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決別・絶望の淵へ①

 やるべきことはとうの昔に決まっている。

 ただ、真実を見極めに行くだけだ。

 恐れることはない。

 それがどんな結末を招こうとも。



          ◇



 翌日、六月二十七日。

 いつものように迎えた朝。しかし今日は毎朝窓から入り込む眩しい太陽の光はない。その代りに外でポツポツと雨が降っている音がしている。

 今何時だろう?

 確認するためにベッドに寝転びながら近くに置いている目覚まし時計を手に取る。針は九時五分を示していた。外が真っ暗でない時点でデジタル時計を見るまでもなく午前中だろう。

 いつもより起きる時間が遅くなってしまったが、今日は土曜日なので部活動に参加していないわたしには少しの寝坊は許される。

 しかし、なんだか瞼がしっかりと開かない。


「……眠い」


 不意にあくびが出る。

 やはり、寝た時間が午前四時過ぎだってことが原因だろう。


「──」


 昨日の放課後、というより夜中のこと。わたしは誰も居なくなった職員室に忍び込んだのだ。

 何のためかというと、顔写真入りの名簿を見るためだった。ばれたら相応の罰を与えられるだろうが、ロイドくんの正体を突き止めるには仕方のないことだった。

 それに、この方法はかなり手っ取り早い手段だと言えるだろう。その全てを確認し終えるのに四時間もかかってしまったが、収穫は確かにあった。


 その名簿の中にロイド・エルケンスという名前はなく、その顔も存在しなかった。

 つまりロイドくんはこの学園の生徒ではなかったということだ。

 今思えば、何気ない会話にも不自然なところが少しだけあった。

 例えば、寮の規則を知らなかったこと。例えば、学園の図書館に行こうとしなかったこと。これらはこの学園の生徒でなければ知らないこと、できないことなのだ。

 となると、なぜロイドくんはこの学園にいて、自分が部外者であることを隠していたのか。

 考えようとしたところで止めた。わたしごときが彼のことに関して考えてもどうにもならないだろう。

 そんなことより、とベッドから降りていつものように顔を洗い、寝癖を整える。そして戻ってきてベッドに腰を下ろす。


 思考開始。

 さて、何をしよう。

 腕を組みながら考える。

 気分転換に隣の部屋に遊びに行こうかと思ってみたけれど、現在二人とも部活に行っていた。

 レンちゃんは風邪が治って演劇部に。

 ニコルちゃんはいつもどおりバスケットボール部に。

 どちらも室内での活動なため、雨という天気は関係なかった。

 じゃあ何をする?

 勉強? 異能の修行? それとも部屋の掃除?

 やりたいことはいろいろあったが、やはり今日はそれら以上にやらなくてはいけないことがあった。


「もう一度、旧校舎に行こう」


 真実を見極めるために。覚悟はできている。そこで見たことをありのままに受け入れるつもりだ。




 制服に着替えてからまずは食堂へ向かうことにした。旧校舎に行くのはその後だ。

 とりあえず朝食を十分ほどで済ませシャワールームに向かう。昨日できなかったシャワーを終えてからついに旧校舎へ出発する。

 今思えば、朝起きた時に寝癖を直す行為は全くの無意味だった。

 寮から出ると傘をさして歩くこととなった。しかし雨はそこまで強くはなかったので服が濡れるような心配はないだろう。

 雨の日特有のじめじめした感じもなかったので嫌な汗をかく心配もないはずだ。


 旧校舎へは以前ロイドくんと共に歩いた道と同じ道を使った。

 ちゃぷちゃぷと薄く水の張った道を歩く。

 小雨だが、わたしが起きるずっと前から降っていたのだろう。グラウンドやテニスコートを見ると、すでに水溜まりがたくさんできていた。これでは雨が止んでもすぐに部活を始めることはできない。

 体育館の横を通ると以前のように活気のある掛け声が聴こえてくる。窓は閉められていて中の様子は分からないがニコルちゃんたちの一生懸命な姿が目に浮かんできて「今日も頑張れ」と口元が緩んだ。




 足を止めることなく目的地へと進み、旧校舎への道を抜ける。

 そこで目の前に現れたのはあの立ち入り禁止と札のかかった大きな門だった。急に後ろから襲われたことを思い出すと、背後の気配につい神経質になってしまう。

 今誰かに後ろから驚かされたら、わたしはその人を反射的に切りつけてしまうかもしれなかった。

 前回の経験を生かし鞄から手袋を取り出して手にはめる。そして格子をよじ登り門を越えた。

 雨で門が濡れているからか手袋には剥がれた錆や汚れが余計に付着していた。手袋を外すとビニール袋に入れてから鞄にしまう。帰ったら捨てよう。


 ポツポツと音をたてる緩やかな雨はまだ止む気配がない。髪や服に水が染み込んでくるのが分かる。

 このままだと全身びしょびしょになりそうだ。昇降口までは後少しの距離だが、もし走ればその分足が泥で汚れるのはほぼ確実だろう。

 わたしは汚れは嫌いだ。潔癖症ほどではないけど。というわけで先程と同様に傘をさして歩いていくことにした。


「──あっ」


 そこであることに気がつき後ろに振り返る。


「やっちゃったな」


 超えてきた門の向こう側。

 そこにはあるのはぽつんと寂しく放置された傘。

 残念ながらわたしの倉庫に予備の傘はない。

 結局、もう一往復する羽目になるわたしだった。



          ◇



 旧校舎の中には目もくれずに通り抜けて奥の建物に到着した。傘を閉じて中に入る。

 薄暗かったが扉から入る光のおかげでだいたいの構造は分かった。建物はいわゆる体育館のような構造をしていて、入って一番奥に舞台がある。

 床が木製なのか、歩く度にぎしぎしと軋む。

 そんな古さを感じさせられる。だが、そんな古さにそぐわない事柄がここにはあった。

 ここと同じく古い建物である旧校舎。そこと一つだけ異なる点があった。

 しゃがんで床を見て再確認する。

 二度目の確認をする。

 二度目、だ。

 ここに来たのは今日が初めてではない。

 一度目はあの日、ロイドくんと一緒に旧校舎を調査したときだ。



 ──もし無いのなら無いでそれを確認できただけ良かったと考えればいい。



 床の一部を指でなぞり、鞄から取り出した懐中電灯で指を照らす。

 あの時、わたしはこの建物の内部に違和感を覚えた。そこには本来在るべき物が無かったから。

 つまり旧校舎を歩いた時にはできたはずの埃による足跡がここには無かったのだ。


「──なんでここの床はこんなに綺麗なの?」


 まるで掃除した後のように埃が無かった。ここは誰も使用していない立ち入り禁止の旧校舎だ。本来なら埃で床が覆い隠されているはず。ここで分かること。考えられる理由はただ一つ。

 ここはわたしたちが調査した時より以前から、何らかの目的で誰かに使用されていたということだ。


 しかし、新たな謎が出てきてしまった。そもそもロイドくんは何故わたしにこの事を知らせなかったのだろう。ただ単純に見落としていただけか。それとも何か理由があり意図的に伏せていたとか。

 今となっては問いただすことができない。あの時もっと先に踏み込んでいればよかったと今更ながら悔やまれる。

 とりあえず今はそのことは置いておき、入口付近だけでなく全体でそうなのか確かめるために懐中電灯の光で辺り一面を照らす。


「──え?」


 そこでわたしは気がついてしまった。

 一度目に入ると、その光がなくても認識することができた。

 無理矢理認識させられるほどの圧倒的な存在感。

 それくらい強烈な印象を植え付けられた。


「何なの、これ」


 それは、講堂の床全体に展開された真っ赤な妖しい模様。わたしが今まで一度しか見たことがない、巨大で且つ複雑な魔法陣だった。



          ◇



 しばらくしてからわたしは旧校舎を後にした。

 すぐ寮に戻り旧校舎の魔術が発動してしまうまでに対策を練るなり、武器の手入れなりをしたいと思っていたからだ。

 だが帰る途中、体育館入口の前でニコルちゃんに見つかってしまった。

 見つかったら全てが台無しになったり時間が足りなくなったりするような心配はないけれど出来れば見つかりたくなかった。


「ようティア。こんな所で何やってんだ?」


 今は休憩中らしい。部員が床に座って水分補給をしているのが見える。

 だが何故かとたんに騒がしくなった。

 何を話しているのかは聞こえないけれど。

 わたしはそれを気にせずに口にする言葉を探す。死神の魔術師について調査をしてました、なんて言えるはずもなく。さて、何をしていることにしようか。


「ただの散歩だよ。ちょっと暇だったから。それにいろいろな所を歩き回ったほうがロイドくんに会えるかな、って思って」


 ひどい言い訳だ。

 ニコルちゃんには言ってないが、ロイドくんはこの学園の生徒ではなかった。だから多分この学園にはいない。学園内をまだ調査しているのなら別だけれど。


「確かにそうかもしれないけど今日は雨だぜ。普通雨の日は部屋の中にいるだろ。それに散歩って……」


 と呆れるような口調のニコルちゃん。


「でもおまえ、前よりだいぶ顔色がましになったな。よかったよかった」


 このように心配してくれているのはわたしにとってとても嬉しかったりする。本当に感謝してます。

 それじゃ、と言って早々と立ち去ろうとしたが、そう簡単に帰らせてくれるニコルちゃんではなかった。


「ちょっと待て! あたしが言いたかったのはそれだけじゃねえ。おまえどちらかと言うと暇なんだろ。どうだ、今休憩中なんだ。コート空いてるからちょっとあたしと勝負しないか?」


 勝負はもちろんバスケだろう。

 走ったりして激しく身体を動かすのは他の競技と変わらない。

 元病人(そういう設定)になんてこと言うんだ。

 すると体育館の中がいっそう騒がしくなった。

 中で何が起こっているのだろう。わたしには想像できなかった。

 というより、想像したくなかった。

 話を戻そう。

 勝負自体は悪くはない。やってみたいとも思う。

 しかし、わたしは例の如くこう言わなくてはならなかった。


「遠慮しておくよ。激しい運動はしないようにってアーネストさんに言われてるから」


 アーネストさんに言われてるから。

 運動関係のことで誘われたときによく断るために使う逃げ口上だ。

 しかし、先輩や顧問の先生の許可なしで誘うのはどうなのだろう。休み時間だからいいのか。それとも案外、既に許可を貰っていたりするのだろうか。

 わたしが答えたとたん、奥からああ、という残念がるような声が多数漏れてくる。どうやらわたしがあの時やらかしてしまったことはこのバスケ部にも広まってしまっているようだ。

 でも、見られたのは『足が速い』であって、決して『バスケがうまい』ではないのだけれどな。どこでそう変わっていったのだろう。噂は怖いモノです。

 人の噂は七十五日だったか?

 噂が次第に薄れていくのを気長に待つとしよう。

 すると、ニコルちゃんは少し申し訳なさそうに答える。


「そっか。そうだったな。また病気が再発して入院するとかなったらたまんないもんな。すまん、おまえがバスケしたくてしょうがないって言ってたからつい誘ってしまった」


 いえ、そんなことは言ってません。あなたの気のせいです。


「まあ、身体には気を付けろよ。これでもあたしはちゃんとおまえのこと考えてるからさ」


 そう気を遣ってくれるニコルちゃん。

 わたしは了解、と軽く敬礼をしてからその場から立ち去る。

 ──ことはできなかった。


「あ、そうだ。フリースローでの勝負ならできるんじゃね?」


 ニコルちゃんはそんなことを言いだした。

 それがあったか。盲点だった。

 しかし、それなら身体能力は関係ないはず。

 なら、やっても大丈夫か?

 といってもわたしはフリースローなんてほとんどしたことがないんだけど。

 いや、駄目だ。何が起こるか分からない。

 という訳でわたしは断ってこの場を去ろうと試みたのだが──


「ありがとう、ティア。よっしゃ、初めての勝負だぜ!」


 最終的に押しきられてしまった。

 バスケなんて一年ほど前にストレス発散のためにアーネストさんとしたくらいだ。しかし大丈夫だろうか。あれはドリブルさえすればあとは何でもありの危険極まりない戦いだったのだけれど。

 しかしここから先、ニコルちゃんとの勝負において予想外なことやとんでもないことやアーネストさんに説教されるようなことは無事、起きることはなかった。

 最初に数回練習させてもらうと運がよかったのかすぐに感覚をつかんだ。ついでにフォームの修正もしてもらい、それから本番。

 結果は六回目でわたしがはずして負け。

 当然負けるのは目に見えていたけど、なんだか悔しかった。でも、おもしろかった。

 今まで血生臭い生きるか死ぬか、という勝負しか知らなかったわたしにとって、このようなお互いが笑って終えることのできる勝負は新鮮だった。

 こんどこそわたしは体育館を去る。

 バスケ部の部員たちに失礼しました、と言ってその場をあとにした。入口で手を振るニコルちゃんにこちらも応えてから寮に向かって雨の降る道を歩いていく。

 後ろの体育館は休憩中の部員たちの楽しそうな声でにぎわっていた。


「──また、やりたいな」

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