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悪役令嬢養成学院の落ちこぼれですが、何をしても善人に見えてしまいます!

作者: 山太郎
掲載日:2026/10/03

「おーっほっほっほ!」


 王立ローゼンベルク悪役令嬢学院、第三講義室。

 二十人の令嬢が一斉に背をそらし、高笑いを響かせた。

 窓ガラスがびりびりと震える。廊下を歩いていた用務員が、思わず首をすくめた。


「よろしい。皆さま、実に品のない、素晴らしい高笑いですわ」


 教壇で扇を鳴らしたのは、学院長のマダム・ヴィオレッタ。現役時代に十二回の断罪を経験した、伝説の悪役令嬢だ。


「では次。ミーナ・ハーゼル嬢」

「は、はいっ」


 私は立ち上がり、教わったとおりに背をそらして、手の甲を口元に添えた。

 お腹の底から、ありったけの悪意を込めて。


「お、おーっほっほっほ!」


 しん、と教室が静まりかえった。

 窓の外から小鳥が三羽飛んできて、窓枠にちょこんと並んだ。


「……ミーナ嬢」

「はい」

「なぜ、聞いた者の心がほっこりするのです?」

「わかりません……」


 前の席のセレスティーヌ嬢が、くすりと笑った。首席の彼女の高笑いは、植木の花をしおれさせると評判だ。

 私の高笑いは、つぼみを咲かせる。


   ◇


 この学院は、婚約破棄される役の令嬢を育てる専門学校だ。

 王侯貴族の婚約破棄には、断罪される悪役が欠かせない。けれど、生まれつき意地悪な令嬢はそう多くない。

 だから貴族の家々は、ここの卒業生を「悪役」として雇うのだ。


 高笑い、扇の扱い、取り巻きの従え方、冷たい流し目。

 私は、そのすべてで学年最下位だった。


「扇の実技、始めっ!」


 中庭に並んで、閉じた扇をぱちんと鳴らし、相手を見下すように広げる。

 そのとき、隣の子が日差しにあてられて、ふらりとよろめいた。


 私は反射的に扇を広げ、ぱたぱたとあおいでいた。


「大丈夫? 日陰に行きましょう。お水も持ってくるわね」

「ミーナ嬢!」


 マダムのこめかみに青筋が浮かぶ。


「扇は、人を見下すための道具です。人を涼ませる道具ではありません!」

「で、でも本来の用途はこっちじゃ……」

「減点!」


 放課後、セレスティーヌ嬢が氷のような目で私を見下ろした。


「あなた、どうしてこの学院にいるの?」

「……昔、断罪の場面を見たことがあるの」


 幼いころ、親に連れられていった夜会で見た婚約破棄。

 ざわめく人たちの真ん中で、一人だけ背筋を伸ばして、最後まで微笑んでいた悪役令嬢がいた。

 あんなふうに、誰に何を言われても堂々としていられる人になりたかった。


「ふうん」


 セレスティーヌ嬢は鼻を鳴らした。


「動機だけは、立派な悪役ね」


   ◇


 学院長室の前を通りかかると、マダムの独り言が聞こえた。


「……また、この注文。最近の依頼書は、どうなっているのかしら」


 ちらりと見えた机の上には、貴族の家々から届いた封筒が山積みになっていた。


   ◇


 卒業試験の日がやってきた。

 科目は、模擬断罪。


 大講堂に夜会の舞台が組まれ、来賓席には各家の採用担当がずらりと並んでいる。ここでの成績が、そのまま就職先になるのだ。


 王子役の男子生徒が、高らかに叫ぶ。


「ミーナ・ハーゼル! 貴様との婚約を破棄する!」


 ヒロイン役は、首席のセレスティーヌ嬢。か弱く震える演技まで完璧だ。


「貴様はこの令嬢に、数々の嫌がらせをしたな!」


 ここで悪役は、ヒロインに冷たく言い放ち、ワインをかけなければならない。

 私はグラスを手に取った。手が震える。でも、やるしかない。


 そのとき、気づいた。

 燭台の炎が、セレスティーヌ嬢の袖のレースに燃え移っている。


「えいっ!」


 私はワインを、思いきり彼女の袖にぶちまけた。

 じゅっ、と火が消える。


「……今の、わざと?」

「ご、ごめんなさい! ドレス汚しちゃった……弁償します!」


 来賓席がざわついた。

 次は、ヒロインを突き飛ばす場面。

 私が駆け寄ったその瞬間、頭上のシャンデリアの鎖が、ぶつりと切れた。


「危ないっ!」


 セレスティーヌ嬢を抱えて、床に転がる。

 背後で、シャンデリアが粉々に砕け散った。


 大講堂は、割れんばかりの拍手に包まれた。

 王子役まで、涙ぐみながら手を叩いている。


「……ミーナ嬢」


 審査席のマダムが、こめかみを押さえた。


「悪役の採点は、観客にどれだけ憎まれたかで決まります。あなたの得点は」

「はい……」

「零点です」


 私はうつむいて、舞台を降りた。


   ◇


 その夜。寮の部屋で荷物をまとめていると、扉が叩かれた。

 マダムが、封筒の山を抱えて立っていた。


「ミーナ嬢。採用の申し込みです」

「……え?」

「全部、あなた宛てです。四十二通」


 私は目をこすった。


「で、でも私、零点で……」

「読んでごらんなさい」


 一通目の封を開ける。


 求む、悪役令嬢。

 条件:断罪されるが、実は誰より心優しいこと。

 断罪後、隣国の王子に見初められ、溺愛される予定。


 二通目も、三通目も、同じだった。


「近ごろ王都では、こういう筋書きの婚約破棄が大流行りなの」


 マダムは、深いため息をついた。


「本物の悪人を断罪しても、もう誰も喜ばない。皆が見たいのは、冤罪で追放された優しい令嬢が、あとで幸せになる話なのよ」

「じゃあ、セレスティーヌさんたちは……」

「性根の悪い悪役令嬢の求人は、ゼロ件」


 廊下の向こうから、セレスティーヌ嬢がやってきた。

 手には、封筒を一通だけ握っている。


「わたくしにも、一件だけ来たわ」

「よかった! どこの悪役?」

「悪役じゃないわ」


 彼女は、ひどく不本意そうな顔で封筒を差し出した。


 求む、ヒロイン役の男爵令嬢。

 条件:か弱いふりをして王子に近づき、悪役令嬢を陥れる腹黒であること。

 最後に、盛大にざまぁされる予定。


「……今どきは、ヒロインのほうが悪者なんですって」


 マダムが、私の肩にそっと手を置いた。

 その背筋は、あの夜の悪役令嬢と同じように、まっすぐ伸びていた。


「十二回断罪されたわたくしでも、一度も溺愛はされなかったわ。時代が、ようやくあなたに追いついたのよ」


 私は思わず笑った。

 高笑いのつもりだったのに、やっぱりそれは、ほっこりした笑い声になった。


 窓の外で、夜なのに小鳥がさえずった。



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