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旧校舎・暗闇の大講堂②

 旧校舎は一種の館のような外見だった。

 しかし古い建物ということもあり壁にはひびが入っている。そしていくつものツタが這っている。もし夜であったなら、さぞかし妖しい雰囲気を醸し出していたことだろう。


 旧校舎の中へと足を踏み入れる。中には灯りがなく窓は汚れで曇っていることもあり少し薄暗い。外から入ってくる弱い光だけが校舎の中の構造を示している。

 ここでわたしは肩に掛けた鞄を体の後ろから前に移動させ中のあるものを探す。そして、それを取り出しカチッとスイッチを入れる。取り出した棒の先から光が放たれ周りを照らした。


 そう、懐中電灯である。

 光を照らしながら辺りを見渡す。

 入り口の左右には奥に続く廊下があり、正面には二階へ登る階段があった。外から見たかぎりこの校舎は四階建てだろう。その奥にも扉があったのだがそれは錠が掛けられていて通れそうにない。

 床には埃が積もっていて、後ろを見ればわたしたちの歩いてきた足跡がしっかりと残っていた。そしてコンクリートの壁、天井の至るところで塗装が剥がれ落ちている。

 これだけでこの場所、この空間が何年もの間使われていないことがわかる。


「どうする? ここは広いぞ。一緒に探すか? それとも手分けして探すか?」


 ロイドくんの問に「当然手分けして、でしょ」と答える。

 時間に余裕がないわけではないが、できればレンちゃんとニコルちゃんが部活から帰ってくるまでには寮に戻っておきたかった。


 もし寮にわたしがいなければ、わたしがどこにいるのか調べられる可能性がある。それ以上に彼女たちに心配させてしまうかもしれない。

 しかしながら魔術の痕跡が感じとれない。ここには何も無いのか。それとも儀式場があったとしても外部に魔力が漏れないように仕掛けを施しているのか。

「はい、これ」と言ってロイドくんに懐中電灯を渡した。


「あ、ありがとう。だが、手分けして探すならおまえも明かりが必要になるだろ」

「問題無し。もう一つ持ってるよ。しかもラジオ付きの大きいサイズ。ラジオの部分は壊れてるけど」


 鞄から取り出した懐中電灯は三十センチメートルほどの大きな物だ。ロイドくんに渡した物より明るく照らしてくれるが、ずっと持ち上げていると腕に少し負担がかかるのが欠点だった。

 重いそれを手に持ち、笑って答えるわたしをロイドくんは訝しげに見る。まあ、それは当然だろう。


「おまえ、それはどういう仕組みだ」


 ロイドくんに渡した懐中電灯とわたしの手にするそれの大きさを合わせると肩に掛けた小さな鞄にはギリギリ入るくらいなのだ。

 しかし──


「おまえの鞄、さっきからずっと空っぽのように見えていたんだが。小さい懐中電灯だけならまだしも二つ合わせて入れておいてそんなことは起こらないだろ」


 ロイドくんはわたしを指さして言う。


「これがおまえの能力か?」


 それは紛れもなく正解だった。


「ふふ、よく気付いたね」


 無邪気そうに笑うわたし。


「わざと気付かせたんだろ」


 ロイドくんは笑わなかった。


「あれ、わざとって分かったの?」

「あからさますぎるだろ」

「うう。まあ、そういうことなんだけどね。バレるとちょっと恥ずかしいな。わたしの能力は──」


 明かそうとしたところでロイドくんにちょっと待て、と遮られる。


「俺が一発で当ててみせよう。外れたら俺が主に使用する魔術を教えてやる」


 そう言って考え始める。

 話し始めると時間がかかりそうだ。同じ場所に長時間とどまることは得策ではないと思いとりあえず奥の扉は後回しにして一階の部分だけは教室を一つ一つ一緒に廻っていくことにした。

 それにしても機会を見てロイドくんの戦闘時に使用する魔術を知っておきたかったから、これは丁度いい。正解しても教えろ。


「分かった。物体を自由に透明化させることができる能力、もしくは物体の大きさを自由に変えれる能力、かな。だが自由に姿を消させるだけなら鞄は大きいままのはず。おそらく後者だろ。鞄から出す直前に元の大きさに戻して俺に手渡した。これでどうだ?」


 その答えにわたしは無言で胸の前で腕をバツ印に交差させた。つまり外れ。


「そうか、残念だ。じゃあ俺の魔術の教えるよ」


 そう言って手のひらから火の玉を発した。


「炎だ。以上」

「おい」


 ずいぶんと簡単に明かしちゃうんだね。それでいいのか。

 その後さらに加えて説明してくれた。要点だけをまとめるならば、ロイドくんは近距離での戦闘を主としているということだ。腕に炎を集めて直接相手に叩き込むのだとか。

 少し危険性が上がるがその方が自分に合っていると。時には炎を飛ばして遠距離で戦うこともあるらしい。解りやすいだろ、と自慢気に言って締めた。


 ロイドくんの説明(それに雑談を含む)を終えた頃には旧校舎一階東側の探索が終了した。職員室、保健室、そして学園長室らしき部屋があった。

 しかし、どこも変わったことはなかった。放置された机や棚にはどれも埃が被っていて誰かが触った形跡はない。そして魔力の痕跡も感じとれなかった。

 一旦昇降口に戻って次は一階西側を調べに行く。


「結局、おまえの能力ってなんなんだ。まさか物体を自由に消せる方だったとか?」

「それは自分で違うって言ったじゃん。わたしの能力はね、実はその答えに結構近かったんだよ。ちなみに大きさを変えるのはできないから」


 そして次はわたしが説明を始めた。




 能力に名称はないけれど、あえてつけるとするなら『隔離空間』かな。

 いつでもどこでも自由に作り出すことができる異空間。任意の位置に大きさや形を指定して配置するの。

 それは外から中に干渉できず、その逆にしても同様。つまり隔離空間を配置した場所に人が通ったとしてもそれにぶつかるようなことはない。


 作れる空間の限界として体積はおよそ百立方メートル。数は大きさに限らず三つでそれを超えると安定せずに消滅してしまうんだ。

 そして当然、外界とは隔離されているために空気の出入りがない。つまり人は長時間入れないということだね。

 故に主な使用法として倉庫がある。その名の通り中にさまざまな道具を保管して自由に出し入れできる。


 さっきの懐中電灯を一つの例とすれば、ある場所に隔離空間を配置し、そこに保管している懐中電灯を別に作った出入り口から取り出したという仕組み。

 ただしその出入口、どこにでも作れるわけではないの。

 まずは隔離空間に直接設置できることは当然として、そこ以外の離れた場所は意外と難しい。うまく接続ができないんだよ。


 今は物を出し入れするというイメージから鞄の口が一番安定して作れているんだけどね。これに関しては今後の成長次第でどこにでも作れるようになるかもしれないと思ってる。


 一見便利な能力に聞こえるかもしれないけど、はっきり言って戦闘には向いていない能力だと思う。どんなに強い武器を揃えたとしても自分自身が弱ければどうしようもないから。武器を出す前に攻撃されたらその時点で終わりなんだよね。


 更に今は鞄の口の大きさを越える物体の出し入れはできないという弱点もある。

 そんな感じで他の魔術師や能力者のように異能の力に頼った戦いはわたしには出来ないんだ。

 以上で説明終了でございます。




 わたしの説明(それに雑談を含む)を終えた頃に西側の探索も終った。

 東側と同じく特に変わったものは見られなかった。

 再び昇降口まで戻りでその後の方針をたてる。


 それでわたしは西側を、ロイドくんは東側を担当することとなった。

 その後ロイドくんと別れてから一時間ほどかけて二階、三階、四階と一通り教室をまわる。しかし、魔石であったり儀式場であったりそういう物騒なモノは見つからなかった。


「四階まで来てみたけど、何もないじゃん。ロイドくんの方はどうなんだろう」


 旧校舎四階の一番奥の教室で一人嘆いていた。

 思い返してみれば、埃を踏みつけてできた足跡すらわたしたちのもの以外無かったはず。ということはここ最近、人の出入りがなかったと考えていいということになるだろうか。


「もう戻ろう……」


 と囁く。しかし見落としは避けたかった。もう一度見てまわろうかと考え教室を出ようとする。その瞬間、不意にそれよりも優先して行かなくてはならない場所を思い出した。


 ここに来て一番最初に確かめたいと思った場所。

 一階昇降口の奥にある施錠された扉の先。

 まだそこが残っている。


 扉の先には何があるのだろう、と出ようとしていた教室にもう一度入り窓際まで歩いていく。

 わたしたちが歩いてきた方向とは逆の方向。窓から見下ろした先には旧校舎までの道と同じような草の生い茂ったタイル張りの道があった。


 その道を目で辿ろうとするも、すぐに木々の集団で隠れてしまった。しかし、だからと言ってその先に何があるのか分からなくなったわけではない。

 森と言ってもいいようなその場所のなかに一つ、大きな建物の屋根が見えた。


 あれは何だろう。教会だろうか。もしかしたら体育館かもしれない。旧校舎から一直線に伸びたタイル張りの道はおそらくあの建物の入口まで繋がっているのだろう。

 早速その場所に行くために一階まで降りることにした。ロイドくんを待った方がいいのかもしれないが、すぐに戻ってくれば大丈夫だろう。


 しかしどうする? あの扉の鍵は当然持ってないし、ある場所も知らない。

 では、壊そうか? いやいや、たとえ今にも壊れそうな建物だとしても自分から壊すのはやめたほうがいい。

 さて、どうしたものか……


 ──と真剣に考えてしまったが、結局のところ考える必要すらなかった。考えるだけ無駄なことだった。

 鍵がないなら使わなければいい。扉をぬけて進まなければならない制限なんてどこにもない。

 一階まで降りると施錠された扉へは向かわずに、扉の隣の部屋、生徒会室と札の掛けられた教室に入った。そして──


「窓から出ればいいじゃん」


 部屋の奥へと歩き、窓の鍵を開けスライドさせる。

 そして飛び越えた。

 さっきから普段なら注意されるようなことばかりしている気もする。いつか一気にその報いが襲いかかってきそうで怖くなってきた。


 足下に気をつけて木々に覆われた薄暗いタイルの道を歩いていくと、そこにはやはり大きな建物が存在していた。

 それを視界に捉えた瞬間だった。


 何か威圧感のようなモノを感じた。

 それは建物に近づくにつれて強くなっていく。

 目にしてはいなくても、確かにそこには何かがあると感じとれるくらい。


 ドク、ドク、ドク。

 次第に心臓の動きが早くなる。

 息遣いが荒くなる。

 ついには目眩がして気分が悪くなってしまった。


 ──ダメだ、ダメだ。

 落ち着け、わたし。まだここに何かがあると決まったわけじゃない。

 建物の大きな扉の前で一度立ち止まり、自分の頬を両手で軽くぱしっと叩く。


「よし!」


 深呼吸をして、扉の取っ手を引こうとした。


「──え?」


 突然起きた奇妙な現象に息を呑む。

 どういうことか扉が独りでに動きだしたのだ。それは錆びついているのか、きいきいと嫌な音をたてながら開いていく。そして──



「あれ、おまえも来たのか」



 中から出てきたのはなんとロイドくんだった。

 彼の姿を捉えた瞬間、わたしを取り巻いてた威圧感が消え去った。


「やけに息遣いが荒いな。走ってきたのか?」

「あ、うん。走ってきたんだ」


 嘘だった。ここに近づくことにちょっとした恐怖を感じたことが原因だなんて恥ずかしくて言えない。


「そんなことより、何でロイドくんがこんなところにいるの?」

「時間が余ったからだ。俺が校舎の東側の調査を終えた時、おまえはまだ二階の調査が終わったところのようだったからな。おまえが終わるまで暇だったんで調査中に見つけたこの建物を調べておこうと思ったんだ」


 ロイドくんが四階までの調査を終えた時にわたしはまだ二階だった?

 わたしってそんなに調べるのが遅かったの?

 ロイドくんの二倍は時間がかかってるってことになるじゃない。できれば手伝ってほしかったかも。


「わたしを手伝おうとか思わなかったわけ?」

「そう思いもしたんだけど、おまえにもプライドってものがあるかなって思って。だからむやみに手伝うのは良くないかなって思ったんだんだよ」


 そうなんだ。一応ロイドくんはわたしのことを考えての行動してくれたわけか。

 それでも声をかけるくらいはしてほしかったかも。そういうところにはあまりプライド持ってないから。

 追求したい気持ちもあるけれど、今は置いておこう。ロイドくんにもきっと考えがあってのことだろう。言葉通りの意味に捉えてはいけないこともあるだろうから。


「……うん。理由は分かった。それで?」


 ロイドくんは首を傾げて「それで?」とわたしの言葉を復唱する。


「それで、だよ。ここで何か見つけた? ほら、儀式場とか魔石とか普通は無いはずのものがあったりとかしなかった?」


 そのわたしの問にロイドくんは首を横に振る。


「いいや、そんなものは何も。おまえの方ははどうだった?」

「わたしの方も何も」


 そう言ってお互いにがくっと肩を落とす。

 とりあえず念のためにと思って扉を閉めようとするロイドくんを止めて中の暗闇を懐中電灯で照らした。


「何か気になることがあるのか? 何なら一緒に見てみるか」


 そうロイドくんに提案されるも「いや、いい」と拒否して懐中電灯の明かりを消した。


「今日はこの旧校舎付近の森をまわってから帰ろ」

「──そうだな。そうするか」


 そうして、今度こそ謎の建物の扉は完全に閉ざされた。

 見落としはないだろう。しっかり確認したはずだから。

 ここでも何も成果が得られなかったのは残念だったけれど、もし無いのなら無いでそれを確認できただけ良かったと考えればいい。



          ◇



 その後、わたしの用意した軍手を手にして旧校舎の敷地を後にすることにした。

 来た時と同じようにまずロイドくんから旧校舎の門をよじ登っていく。そして躊躇いなく飛び降りたロイドくん。続いてわたしが門をよじ登ろとして上を見上げる。


「ねえ、ロイドくん。今何時か分かる?」

「え? ああ、ちょっと待ってくれ」


 汚れた軍手を外してから袖をまくり腕時計を確認するロイドくん。


「今は……三時半ごろだな。どうした? 急ぎの用でもあるのか?」

「ううん、何にも。ただ友達が部活から帰ってくるまでには寮に帰っておきたいなって思って」


 そう言って門の格子を掴む。その瞬間。



 ──ピシッ



「──?」


 何か違和感を感じた。

 わたしの真後ろから突然現れた妖しい気配。邪悪な禍々しいそれ。

 気付き振り向こうとするより先にロイドくんがこちらを見て叫んだ。


「ティア! 後ろだ、避けろ!」


 言われるがままに横に跳んで後ろの何かから避けようとする。

 しかし遅かった。背中に刃物で斬られたような強烈な痛みが走り、意識が朦朧とする。


 意識を失う前に見た風景。それは蒼く染まった晴天とわたしを抱えて逃げるように走るロイドくんの姿だけだった。

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