悪役令嬢養成学院の落ちこぼれですが、何をしても善人に見えてしまいます!
「おーっほっほっほ!」
王立ローゼンベルク悪役令嬢学院、第三講義室。
二十人の令嬢が一斉に背をそらし、高笑いを響かせた。
窓ガラスがびりびりと震える。廊下を歩いていた用務員が、思わず首をすくめた。
「よろしい。皆さま、実に品のない、素晴らしい高笑いですわ」
教壇で扇を鳴らしたのは、学院長のマダム・ヴィオレッタ。現役時代に十二回の断罪を経験した、伝説の悪役令嬢だ。
「では次。ミーナ・ハーゼル嬢」
「は、はいっ」
私は立ち上がり、教わったとおりに背をそらして、手の甲を口元に添えた。
お腹の底から、ありったけの悪意を込めて。
「お、おーっほっほっほ!」
しん、と教室が静まりかえった。
窓の外から小鳥が三羽飛んできて、窓枠にちょこんと並んだ。
「……ミーナ嬢」
「はい」
「なぜ、聞いた者の心がほっこりするのです?」
「わかりません……」
前の席のセレスティーヌ嬢が、くすりと笑った。首席の彼女の高笑いは、植木の花をしおれさせると評判だ。
私の高笑いは、つぼみを咲かせる。
◇
この学院は、婚約破棄される役の令嬢を育てる専門学校だ。
王侯貴族の婚約破棄には、断罪される悪役が欠かせない。けれど、生まれつき意地悪な令嬢はそう多くない。
だから貴族の家々は、ここの卒業生を「悪役」として雇うのだ。
高笑い、扇の扱い、取り巻きの従え方、冷たい流し目。
私は、そのすべてで学年最下位だった。
「扇の実技、始めっ!」
中庭に並んで、閉じた扇をぱちんと鳴らし、相手を見下すように広げる。
そのとき、隣の子が日差しにあてられて、ふらりとよろめいた。
私は反射的に扇を広げ、ぱたぱたとあおいでいた。
「大丈夫? 日陰に行きましょう。お水も持ってくるわね」
「ミーナ嬢!」
マダムのこめかみに青筋が浮かぶ。
「扇は、人を見下すための道具です。人を涼ませる道具ではありません!」
「で、でも本来の用途はこっちじゃ……」
「減点!」
放課後、セレスティーヌ嬢が氷のような目で私を見下ろした。
「あなた、どうしてこの学院にいるの?」
「……昔、断罪の場面を見たことがあるの」
幼いころ、親に連れられていった夜会で見た婚約破棄。
ざわめく人たちの真ん中で、一人だけ背筋を伸ばして、最後まで微笑んでいた悪役令嬢がいた。
あんなふうに、誰に何を言われても堂々としていられる人になりたかった。
「ふうん」
セレスティーヌ嬢は鼻を鳴らした。
「動機だけは、立派な悪役ね」
◇
学院長室の前を通りかかると、マダムの独り言が聞こえた。
「……また、この注文。最近の依頼書は、どうなっているのかしら」
ちらりと見えた机の上には、貴族の家々から届いた封筒が山積みになっていた。
◇
卒業試験の日がやってきた。
科目は、模擬断罪。
大講堂に夜会の舞台が組まれ、来賓席には各家の採用担当がずらりと並んでいる。ここでの成績が、そのまま就職先になるのだ。
王子役の男子生徒が、高らかに叫ぶ。
「ミーナ・ハーゼル! 貴様との婚約を破棄する!」
ヒロイン役は、首席のセレスティーヌ嬢。か弱く震える演技まで完璧だ。
「貴様はこの令嬢に、数々の嫌がらせをしたな!」
ここで悪役は、ヒロインに冷たく言い放ち、ワインをかけなければならない。
私はグラスを手に取った。手が震える。でも、やるしかない。
そのとき、気づいた。
燭台の炎が、セレスティーヌ嬢の袖のレースに燃え移っている。
「えいっ!」
私はワインを、思いきり彼女の袖にぶちまけた。
じゅっ、と火が消える。
「……今の、わざと?」
「ご、ごめんなさい! ドレス汚しちゃった……弁償します!」
来賓席がざわついた。
次は、ヒロインを突き飛ばす場面。
私が駆け寄ったその瞬間、頭上のシャンデリアの鎖が、ぶつりと切れた。
「危ないっ!」
セレスティーヌ嬢を抱えて、床に転がる。
背後で、シャンデリアが粉々に砕け散った。
大講堂は、割れんばかりの拍手に包まれた。
王子役まで、涙ぐみながら手を叩いている。
「……ミーナ嬢」
審査席のマダムが、こめかみを押さえた。
「悪役の採点は、観客にどれだけ憎まれたかで決まります。あなたの得点は」
「はい……」
「零点です」
私はうつむいて、舞台を降りた。
◇
その夜。寮の部屋で荷物をまとめていると、扉が叩かれた。
マダムが、封筒の山を抱えて立っていた。
「ミーナ嬢。採用の申し込みです」
「……え?」
「全部、あなた宛てです。四十二通」
私は目をこすった。
「で、でも私、零点で……」
「読んでごらんなさい」
一通目の封を開ける。
求む、悪役令嬢。
条件:断罪されるが、実は誰より心優しいこと。
断罪後、隣国の王子に見初められ、溺愛される予定。
二通目も、三通目も、同じだった。
「近ごろ王都では、こういう筋書きの婚約破棄が大流行りなの」
マダムは、深いため息をついた。
「本物の悪人を断罪しても、もう誰も喜ばない。皆が見たいのは、冤罪で追放された優しい令嬢が、あとで幸せになる話なのよ」
「じゃあ、セレスティーヌさんたちは……」
「性根の悪い悪役令嬢の求人は、ゼロ件」
廊下の向こうから、セレスティーヌ嬢がやってきた。
手には、封筒を一通だけ握っている。
「わたくしにも、一件だけ来たわ」
「よかった! どこの悪役?」
「悪役じゃないわ」
彼女は、ひどく不本意そうな顔で封筒を差し出した。
求む、ヒロイン役の男爵令嬢。
条件:か弱いふりをして王子に近づき、悪役令嬢を陥れる腹黒であること。
最後に、盛大にざまぁされる予定。
「……今どきは、ヒロインのほうが悪者なんですって」
マダムが、私の肩にそっと手を置いた。
その背筋は、あの夜の悪役令嬢と同じように、まっすぐ伸びていた。
「十二回断罪されたわたくしでも、一度も溺愛はされなかったわ。時代が、ようやくあなたに追いついたのよ」
私は思わず笑った。
高笑いのつもりだったのに、やっぱりそれは、ほっこりした笑い声になった。
窓の外で、夜なのに小鳥がさえずった。




