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出逢い・漆黒の青年③

 同日の夕方。

 本日最後の授業終了のチャイムが鳴り響く。生徒たちは帰宅の準備を始め、教室から出ていく。わたしもそれに続く。


 今日はレンちゃんとニコルちゃんとは別行動をとっている。この行為、実は珍しいものでもなかったりする。

 わたしの話し相手はほとんどがあの二人なのだけれど、いつものように一緒にいるわけではない。当然たまには一人でのんびりと歩きたい気分になる時もある。


 レンちゃんも言っていたように友達だからといっていつも一緒にいなければならない理由はどこにもない。

 もっとも今日一人でいようとする理由はそれとはまた別で、ロイドくんと待ち合わせの約束をしていたからなのだ。


 場所の指定はない。向こうからタイミングを見計らって接触してくるそうだ。その為に単独行動をしてくれたほうが助かるだとか。

 しかしながら、よく一人でいることやそれを良しとしていることに疑問を持たれることも多々ある。わたしの性格に少々問題があることは自分自身理解している。

 周りの皆とはどこかずれていることだって自覚している。それを踏まえたうえで言わせてほしい。


「一人でいることって、別に悪いことじゃないよね?」


 と、そんなことを呟きながら歩く。

 いつもの帰り道からはずれた道をいく。人の姿の見当たらない静かな細い道。

 いたらいたで恥ずかしくなるけど。たとえ知らない人からでも変な女だとみられることにはやや抵抗がある。



「──おまえのことは既に変な女だと認識している」



「うぁあ!」


 後ろから声がして驚いて奇妙な声が出てしまった。変な女になってしまった。

 振り向くとそこにはロイドくんがいた。


「面白い反応をしてくれてありがとう」


 ははは、と微笑するロイドくん。

 気配すら感じさせないとは。どんな手を使ったのか。


「気がつかなかったよ」

「気がつかれないように近づいたからな」


 自信有り気に答えられた。それよりさ、と話し始めてくる。


「さっきのおまえの言葉は分からなくもない」


 さっきの、というと一人でいることについてだろうか。


「先に言っとくけど、友達はいらないって言ってるわけじゃないからね」

「だろうな。そうじゃなければ俺の手助けをしたいだなんて言わないだろうし。友達と一緒に帰るなんてこともしてこなかっただろう。とりわけ友達といる時間は愉しいが、一人で思いにふける時間もほしいってところだろ。誰にでもよくあることだ。気にすることはない。ただ、二つ言いたいことがある」


 ロイドくんの真剣みを帯びた表情に引きつけられる。虜になってもいいでしょうか。

 などという冗談は置いておいて。ただ、その緩やかな口調にはどこか寂しさが含まれているようでいてやや疑問が生じる。過去に人間関係で何かあったのか。それとも。


「……もしかしてさ、わたしのこと心配してくれてるの?」


 と何気なく質問するも、


「かわいそうな女だなって思っただけだ。それだけのこと」


 と即答された。

 変な女に続きかわいそうな女、か。いや、その前に絶滅危惧種これはわたしのせいでもあるがって言われたっけか。


「ま、まあいいでしょう。わたしは何を言われても動じない女です。こんなことで傷ついたりはしないのです」

「傷ついたのか。それは悪かった」


 と言ってロイドくんは謝る。

 止めてよ、別に強がりでもなんでもなく本当のことだから。全くもって惨めだよ。

 するとロイドくんはこほん、と咳をしてから話を戻した。


「……とにかくだ。友人の前でそれはあまり口に出さないほうがいい。それを受け入れられない人だっているんだから。思っていてもそれは心の内にしまっておけ。下手するとせっかくできた友人たちが離れていってしまうかもしれない。一度関係が崩れると元に戻すのは容易なことじゃないからな」

「うん。わかった」


 反論せずに頷くのを見ておかしかったのかロイドくんは微笑する。


「二つ目はだな………」


 わたしの目を凝視して言う。わたしはつい目を逸らしてしまった。


「おまえさ。本当に人付き合い悪いやつのか? 俺にはそう思えないんだが」


 その問に肩をすくめる。


「人付き合いが悪い、か。どうだろうね。わたし自身はしゃいで喋るようなこともないし、自分からどんどん話かけることもない。だから人付き合いはわりと悪いほうかもって自分では思ってる。と言うより苦手って言うほうが正確かもしれないね」

「ようするに自分は人との付き合いに苦手意識を感じていると思ってるわけか」


 ふむふむ、と何度か頷く。


「他人から見て初めて気付く一面ってのもあるんだ。まあ、会って一日の俺が言えることじゃないけどな」


 と呟いて元々わたしの向かっていた方向に歩き始めた。わたしは黙ってそれについていく。


 他人から見て初めて気付く自分の隠れた一面。

 自分が無意識的にとっている行動があるとする。それは当然自分自身で判るはずもない。自分で自分を見ることはできないのだから。


 少し考えてみよう。

 ここで自分以外の他人を登場させるとする。その他人は自分の無意識的な行動からとるべき対応を決めるだろう。

 その他人の行動から自分の無意識的にとっている行動がどのようなものなのかを感じ取り理解する。そこで初めて自分という存在が成り立つわけだ。


 そこでわたし自身を例にしてみる。ほとんど会話をしたことのない他人から見たわたしは動物に例えるならば虎のような近寄り難い女子らしい。

 しかし、レンちゃんやニコルちゃんを含む数少ない友人たちからすると猫のような気まぐれで不思議な女子に見られているようだ。どちらにしろ猫科というところがま可笑しなところだけれど。

 相手によって意識的に行動を変えているようなことはもちろんしていない。


 ここから判ること。それは自分以外から見た自分という在り方は意外と一つの答えに収まることはないということだ。

 ロイド君はもしかすると自分自身で自分の視野を狭めるな、と言いたかったのかもしれない。


 これは本当に、なんて言うか難しい話だ。さっきの考えがまるっきりの的外れだったらどうしようかと思ってしまうけれど。


 そんなことより、だ。今この状況で何を話の切り口にしたらいいのかわからない。

 男の人とはどのような会話をすればいいのだろうか。必然的にわたしの唇は呼吸のための僅かな隙間を開けたまま微動だにしなかった。


「──あんたってどこに住んでんの?」


 ロイドくんはわたしを横目に訊いてくる。

 指を差し答えようとするも「あしょ、……あそこに見える寮だけど」と突然の質問に口が思うように動かず一旦切ってから言い直す。

 無数にある木々の隙間から顔をだす校舎のような建物。テレジア学園第二女子寮だ。

 それを見てロイドくんは「じゃあ無理か」と頭をかきながら残念そうに言う。


「何が無理なの?」

「密談ができない」


 ん? と首を傾げる。

 その仕草に気がついたロイドくんはああ、と言って説明してくれた。


「策を練る時は出来るだけ誰にも聞かれないような場所がよかっただけさ。ここの寮って二人一部屋なんだろ、確か。部屋で話してる時に聞かれるわけにはいかないだろ」


 そもそも男子は女子寮に入れないんですが。

 逆もまた然り。その辺どう考えてたのだろう。

 と訊いてみると驚きの言葉が返ってきた。


「そうだったのか。それは知らなかったな」

「知らなかったなって。どこにでもあるような一般的な校則でしょ」

「俺は自宅通いなんだ。誰もが寮に住んでると思うなよ」

「だどしても……いや、いいよ。これで知ってくれたのならそれでいい」


 これ以上問い詰めるのは不毛ってやつだ。ただしつこいだけの行動だった。

 どうしようかと腕を組み悩むロイドくん。それでも立ち止まらずに寮を目指す彼は一体何を考えているのやら。

 そんな悩めるロイドくんにとってよい知らせが一つある。


「寮に住んでるって言ったけど、同室している生徒はいないよ」

「それは本当か?」


 振り向いた彼から期待の眼差しを向けられる。


「本当ですよ」


 わたしが転入してくるまでは寮に住まう人数が丁度偶数だった。しかし、わたしが来たことで奇数になってしまった。

 どこかの部屋を三人一部屋にするという案もあったのだが、さすがにあの頃は友人が一人もいなく気まずくなることもあり、余っている部屋を一つ貸して頂いたわけだ。

 そこがレンちゃんニコルちゃんコンビの隣の部屋だったことは今思えば運命だったように思えてくる。


 寮の付近まで到着したわたし達は中に入らずその場で立ち止まった。

 そこでロイドくんに部屋の場所を訊かれ懇切丁寧に説明する。部屋の番号からそこにたどり着くまでの経路まで。


 それを訊き終わると「夜にまた来るから部屋で待っててくれ」とそれだけ言ってロイドくんは踵を返してしまう。

 説明不充分なまま立ち去ろうとするロイドくんの行為に少し腹が立ち引き留めようとする。


 しかし、彼の姿はどこにもなかった。

 目を離した隙にまるで煙のように消え去ったのだった。


「……もう、帰っていいかな」


 呆れたようにそう呟いた。



          ◇



 ロイドくんと別れた後、寮の門まで帰ってきた。

 寮と言っても外からの見た目も中の構造も学園の校舎みたいなものだ。中央に庭があり、その庭を正方形に囲むように三階建ての寮が建ててある、といった感じ。


 寮の門の右横の壁には《帝都テレジア学園第二女子寮》と書かれたプレートが張り付けてある。第二とあるように、もちろん第一、第二、第三、と他の寮もあり、それは学年ごとに別れている。


 寮の正面の扉を開け中に入ると、まず広いロビーがある。それは半円状になっいて一階から二階まで吹き抜け構造になっていている。天井の中央には綺麗に輝く大きなシャンデリアがひとつ。


 そして床にはクリーム色のカーペットが敷き詰められて、シャンデリアの光と合わせて全体的に明るい雰囲気を出していた。


 ロビーの左側には階段と大きな扉があり、その階段からは二階に上がれるようになっていた。扉の先には主に寮長先生の部屋やシャワールーム、自習室、校舎とは別の小さな保健室などがある。

 逆にロビーの右側にも大きな扉がありその先には食堂、倉庫などがある。わたしたち寮生は普段は朝食と夕食をいつもこの食堂で食べている。


 二階に上がると三階に上がる階段と左右に続く廊下がある。その分かれた廊下は寮の形が正方形なのでどちらに進んでも最終的にここに戻ってくることになる。

 部屋の位置は廊下から見て中央の庭の反対側にある。それぞれ右側の廊下から順に二〇一、二〇二、そして最後は二二〇と部屋番号がつけられている。三階も二階と同じように三〇~となっている。


 わたしの部屋は二〇六号室で、レンちゃんとニコルちゃんの部屋はとなりの二〇五号室だ。ロビーの二階から右に廊下を歩き、二〇五号室の前に到着した。


 わたしはこんこんと扉をノックする。今日も帰ってきたら部屋に寄る約束をしていたのだ。


「レンちゃん、ニコルちゃんいる? ティアだよ」

「はーい。今開けまーす」


 扉の奥から元気そうなレンちゃんの声が聞こえた。

 数秒してから、鍵を開ける音がして扉が開く。

 いつもと変わらない元気な姿がそこにはある。それだけでわたしは一つの安堵をおぼえるのだ。


 わたしたちは六時半頃まで何気ない雑談をした。そして食堂に行き、他の友人も何人か加わり夕食をとる。

 愉しく話し、笑い、あっという間に時間は過ぎていく。


 わたしはこのように心を落ち着かせることができる場所がある。ここでなくともアーネストさんの家だったり、他にもいろいろ。

 では、ロイドくんはどうなのだろう。

 ふと疑問に思う。


 他の人に魔術師であることを隠して、あるいは打ち明けてた上で親しくしている友人はいるのだろうか。

 ロイドくんにとっての心を安らげる場所はどこかにあるのだろうか。

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