街にて5
「やっぱり、思ってたより強いなぁ・・・お兄さん。」
シランがわざとらしく嘆息する。
そのおどけたような仕草に、ヴァイアは苦笑をこぼす。
「そんな心にもないこと言わなくていいんだよ?」
「え~?やだな、本当だよ?もっと弱いと思ってた♥」
「それは心外だなぁ。みんなの前で大見得きった手前、負けるわけにはいかないん
だけど。」
そう言う彼の額は汗ばんで、呼吸も微かにではあるがあがっている。
はっきり言って、ヴァイアは劣勢だった。
防戦一方というわけではない。が、押されているのは確かだ。このままではいず
れ、そう遠くないうちに負ける。
負けるということは、殺されるということだ。
「・・・それはちょっと、困るなぁ・・・・・・」
かといって、何か策があるわけでもないのだが。
「ん?何か言った?お兄さん。」
無邪気に見える容姿と言動からは考えられない突き刺すような殺気に、内心げん
なりしながらも、口元に乗せた笑みは決して消さない。
「別に?もう嫌んなっちゃうなぁ~、と思ってさ。」
「あはは。じゃあさっさと終わらせてあ・げ・るー☆」
「それは遠慮しとくよ。」
「そーお?」
「うん。だって、ここで死んだら相当かっこ悪いでしょ?」
「あはは。確かにそうだ・・・
刹那、シランが動いた。
ねっ!」
かなり開いていた距離を、一瞬で詰められる。
短剣での速攻を、自らの数メートル先で人形に防がせ、自身はシランの横にま
わった。無防備になっているであろうわき腹に向けて、威力よりもスピードを重
視した蹴りを叩き込む。その蹴りによって、少年の成長しきらない体が開き、僅
かに隙がうまれた。ヴァイアはその隙を見逃さない。ぎりぎりまでためをつく
り、最大限の威力の回し蹴りを、シランに向けて放つ。
しかしシランも簡単には当たってくれない。短剣をヴァイアの足と自らの間に
挟み込み、蹴りの威力を半減させる。小さな体は吹っ飛ぶが、すぐに体勢を立て
直し、ぐらつきもせずに着地した。
「だから痛いって、蹴り。」
「あはは。ごめんごめん・・・」
そう言うヴァイアの顔には、不敵な微笑が浮かんでいる。
「忘れてない?人形。」
彼の言葉とほぼ同時。
シランの背後にまわっていた人形が、大剣を横薙ぎにはらった.
「残念、たった今思い出したよ。」
彼はすかさずしゃがんで大剣をかわし、頭上の大剣を蹴り上げる。それと同時、
手に握られた短剣を迷いなく突き出す。
確実に命を狙ってくるシランの短剣を、ヴァイアは僅かに体をそらしてよけ、
そのまま後ろへ跳び、距離をとった。
ヴァイアの顔が一瞬苦々しげに歪んだのだが、なぜか次の瞬間には目を見開い
ている。
「どうかした?お兄さん。」
「いや、何でもない。」
否定ともごまかしともとれる言葉を発した口元には、本人にしかわからないほ
ど微かな笑みが滲んでいる。
シランに蹴り上げられたことで、人形の近くに転がった大剣を拾わせ、自らは
腰を落とし、攻撃態勢をとる。
「あれ、さっきよりやる気?お兄さん。」
「え?僕はいつでも何事にも全力投球だけど?」
今度はヴァイアが先に動いた。
シランの真正面に向かって、文字通り突進していく。
彼の人形も同様。シランの後方から、大剣を振り上げて襲い掛かる。
だが、その攻撃は、あまりにも。
「・・・単純すぎるよ。」
距離的に、ヴァイアがシランのもとにたどり着くまでに、数秒の猶予を与えて
しまう。それに、人形の攻撃もだ。上段から振り下ろすだけでは、簡単によけら
れる。
シランは、振り下ろされた大剣を涼しい顔でよけ、逆にそれで隙ができた人形
の手首に手刀を叩き落とす。それだけで、大剣は人形の手元から落ちた。所詮は
物。踏ん張りがきかない。丸腰の人形の腹に、思いきり蹴りを叩き込む。すると
人形は、簡単に吹き飛んだ。
その直後、ヴァイアがシランに襲い掛かる。ヴァイアの挨拶がわりのこぶしを
ひらりとかわし、振り返りざまの足掛けを、必要最低限の高さ跳躍してよける。
数瞬の滞空時間のちに着地し、すぐさまカウンターを見舞おうと短剣を握りな
おす。そして、反撃を開始しようとして・・・
-----------ドスッ
「僕が独りであんな無謀な攻撃を仕掛けるとでも?」
最期に聞いたのはそんな言葉。
徐々に闇に侵食されていく視界のなか、最期に見たのは、クランと闘っている
はずの茶髪の男と、自らの左胸に突き刺さった刃。
浮かんだのは、死への恐怖とか、そんなものではなく。
「・・・っじゃ、ぁ・・・クラ・・・ッは・・・・・・?」
負けたのか。自らの片割れは。
・・・死んだ、のか。
少年の体が、ぐらりと傾いだ。
「・・・兄・・・さ・・・・・・っ」
ドサリ。
ただただ、雨の音が耳の奥に反響していた。
ヴァイアとガイは数秒の間、無機質な瞳で少年の死体を見つめていた。
だがすぐに、彼らの瞳は感情を取り戻す。
人形をしまい、街の入り口へと歩き出す。
「いや、正直さ。ガイが来なかったら死んでたよ。」
へらっと笑ってとんでもないことを言うヴァイアに、半ば呆れた目を向けなが
ら、自分を殺されかけていたことを思い出す。
「あー、俺も危なかったんだよなぁ。ていうか一回死んだと思ったんだがな。」
「は?何それ。」
「・・・よくわかんね。はっはっはー。」
「・・・ガイの説明っていっつも要領を得ないんだよね。ていうか今日の場合、
説明にすらなってないけど。」
「・・・・・・前から思ってたんだけどよ。お前・・・俺に当たりキツくね?」
俺のが年上なんだけど。一応。
「年上=目上だと思ってる時点でだめでしょ。大事なのは能力だよ。」
「・・・どーゆーいみだそれはっっ!!!」
ヴァイアをじとっと睨みつけながら叫ぶ。
「わからない?僕の方ができる、って意味。」
「・・・てんめぇ・・・・・・っ」
「あはは。うそうそごめん。・・・ありがとう、助けてくれて。」
「・・・・・・」
ガイは一瞬、表情にわずかな喜色を滲ませた。が。
「・・・それで丸くおさまるとでも?」
「あはは。まーまー。すごい雨だね。」
「話をすりかえるなっ!」
ヴァイアは、人を殺した後、必ず無駄に元気だ。
というか、長く一緒にいるガイから見れば、完璧な空元気なのだが。
人を殺すのが好きな人間はいないだろう。だが、皆、慣れてしまった。ヴァイ
アも例に漏れず、慣れた。
慣れても、これなのだ。
そんなに嫌なら、闘わなければいいと思う。それはすごく困るが、咎めるもの
はいないだろう。
だがヴァイアは、決して、皆から離れようとはしなかった。
多分、すべての原因は。
レインが時々ひどく臆病になるのと同じ。あの日の古傷だ。
今日は雨のせいで、余計にひどいのかもしれない。
雨の中、水に溶け込み広がっていく赤黒い液体が脳裏に浮かぶ。
そんな思考を振りはらい、つとめて明るい声音で言う。
「すーーーはーーーっ。まあいい。急ぐぞっ!」
「はーい。」
すみません・・・(_ _lll)
受験が終わるまでは遅れそうです・・・・・・。
そして次回はやっとデュラの出番があればいいですねっ!