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旧校舎・暗闇の大講堂③

 夢を見た。

 白い靄のような中で小さな女の子と白髪のお姉さんが黒コートのお兄さんに見守られて遊んでいる風景。場所はどこかの研究所のようだった。

 小さな女の子はたぶんわたしだろう。

 しかし後の二人はわからなかった。

 どこか懐かしいようで、そうでないようで。

 思いだそうとしても、二人の顔に靄がかかったように、その行為を妨害される。

 この風景が何なのか。

 どのような状況なのか。

 何を伝えたいのか。

 わたしにはわからない。

 でも、一つだけわかる。

 それはとても、とても、温かく幸せな時間だったことだ。



          ◇



「よかった。目を覚ましたか」


 ロイドくんの声が聞こえる。

 開いた目の先にはロイドくんの顔があった。近づけられたその安心した表情にどこか懐かしさを感じた。


「うぅん。おはよう、ロイドくん」


 上着を脱いだワイシャツ姿のロイドくん。脱いだ制服は丸められて、わたしの枕として使われていた。


「おはようじゃない。おまえ、背中は大丈夫なのか?」


 あ、そうだ。確か何者かに背中を切られたんだった。でもなぜだろう。今は全く痛みを感じない。そして背中を擦ってみる。そこで気がついた。


「もしかしてわたしの制服、やぶけてなかったりする?」


 ロイドくんはその通りだと頷く。


「加えて血が出てるようなこともないし、切られた形跡もない。あの時確かにおまえは切られたと思ったんだけど……あ、一応確認のために背中の部分だけは服の中を見させてもらったからな」


 それも背中を擦った時に気がついていた。


「だよね。別に気にしてないよ。体調についても特に問題なさそうだから安心して。それより、わたしを襲ったのってどんなやつだったの?」

「それは、だな……」


 ロイドくんは少しだけ言うのを躊躇っているようだった。


「やはり、おまえの提案に乗って正解だったよ」


 随分と遠回しな言い方だった。

 つまりロイドくんはこういう意味で言ったのだろう。死神がいた、と。

 やっぱりあの妖しい気配は死神から発せられたのものだったのか。

 でもこれではっきりしたことがある。この学園が死神の次の狩場に選ばれたということだ。


「あの、聞きそびれたんだけどここってどこなのかな?」


 上体を起こして周りを見渡す。数多くの机と椅子が並べられている。どこかの教室のようだった。埃が蔓延していることから、おそらく旧校舎のどこかだろう。

 窓のカーテンは全て閉められていて薄暗い。懐中電灯の小さな明かりが唯一この教室を照らしていた。


「ここは旧校舎東側の二階にある教室だ。おまえを抱えて死神から逃げ切るのは難しかったんだ。だからおまえが目を覚ますまで隠れることにした。まだ外には死神がいるらしい。ここから逃げるにはタイミングを見計らって一気に駆け抜けるしかないな」


 あるいはあれに立ち向かうか、と言って口を閉ざす。

 カーテンを閉めていたのは外にいる死神からの視線を遮るためにあるようだった。はたして死神に目があるのかは不明だが。ロイドくんはもしかすると気配を遮断するような結界でも張っているのかもしれない。


 カーテンの僅かな隙間から見える外の色は、すでに濃い藍色に染め上げられていた。今の時刻はとっくに夕食の時間を越えているだろう。正確な時刻を知りたくてロイドくんに確認をとると、午後七時五分という回答が返ってきた。

 どうやらわたしがレンちゃんやニコルちゃんが部活から帰ってくるまでに寮に帰ることはとっくに不可能になっていたようだ。今さらな話だけれど、もしわたしがいないことで心配させてしまっていたら申し訳なくなる。

 どうにかして早く戻らないと。


「ねえ、ロイドくんはこれからどうするの? やっぱり死神と戦うつもり?」


 ロイドくんは間髪入れずに頷く。


「ああ。もちろんそのつもりにしている。だがおまえを置いて一人ではいけないしな。もし、おまえが戦いたくないのなら、巻き込んでまで戦うつもりはない。逃げるついでに寮まで送っていくよ。今までの状況が今回も適用されるのならば、人が大勢いるところまで死神は追いかけてこないだろう」

「一人で戦うって選択肢はなかったの?」

「ないな。どうせおまえのことだ。一人で行くって言っても必ずついてくるだろ」


 内心を見抜かれているようで苦笑いするわたし。


「はは、よくわかってるね」

「これだけ一緒に行動してるんだ。なんとなくでも分かってくるさ。──それじゃあ全く同じ質問をする」


 ロイドくんはわたしの目を見てその先を言おうとする。

 ってかよく目を合わせられるな。

 視線が上下左右にぶれてしまってしょうがないんだけど。まばたきの回数もいつも以上に多くなっているのがわかる。

 とりあえず、目線をロイドくんの首に合わせておくことにした。


「──おまえはどうしたい?」


 どうしたい?

 答えるまでもないことだ。

 なぜわたしが今までロイドくんと一緒にいようとしているのか。その答えへのヒントがすぐそこにあるのだから。


「朝にも言ったはずだよ。わたしはここで逃げるつもりはない。レンちゃんやニコルちゃんに心配かけてしまうかもしれないけど、今はまずロイドくんと一緒に戦いたいと思ってる」

「あれはおまえが思ってるよりも厄介だろう。殺されてもおかしくないくらいに。それでも答えは変わらないのか?」

「うん」

「そうか。覚悟は決まってるんだな。なら一つだけ厳しいことを言っておく」


 ロイドくんは懐中電灯の明かりを消して立ち上がる。


「──足手まといにだけはなるなよ」


 その言葉にふと笑みがこぼれる。

 ロイドくんはわたしをことをなんとなくでも分かってくると言った。

 それはね、わたしだって同じなんだよ。

 その言葉はそのままの意味で言ったんじゃない。なにか違う他の意味で言ったんだってことくらい。

 明かりを消した意味だって、きっと──

 これだけ一緒に行動してるんだ。なんとなくでもわかってくるよ。

 丸められた制服を持って立ち上がり、ロイドくんの背中に囁いた。


「──了解だよ」



          ◇



 旧校舎周りの森林には一ヶ所だけ広く空けた場所があるらしい。木々はおろか、雑草の一本も生えていない。元々何に使われていたのかはわたしの知識にはない。そんな場所があることを知ったのはついさっきだ。

 ロイドくんはそこまで死神を誘いこむと言う。そこに戦いにおいて有利な仕掛けを施しているのかと訊くも、人目につかず、戦いやすい場所だからという理由だった。

 なぜその場所だけ木が生えていないのか、という疑問はロイドくんにとっても同じだった。そんなこと俺に分かるか、と言われてしまった。



 追ってくる死神の気配を捉えながら全力でその場所まで走り抜けたわたしたち。

 二人同時に振り返るとそこには確かに気配の主がいた。

 しかし今こうして対峙すると、それをどう説明すればいいか分からなくなる。

 あれが死神だと言われてもはっきり言って信じられないくらい。

 もっといい表現があったのではと疑いたくなるような存在。

 出てきた感情は恐怖より先に、疑問だった。

 その姿はまるで──


「──まるで、煙の塊だ」


 死神と呼ばれるそれは想像していた姿と大きく外れていた。もくもくと真っ黒な煙が浮遊する。

 隣にいるロイドくんは煙を睨んだままだった。


「目を逸らすな。あれは死神だ」


 そう言われてから思いだす。目の前の意味不明な存在は多くの人を昏睡状態に陥らせた災害であることを。本来なら一瞬たりとも気を抜くことは許されなかったはずだ。

 それでも頭の中にある疑問と言う名の雑念がわたしの思考を妨害してくる。どうしても訊かずにはいられなかった。


「ロイドくん。あの煙が死神だって言うの?」


 ロイドくんはこちらを見ずに言う。


「煙? そんなこと誰が言った。前に言わなかったか? 死神は黒い煙を身に纏う人の形をした化物だって」

「言ってなかったよ」

「そうだったか。なら、まだ煙だけの状態の内に説明を」


 そこで言葉を区切り更に警戒するロイドくん。

 煙の内側から何かが出てこようとしていた。

 その何かを見てだろう、ロイドくんは「いや。これは実際に見る方が早いな」と言ってから続ける。


「戦闘態勢に入れ。そろそろ来るぞ!」


 その瞬間だった。

 黒い煙は弾け、魔力の塊が放たれる。

 突風のごときその放出に目を瞑る。

 そして再び目を開ければ。


「……え?」


 息を呑む。

 目を丸くする。

 それは煙の時と同様に浮遊していた。

 黒の傷んだローブ。骨の頭と腕。ローブの下からは足ではなくもくもくと黒い煙が発生している。

 そして、構えられた身の丈ほどの巨大な鎌。これが。


「──これが、死神」


 そのおぞましい容姿。人でない人の形に怖れを抱き一歩下がる。


「ティア、怖れることはない」


 ロイドくんが肩を軽く叩く。

 優しい顔でこくりと頷く。

 そうだ。怖れることはない。

 この目でしっかりと姿を捉えているんだ。

 以前のように姿が見えないことへの不安はない。

 それに今は一人じゃない。

 隣にロイドくんがいることがわたしにとって大きな支えになってくれている。

 目の前の死神を倒す。

 この事件に終止符を打つため、ここでその第一歩を踏み出すんだ。


「行こう、ロイドくん!」

「ああ、了解だ!」

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