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決別・絶望の淵へ③

 午後七時頃、外は雨雲が広がっているせいかすっかり暗くなっていた。

 さっきの会話を思い出す。

 ──ロイド・エルケンス。

 今アーネストさんと一緒にデート、もとい逃亡中の女の子エレナ・エルケンスのお兄さんだという。


 アーネストさんはロイドくんを探しているようで、もし知っているのなら縛りつけてでも逃げられないようにしておいてくれ、と静かな口調でそう言った。

 もちろんロイドくんのことは知っているが、アーネストさんの言い様からわたしは言えるはずもなく、一言「知りません」と言うだけだった。

 アーネストさんは身内に対してはとても優しいけれど、敵に対しては容赦がない。もしロイドくんを探している理由によっては……、と考えると少しだけ時間が欲しいと思ってしまった。


 その後もアーネストさんは何も教えてくれずに会話は終了した。

 まあ、あっちにはあっちの事情があるから無理に関わろうとは思わない。それに、すぐに問題を解決してこっちに向かうって言ってくれたのだから、そのときにでも聞き出せばいいだろう。


 今はこっちの問題に集中しよう。

 そんなことを考え多数の武器を並べて手入れをしていた時だ。

 こんこん、という音が聞こえた。

 誰か部屋を訪ねに来たのかと思ったがそうではない。音の出た場所は部屋の扉からではなく、部屋の壁からだった。

 隣の部屋、レンちゃんとニコルちゃんの部屋からだ。

 音が鳴りやむと続けてニコルちゃんの声がする。


「ティア、いるか?」


 壁越しだからはっきりとは聞こえなく確信は持てないのだが、何かいつもと雰囲気が違ったように感じた。


「いるよ、ニコルちゃん」


 短くそう答える。


「そうか、よかった。訊きたいことがあるんだ。今からそっちに行ってもいいか?」

「えっと──」


 隔離空間の倉庫の整理をするため、わたしの部屋にはそこから取り出した大量の武器が散らかっている。

 それを見てから答える。

 ニコルちゃんにこっちに来てもらうか、それともわたしがあっちに行くか。

 こんなこと考えるまでもない。

 もし見られでもしたらなんて言い訳をすればいいのか。


「ごめん。今ちょっと部屋が散らかってるんだ。だからわたしがそっちに行ってもいいかな?」

「うん、それでもいい」


 やはりおかしい。

 風邪でもひいたのか?


「わかった。今すぐ行くから待ってて」


 そう言ってわたしは部屋から外に出て念のために鍵を掛け、そして隣の部屋に行く。

 鍵は掛かっていなかった。


「おじゃまします」


 と扉を開けて部屋の中に入る。

 ニコルちゃんはベッドの上に座り壁に背を預けていた。

 レンちゃんは、いなかった。


「レンちゃん、帰って来てないの?」


 ニコルちゃんはため息混じりに微笑する。

 とても辛そうだ。


「よく、わかったな」


 この部屋に入った時どこにもレンちゃんの鞄がなかったことからこの部屋にはいないのではと思っていたけど、やはりどこかに行っているようだ。

 そしてこの時間になっても帰ってきていない。


「ティア。おまえ、レンがどこに行ったか知らないか?」

「ううん。何にも」


 わたしはただ、首を横に振るだけだった。


「そっか。ティアも知らないか。レンのやつどこに行ったんだよ」


 普段ならここまで心配はしなかった筈だ。どこかに遊びに行ったんだろうと軽く考えるだけで済むだろう。

 しかし今は状況があまりにも悪すぎる。

 死神。魂を狩られる。

 皆にとって死神は神出鬼没。どこで誰が次の被害者になるかわからないのだ。

 少し熱かったので許可をもらってから窓を開けておく。そしてニコルちゃんの隣に腰をおろして、冷静さを装い訊く。


「レンちゃんは朝から一回もここに戻ってきてないの?」

「いや。ちゃんと帰ってきたよ。三時半くらいだったかな。あたしが部活から帰ってきて、その数分後に。でもすぐにどこかに行っちゃった」

「その時レンちゃんは何か言ってた?」


 何でもいい。

 些細なことが大きな手がかりになる可能性だってある。

 しかし、ニコルちゃんは何も言ってなかった、と言うだけだった。


「どこか深刻な顔をしててちょっと声をかけづらかったんだ。でもさ、最近あいつ一人で何かにしてるみたいなんだ。風邪で休んでた日も、あたしに何も言わずにどこかに出かけてたみたいなんだ」

「何でそんなことわかるの?」


 と訊いてみる。


「昨日のことなんだけど、あいつが寝てる時にこっそり靴を見たんだ。そしたら、朝は綺麗だったはずの靴の底が何故か夜には泥で汚れてて……」

「わたしたちが授業を受けてる間に、レンちゃんは一人でどこかに行ってた、ということになるね」


 わたしの言葉を聞いて、そうだよな、と呟くニコルちゃん。


「やっぱり、それがわかった時に止めるべきだったのかな? ちゃんと何をしてるのか問いただしとくべきだったのかな?」


 わたしはそれに「だろうね」と一言で答えるだけだった。

 死神はおそらくあの旧校舎に身を潜めていることだろう。この学園が危険なことに変わりはない。

 ニコルちゃんはしゅんと落ち込む。少し相手の気持ちを考えない発言だったかもしれない。


「ご、ごめん。ニコルちゃんが悪いって意味で言ったんじゃないからね。それにほら、まだ何かあるって決まったわけでもないでしょ。そのうちふらっと帰ってくるよ」


 そうだといいんだけどね、とニコルちゃんは力なく呟く。

 少しの時間、沈黙が部屋を包み込む。

 カチカチと時計の針の音が響く。


「──もう七時半だし食堂に行こ。そろそろお腹も空いてきたし」


 そう切り出したのはわたしだ。


「もしかしたらレンちゃん、食堂にいるのかも」


 ニコルちゃんはわたしの言葉を聞くとベッドから降りて立ち上がる。


「そうだな。ふらっと帰ってきてるかもしれない」


 わたし達は部屋を出て一階の食堂へ向かうことにした。

 二人静かに廊下を歩く。

 階段を下る。

 そこで、


「あ、ごめんニコルちゃん」

「え、なに?」

「わたしの部屋に鍵かけてくるの忘れちゃった。先に行っといてくれない?」


 ニコルちゃんは黙ってわたしを見る。

 無表情なのもあって何を考えているのか予想できなかった。

 そして口を開く。


「──そうか。わかった」


 その後、ちょうど近くを歩いていた友達と一緒に食堂へ向かったニコルちゃんを見送ったわたしは踵を返して歩きだした。




 さて。

 ここで一つ、わたしは隠していたことがある。

 わたしは今、軽い頭痛と吐き気に襲われている。

 あの部屋、つまりレンちゃんとニコルちゃんの部屋に入ってからだ。

 鍵をかけ忘れたことは全くの嘘で、ここに戻ってきた理由もまた別にある。

 わたしは鍵を開け、自分の部屋に入る。そして、窓から乗り出して隣の部屋、ニコルちゃんの部屋を見た。

 そこの窓はほんの少し開いたままだった。と言うより、開けたままにしておいた。あの部屋に浸入するために。この寮に鍵というものが無ければ、こんな回りくどいことをしなくてすんだのだけれど。

 窓から外に乗り出して、わずかな出っ張りを頼りにして下に落ちないように身体を支える。

 そして、わたしは隣の部屋の窓に飛びうつった。

 そのまま浸入するために開きかけの窓に触れる。


「──あ」


 一瞬、気のせいだろうか。

 触れた時、旧校舎奥の建物に入る瞬間の風景が目に映った、ような気がした。

 頭を横に軽くぶんぶんと振る。

 続けて深呼吸。

 落ち着いたところでこっそり部屋の中に入った。

 何故だろう。

 この部屋に入ると何か違和感を感じる。

 頭痛。吐き気。

 魔術師、能力者だからこそ分かるこの気配。

 ニコルちゃんは全く気付いてないようだった。

 死神と対峙した時と同じような感覚。もっと言えば微かに同じような魔力を感じたのだ。

 何故だろう。嫌な予感がする。

 この違和感、この魔力の発生源をさっき部屋に入った時からずっと探っていた。


「──あそこ、からだ……」


 そう言って近づく。

 魔力の発生源に。

 レンちゃんの机に。


「やっぱり、ここからだ……」


 机の引き出しのひとつに手をかける。

 途端、目眩がした。

 反射的に片手で目を押さえる。


 ──開けてはいけない。

 ──開ければもう引き返せなくなる。


 頭の中に流れてくる誰かの声。

 しかし聞いたことのある声。

 間違いない。

 それは自分に言い聞かせている自分の声だ。

 でも、ここから先に進まなければ後悔してしまうかもしれない。

 ここで引き返せばレンちゃんはもう帰ってこないような気さえする。

 大丈夫。覚悟はできている。

 ここで何を見たとしても、その事実から逃げずに受け止めよう。

 机の引き出しをそっと開ける。


「あ──」


 中を覗けば、そこには邪悪で禍々しい魔力を垂れ流す石があった。

 見た目はただの小さな宝石の欠片。

 しかし、微弱な妖しい光を発している。

 これは魔術の礼装だ。

 以前、ロイドくんが見せてくれた魔石と形が酷似している。

 でも、なんでこんなものがレンちゃんの机の引き出しに? 考えても何も頭に浮かばない。

 ただ分かることはレンちゃんがこの事件に関わっているであろうこと。

 それ以外に考えられない。

 例えば全く関係がなかったとして、こんな見るからに怪しい物体を見つけたとする。それを拾って、そのうえ机の中にしまっておくだろうか。そんなはずはない。

 わたしも気付くべきだった。

 レンちゃんの様子がおかしかったことに。

 初めて死神について話していた時も、何か雰囲気が違ったことに。

 ただ、それだけなら死神の事件に対する不安がレンちゃんをそうさせてしまっていた、と考えられるかもしれない。


 しかし、机の中に魔術の礼装があったとなると、やはりこの事件に関係していて何かを知っていると考えるのが妥当ではなかろうか。

 もしくはレンちゃんが──

 いや、駄目だ。

 悪い方向ばかりに考えてしまう。

 首を横に振り深く息をする。

 再び引き出しの魔石に視線を戻し、それを調べるために手で掴もうとした。


「──えっ?」


 するとどういうことだろう。それは瞬く間に黒く薄い靄に包まれていく。続けてふわりと浮遊した。その奇妙な現象を目にしてたじろぐわたしに一つの声がかけられる。

 背後から静かに「ここにあったのか」と。

 全く気配を感じなかった。

 恐る恐る振り返ってみれば、そこにいたのはあの懐かしい顔。わたしの前から唐突に姿を消したロイドくんがいた。


 しかし、その瞳は冷酷で以前のようなやさしさは失せていた。まるでわたしがロイドくんに襲われた時のようで、恐ろしくて身動きがとれないでいる。

 宙に浮かぶ魔石はわたしのすぐ横をすり抜けロイドくんのもとに飛んでいく。そして彼のかざした掌に収まった。

 ロイドくんはわたしに対して怒っているのだろうか。さっきからロイドくんは魔石ばかりを見つめて一向にわたしと目を合わそうとしない。

 空気か何かと同じような扱いだった。


「あの、ロイドくん。この前はごめ──」


 ──んなさい、とは最後まで言えなかった。

 不意に漏らしたロイドくんの言葉のせいだ。わたしの心臓を握り潰すような衝撃だった。激しい心臓の鼓動は全身に広がり嘔吐感を生じさせる。身体中から嫌な汗が流れだそうとしているのがはっきりと分かる。



 ──あとはこの魔石の持ち主を始末するだけだ。



 その一言。悪魔のようなその囁きはわたしにひどく焦燥感を植え付けた。


「ロイドくん、何を言ってるの? 始末って──」


 目の前に立つ彼はただにやりと口元を歪めるだけだった。わたしの問いに耳を傾ける節もない。

 そして、ロイドくんの周りに魔力の風が逆巻く。

 禍々しいその魔力はロイドくんの身体を包みこんでいく。何をしようとしているのかすぐに分かった。

 彼の身体は霧のように消えていこうとしている。姿を消して、気配を殺して、レンちゃんに死という裁きを下そうとしている。


 ぎりっと歯を噛み締める。

 そんなこと絶対にさせない。もし間違えならどうするつもりだ。わたしにはあのレンちゃんが人を襲うなんてどうしても考えられない。

 ロイドくんが完全に消えてしまえばもうその姿を捉えることはできないだろう。

 なら消えてしまう前に捕まえる!

 力を溜めることもなく瞬時に距離をつめ、ロイドくんの腕を掴もうとする。

 ──しかし、それは叶わなかった。

 黒い風に触れた瞬間、わたしの身体は強く弾かれて壁に叩きつけられた。


「──っ!」


 打ち所が悪かったのか痛みがなかなか和らいでくれない。少しの間、顔は伏せられ視線は床を向いたままになってしまう。

 痛みが治まり再びロイドくんの姿を確認しようとした時にはもう手遅れで、そこに止めようとしていた人はもういなかった。

 それでも、とにかく追いかけなくちゃ。

 また被害者が出てからでは遅い。

 大切な友達になにかあってからでは遅いんだ。

 部屋の窓を開け身を乗り出した。神経を研ぎ澄ませば微かに感じるロイドくんの魔力。それはわたしに行く道を示してくれるだろう。

 窓の外に誰もいないことを確認する。


「ごめん。ニコルちゃん。わたし行ってくるよ」


 呟いて、窓から飛び降りた。

 向かうは旧校舎、大講堂。

 そこですべてが分かるはずだ。

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