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旧校舎・暗闇の大講堂④

 ティア、ロイドの二人は同時に死神へ向かって一直線に駆け抜ける。

 ティアは肩にかけた鞄の口、その奥にある隔離空間から武器を取り出す。以前死神かもしれない何かと対峙した時に用いたものと同じ短剣だ。

 今度はそれを二本取り出し両手に持つ。

 ロイドも足を止めることなく両手に炎を纏わせて死神に接近する。


「あの鎌にだけは気をつけろ。当たればさっきみたいに一瞬で意識を持っていかれるぞ」


 ロイドはティアに向かって叫ぶ。


「分かったよ、ロイドくん!」


 ティアもロイドに向かって叫び、前に出て先陣を切り死神に攻撃をしかける。

 まずは死神が鎌を持っていない腕の方、左側に回り込み短剣による高速の一閃を放つ。

 しかしティアの攻撃は難なく鎌で防がれる。

 その防御行為はまるで鎌を持つ腕だけがひとりでに動いたように見えた。

 短剣で押し返そうとするも鎌はびくともせず、そのまま膠着状態が続く。

 直後、死神はティアの方に首だけを振り向かせ、空洞の眼から不気味な視線を放つ。間近で見た死神は更に怪しく、そして恐ろしい。すぐにでも死神との距離をとるべく行動する。

 鎌から短剣を離し、真後ろに跳躍しようとした瞬間だった。


「そのまま注意を引き付けろ!」


 とロイドが叫んだ。

 ロイドはティアの反対側、死神の右側に回り込んでいた。死神はいまだティアに狙いをさだめているため、ロイドにとって絶好の攻撃チャンスだった。

 ティアは無言で承諾し、手に持つ短剣のうち一本を死神の頭部にめがけて投擲した。

 死神はそれをするりと躱すと、再びティアを切り裂こうと鎌を振りかざす。

 ここでティアは目にした。

 先ほど投擲した短剣をロイドが掴み、その刀身に炎を纏わせたのだ瞬間を。

 その炎は短剣を中心に広範囲に広がる。ロイドは死神に回避させるつもりはなかった。

 あと数秒も経たないうちにこの広場には炎の波による猛威が振るわれることなる。

 すぐ近くにティアがいるというのになんてバカな行為をするのか、と思われるだろう。しかしこれもティアを信じての行為だったのだ。


「ティア、これくらい防いでくれよ」

「もちろん。どうってことないよ」


 そうティアが応えると、隔離空間からあるものを取り出す。

 この広範囲攻撃を防ぎ得る防具。ティアの身の丈以上でその身体を覆い隠すほど大きな銀色の盾が出現した。

 それは魔力を弾く対魔術装甲であり、五月に誕生日プレゼントとして半ば無理矢理渡されたアーネスト作の礼装だ。

 最小で掌サイズまで縮めることができ、出し入れできる物体の大きさに制限があるというティアの能力の弱点対策になっている。

 ただしこの盾自体がまだ試作段階のため、ほぼ全ての魔術を防げる代わりに一度使用するとアーネストにメンテナンスしてもらうまで使えないという欠点があった。

 直後、炎の波はティアもろとも死神を飲み込み、辺り一面を炎の海へと変貌させる。




 ロイドは確かに死神が炎に直撃した瞬間を目にした。ティアも同様に直撃したが、盾が崩れていないところを見るとおそらく無事だろう。

 だが、これで終りではないことをロイドは十分認識している。この程度で死神を倒せるのならば今まで苦労はしてこなかった。

 ロイドは警戒する。

 すると思った通りだった。

 死神はゆらりと炎の海から浮上する。どうやら死神は鎌を高速回転させ炎の波を防いでいたらしい。死神は再び鎌を振り上げ、標的をロイドへ代える。

 ロイドもそれに応えるように短剣を投げ捨て、両腕に炎を纏わせる。


「来い、死神。ここでおまえを止めてやる!」


 その言葉を合図に、ロイドと死神は同時に地を駆けた。




 ティアはその様子を巨大な盾の影から覗いていた。もちろん死神が恐くなって隠れているわけではない。

 ロイドと死神の攻防。火花を散らしながら繰り広げられるそれは、まさに死闘と言えた。

 そんな状況でロイドの助けに入らない理由はただひとつ。死神の隙を見計らい、そこを叩くためだ。

 しかし、それで本当に大丈夫なのか不安になるのもまた事実。

 なにせこれは全く打ち合わせのない思いつきでの行動だったからだ。

 共に闘う相棒を信じていると言えば聞こえはいいが、助けに入らないのはやはり酷なものだろう。

 しかしティアは感じ取っていた。ロイドは助けなど求めていないことを。

 俺は一人で闘える、そうロイドの眼がティアに伝えていた、ような気がしたのだ。

 だから、ティアは息を潜める。

 暗闇に潜む暗殺者のように。




 ロイドはティアが何をしようとしているのかすぐに理解した。盾の影から一瞬見えたティアの眼がそう語っている、ように読み取れたからだ。

 ただそれで死神を殺せるのかと訊かれれば、何も答えることができない。

 実際に攻撃が直撃した試しすらないため、傷つけることが可能かどうかも不明なままだ。

 しかし不可能だと決まったわけでもない。だからロイドはティアの意志に答えることが今できる最善だと判断し行動する。




 数分間続く死神との攻防の果て、ロイドはある位置まで死神を誘き寄せた。


(この位置まで誘導すれば問題ないだろう。ここから先はティア次第だな)


 そう思考した瞬間、ロイドは攻撃の手を止め防御に徹する。

 今までの死神との攻防の中でロイドは死神の行動パターンを二つ発見した。

 一つは何があろうと死神は鎌を手放さないこと。そしてもう一つは鎌が縦に降り下ろされる時のみ他の攻撃と比べて見切りやすい単調な動きになること。

 ロイドは確実性を上げるためにあることを試みることにした。

 死神の猛攻は止まることを知らない。

 今のロイドの不安は自分の体力がそれまで続くかどうかだった。


 そして、ついに鎌が縦に降り下ろされる。

 ロイドは見逃さない。

 目でその動きを捉える。

 しかしそれを避けることはしなかった。

 それに対して反撃することもしなかった。

 ロイドがとった行動。

 それは炎を纏いし両手でその刃を受け止めることだったのだ。

 炎はさらに勢いを増しロイドの手を鎌の刃から守る。鎌はがっちりと固定され、死神がどうあがこうともその手から離れることはない。


 その瞬間のそれぞれの立ち位置。ロイド、死神、ティア、はぴったり直線上にある。更に死神はティアに対して背を向けている。ロイドが鎌を放さない限り、この位置関係が崩れることはない。

 これがロイドの思惑。今まさに、これ以上ない機会と言えた。


「行け、今だ!」


 瞬間、ティアの姿を覆い隠していた盾が捻れるように隔離空間に吸い込まれていく。そして炎が二本の短剣によって真っ二つに引き裂かれる。


「言われなくても!」


 叫びと共に地を大きく蹴り、強く絞られた弓から放たれる矢のように死神に飛びかかる。

 死神の後ろをとったティア。

 短剣による一線は確実に死神の頭部を捉えている。

 唯一の妨げとなっていた鎌はロイドによりその動きを封じられている。

 ティアとロイドの連繋は初めてにしては見事だとも言える出来栄えだった。

 あと数センチの距離。あと数秒の時間。

 二人の勝利は目前だった。

 しかし──


「「──え!?」」


 驚愕の声。それはどちらか一方でなく、二人同時に発したものだった。

 ティアの目の前にあったはずの死神の頭部が。ロイドが掴んでいたはずの鎌が。気が付いた時には姿を消していたのだ。

 そして間髪入れずに次の段階に移る。


(なんでわたしの後ろに死神が!?)

(こんなこと、ありかよ!?)


 そう。消えたと思われた死神は瞬時にティアの後ろに移動していたのだ。

 ティアは空中に位置しているため回避行動をとることができない。さらに後ろをとられているため防御することもできずにいる。言わば絶体絶命の状態だった。


 死神の鎌による一撃が容赦なくティアに襲いかかる。

 もうだめだ、とティアは目を瞑る。

 もうどうにもできない、と諦めかけた。

 その時だった。


「ティア!!」


 なんとティアと死神の間にロイドが割り込んだのだ。自分の身も顧みずロイドは大きく腕を広げてティアを庇おうとする。

 そして──


 地に落ちたティアの目には血を流して倒れ伏すロイドが映っていた。

 死神の姿は、そして気配は、跡形もなく消え去っていた。

 今夜の死神による狩りはこれで終わったようだった。

 あまりにも呆気ない結末。

 ティアとロイドは文字通り、敗北した。



          ◇



 その後、わたしはロイドくんを背負ってわたしの部屋まで戻った。

 そしてベッドへ静かに寝かせる。


「ロイドくん。怪我は大丈夫?」

「これくらい平気だ。何の問題もない。寝れば治るさ」

「寝れば治るって、血が出てるんだよ」

「大丈夫だ。応急処置もしただろ。だから、間違っても病院に連絡するようなことはするなよ」


 強がってはいるものの、その表情からは微かにその苦痛を感じ取れた。わたしはロイドくんの隣に座る。ロイドくんはこちらを見ずに囁いた。


「──また出来なかった。今度こそって思ったのに。やっとやり遂げたって思ったのに。本当にすまない。俺の……力不足で……」


 その表情からは強い悔しさが明らかに伝わってくる。


「そんな……謝らないでほしい」


 ロイドくんは何も悪くないのだから。謝るのは間違っている。謝るとすれば、それこそわたしのほうだ。

 実は帰り道でずっとごめんなさいと連呼してしまった。そのせいで今は少し言いづらいが。

 それにまた出来なかった、か。たぶんロイドくんはこの事件にかなり初期の段階から関わっていたのだろう。そして、なにかしらの強い信念を持ちながら。


「──ねえ、ロイドくん。今更だけど訊いてもいいかな?」

「なんだ? 言ってみなよ」

「どうしてロイドくんはこの事件を解決したいって思ったの。自分の住む街だから?」


 わたしとは違う、強い覚悟を持っているのなら教えてほしい。本来、この件に関わると決めた以上はわたしもそれなりの覚悟を持つ必要があるはずだった。

 だから、これ以上傷つかない為の、これ以上傷つけないための、手段の一つとして。


「俺は──」


 そこで考え込む。やはり言いにくいことなのだろうか。これはわたしの勝手なので、どうしても言いたくないのなら言わなくてもいいと思っている。

 そう伝えようと口を開きかけた時、ロイドくんはわたしの目の前に手のひらを向けて静止させる。


「──俺は、助けたい人がいるんだ」

「助けたい人……」

「ああ、そうだ。大切な人だ。俺の妹。俺にとって唯一残された家族といえる人だ」


 唯一残された家族?

 まさかとは思い訊いてみる。


「もしかして両親がいない、とか……」


 ロイドくんは静かに頷く。


「その通り。ある研究所での不幸な事故だったんだと。研究所は全焼して跡形もなく……って、その話はいいか。とにかく両親がいなくなった俺たちは色々あって今では支援を受けながら二人で暮らしてるってわけ」

「そんなことが……」

「おいおい、そんなに悲しい顔をするなよ。俺は別に哀れんでほしくてこんな話をしてるわけじゃないんだぞ」

「……うん」


 わたしは何も言えなかった。

 ロイドくんは続ける。


「それで、俺と妹の二人でいつものように暮らしていたある日、俺たちはあの死神に襲われた。何の前触れも無しに」

「じゃあ、ロイドくんの妹さんも昏睡状態に?」


 ロイドくんは首を横に振る。


「いいや。何故か昏睡状態には陥ってないんだ。だが、代わりに何かの病気にかかったかのように苦しんでいる。あいつは大丈夫だって言うけど、そんなわけがない。俺はあいつをこのまま放っておくことなんてできなかった。

 今は治癒魔術でなんとか抑えているけど、所詮その場しのぎの付け焼き刃だ。いつ効果が切れるか分からない。だから探した。死神やその魔術師に関する手掛かりを毎日のように。そして見つけて叩き潰し、妹を苦しみから解放させる。それが俺の目的だ」


 これがロイドくんの戦う理由。

 ロイドくんはずっと苦しんでいたんだ。いや、ずっとわたしの前ではそのような素振りを見せようとしなかったのだ。そんな気遣いにわたしはまったく気がついてあげることができなかった。


「だから、そんな顔をするなよ」

「でも、仕方ないよ。判っちゃうんだよ、ロイドくんの気持ちが」


 ロイドくんの話を訊いて分かった。わたしとロイドくんの境遇がとても似ていたということが。だからこそのこの気持ちだった。


「──俺の気持ちが、か?」

「うん」


 そう頷いてからわたしは語った。


「わたしもね、親がいないんだ。わたしが小さい頃に亡くなったらしい」

「らしいって、どういうことだよ」

「わたしにはね、幼い頃の記憶が一切ないの。まるでその部分だけ壊されたかのように思い出すことができないんだ。いわゆる記憶喪失ってやつだね」

「何てこと、そんな衝撃の事実を今言うか? さすがの俺でも若干戸惑ったぞ」

「はは。でも、そこまで私生活に影響が出てるって訳じゃないよ。どんな人でも幼い頃の記憶は曖昧で当てにならないでしょ? わたしのはそれが酷くなった感じ。心配することは全然無いよ」

「──そうか」

「うん。そんなこともあってね、ロイドくんの気持ちがすごく分かるんだ。残された家族をどれだけ大切に想ってるのかすごく分かるんだ」


 ほんの少しだけ、自分について話すことにした。




 わたしは父と母に関する記憶がない。幼い頃に親しく接してしてくれていた人々の記憶もない。あるのはアーネストさんから聞いた後付けの記憶のみ。

 とある小さな研究施設で暮らしていた皆はある事件に巻き込まれて亡くなったらしい。生き残ったのはわたしとアーネストさんだけだった。


 事件からしばらくして、アーネストさんはその話をしてくれた。話してくれた後、彼は涙を流していた。ごめんな、って何度も謝りながら。

 哀しい記憶が蘇ったからだ。それなのに自分の目から涙の一粒も落ちることはなかった。自分の両親が亡くなったというのに。


 記憶がないとはこういうことだ。同じ悲劇を体験したにもかかわらず、同じ痛みを持つことができないでいる。

 その痛みをアーネストさん一人に背負わせてしまうことになる。それがどれだけ彼にとって苦痛であることか。自分にとって虚しいことか。

 わたしは幼いながらに何となくではあっても理解でき、胸が痛かった。


 その時思ったのだ。もし唯一救われたわたしすらこの人の前から消えてしまえば、彼はどうなってしまうのか。

 それも何となく想像できた。

 だから、わたしはわたしを救ってくれた手を絶対に放さないと誓った。


 その後も何度か昔の話をしてくれた。わたしを男手一つで育ててくれた。

 結局、記憶は戻らないままで、能力もなかなか安定せず、そのうえ反抗期に突入して暴力的になった時もあった。だけど、アーネストさんはそんなわたしを家族として受け入れてくれている。


 ならわたしは、そんなアーネストさんの意志に応えたい。与えてくれた帰るべき場所を大切にしたい。

 わたしは間接的にではあるがアーネストさんから家族や友人の大切さを教わったのだ。

 それが今の生活にも生かされている。

 まさか友人のために生きるか死ぬかの戦いをすることになるとは思ってもいなかったけど。




「こんな感じでわたしの話は終わり。何か訊きたいことはある?」


 ロイドくんはずっと天上を見たままで、特に訊きたいことはないと言う。あまり他人の過去を深く知ろうとは思っていないらしい。

 その代わりに「そういえば、だ。俺もまだ訊いてなかったな」とロイドくんは視線を天井からわたしに移してから囁いた。


「おまえはなぜ俺の手助けをしてくれている? 確かにおまえの人を大切にしたいという気持ちは分かる。だが、見ず知らずの他人だった俺にここまで心を許していいのか。未だに理解できないんだよな」


 わたしがロイドくんを手伝いたいと思ったのは、ただ最初に何者なのか気になってしかたがなかっただけなのだ。

 しかしそれを既に知ってしまったわたしはなぜ、まだロイドくんと共に行動しようとしているのか。それはやはり自分の戦う理由に繋がるのだろう。


「わたしは友達を守りたい。わたしを受け入れてくれた大切な友達を失いたくない。せっかくこんな力を持ってるんだ。何もせずに見ていることなんてできないよ。

 規模は違うかもしれない。言ってしまえば、誇れるような戦う理由ではないかもしれない。だけど、誰かを救いたい、守りたいって気持ちは同じ。

 でも、やっぱりわたし一人じゃ荷が重かったりする。だから、今はわたしを使えそうな戦力、道具としてロイドくんに有効活用してほしい。そう思っているんだよ」


 これが今のわたしに一番合っている気がする。


「そうか。それは立派な誇れるような理由だよ。俺はそう思う。それにまだ手伝ってくれるのなら、おまえを有効活用させてもらうさ。と言ってもおまえはもう十分俺の助けになってるけどな。たまに迷惑な時もあるが、これは決して嘘じゃない」


 その言葉にそうかな、と照れてしまう。


「そういう嬉しそうな顔をしないでくれ。これ以上おまえに感情移入したら困ってしまう。それより、おまえは俺と話をして覚悟を決められたのか?」

「え?」


 見透かされていたようだ。

 これは限りなく恥ずかしい。


「そ、そんなこと考えてないよ」


 焦るわたしを見て、ロイドくんは小さく笑う。

 すると、ロイドくんは大きな欠伸をした。


「なんだか眠いな。少しだけ寝させてくれないか」


 もしかすると、充分な睡眠をとれていなかったのかもしれない。今までの疲労が一気に襲いかかってきたのだろう。


「少しと言わずに体力が回復するまで寝てたらいいよ」

「そうか、ありがとう。じゃあさ、寝る前に一つだけお願いがあるんだけどいいか?」

「いいよ」

「もし俺に何かあれば、お前が──いや、やっぱりいいや。今のは無しで。それより喉が渇いた。水をくれないか」

「水? うん。わかった。丁度切らしてたから食堂まで行ってくる。ちゃんと寝ててね」

「ああ、分かってる」


 そしてゆっくりと目を閉じた。

 それを見てベッドから立ち上がる。

 歩き、ドアのノブを回す。



 ──今までありがとう。

 ──そして本当に、

 ──ごめんなさい。



 今さっきロイドくんの囁くような声が聴こえたような気がした。振り返るもロイドくんは静かに寝ているようだった。




 部屋から出て食堂に向かう。

 数分後、二本のペットボトルに水をいっぱい入れてから部屋に戻った。


「ロイドくん、持ってきた、よ…………」


 目にした光景に息を飲む。手の力が一気に抜けて持っていたペットボトルは滑り落ち、鈍い音をたてて床に叩きつけられる。

 確かにベッドで寝ていたはずのロイドくんが本来いるべき場所に存在していなかったのだ。どこかに隠れているわけでもない。

 この部屋から出ていったのだ。

 窓は開かれたままで、そこから入り込む強い風はカーテンをガサガサと揺らしている。

 机の上にはロイドくんが置いていったであろう紙の切れ端があった。風で飛ばされないように辞書を重りにしている。

 そこには一言、こう書かれていた。




 ──もう俺に関わるな。




「どうしてなの? ロイドくん」

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