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決戦・大講堂の死闘①

『で、おまえはどうしたいんだ?』



 そう礼装ごしで言ったのはアーネストさんだ。

 結局、昨日の夜はロイドくんに対して何もできずに終わってしまった。

 あの後すぐに駆けに来てくれた先生たちに付き添われ寮へと戻った。

 なぜ先生たちが来てくれたかというと、わたしが寮からいなくなったことにすぐに気付いたニコルちゃんが寮長さんにそのことを知らせたかららしい。

 場所が分かったのはやはり悲鳴のおかげだったようだ。

 発見されたその時、相当顔色が悪くそして震えていて涙を流していたのだろう。先生たちは皆すごく気遣ってくれ、その中から数人寮まで帰るのを付き添ってくれた。

 レンちゃんはわたしとは別に寮の一階にある保健室へ運ばれ今も静かに眠っている。

 そして自室で睡眠をとり今日、つまり六月二十八日の今朝、落ち着いたわたしは先生たちに何が起こったのか死神のこと、ロイドくんのこと、つまり魔術関連のことは伏せて全てを話した。

 この時、わたしはどんな顔をしていたのだろう。

 少なくとも気分は最悪だった。

 表情がその時の気分に左右されるのなら、今は絶対に鏡を見たくないくらいに。


 そんなことがあり現在に至る。

 この陰鬱な気分とは裏腹に今日の天気は気持ち悪いくらいの晴天。場所は立ち入り禁止の寮の屋上。森を渡って流れてくる爽やかな風に当たりながら、パジャマ姿のわたしはアーネストさんと礼装で会話をしていた。

 前回は黙っていたロイドくんのことについて全て話した。そして、昨日の出来事を説明してから先程の質問をされる。しかし、そんなものの答えは既に考える必要もなかった。


「そんなこと決まってます。わたしはレンちゃんや他のみんなを助けたいです。ニコルちゃんにもそんな目にはあわせたくありません」


 そう決意を声に出す。口にして初めて実感するわたしの素直な気持ち。その一言にアーネストさんはくすっ、と微笑むのが礼装ごしでもわかった。


「……何かおかしかったですか?」

『いや、どこもおかしなところはない。それにしてもおまえがそんなことを言うようになったとはな。保護者として嬉しい限りだ。そのレンとニコルって娘たちのことを本当に大切に思っているんだな』

「わたしの初めての友達ですから」

『そうか。なら、責任をとることも含めて助けてあげなきゃな』

「はい」


 わたしは頷いた。大切な友人を救いたい、という確かな決意を胸に秘めて。


「そこでです」


 気持ちを切り替えてアーネストさんに訊く。


「わたしは魔術についてまだ詳しくは解りません。昨日聞きました襲われた人たちの共通点や星座のことです。もし新しく分かったことがあるなら教えてほしいのですが。もちろん推測でもいいので。そういう情報があるだけでも、何か変わってくるかもしれないんです」

『そんなに丁寧にお願いされなくてもちゃんと教えるよ。あのあと知り合いに色々と調べてもらったんだ。自分で調べたわけではないからあまり偉そうには言えないんだけどな』


 と微笑するアーネストさん。


『まずは襲われた人たちの共通点ついてだ。が、実はな不思議なくらい共通点というものが見当たらなかったって言うんだ』


 おかしいだろ、と言う。


『つまりだ、俺はこう考える。共通点がないということが共通点なのではないか』

「…………はい?」


 何ですかそれ。そんな馬鹿馬鹿しい考えは初めて聞いた。


『例えばだ、推理小説があるとしよう。その物語には必ず被害者と加害者が共に出てくるだろ』


 そんなことは当然のことだろう。

 そうでなければ物語が成立しない。


「被害者だけしか出てこない物語ってあるんですかね?」

『それはもはや自然災害の分類だな。まあそんなことよりその物語で複数の被害者、ここでは死者とする。そんな人が出たとき加害者、つまり人を殺した犯人がいるはず。そいつを突き止める時、犯人候補に関してアリバイや被害者との人間関係を調べるだろ。だが、その時点では犯人である可能性の人物の候補を絞りこむことはまず不可能だ。

 ならどうすればいい? その逆。犯人に対しての死者。亡き者たちに関して関連性を調査する。そしてそこから出てきた共通の事柄。それに関係する人間が犯人って可能性が高いわけだ。しかし……』


 そこでアーネストさんは少々渋るように言う。


『今回の事件にはその共通点がまるで見つからないんだ。だから、そこから犯人を特定することが全くできない。ということはだな、ロイドは目的や犯人像を特定されないよう意図的に共通点のない者を襲っているのではないか、と思うんだ』

「意図的にって、それに何の意味があるんです? そんなのただの無差別殺人のようなものじゃないですか」


 ロイドくんはただ愉しんでいるだけだとでも言いたいんですか、と訝しげに訊く。


『愉しんでいるってのは違うだろ。ロイドには明確な目的があり、その結果を見据えた上で行動をしているからな。俺の予想でしかないんだが犯人、つまりロイドは無差別に襲っているように思わせようとしているじゃないだろうか』

「でもですね、また同じ質問して申し訳ないですけど、それに何の意味があるんです?」

『じゃあ、こっちも質問で返そう。ある街中で起きた無差別殺人の犯人を捕まえるために捜索している警察にとって一番恐ろしいことはなんだと思う?』


 何って言われても。

 場所が分からない?

 時間が分からない?

 いや、どれも検討違いだろう。これなら他の事件でもあり得ることだ。

 えっと……


「次に誰が襲われるか予想できない、ですか?」


 そう自信なさげに言ってみる。

 そうだ、と答えるアーネストさん。

 わたしはほっと胸を撫で下ろす。


『それは警察だけでなく、その街の住人からしてみればこれ程恐いことはないだろう。そして今回にしても同じ事が言える』


 アーネストさんは少し間を開けてから言う。


『つまり、ロイドは人々の恐怖心をも糧にした儀式をするつもりなのだろう。これが今の俺に言えるロイドがやろうとしている目的達成のための方法だ』


 その場にいないとはっきりと分かってこないな、と溜め息混じりに言ったアーネストさん。やはり、実際にこの事件に関わっていない人に多くのアドバイスを求めるっていうのは酷な話か。


「では、星座関連についてですが」


 と訊いてみると予想外の答えが返ってきた。


『これはお前の知るべきことではない』

「え? それってどういうことでしょうか?」

『テレジア市による星座の大規模術式はいわゆる禁術の類に属している。大袈裟に言えば行使しようとするだけで罪にあたる代物だ。魔術の世界にも知らない方がいいことがあるんだよ。まあ、今回の事件と関係があるかは今のところ判らんがな』

「――そうですか。では無理に聞き出そうとはしません」


 なぜアーネストさんの知り合いがその禁術とやらを知っているのかも今は訊かないでおこう。


『ああ、そうしてくれるとこちらも助かる。他に訊きたいことはあるか?』

「いえ、今はこれで結構です。あの、ありがとうございました」


 アーネストさん自身も色々と大変なのだ。そんな中にわざわざ他人の事まで気を回してくれている。しっかりとお礼をするのが当然ってものだろう。


『何が他人だ。おまえは俺の娘だろ』

「何言ってるんですか。確かにアーネストさんは育ての親ではありますけれど、わたしのお父さんとお母さんは他にいます」


 覚えてはいないのだけれど……

 わたしには幼少時の記憶が無いから。


『だがおまえ、父の日にプレゼントをくれたじゃないか。あれは何なんだ?』


 からかうように言うアーネストさん。

 少し楽しそうだ。わたしは楽しくない。

 て言うかあの日の事を思い出して恥ずかしい。


「あ、あれは義理ですから!」


 さて、義理なんてものはあるのだろうか。この行事には。

 そんな、この状況にはミスマッチな会話をしているとアーネストさんは何かを思い出したように言う。


『ティア。父の日にプレゼントを贈ってくれただろ。そのお礼としてお前の倉庫に御返しの品とちょっとした手紙を送っておいた。好きに使うといい。後、もしロイドの所に行くのならあいつに会ってからは通信機を繋いだままポケットにでも入れておいてくれ』


 そう言われた後、お互い別れのことばを口にして通信機を切った。



          ◇



 部屋に戻るといつも学校に持っていく鞄を手に取る。そのチャックを開けて中に腕を入れる。

 しばらく中をがさごそと漁ってから一つの棒状の物を掴みそれを取り出す。

 出てきたのは一本の鞘に収められた刀。長さはわたしの背丈くらいある。


「この刀って特殊な機能があったりするのかな。見た感じ普通の刀だけど」


 まさか。アーネストさんが送ってくれた物だ。普通の刀なわけがない。

 中が気になり鞘から少しだけ抜いてみる。ここで刃が存在しなかったら笑い物だ。

 しかし、もちろんそんなことはなく、しっかりと刃は存在していた。

 何も模様のない刃。より鮮やかな輝きを放つ銀色に魅了させられそうになる。とても綺麗で丁寧な造りをしていた。

 そのまま全体を鞘から抜ききる。

 現れた刀身はすうっと滑らかに空気を切る。



 …………ピキッ。



 何かにひびが入ったような音が部屋に響く。


「……?」



 ……バキッ……バキッ。



 硝子の割れたような音が繰り返される。


「え、ちょっと、待っ──」


 言い終える前にそれは起こった。

 部屋の壁が振動を始める。

 目に見えるほどの大きなひびが発生していく。



 バキッ、バキッ、バキッ!



 その音に一瞬、目を瞑る。

 ついに硝子が砕けるように大きな音を上げて崩れ落ちた。



 目を開くとそこには数多くの武器があった。

 ナイフ、剣、槍等の近距離戦用から弓、銃等の遠距離戦用の物まで。

 全て誰にも見られないように隔離空間の内に隠していた物だ。

 この倉庫は学園用に設置した小形版。わたしが本来武器を保管するために使用している倉庫とはまた別で予備に作っておいたものだった。


 溢れだす武器を見て大きな溜め息を吐く。

 よく感じ取れば、以前盗聴対策として張った結界まで壊れているではないか。ちなみに結界はアーネストさんの用意した礼装の力を借りて造り出したものだ。わたしの能力とはほぼ無関係である。


「まさか隔離空間と結界をまとめて消滅させてしまうなんて」


 どうやらこの刀の特性は魔力や異能の力を断ち切るところにあるようだ。まったく、先に言ってくれれば良かったものを。

 とはいえ、もしかしたらこの刀ならあの旧校舎の結界だって壊せるかもしれない。

 さっそく旧校舎に向かいたい気分だったがわたしにもそれなりに戦闘のための準備ってのが必用になる。そして、更にわたしにとって新たな問題が発生してしまった。

 どうしようかと悩み、頭を掻く。とりあえず部屋をこのままにしておくわけにはいかないので、先に倉庫と結界の修復をすることにした。


「魔術師にとってはこんなの基本かもしれないけど、わたしにとっては結界を張るのは意外と難しいんだよな……」


 再び大きな溜め息を吐いたわたしだった。



          ◇



 アーネストさんから頂いたもう一つの贈り物である手紙。それはロイドくんの妹であるエレナさんの現状について書かれていた。


「なるほどね。これはロイドくんとの戦いでうまく使える情報かもしれない。少し悪いかもしれないけど手段は選んでられないか」


 結局その後、部屋を元通りに直してから戦闘準備を行った。馴れない属性付加の魔術も行っていると、とっくに夕方になってしまっていた。窓からは夕陽で橙色に染まった空が見える。

 壁に掛けている時計を確認すると、それは午後五時半を示していた。


「もうこんなに経ってたんだ」


 作業に集中していたことで時間を全く気に留めてなかった。当然、部屋の中が薄暗くなっていくことにも気がつかなかった。

 しかし、そのかいもあってか準備はしっかりとできた。武器の調整も十分にした。属性付加は二本の短剣にしかできなかったけど、死神、使い魔対策には十分だ。

 今夜、決着をつけよう。そう決意する。

 同時にふと思い出した。

 そういえば、あれ以来レンちゃんの顔を見てないや。

 もしかしたら、これで最後になるかもしれないから。

 眠っているのだとしてもあいさつくらいはしとかなくちゃね。

 立ち上がり、小さい部屋の中にたった一つ存在する窓のカーテンを閉める。夕陽によって朱く光るカーテンは綺麗ではあるが、どこかものかなしさを感じさせる。

 廊下に出て鍵を閉める。

 ガチャ、と。


「──さて、行こうか」


 溜め息混じりに、寂しげに、そう呟いた。

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