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開始・死神の物語①

 ピリリリリ……

 時計のアラームで目を覚ます。


「──もう朝、か……」


 時刻は午前六時半。日付は六月十五日の月曜日。

 現在この家にわたしだけしか住んでいない以上、わたしを起こしてくれる人はこの目覚まし時計だけだ。はたしてこの時計を人と呼んでいいのかは疑問だけれど。


 さて、と呟いて隣でアラームを鳴らし続ける時計を静かにさせる。

 ベッドから起き上がりカーテンを開くと、窓から入ってくる眩い太陽の光り。それはまだ明るさに慣れていない目に強い刺激を与えた。


「まぶしっ」と反射的に声が漏れる。

 しかしながら、朝の陽射しは気持ちのよいものだとわたしは思う。

 浴びていると身体の芯から暖かくなって「今日も一日頑張ろう」とやる気がでてくる、という感じで。そこでうーん、と身体を伸ばすのがまた気持ちよかったり。

 だからといって、浴びすぎて日焼けするのは嫌なんだけどね。



 二階の自室から一階に降り、洗面所に向かい顔を洗う。鏡を見るかぎり寝癖は大丈夫みたいだ。肩の少し下くらいまで伸びた金色の髪をさっと櫛でとき、髪を整えてからゴムで一つに結わえる。その他色々気になるところを直していくのに数分。


 そろそろ朝食の準備もしないといけない。

 制服にも着替えないといけないし、加えてできるだけ部屋を綺麗にしてから家を出たかった。

 何故なら普段は学園の寮で暮らしていて、ここには月に数回しか帰ってこないからだ。散らかしたまま出ていくのはさすがに気が滅入る。


 今回もその月に数回の内の一回で自宅に帰ってきていた。だから今日はゆっくり準備できると思っていたのだけれど、そううまくはいかなかった。


 この家にはわたしの保護者であるアーネスト・マーベルという人が住んでいる。

 しかし今はいない。結局どこに行って何をするのかも言わずに、書き置きを残して突然消えてしまった。出ていったのはおそらく十四日の午前一時から六時の間だろう。それ以降まる一日連絡もとれずにいる。


 あの人のことだからそこまで心配しなくても大丈夫だろうけど。

 したがってアーネストさんがいない分、わたしがこの家の管理をしなくてはならなかった。当然、家を出るまでに必要とする時間も増えてしまう。

 ちなみに書き置きの内容はこうだった。


『首飾りを書き置きと一緒に置いておく。お守りみたいな物だ。俺が帰るまでそれを身に付けておくように』


 首飾りは細い鎖に一つの蒼い石が取り付けられているいたってシンプルな代物。

 子供が作った玩具みたいで、これがお守り? と疑いたくなるくらい。

 とりあえず騙されたと思って身に付けておこう。服の中に入れれば目立つこともないだろうから。

 続けて文の下に一言だけ添えてあった。


『人を信じることは素晴らしいことだ。しかし、そこには裏切りという事象が含まれていることを忘れるな』


 目玉焼きを作りながら思い返す。

 アーネストさんは頻繁に難しいことを言う。今回のそれもその一つだろうとあまり深く考えず、言葉のままを心に留めておくことにした。



 十分ほどで朝食を食べ終えて食器を洗って棚に戻す。

 あとは制服に着替えるだけ。授業の用意、教科書などは寮に置いてきたので、教室に行く前に一度寮によらなくてはならない。

 やるべき作業を全て終えてから、わたしは家を出る。しっかりと鍵を閉めたことも確認した。お守りも身に付けている。


「それでは行ってきます、アーネストさん」


 そこにはいないけど、お世話になっているのだ。しっかりと言っておくのが礼儀というもの。

 うん、と頷いて学園への道を歩きだした。



          ◇



 わたしの名前はティア・パーシス。十七歳の学生だ。

 通っている学校は帝都テレジア学園。その高等部の二年生。

 普段は寮に住んでいて、月に数回は家に帰っている。たまに例外あり。

 元々病弱なため十五歳までは病院生活で学校に通ったことはなかった。


 と、まあここまでが口にだして言える簡単な自己紹介。

 わたしには誰にも言えない秘密がある。

 口にだして言えない自己紹介だ。

 決して知られてはいけない真実。


 ──わたしは、魔術師だ。


 正確にいえば魔術師ではなく能力者であり、全く別の種類。

 しかし同じ不思議な力を使う者。あまり別けて考える必要もないのでは、と考えてしまったりもする。


 この世界には魔力という物質があり、それは空気のようにこの世界に充満している。ただ、空気と比べればその量は無いに等しいかもしれないが。

 そんな魔力を用いる常軌を逸した人間。この世界には存在していないとされている種族。それが魔術師と呼ばれている。


 アーネストさんもその一人だ。彼らはそれぞれがそれぞれの目的を果たすために自らの意思で魔術師となり、日々鍛練している。

 それに対して何の目的もなく突然生じた、異能を操る存在が能力者と呼ばれている。その中にわたしが含まれている。


 今わたしが生活しているこの世界と魔術師や能力者が頻繁に活動している世界はコインの表裏のように交わることはない。

 コインが歪に捻れない限りは。



 先ほど病弱だと言ったけど訂正。あれは嘘だ。

 自分の能力がなかなか安定せず、いつ人を傷つけてしまうかわからなかった。それが怖くて、数年前までアーネストさんの家に閉じ籠っていた。外に出るとしても常にアーネストさんと一緒だった。


 それからいろいろあって能力が安定してきた頃、わたしはアーネストさんに学校に行きたいと言ったのだった。反対されると思ったけれど、特に反対することもなく許可してくれた。


 後から聞いたことだけれど、アーネストさんはわたしがそう言い出したことがとても嬉しかったらしい。

 その後、アーネストさんが手回しをしてくれて、この学園に転入という形で二年生の初めから通うことになった。


 ただし、わたしが学校に行ってなかった期間ついて正直に言えるはずもなく、病弱で今まで病院生活をしていたということになっている。

 勉強については全く問題なかったけど、友人関係に関してはなかなか上手くいかなかった。

 最初はかなり浮いた存在だったけど、今ではなんとかクラスの皆と愉しくしゃべったりできている。それは奇跡的なくらいの衝撃的な速さだった。


 それに一役かってくれた人たちは今では親友と呼んでもいいくらいの関係になっている。わたしはそんな初めての学園生活が愉しくて仕方がなかった。


 その中で皆に嘘をつき続けるのは気が引けるのもまた事実。

 わたしの知り合いの中でこの事を知っているのはアーネストさんだけ。

 厳密にいうとあと二人いるけれど、その人たちとはそもそも魔術師の関係者であり普段会わないから学園生活に直接関係してくることはないだろう。


 それ以外の人には誰にも言っていないし、魔術に関わりのない友人たちに打ち明けることもない。きっと知られることもないだろう。いや、何があっても絶対に知られてはいけない。


 しかし、多くの人と接する以上、少なからず危険性が出てくる。それでも学校に通いたかった理由は何か。 

 何かと聞かれればうまく言うことはできないのだけれど、やはりどこかで普通の人と同じ生活をしたいと望んでいたからなのかもしれない。


 でもアーネストさんの話を聞く限りこんな生活が長く続く可能性はきわめて低いらしい。その期間がどのくらいかは分からない。


 だから、いつまでもとは言わない。そんな贅沢は言わない。せめて今の日常が卒業までは続いてほしい。それがわたしの願いだ。



          ◇



『ティアちゃん! ティアちゃん!』


 ──えっ!?

 その声に反応し顔を上げる。


 周りを見渡せば、そこはいつもの教室の風景。

 わたしはその教室の窓際の一席に座っている。

 どうやらわたしは眠ってしまっていたようだ。


 一限目から妙に眠たかったのだが、とうとう耐えきれず襲いかかる睡魔に負けてしまっていたらしい。

 となりの席にはわたしと同じ年の女の子が座っている。わたしの名前を呼んだのはきっとこの子だろう。


 茶色の髪で何もいじっていないショートヘアに橙色のカチューシャ。端の方には小さく花の絵が描かれている。そして指定された制服を崩さず着こなしている、そんな普通の姿の娘。名前はレンという。


「ティアちゃん、前、前! 寝てたから先生が怒ってるよ」


 見ると教室の前にはメガネを掛けスーツをきっちりと着こなしているいかにも厳しそうな(実際に厳しいのだが、優しいところもある)数学教師が立っている。

 あ、やばい。わたしのこと睨んでる……


「パーシス君。私の授業がつまらないのならいつでも出ていってかまわないのだよ」


 メガネスーツ先生ことグラッツ先生は笑っていた。何事もなく終わりそう?

 ううん、笑顔に騙されてはだめ。よく見ると右手に持つチョークが真っ二つに割れていた。


「い、いえ! そんなことはありません! もう大丈夫ですのでどうぞ授業を続けて下さい!」

「……そうか。以後、気を付けるように」


 そう言うと先生は再び黒板に数式を書き始めた。

 ……ふぅ。

 数人の『やっちまったな』みたいな意味を持つであろう視線がわたしの胸を貫いた。でも、今はそんなこと無視しておこう。


「ありがとう。レンちゃん」

「いえ、いえ」


 礼を言ってからわたしは改めて授業に集中しなおす。

 ノートの一部が涎で濡れていたことはわたしだけの秘密だ。



          ◇



 月曜日の四限はグラッツ先生担当の数学の授業。この授業では毎回最後に小テストをする。

 この後は昼休みで大抵の人は食堂に行って昼食をとっている。だから、いつも食堂は混雑しているのだ。

 そこで先生は小テストを終えた人から教室を出ていってもいいことにしてくれているのだった。

 という訳で、わたしはテスト開始五分で終わらせて、すぐに食堂に向かうことにした。


 隣で俯くレンちゃんはテストに苦戦しているようだった。

 というか目が死んでいた。

 そんなに難しかっただろうか?

 やはり友達として待っておくべきなのだろうか。


 けれど、今わたしはお腹の音が鳴るのを押さえつけるので必死なのですよ。

 ごめんね、レンちゃん。わたしは先に行かせてもらうよ。

 そう心の内で呟きながら教室をあとにした。



 さすがにまだ休み時間に入っていないからか、廊下に人はほとんど歩いていなかった。

 歩いているとしてもそれは生徒ではなく教師である大人の人たち。なので少し前まではよく授業を抜け出したと勘違いされて(こう思われるのも仕方がないが)注意されていた。


 最近はそういうことも無くなったけれど、もしかすると顔を覚えられたのだろうか?

 なんだか恥ずかしいな。しかし、どうあっても無駄な説明を毎週しなくてすんだのはありがたいことだった。


「──あれ?」


 不意に廊下の窓から外を見渡すといかにも古そうな建物が目に入る。

 その建物は森の奥にあって建物の下の方は木々によって隠れてしまっている。だから正確にはわからないけれど、おそらく四階建てくらいだろう。


 あれは何だったかな、と思ったところで「ぐう」とお腹の音が鳴る。

 これ以上空腹を我慢することはできないと判断したわたしは、その建物の正体より食事を優先することにした。

 そこまで気にかけることはないだろう、と一人で納得してからすぐに食堂に向かったのだった。



          ◇



 教室から食堂までは五分もかからない距離だ。

 食堂に到着したわたしは店員のおばさんに注文をしにカウンターまで行く。

 やはり時間が時間。人っ子一人いない。注文するために待つ時間は皆無だった。


「すいません。カルボナーラを一つお願いします」

「カルボナーラね。毎度毎度それだけでいいのかい?」


 と訊かれる。わたしはあまり食べるほうではなかったので「はい」と答えた。

「はいよ」と店員さんの返事。続けて「そんなんじゃあいつまで経っても大きくならないよ」と言われた。


 わたしのどこを見てそんなことを言ったのだろうか。わたしはそこまで小さくない。むしろ身長は平均より高いくらいのはずだけど。


「……」


 そこで、わたしは何かに気づいたかのように胸に手を当てる。

 決して大きいとは言えない控えめな胸部。

 ……まさかこっちのこと?

 ははは、と苦笑する。余計なお世話だった。

 食べて大きくなるなら誰も苦労しないよ。


 しばらくすると注文したカルボナーラが出来上がったらしくカウンターまで運ばれてきた。それを受け取りテーブルへと向かう。


 ちなみにカルボナーラはわたしの好物のひとつである。一時期昼食は毎日カルボナーラという暴挙を成し遂げたのだが、やはりそれは健康上良くないと注意されたこともあり今では週二回にとどめている。

 さて、それは誰に言われたんだったか。

 

『おまえ、それ体に悪いだろ。いくら朝食と夕食に気をつかっているからって、ちょっと止めた方がいいんじゃないか? ていうか馬鹿だろ』


 ──ニコルちゃんでした。

 そういえばニコルちゃんは元気にしているのだろうか。違うクラスだからまだ会ってないな。


 わたしはテーブルにつき「いただきます」と手を合わせてからカルボナーラを食べ始める。

 周りに生徒は一人もいない。いるとすれば食堂の店員さんだけだ。

 なんだか食堂を貸し切りしているような気分になる。


「……」


 フォークを持つ手が止まる。

 なんだろう。このむずむずした感覚は。

 もちろんカルボナーラが美味しいからという理由だけではない。


「いつものことだからわかっていたけど──」


 静かすぎる。

 食堂でこの静かさではさすがに食欲がなくなってくる。

 すると、静けさを打ち破るかのようにチャイムの音が鳴り響いた。

 昼休み開始の合図だった。


 チャイムが鳴り終わると、とたんに周りがざわつき始める。

 授業の終わりと同時に大勢の生徒がやって来て、気が付けば空いているテーブルはほとんど埋まってしまった。


 すると「ティアちゃん!」とわたしのところに向かってくる人影が一つ。

 レンちゃんだった。この学園で特に仲の良い友達二人の内の一人だったりする。ちなみにもう一人はニコルちゃん。


 そんな親友たちの前では能力者としてのわたしを出さないように心掛けている。普通の人でないとばれてはいけない。というのはもちろんだけど、やっぱり……

 わたしはこの幸せな時間を絶対に壊したくなかったから。

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