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出逢い・漆黒の青年④

 寮内にある食堂で夕食を済ませると、少し体調が悪いからと言って、それ以降部屋でじっとしておくことにした。


 体調が悪いというのは嘘なのだけれど、何故そのような嘘を吐かなければならないかと言われれば、あの二人、レンちゃんとニコルちゃんはわたしの部屋に来る時たまにノックもせずいきなり上がり込んでくる時があるからだ。


 もしロイドくんがここに来ている時にそれをやられれば大騒ぎになることは間違いない。だからわたしは遠回しに「今夜はわたしの部屋に入ってこないでほしい」と言わせてもらったわけだった。


 自分の部屋の前まで移動し、がちゃり、と鍵を開ける。自分の部屋、二〇六号室に入った。

 部屋は右側の手前からタンス、本棚、勉強机、そして左側にベッド、というように家具が配置されていて、部屋の奥には一つの窓がある。


 ところで、今はもう夜の八時前だ。そろそろロイドくんが来てもいい頃だろう。迷ったりしていないだろうか。というよりどうやってここまでくるつもりなのだろう。


「ああ。暑いな」


 そんな言葉が口から漏れると更にこの部屋の暑さを意識してしまう。

 この前レンちゃんが「暑いと言うから暑くなるんだよ。だから暑い時は寒いって言えばいいんだよ」なんてことを言っていた気がする。けれど、それはさすがにあり得ないでしょ。


 とまあ、今のわたしのようにじっとしていても暑いんだ。動いている人の方はもっと暑いだろう。

 ここはどうだろう。やってきたロイドくんのために冷たい飲み物を用意しておくというのは。この暑さに汗をかいてやってきた彼はさぞかし喜んでくれるに違いない。

 となると、飲み物だけでは寂しくなる。どうせならお菓子も用意しておきたいかな。けれどロイドくんの好みが分からない。

 そりゃそうだ。昨日出会ったばかりだし。いっそのことわたしの好みでもいいかな。チーズとか……いや、さすがに自重しておこう。


 なんて、わたしらしくもない頭の中のはしゃぎっぷりだった。

 ほんの少しだけ共に行動しただけだというのにもかかわらず、何故かロイドくんという存在が特別に感じた。理由なんて分からない。

 けれどこうしてロイドくんの到着を今か今かと待ち焦がれている。レンちゃんやニコルちゃんとの関係とはまた異なるが、このあり得ないような現実は間違いなくわたしにとっての特別だった。


 とりあえず食堂に行って冷えたオレンジジュースを、レンちゃんとニコルちゃん以外の友人からバウムクーヘンを貰ってきた。

 部屋に帰ってきてもまだロイドくんはいない。そりゃそうか。出る時に鍵を閉めていったし。


「やっぱり制服でいると暑いな」


 閉めきった部屋で、その上この季節に制服でいることがそもそも間違いなのかもしれない。

 そんなわけで、ロイドくんが来る前にパジャマに着替えることにした。

 普通はお風呂に入った後に着替えているが、今日はいつ入れるか分からない。汗で気持ち悪くなる前に対策をしておくことにした。


 まずはカーテン、そして窓を開ける。

 気持ちのいい夜風が部屋の中に入り込み、一気に部屋の温度が下がっていくような感じだった。これからは帰ってきたらすぐに窓を開けようと強く心に決めたわたしだった。

 続けて服を脱ぐ。外から流れ込む風が素肌に当たる。


「──おお、これは涼しい」


 と声に出る。さすがに下着姿のままでいるのは良くないので用意していたパジャマを着ることにした。そして袖を通そうとした、その時だった。

 窓からガシャッと音がした。

 死神が現れるという噂を聞いたから後だからか、ひどく嫌な予感がする。


「──何の音だろ…………ひっ!」


 恐る恐る窓の方に振り返ってみると、そこには──



「何でお前の部屋は二階なんだよ。入りにくいっつうの」



 窓から忍び込もうと頑張っているロイドくんの姿があった。

 絶句した。開いた口がふさがらなかった。

 ここ二階じゃん。侵入者対策で足場になるところなんてどこにもないよ。

 まさか思い切りジャンプしてきたの?


「悪い悪い。どうしてもこの部屋の入り方が思いつかなくてさ、ちょうど窓が開いたからこうして……っえええ!」


 わたしの半裸姿を見て驚きの声を上げるロイドくんだった。

 すぐさまロイドくんのもとに走って口を塞ぐ。誰かに気がつかれては非常にまずい。


「落ち着いて。大丈夫だから。わたしは気にしてない。だから今すぐ黙って」


 ロイドくんの耳元で囁く。

 うんうん、と頷くロイドくん。

 わたしはそっと手を放し招き入れた。

 窓を閉めると「もう普通に喋っていいよ。盗聴の対策はできているから」と伝える。

 ロイドくんは俯きながら床に座りこんだ。正座だった。


「──あのさ」


 と気まずそうに訊ねる。


「何?」

「悪かったな。あと、服を着てくれないか」

「言われなくても着るよ」


 嘆息してパジャマを着用する。


「もう、顔上げてよ。さっきも言ったけど気にしてないから。ほら、冷たい飲み物とお菓子を用意してるから一緒に食べよ」


 言って、机の上のこれらを指差す。


「……そうか、すまなかった。それにわざわざ用意してくれてありがとう。遠慮なくいただくとするよ」


 ロイドくんはガラスのコップに入れられたオレンジジュースを少し飲む。続けて「それじゃあ本題に入ろう。その椅子、借りてもいいか?」と言った。


「うん。いいけど」


 ロイドくんは勉強机の椅子を引き出して座った。

 わたしはベッドに腰をおろす。

 切り替えの早い人だ。

 しかしどうだろう。ロイドくんの性格からして可能性は低いが、ここで空気を和ませるためにまったく死神と関係のない話を始めるというギャグを始めるかもしれない。この場合わたしはどう反応するべきだ。うぅーん……


「さて、さっそくだが死神について──」

「死神の話なのっ!?」


 叫んだ。大いに叫んだ。

 なんでよ。今まで考えていたこと全部無意味じゃん。


「おい、どうしたんだよ。おまえ変だぞ」


 不審がるような目でわたしを見るロイドくん。


「気にしないで。わたしはまともな人間じゃないから……」


 と言うのも、わたしは他の皆より変わった行動をすることが多いらしいのだ。その大部分が自分では意識できない。非常に厄介で落ち込みたくなる。


「そんなこと言うなよ。おまえは十分まともな人間だよ」

「そ、そうかな」


 照れるじゃん。

 ロイドくんは少しわたしから目をそらす。そして口を小さく動かした。



 ──俺よりはずっと、まともな人間だよ。



 微かに、わたしにはそう聞こえた。


「え、何?」

「いや、何でもない。気にしてないでくれ」

「……うん。わかった」


 ロイドくんはどこか悲しげな表情をしていた。

 昨日の校舎の屋上で、ロイドくんはわたしのことについて詳しく訊いてこようとはしなかった。しないでくれた。だから、わたしもロイドくんの事情について探ろうとは思わなかった。

 誰にでも知られたくないことはある。

 隠しておきたいことはある。

 わたしはわたし自身の過去を知られたくない。

 ロイドくんにとってもその何かがあるのだろう。


「そろそろ話を戻そっか」


 言って、ロイドくんに調査報告をしてもらうことにした。


「ああ。それじゃあそうだな。まずはいらない紙と鉛筆を貸してくれないか」

「ん? わかった」


 と言いながらよく分からないまま紙と鉛筆を差し出した。

 すると紙の上に何かの絵を描き始めた。

 ロイドくんの横に立ちそれを眺める。


「何を描いてるの?」

「テレジア市街の全体図だよ。改めて視覚化してみれば、分かることもあるんじゃないかと思ってな」


 ──あ、ほんとだ。言われてみれば見えなくもない。

 おっと。この言い方だとロイドくんの絵が下手に聞こえてしまうだろう。

 訂正します。分かりやすっ!

 時間が経つに連れて簡略化されたビル、デパート、駅などの建物、大通りに線路が描かれていく。そこにはこのテレジア学園も含まれていた。

 しかも修正なしの一発描きだ。


「絵、上手いね」

「こんなの絵って言うほどのものじゃねえよ。ただの地図だろ。覚えているか覚えていないかの問題。やろうと思えば誰にでもできるよ」

「……」


 何だろうこの気持ちは。

 とてつもなく目の前で地図を描くこの男を殴りたい気分になった。


「よし、こんなもんでいいだろ」


 出来上がった地図には六つの髑髏のマークがある。


「これは?」


 そのなかの一つに指をさして訊く。ロイドくんはこう答えた。


「被害者が襲われた場所だ」

「ああ、なるほど」


 続けて間髪いれずに「絵を描くのが得意なの?」と訊いてみる。


「一体何が言いたいんだ」


 ロイドくんは呆れたような口調で言った。


「ロイドくんってこれ以外にどんな絵だったら描けるの?」

「だから、これは絵ってほどじゃないって。しかも、俺のは趣味の範囲だからな。ある程度までならなんでも……って全然今の話と関係ないだろ」

「じゃあさ、何か他の絵を描いてみてよ。わたし絵はあまり描けないからさ。凄いって思っちゃう」


 ロイドくんは頭に手を当てて大きな溜め息を吐いた。


「はぁ、おまえは緊張感の欠ける奴だよ。わかったからそんな目で見るな。えっと……そうだな。そのうち、おまえをモデルにした絵でも描いてやる。だから話をそらさないでくれ」

「うん。楽しみに待ってる」


 話を死神の話題に戻して、地図を使いながら被害者の六人が襲われた場所の状況について話し合った。


 まず場所に何らかの意味があるのではないか、と考える。

 だが、公園の角であったり駅の近くであったり、挙げ句の果てには家の中。ところかまわず死神が現れているようだ。


 ならは位置はどうだろう。一直線に並んでいないか、円状になっていないか、など思案する。しかし分からない。全てばらばらに散らばっていて次に現れそうな場所も思いつかない。


 お互いやれやれと溜め息を吐いたが、ロイドくんは思い出したようにあるものを提示した。

 紅く透き通った石の欠片。


「被害者が襲われた場所の近くに一つ、この欠片が落ちていたんだ。他の場所にもあったが、それが落ちていたのはどれも被害者が襲われた位置から数十メートル以内の位置だった。なんか不気味だったからな。呪われでもしたら困るし、持ってくるのはこれだけにしておいた」


 呪いとはまた物騒な。

 鈍くなる呪いにでもかかるのかな?

 …………ごめんなさい、反省してます。

 しかし。どこからみてもただの石にしか見えないけれど──

 ロイドくんは何も言わず、地図に描いた髑髏を消して、代わりに石の絵を描き込んだ。


「これも手掛かりだったりするの」


 ああ、と頷くロイドくん。


「これは魔石だ。もう内部の魔力はほとんど枯渇しているがな。これがあったから魔術師の仕業だと判断したのだが、配置された魔石にどんな意味があるのかが分からない。死神を召喚するだけにしては大袈裟すぎる気もするし」


 魔石といえばその名前の通り魔力を含んだ石のことだ。おそらく魔術師が礼装として使用したもの。大袈裟すぎる、というのは単純にそれらに秘められていたであろう魔力量が召喚に必要な魔力量に十分足りているからだろう。


「この魔石、他にどこかで見たりしてないか?」


「ううん。見たことない」と首を横に降ってから「それにしても綺麗だね」と言った。太陽の光にかざしてみたいくらいだ。


「これが綺麗? うーん、俺には分からない感覚だな」

「そうかな。星の欠片みたいだし」

「星の欠片?」

「この前友達と百貨店に行ったんだ。そこで飾られていたのを見たんだよ」


 もっともあれは名前だけでただの石だと思う。あれは蒼色で形も大きさ違うから手掛かりにもならないけど。似てると言えば透き通っていることくらいだ。


「なら、この魔石の絵を星印に変えてみるか?」


 と冗談を言うロイドくん。

 わたしはそこまでしなくていいよ、と返答した。


「そうしたらまるで──」


 そこではっとしたように地図を見直した。そして石の絵を目でなぞっていく。


「どうかした?」

「まさかとは思うけどこれ、星座じゃない?」


 この言葉にロイドくんは目を細くする。


「星座? こんな配置でできた星座ってあったか? おまえ、星座に詳しいのか?」

「いや、そこまで詳しくないけど。その、なんとなくです……」


 つまり自信はない。

 しかし、ロイドくんはあてにならないとは言わずに「まあ、手掛かりもないことだしその可能性も考慮に入れておくか」と言ってくれた。


「とりあえず、おまえは星座の図鑑か何かで調べてみてくれないか?」


 もし星座だったら、警察がすでに感づいて動いていても良さそうだけどな、と見も蓋もないことを口にするロイドくんだった。わたしはそれを聞かなかったことにした。


「うん、わかった。明日の休み時間にでも図書館に行ってくるよ」

「ありがとう。助かるよ。これで次に死神が現れる場所が分かればいいんだけどな」

「ロイドくんはどうする。一緒に行く?」

「いや、俺は……」


 と少し考えるようにしてから言う。


「そうだな……俺は俺で別の可能性を探ってみることにする。休み時間中に抜け出して学園の外の状況を調べておきたい。おまえは学園の内側の状況もついでに調べておいてくれ。明日の夜にまたくるから、その時に報告しあおう」


 ロイドくんのその提案にわかった、と頷く。


「さてさて。それでは帰るとするか」


 と言ってロイドくんは椅子から立ち上がる。

 時計を見ると時刻は既に十時を超えていた。

 かれこれ考えている内に気がつけば二時間も経ってしまっていたらしい。


「これじゃ、家の人が心配してるかもね」


 と、何気なく考えも無しに言った。

 言ってしまった。


 ロイドくんにとっては関係ないかもしれない。けど、わたし自身にとってはあまり言われたくない言葉だったのだ。自分のされたくないことを無意識に他人にしてしまったことに気付くと、酷く申し訳ない気持ちになってしまう。


 わたしはたぶん、気まずそうな顔をしてしまっただろう。ロイドくんにはたぶん、なぜわたしがこのような表情をしてしまったのか分からなかっただろう。

 一瞬だけ目を細くしてからもとに戻すと、低い声で「そうかもな」と目の前の彼は言った。


 ロイドくんはこの部屋から出る時も窓を利用するようで閉ざされた窓を開ける。涼しい夜風が吹き込み、カーテンはバタバタと音をたててなびく。ロイドくんは身を乗り出してから「じゃあ、また明日」と言った。

 わたしは「また明日」と手を振った。

 ロイドくんはそれを見て微笑むと勢いよく飛び上がり、夜の闇に溶けていった。


「あっ!」


 と、手で口を押さえる。

 しまった。ロイドくんと出会う以前に奇妙な出来事に遭遇したことを伝えることを忘れていた。それこそが、この事件の重要な手掛かりになったはずなのに。

 今日は諦めて、また明日話そう。明日の授業の予習、今日の授業の復習を簡潔に済ませて今日は寝ることにした。

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