城内の攻防
増すばかりの雨脚に全身を濡らされ、重くなった服が体に張り付く。
城内に侵入すると言っても、真正面から突入するわけにもいかない。今、隠密行動の得意なレインに進入経路をさがしてもらっているのだ。
その間デュライア達は、城の近くにあった空家に身を潜めていた。
家と言っても、一部屋に暖炉と台所があるだけの簡素なものだが。
「・・・・・・もー、服が濡れて気持ち悪い・・・・・・」
リスリナがさも迷惑そうに呟く。
しかも、初夏とはいえ、気温が下がっているなか全身ずぶ濡れになれば肌寒い。
全員が今すぐ帰路につきたいと思っていた。しかし、そういうわけにもいかないので、文句を言うにとどまっている。
「早くレインがもどってくれば良いんですが・・・・・・」
レインが、湿った服を不快そうに引っ張りながら呟く。
ふと窓から外を見れば、雷の光が窓を刺した。
まだ音は聞こえないが、直に近づいてくるだろう。
「雨ってあんまり好きじゃないわ。じとーっとしてて。」
レーナも眉をひそめている。
いよいよ雨脚は強くなり、地に叩きつける雨音が煩わしく感じられはじめた。
空を覆う黒雲はさらに厚さを増し、昼間だというのに、部屋の中は夜のように暗い。
「俺も・・・・・・。雨は嫌いだな・・・・・・」
再び光った雷にも気づいていないかのように、感情の見えない瞳で外を眺めながらデュライアが呟く。
どこか遠くをみているような、そんな表情だ。
「・・・・・・・・・」
四人の間に微妙な沈黙が降る。
彼の言葉でなにやら重くなった空気を払拭するように、レーナが口を開いた。
「でも、確かヴァイアは嫌いじゃないって言ってたわよね。雨。」
「ああ、うん。独特の静寂が好きだとか何とかー。詩人か、ってね。」
「でも僕も、降り始める前の匂いは好きですよ?」
リスリナとクラウドが、待ってましたとばかりに応じる。
二人とも、暗い空気を打破する糸口を探っていたのだろう。
レーナはそんな二人に苦笑を返し、話の方向転換を試みる。
「もうレインが行ってから三十分くらいたったし、そろそろ帰ってくるんじゃない?」
半ば希望的観測であるが、とりあえず会話が続けば何でも良かった。先ほどから全く喋らなくなってっしまったデュライアをちらと横目で見ると、相変わらずさざ波ひとつ立たない瞳で窓の外を眺めるばかりである。
その顔が少し哀しげに見えたのは、悪化し続けている天気ゆえだろうか。
いつまでも人の顔を凝視しているのも失礼な気がしたので、リスリナとレインに視線を戻す。と、ちょうどリスリナが口を開いた。
「そう願いたいわ・・・・・・。」
レーナの言に一言そう応えるリスリナの表情があまりにも真剣だったので、デュライアを除いた二人が思わず盛大に吹き出す。
「・・・・・・・・・なによ。」
「・・・っふふ、ごめんごめん。だって、すっごい真面目な顔して言うから・・・・・・っ」
レインはツボに嵌ってしまったようで、腹を押さえて悶絶している。
「案外、ガイたちの方が俺らに追いついてくるかもしれないぞ。」
話に乗ってきたのは、なんと空気を重くした張本人のデュライアだった。
先ほど曇っているように見えた表情は、今はその影もなく、整った顔には笑みが浮かんでいる。やはりこちらの気のせいだったのだろう。
ほっと安堵の溜息をつき、デュライアに応える。
「それならそれで、人数が増えていいんだけど。」
「・・・・・・というか、そっちの確率の方が高いですよね?」
やっと笑いから立ち直ったらしいレインが、涙目で会話に参加してきた。
「何でもいいから素早く迅速に仕事を片付けて後を濁さず発ちたいわ。」
「基本ですね・・・。あのさリーちゃん、相当イライラしてますよね?」
「当然じゃない。」
リスリナの全くもってぶれない言動に、知らず苦笑がもれる。
「まぁ、沸点低くなるのもわかるけど。」
「こんな天気のうえにずぶ濡れじゃあなぁ。」
そこでレーナはふと、デュライアの性格が想像より温和なことに気づいた。シャオに連れられてきたときは、もっと冷たい印象だったのだ。
人は見た目で判断するべきではないなぁと思う。
「ちょっと外の様子見てくるわ。」
といっても、歩いて数歩のところに扉があるので、皆の前から消えるというわけではないのだが。
扉の前まで行き、古びた鉄製のノブに手をかける。ひんやりとした冷たさが冷えた体には不快だった。
その感覚に一瞬顔をしかめ、ノブを回して外開きの扉を開く。
途端に雨が降りこんできた。
雨脚は全く弱くなっていない。やっぱり開けなければ良かったと後悔しながら扉をしめようとすると、遠くからバシャバシャという足音が聞こえてきた。
最初は姿が見えなかったが、数秒後には二つの人影が見えた。
「噂をすればなんとやら、ね・・・・・・」
呟き、背後の三人にガイとヴァイアの到着を告げる。
「ほんとですか?」
「なんか進展した気分だわ。」
レインとリスリナが歩み寄ってきた。
「仕方ない。迎えにいってあげましょうか。」
「ですね。」
「うん。」
「あ、待て、俺も。」
いつの間にか雨音が気にならなくなっていたことに気づき、曖昧な苦笑が漏れる。
「怖いな・・・・・・。上手な嘘のつきかたも忘れていたよ。・・・・・・相手に対しても、自分に対しても・・・・・・」
そう呟いた横顔の微苦笑は、哀しげだった。
「はやく~!二人がどっかいっちゃうよ~?どーかしたのー?」
「あ、待てって。」
急いで後を追いかける。そんな彼の表情に、表情の曇りは微塵もなかった。
雨っていいですよね・・・。
音が好きですwww