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子供の秘密基地は大人にバレてるものである

「それじゃあ、何か思い出したら市庁舎の方に電話でもしてくれ。《軌道エレベーター関連事業対応室》の防人といえば伝わるはずだ」


 そう言い残して、防人(さきもり)の運転する黒塗りの乗用車は校門の外へと出て行った。

 それを見送って首のマフラーの位置を直す(はしる)


「………」


 防人から聞いた話を頭の中で反芻する。だが思い出すのは、レオ美に助けて貰えなかったということだけだ。

 一瞬でもレオ美を頼ろうとした自分が馬鹿だったと、走は自分自身の判断を後悔する。


「走ちゃん!」


「うわぁああ!」


 ブツブツとレオ美への文句を呟いていた走は、突然肩を叩かれて飛び上がらんばかりに驚いた。


「ど、どうしたんですか、走ちゃん……?」


「――なんだ、海月(くらげ)か。脅かすなよ」


 自分の肩を叩いた相手を見て、走はほっと息を吐いた。

 いつの間にか背後に立っていた海月は、走の過敏な反応に目を丸くしていた。


「皆と一緒に帰ったんじゃないのかよ」


「一旦は帰ったんですけど、走ちゃんが心配で戻ってきたんです」


「……別にお前に心配されるようなことはないよ」


 幼馴染みの登場に、強がるだけの余裕が湧く。馬鹿みたいに驚いたことが恥ずかしくて、走はさっさと歩き出した。


「あう、待ってくださいよぉ」


 自分を置いていく走を慌てて海月は追いかけた。


「走ちゃん、怪我とか大丈夫ですか?」


「怪我? 別にそんなのないけど……」


「そうですかぁ、それは良かったのです」


 心底嬉しそうな顔をする薄眉の少女。

 そんな海月と並んで、学校の外へと出る。

 そこで走は海月が《ロボット面犬》相手に、かなり無茶なことをしていたことを思い出す。


「お前、さっきみたいな無茶はもうすんなよ」


「無茶……ですか?」


「さっきのだよ。なんか犬みたいな顔みたいな……考えもなしに飛び出したじゃないか危ないだろ!」


「でも、あれは走ちゃんが危なかっただからで……」


「でもも何もない! 止めろったら止めろ!」


「あう」


 怒鳴られて海月はしゅんと項垂れた。自分が危険なことをしたという自覚がないのだろうか。天然な幼馴染みの反応に少年は苛立つ。

 ちょっと言い過ぎたかなと思わないでもない。助けようとしてくれたのは事実なのだ。

 だが海月にはこれぐらいキツく言っておかないと、また同じことをしそうだとも思う。


「あれぐらい、自分で何とかするから」


 マフラーの上から、首に巻かれた鉄の輪をなぞる。昨日のあの力――レオ美や防人の言うところの《超能力(タレント)》さえ使えれば、あんな《ロボット面犬》など敵ではないはずだった。


「――なんだよ」


 ふいに引っ張られる感覚がして、走は鬱陶しげに振り返った。

 海月が、走の学生服の袖を掴んでいた。視線を向ければ、海月は不安げな様子で走のことを上目遣いに見上げていた。


「……走ちゃん、走ちゃんは私を置いてどこかへ行ったりしないですよね」


 その顔はなぜか泣きそうだった。

 瞬間、レオ美の顔が脳裏を過ぎる。


「……誰があんな薄情者についていくかよ」


「?」


 走の聞こえるか聞こえないかの呟きに海月は首を傾げた。その頭を走は半ば叩くようにして撫でる。


「大丈夫だよ、俺はどこにも行かないし、どこにも行く予定はないって」


「――そうですか、だったら安心ですね」


 泣きそうな顔から一転、海月は満面の笑みを浮かべる。コロコロと変わる表情に走は苦笑する。

 ……やはり、海月を巻き込むわけにはいかない。


「じゃ、俺寄るところあるから、先に帰ってて」


「でも走ちゃん――」


 海月の返事を聞かずに一人、別の道へと入る。一緒に行動していては、またいつあの《ロボット面犬》に襲われるか分からないからだ。

 防人の銃撃で逃げた《ロボット面犬》だが、逃げただけで自分のことを諦めたとは思えなかった。


                 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「幼馴染みを巻き込まぬように一人で行動するなんて、なかなか格好いいところがあるじゃないか」


 走の考えを読んだようなことを言う。

 走が入った路地の先、そこに走と海月が別行動するのを待っていたかのようにレオ美が仁王立ちで立っていた。

 相変わらずのメイド姿だ。


「………」


「……おりょ、無視ってわけ?」


 走は黙ってその隣を通り抜けた。その背後をレオ美がニマニマとした様子で追いかけてくる。


「もしかして、助けなかったの。まだ怒ってるのかな?」


「……別に。付いてくるなよ」


「嫌だ。私もこっちに用があるんだよ」


 見え見えの嘘に、走は舌打ちして近くの曲がり角を曲がった。更に二度三度と角を曲がる。

 それでもレオ美は走の後ろをぴったりとついて離れない。


「何か用?」


 溜まりかね、走は立ち止まった。レオ美を睨む。


「はい、これ」


 その目前にずいと風呂敷に包まれた弁当箱が差し出された。


「……何だよ」


「お弁当。人がせっかく作ったんだから、ちゃんと食べな」


 まさか、それだけのためにこうして自分の前に現れたのか。そんなわけもないことを疑ってしまう。

 少し考えて、走は弁当箱を受け取った。


「これで用は済んだろ、だったら早く帰れ――」


「よし、せっかくだから見晴らしの良い場所に行こう」


 最後まで走の話を聞こうともしないのだ。

 レオ美は走の返事も待たず、その腰に後ろから手を回した。


 次の瞬間、走の体は空中にあった。


「うわうああああああああああ!」


 走の悲鳴が尾を引いた。刹那の間に、レオ美と走は空高くへと上昇していた。片手に走を抱えていることなど感じさせない軽やかな跳躍だった。


「走君、お弁当を落とすなよ。あと、口を開けてると舌を噛むぞ」


 レオ美が暢気な様子でそんなことを行っていたが、それに答える余裕はない。

 走は慌てて叫んでいた口を(つぐ)んだ。


 レオ美はピョンピョンとジャンプを繰り返し、学校の裏山へと入っていく。枝から枝へ、まるで重さを感じさせない動きで飛び移る。

 完全に重さという概念が消失していた。


 何度もジャンプを繰り返す内、走にも周囲に気を向ける余裕が出てくる。

 そこで走はレオ美の耳にズラリと並んだピアスが僅かだが光っていることに気がついた。指に嵌めた指輪も同じく輝いている。


 もしかして、この驚異的なジャンプ力はこの光に関係があるんじゃないか。そんなことを走は何となく思った。


「よし、ここなら見晴らしもよく最高だろう」

 どの程度の距離を移動しただろうか。そう言ってレオ美が最後に着地したのは、鉄骨の上。

 学校の裏山の中腹に生える鉄塔。それは走が密かに心落ち着ける場所としている秘密基地だった。


「……お前、分かっててやってんのか?」


「んー、何が?」


 レオ美の表情からは真実が読み取れない。仕方なく走は鉄骨に腰を下ろした。

 なんだか大切な場所が汚されてしまったような気がして憮然とする。


 その膝の上にレオ美が弁当箱を乗っけてきた。

 風呂敷包みを解いて、恐る恐る弁当箱の蓋を開ける。今朝の魚だか哺乳類だか分からない謎の生物の料理が頭に過ぎったのだ。

 最悪、何かが弁当から飛び出してくる可能性すらある。


「――あれ?」


 拍子抜ける。予想に反してそこにあるのはごく普通のお弁当だった。

 弁当箱の半分には白い御飯が詰められて、もう半分にはコロッケなどのおかずや野菜、兎に見えるように切った林檎まで入っていた。


 走はレオ美と弁当箱の中身を見比べる。どうしても、これがレオ美の作ったものとは思えない。


「何、鳩が鉛弾喰らったような顔をしてんだよ」


「……いや、それ死んでるから」


 惰性でレオ美のボケに突っ込みを入れつつ、走は恐る恐るお弁当に箸を伸ばした。

 もしかしたら、普通なのは見た目だけで味はとんでもないことになっているという可能性もある。


 慎重に、どんな刺激が口の中で展開されようといいように覚悟してコロッケを口の中へと放り込む。


 咀嚼する。


「……おいしい」


 驚きと共に感想を漏らす。当然ながらコロッケは冷えていたが、それでも十二分においしい。

 その時、急に走は自分の腹が減っていることに気が付いた。そういえば昨日の夜も、今日の朝も何も食べてない。それに気付くと、もう我慢できなかった。


 ガツガツと目の前の弁当に齧り付く。


 そうして、あっと言う間に平らげてしまった。正直、まだまだ満腹には足りないぐらいだ。


「帰ったら晩御飯もあるからね。今はそれぐらいで我慢しておきな」


 そう言って、走が弁当を食べるのを黙って見ていたレオ美が、どこから取り出したのか温かいお茶の入ったカップを差し出してくる。


「走君、昨日も今朝も御飯食べてないだろ。きっと給食だけじゃ物足りないと思って作ってたんだけど間に合わなくて」


 お茶の温かさが寒くなってきた気温に冷やされた体に染み渡る。それだけのことで、何だかレオ美のことを許してしまいそうになる。


「昼間は悪かったね。助けてあげなくて」


 ギクリと、心を読んだようなタイミングで出た話題に走は危うく鉄骨の上から落ちそうになった。

 レオ美は妙に柔らかい表情でそんな走を見詰める。


「でも私は走君には《超能力(タレント)》の力を自由に使えるようになってもらいたいんだ」


 だからあえて助けなかったのだとレオ美は言いたいのだろう。だがそんな理屈で危うく死に掛けたことが納得できるわけもない。


「なぁ、《超能力開発機構(プロダクション)》って何なんだよ。レオ美は俺を一体どうしたいのさ」


 ――一緒に宇宙に行かないか、なんて言われても実感など湧かない。

 その問いにレオ美は少し考えるように顎を撫でる。風に彼女の黒い髪が揺れる。


「んー、今朝夢を見せただろ?」


「あー、あれか」


 今朝の妙に鮮明な夢を思い出す。


「なんなんだよアレ。勝手に人に変な夢を見せるなよ」


「走君に私らの仕事を分かりやすく見せようと思ってね」


「あれが仕事かよ」


 何だか青い髪の少年と、見るからに分かりやすい怪物が闘っていたことを思い出す。

 にっとレオ美は笑う。


「そうさ。人々を苦しめる怪物を倒したり、普通の人間では到達困難な銀河の深遠を探索したり。自分に備わった《超能力(タレント)》を最大限に育て活かすことが私等の目的さ」


「えー……?」


 そう語るレオ美に、走は不審気な目を向けた。その内容と今までのレオ美の行動が吊り合っていない。

 だが当の本人は走のそんな疑念をまるで物ともしない。腰を下ろした状態から、体のバネを使ってひょいと鉄骨の上に立ち上がる。


「そんなわけで走君に、これから《超能力(タレント)》の使い方をレクチャーしてあげようじゃないの」


「……別にいいよ」


「いいからいいから。別に使えるようになって困るようなもんでもないんだから」


 ――実際、その力が使えるからレオ美や《ロボット面犬》に付き纏われて困ってるんだが。

 そう思ったが、レオ美にそれを言ってもどうせ聞く耳を持たない。


「まず大事なのは集中すること。自分なら《超能力(タレント)》を使えると心から信じることだ」


 勝手に説明を始めるレオ美に、走は溜息する。適当に付き合ってやるかという気分で、空になったカップを脇に置いて立ち上がった。


 その時だった。


 ――オオオオォォォォォオオン!


 山に、遠吠えが木霊した。

 次の瞬間、山の木々の向こうから遠吠えのような声が響いた。

 木立が揺れ、何かが高速でこちらに近付いてくる。


 現れたのは《ロボット面犬》。その装甲は一体何があったのかピンク色に染まっていた。

《ロボット面犬》は鉄塔を囲っているフェンスを軽々と飛び越え――そのまま走達がいる鉄塔の根元に体当たりした。


 鉄塔が揺れる。


「うわあっ」


 丁度、立ち上がりかけていた走はその揺れにバランスを崩す。必死に体勢を保とうとするが、右足が何もない空間を踏み締める。


 落ちる。


「走君!」


 レオ美が手を伸ばす。走はその手を掴もうとした。


 だが。

 握ろうとした手はすり抜けて、走の体は地面に向かって真っ直ぐに落ちていく。

 眼下には《ロボット面犬》。落ちてくる走に食いつこうと、口を大きく広げて待っている。

 回転するドリルの牙。そこに落下したなら、走の体はズタズタに切り裂かれるだろう。


 ――死。


 それが目前に迫る。


 ――まず大事なのは集中すること。自分なら《超能力(タレント)》を使えると心から信じることだ。


 先程、聞いたばかりのレオ美の台詞が脳裏を過ぎる。

 走はかっと目を開いた。集中し信じる。――あの力があれば、こんな状況は何とでもなる。


 そう強く信じる。

 アレは自分自身の力だ。使えるのが当然なのだと。


 光が溢れた。

 マフラーの間から、純白の輝きが。その輝きが走の髪をその光の色へと染めていく。


 世界が停滞する。


 引き伸ばされる感覚。鋭敏化する感覚。時間の流れが鈍化し、同時に自分が落下する高さに対する恐怖が薄れる。


超能力(タレント)》の発動。しかし、それによって身体能力が強化されても空を飛ぶことはできない。

 このままでは《ロボット面犬》の牙に貫かれる未来は変わらない。


「ああああああああああっ!」


 ――走は叫んだ。腹の奥から全力で。

 その裂帛の気合と共に、走の体から光の奔流が放射される。


 光の爆発。圧力を伴う光の衝撃波に《ロボット面犬》が弾き飛ばされる。


 ズダンッ。


 だが光を放つことに集中していた走は、そのまま受身も取れずに地面に激突した。

2112年はお世話になりました。

来年もどうぞご愛顧下さい。

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