも靄を吸いたいという気持ちに負けそうなのだが、なんとか弾け飛ぶ寸前の理性を保つ。私の目にはたっぷりの肉汁を滴らせた極上のステーキが近ずいてきているようにしか見えない。・・・ん?ステーキ?
どうやらドラゴンの目的は最初から私だったようで、さっきから私めがけて一直線に飛んでくる。きっと自分が捕食されようとしているとは夢にも思っていないんだろう。
さて、あのドラゴンが近づいてくるまで少し待ちましょうか。
◇◇
最初は関心もなにも抱いていなかった。また少し力をつけただけの魔物の噂が誇張されて伝わってきたのだと思っていた。
ドラゴンは退屈だった。生まれてすぐは戦いの連続だった。何よりも自分より強者との戦いが楽しかった。いつも命がけだったが、そこには確かに“生”を感じられた。戦い、戦い、戦い、そして戦い続けた。やがて自分が周りよりも強者になると、魔物が寄り付かなくなった。退屈だった。時間が何倍にも、何十倍にも長く感じられた。そして気が遠くなるほどの時が過ぎた。その頃にはもう戦いの記憶がなにかの夢だったのではないか、と思うようになっていた。確かに自分は強くなった。だが、ただ退屈なだけの毎日には少しも“生”を感じられないのだ。
それは他の強者と呼ばれる魔物も同じだったようで、たまに交流しあっては、新しい戦いの気配を教え合った。
だが、実際新参の強者の所に戦いにいっても、そいつは弱小の魔物を殺し、思い上がっているだけのクズだったり、ドラゴンが近づくと逃げてしまうような臆病者ばかりだった。その頃には、もう、周りの魔物を敵ではなくゴミカスかそこにあるモノ程度にしか感じられなくなっていた。
そんな時に耳に届いたのがあの噂だ。一瞬期待はするものの、その後すぐに「またか」と思ってしまう。だが、今回は前までとは何か違うような、そんな気がした。気のせいと思いつつも、どこか心の隅でその噂は大切に保管されていた。
またそれなりに時間が経った。あの噂のことも果てしない記憶の彼方へ葬られようとしていた、そんな時、遥か遠くにだが、ある気配を感じた。初めは小さく、その辺の魔物とそう変わらない程度の気配だったが、ゆっくり、だが確実に、そしてどんどんその速度を上げながら気配は大きくなっていく。そこで思い出した。あの噂を。「足を踏み入れたものは何人たりとも、たとえドラゴンであっても喰われる」というあの噂を。
ドラゴンは歓喜した。あの気配の主ならこの退屈なだけの毎日を終わらせてくれるのではないか。気配は日に日に大きくなっている。この分だとしばらくのうちに自分を超すかもしれない。久方ぶりとなる格上との戦いに久しく忘れていた感情が舞い戻ってくる。
負けたら死ぬ、という恐怖。
また戦える、という喜び。
他の強者を出し抜いた、という優越感。
そして再び“生”を感じさせてくれるまだ見ぬ気配の主への感謝。
それまで気の遠くなるほど長い時間感じていなかったものがドラゴンを興奮させる。今まで退屈だった時間がさらに長く感じられてしまう。だが、この気持ちに負けてはいけない。
まだだ、まだアイツは成長している。
◇
また月日が経つと気配の成長がかなり緩やかになった。
そろそろか、と思いしばらく動かしていなかった翼を動かす。ようやく戦える。あの気配はもう自分よりも遥かに大きくなっている。もし戦っても死ぬ可能性の方が多いだろう。だが、それでもいい。どうせこのまま半永久的に続く退屈な時間を過ごすのなら、最後に戦って死んだ方がマシだ。
高鳴る思いを抑えきれず、翼を羽ばたかせ全速力で気配のもとに向かう。
◇
それは異常だった。明らかにおかしかった。本来大きくてもドラゴンの目に見えるか見えないか程度の“力を吸い取る石”は、もともとあったはずの森を飲み込み、さらに広がるほど肥大化し、何本もの塔のような透き通った青い石をそこら中から生やしている。
そして、何よりも、美しかった。
◇◇
ようやくドラゴンを視覚に収めることができた。その体はどこまでも黒かった。漆黒といってもいいかもしれない。凶暴そうな頭からはえる角の先から、体をすっぽりと覆ってしまうのではないか、というほどの大きさの立派な一対の翼、ひいては強靭な尻尾の先まで真っ黒だった。唯一の例外は、鋭い、しかしどこか知性を感じさせるドラゴンの瞳だろう。こちらは血のような赤、真っ赤だ。
ここまで結構丁寧に説明してきたが、マジでヤバイ。旨そう。喰べたい。
もう・・・いいよね?
それじゃあ・・・いただきます。
◇◇
青いクリスタルに近づいてからのドラゴンの行動は早かった。大きく空気を吸い込むと、大地が割れるのではないか、というほどの咆哮をする。
そして最大出力の炎弾を吐くとすぐにその場を飛び退く。
ドラゴンの視界は爆発とともに発生した大量の煙で埋め尽くされ、クリスタルが見えないが、相手は自分より格上。この程度で死にはしないだろう。すぐさま次の行動を考える。その瞬間。急激に力が抜ける感覚を憶え、何事かと思っていると、その数瞬の後、グサリという何かが貫かれる音と視界が暗くなる感覚を同時に感じ、朦朧とした意識の中、下を向くとそこには・・・自らの体が地面から伸びてきた青いクリスタルに貫かれている光景があった。
そしてドラゴンの視界は暗転し、長い時を生きた強大なドラゴンはその生涯を閉じた。
◇◇
そろそろ喰べるか、などと考えていると、ドラゴンがいきなり大音量で咆哮してきた。うわぁっ、うるさい‼︎
それと同時にごく大サイズの火の玉が私に直撃する。だけどその火の玉から靄を吸い取って終了。ドラゴンがいた場所を見るとそこには何もいない。どうやら後ろに飛び退いたようだ。
う〜ん。イライラする。お前は獲物なんだから私に大人しく喰われてりゃいいんだよ。
私の体に靄を通し、私の体であるクリスタルを急成長させる。実は私の体は地中にある分の体積の方が大きかったりする。つまり私の体のほとんどは地中にあるのだ。だからあの獲物が立っている地面も私の体に土が乗っかっているだけなのだが・・・気づいていないらしい。
そして急成長させるのは獲物の真下。イメージは鋭い槍。・・・ん?槍?なにそれ?
さらに槍?をぶっさす直前に獲物を喰べ始め、動きを止める。
最後に動きが止まったところを靄が一番溜まっているところめがけてぶっさす。
刺すと獲物の体の中にあった膨大な量の靄が一気に吹き出す。
ハハッ。いいぞ、お前の全てを私によこせ。喰わせろ。
獲物の体を文字通り喰べる。私の体に取り込み、喰らい尽くす。
そうして獲物の全てを喰らいつくした頃、私の体に変化が起こった。
何・・・これ?・・・熱い。痛い。
生まれてから初めて感じる熱い、痛いという感覚とともに私の体が急速に縮小し、あるものを形作る。
4本の足とその先にはえる鋭い爪。体長の割に細長い胴体とそこからはえる長い強靭な尻尾。強靭な顎と牙をもつ頭とそこからはえる4本の長い角。そして全身を覆う大量の鱗。これら全てがクリスタルで形作られている。
それはクリスタルでできたドラゴンだった。大きさは獲物より2回りほど大きい。
私は全身を見回す。爪も牙も角も何もかもが新鮮だ。なにより自ら動けるのがいい。自分で獲物を探せるからね。私の目的を果たす手助けをしてくれるだろう。
「グルルルル」
試しに唸ってみた。低い、反響したような唸り声が口から出る。
気に入った。
「グオオオオオオオオオオオオオ」
私は力一杯咆哮した。動けるようになった喜びとさらなる獲物を求めて。
獲物になった自宅警備員なドラゴンさんに合掌