1話 ごちそうさま
このくらいの長さがちょうどいいかな。
この世界には魔石というものが存在する。見た目は水晶のようなものだが、魔石は魔力を吸う。この世界の生物なら小さな虫や草から強大な力を持つドラゴンまで、ありとあらゆるものが魔力を持っている。そして魔石は生物ではないが自身の維持に魔力を必要とする。だが魔石は魔力を持たない。故に魔石はそれを吸うのだ。いや、食べるという方が正しいかもしれない。
本来ならば魔石は生物ではないため、自身を維持するための必要最低限の魔力を、偶然近くを通りかかった虫や小動物から吸収、または捕食するのだが、ここに普通の魔石とは少しだけ違う自我を持った魔石が一つ。生物ではないのに自我とは、と思うかもしれない。だが現に自我を持った魔石が存在するのだ。それで納得してもらうしかない。
とにかく、その魔石はこれより数万年の後、さらなる進化を遂げるのだが、それはまだ先の話・・・
◇◇
・・・うん?
・・・ああ、獲物か。
真っ暗な視界に白い靄もようなものが近づいてきた。私は最近まで、昔のように・・・?昔とはいつだろう?まあいいか、とにかく最近まで獲物の肉を食べているのかと思っていた。だが実際には獲物の肉ではなく、この白い靄のようなものを食べているらしい。
そしてこの靄のようなもの、食べると自分の中の“力”が大きくなっていく気がするのだ。『自分は何者なのか?』という疑問を解決したい私にとっては扱える“力”が増大することは、とても都合がいい。現に今までは触れられるまでわからなかった獲物の気配が、この靄が見えるようになったことでわかるようになった。
まあ、ということでたまたま近づいてきた哀れな獲物くんには私の犠牲になってもらおう。
◇
まずは獲物が発している靄を少しだけ吸う。すると興味を持ったのか、私を脅威と見たのか獲物が近づいてくる。そして獲物が触れられるほど近づいてきたところで吸うのをやめ食べる。獲物の動きは鈍くなり、私に食べ尽くされる。・・・ゲフ。おいしかった。ごちそうさま。・・・おお、ごちそうさまとはなんだろう?
おやすみなさい。
◇◇
獣は焦っていた。どうしてこうなった?何故?どうして?
最近は寒くなってきてそろそろ落ちてきた木の実を集めよう、などと思い巣穴から出て天敵の少ない朝のうちにことを済ませようとした。生き残るため、子孫を残すためにする当然の行動だった。
地面を駆けていると、体の力が少し抜ける感覚を感じた。あたりを見回してみると、青く、透明な美しい石があった。またか、と獣は思った。この石の近くを通るといつもこうだ。体の力が抜けていく。放っておけば大変な事態に陥るだろうということは、本能で理解していた。それ故獣は、いや地上に生きる生命はこの石を見つけると木の上から落として割る。幸い近づくと力が抜けるとはいえ、それもごくごく僅かなため、余裕を持って木の上からこの石を落とせるのだ。
今までもなんども経験したことだった。近づき、石を地面から引っこ抜き、木の上から落とす。簡単なはずだった。すぐ終わるはずだった。それがまさか自身の生命の終わりになろうとは。
近づき、抜こうとする。するといきなり力が抜ける感覚が一変した。今までとは打って変わり、急激に体の力が抜ける。いや、これは・・・一体?
獣には理解できなかった。薄れる意識の中、痛みを感じ、目線を下に向けると一つの汚れもない美しい青い石が、獣の体に触れていた。そこから血が吸われている。肉も無くなってきた。
今まではなんとも感じなかった青い石に初めて本能的な恐怖を感じた。そして同時にこの恐怖は自分の天敵に対して感じる恐怖と同じものだということも理解した。
獣の頭ではここまでしか考えられなかった。視界がだんだんと暗くなっていき、全身が痛みに襲われる。獣は考えることを放棄した。
そして・・・
おやすみなさい。
そう、聞こえた気がした。
◇◇
大陸内陸部にある、とある森林。面積は広大で一面緑が生い茂る。行けども行けども木が続くばかり。
そんな大森林の中に一箇所だけ、木はもちろん、草こそ生えていないところがある。直径100メートルほどの円形をした場所のみ、世界が違うのでは?と思えるほど生命の気配が感じられない。
そんな不毛地帯の中心に通常のものとは格が違うほどの大きさ、美しさの青い魔石が、佇んでいた。獣たちは寄り付かない。一歩でも踏み込めば、もう二度と戻ってこれない。そのことを先祖代々から思い知らされてきたから。
青い魔石は今日も緑を喰らう。
−−ごちそうさまでした