↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

「野営のひとつもできない聖女が、私の代わりですって?」──婚約破棄された星読み令嬢は、竜と焚き火で夜空を数えることにしましたわ

作者: uta
掲載日:2026/09/27

「セリア、君との婚約を破棄する」


星辰の光が降り注ぐ夜会の広間で、王太子ロイドの声が高らかに響きました。


シャンデリアの水晶が煌めき、居並ぶ貴族たちの視線が一斉に私へと突き刺さります。


「地味な星占いなど、もはや時代遅れだ。新たな聖女ミラは、祈るだけで魔物を退ける光を放つのだからな!」


ロイド様の隣で、栗色の髪の少女が潤んだ瞳をこちらへ向けていました。


聖女ミラ。


教会が担ぎ上げた、愛らしくも――中身のない少女。


「セリア・アストレア。貴様は聖女ミラに嫉妬し、数々の嫌がらせを働いた。公爵位を剥奪し、国外追放とする!」


嫌がらせ、ですか。


私は静かに睫毛を伏せました。


(まあ。私、この一週間ずっと竜峰の観測所で『竜の渡り』の計算をしておりましたのに)


アリバイを主張したところで、この場の誰も聞く耳など持たないでしょう。


見る目のない王太子。責任逃れの教会。派手な奇跡に群がる貴族たち。


そして――祈るだけで魔物が退くと信じる、哀れな聖女。


「セリア様……わたくし、あなたが怖くて。どうしてそんなに、わたくしを憎むのですか?」


ミラが、涙ぐんで小首を傾げます。


まあ、お上手ですこと。


私は一つだけ、問いを胸のうちで転がしました。


(祈るだけで魔物が退く? では聞きますけれど、来月の『竜の渡り』はどうなさるおつもり?)


星の運行から、私は既に知っておりました。


来月、王国を数十年ぶりの記録的な嵐と魔物の大群が襲うことを。


それを三年間、たった一人で読み解き、避け続けてきたのが誰であったのかを。


――でも、もういいのです。


私はドレスの裾を摘まみ、優雅に一礼いたしました。


「かしこまりました。では、後はお任せいたしますわ」


「……なんだ、その態度は。弁明もせぬのか?」


ロイド様が、拍子抜けしたように眉をひそめます。


私は顔を上げ、王太子と聖女に微笑みかけました。


「弁明? いいえ。星は嘘をつきませんもの」


それだけ残して、私は踵を返しました。


ざわめく夜会の広間に、私の靴音だけが静かに響きます。


(さて。野営のひとつもできない聖女さまが、私の代わりですって?)


(お手並み、拝見いたしましょう)


扉が閉まる音を背に、私は星空を見上げました。


東の空、いつもの星々が、いつも通りに巡っています。


ああ、なんて静かで――なんて自由な夜でしょう。


◆


国境へと続く街道を、私は一人歩いておりました。


公爵位も、婚約者も、王都の屋敷も、すべて置いてきました。


手荷物は、使い込んだ観測記録帳と、羊皮紙、方位磁石、そして――前世の記憶だけ。


そう。


私、セリア・アストレアには、前世の記憶があるのです。


現代日本で、天文部と防災サークルを掛け持ちしていた、平凡な学生としての記憶が。


星を眺めるのが好きで、災害の備えを調べるのが好きだった、あの頃。


この世界に転生して気づいたのです。


この国の『星読み』とやらが、ただの迷信でしかないことに。


(星の位置から季節風を読み、大気の乱れを予測する。渡り鳥ならぬ『竜の渡り』の進路を割り出す。――これ、占いでもなんでもありませんわ。ただの気象予測と天体観測ですもの)


赤い星が異様に瞬くとき、それは大気が乱れている証。


特定の星座が地平に沈む頃、季節風が向きを変える。


それらを組み合わせれば、いつ・どこに・どんな災いが来るかが読めるのです。


私はそれを『星読み』と呼び、三年間、王国を無災害に導いてきました。


誰にも気づかれぬまま。


(祈って魔物が退くなら、こんな計算、誰も苦労いたしませんわ)


ふふ、と私は思わず笑ってしまいました。


聖女ミラの『光』は、ほんの一時、魔物を怯ませるだけの祝福魔法。


天候も、魔物の生態も、彼女には何一つ読めない。


それを頼りに来月を乗り切ろうというのですから――王国の未来は、もう決まったようなものです。


さて。


私が向かうのは、追放先に指定された辺境。


その名も『竜峰』。


人を寄せつけぬ竜人族の領地で、まともな人間は近づかないと言われる場所。


ですが、私の記録帳によれば――


(来月の『竜の渡り』は、まさにあの竜峰を掠める進路)


偶然でしょうか。


それとも、星が私を導いたのでしょうか。


私はマントの襟を寄せ、山道を登り始めました。


冷たい風が頬を撫でます。


(大切な人のために星を読む、なんて日は、私にはもう来ないのかしら)


そのときはまだ、知る由もありませんでした。


この山の上で、生まれて初めての『暖かい夜』が、私を待っていることを。


◆


竜峰の中腹で、私は巨大な影に囲まれておりました。


身の丈二メートルを超える、褐色の肌の者たち。


首筋から腕にかけて赤黒い鱗が走り、背には畳まれた翼。


竜人族です。


「人間が、なぜこの山に」


最も大きな影が、地を這うような低い声で言いました。


燃える琥珀色の瞳。威圧感だけで押し潰されそうな巨躯。


――これが噂の、竜人族の将軍ガルド・ヴォルガードですね。


「はじめまして。私はセリア・アストレア。星を読む者ですわ」


私は恐れることなく、優雅に一礼いたしました。


「王国を追放された身ですが、あなた方に一つ、お伝えしたいことがございますの」


「……星を読む、だと?」


ガルド将軍の眉が寄ります。


周囲の竜人たちがざわめきました。侮蔑と、わずかな怯えの混じった空気。


「星のことなど二度と聞きたくない。毎年、毎年――」


将軍の声が、微かに震えました。


「『竜の渡り』のたびに、嵐と星の異変で、我らは仲間を失い続けてきた。星など、我らには呪いも同然だ」


ああ、と私は胸の奥が締めつけられるのを感じました。


この方々は、毎年空を見上げては、大切な誰かを失ってきたのですね。


だからこそ、私は静かに、はっきりと告げました。


「三日後、東の空に赤い流星群が現れます」


「……なに?」


「それは大気の乱れの兆し。今年の『竜の渡り』は、この竜峰を直撃いたしません。西へ、大きく逸れます」


竜人たちが息を呑みました。


「避難は、今夜のうちに。赤い流星から数えて五日目の夜、渡りの群れが最も乱れます。それまでに東の谷へ移れば、一人も欠けることはありませんわ」


「――信じられるものか!」


小さな翼を持つ竜人の少女が、健気に吼えました。


「人間の女の戯言だ! 星が我らを救ったことなど、一度もない!」


名を、ノルンというのだと後で知りました。


「ならば」


私は羊皮紙を広げ、そこに描いた星図を示しました。


「三日後の夜、東の空をご覧くださいませ。赤い流星が、私の言葉が嘘か真か、証明してくれます」


そして、微笑みました。


「星は嘘をつきませんもの」


ガルド将軍は、長いあいだ私を見下ろしていました。


やがて、低く唸るように言いました。


「……三日だ。三日、様子を見る」


その夜。


私は焚き火を起こしました。


枯れ枝を組み、火打石を打ち、小さな火を育てていく――前世の防災サークルで学んだ、ごく当たり前の手順で。


ぱちり、と火の粉が舞いました。


そして、三日後。


東の空に、赤い流星群が、ひとつ、またひとつと降り注いだのです。


私の予言した、寸分の狂いもない夜空に。


◆


赤い流星が降った夜から、竜人族は動きました。


半信半疑のまま、それでも将軍ガルドの命で、一族は東の谷へと避難を始めたのです。


そして焚き火のまわりには、いつしか竜人の子らが集まるようになりました。


「ねえ、星のおねえさま! これ、なあに?」


あの日私に吼えた少女――ノルンが、今では私の手元を覗き込みます。


私は羊皮紙を切り抜いて作った、手製の星座早見盤を見せました。


「これはね、星座早見盤。夜空のどこに、どんな星が昇るのかを教えてくれる魔法の円盤ですわ」


「まほう!?」


ノルンの瞳が、焚き火を映してきらきらと輝きました。


「本当は魔法ではなく、計算なのですけれど」


私はくすりと笑い、円盤をくるりと回して見せます。


「今夜は、あそこに『竜の親子』の星座が見えますのよ。母竜が子竜を翼で守っている姿ですわ」


「わあ……!」


子どもたちが、いっせいに空を見上げました。


毎年、彼らを苦しめてきたはずの星空。


それが今夜は、温かな物語を語る夜空になっていました。


――ふと、視線を感じました。


焚き火の輪の、少し外側。


巨躯の将軍ガルドが、暗がりの中に佇んでいたのです。


炎の届かぬ場所で、じっと。


「将軍。よろしければ、こちらへ」


「……いや」


「暗いところが、お好きですの?」


ガルドの肩が、わずかに強張りました。


図星、でしたか。


威圧感の塊のようなこの将軍が、実は――夜の暗闇が苦手なのだと、私はもう気づいておりました。


焚き火から一番遠い場所に立ちながら、その実、一番火を欲している目をしていたのですから。


「暗闇は、寂しいものですわね」


私は独り言のように呟きました。


「でも、焚き火があれば、少しだけ、まし。星があれば、もう少しだけ、まし。――そして、誰かが隣にいれば」


私は炎のそばの空いた場所を、そっと手で示しました。


「怖くなくなりますのよ」


ガルドは、しばらく動きませんでした。


やがて、ゆっくりと、大きな体を炎のそばへ運びました。


どさり、と地に腰を下ろす音。


琥珀色の瞳に、炎が揺れています。


「……あたたかいな」


ぽつりと、こぼれるような呟きでした。


「こんな夜は、初めてだ」


生まれて初めて『暖かい夜』を知った将軍の横顔を、私は静かに眺めました。


ぱちり、と焚き火が爆ぜます。


ノルンが将軍の膝によじ登り、星の物語をせがみました。


無愛想な将軍が、ぎこちなく、けれど確かに、小さな子竜を大きな腕で抱き支えます。


星降る夜の、焚き火の輪。


(ああ)


私は思いました。


(大切な人のために星を読む夜は、もう来ないと思っておりましたのに)


炎が、私たちみんなを照らしていました。


◇


その頃、王国ステラリアでは。


「聖女ミラよ、来月の魔物の動きはどうだ」


王太子ロイドの問いに、聖女ミラは可憐に小首を傾げました。


「大丈夫ですわ、ロイド様。わたくしの光があれば、魔物なんてみんな退散してしまいますもの」


「そうであろう、そうであろう! 地味な星占いなど、もう不要だ」


ロイドは満足げに頷きました。


地味な星占いなど、もう不要。祈るだけで奇跡が起きるのだから。


――そう、信じていたのです。


その月の半ば。


空が、変わりました。


東から押し寄せる黒雲。数十年ぶりという記録的な嵐。


そして、嵐に乗じて、竜の渡りの群れとそれに追われた魔物の大群が、王国へなだれ込んだのです。


本来ならば、西へ逸れるはずだった渡りが――誰も進路を読まなかったために、まっすぐ王都へ。


「ミラ! 光を放て! 早く!」


王城のバルコニーで、ロイドが喚きました。


ミラは震える手を天へ掲げ、祈りました。


ぽう、と淡い光が灯り――


そして、あっけなく消えました。


一時の祝福魔法など、大群の前では蝋燭の火も同然。


「な……なぜ、退かないの……?」


ミラの顔から、血の気が引いていきます。


「魔物が、こんなに、たくさん……こんなの、聞いてない……!」


農地は嵐に薙ぎ倒され、王都の外壁は魔物に食い破られ、半壊しました。


民は逃げ惑い、悲鳴が夜を裂きます。


「なぜだ、なぜ星が読めない!」


玉座の間で、ロイドは髪をかきむしって喚きました。


「星読みは! 誰か星を読める者はおらぬのか!」


そこへ、白髭の老宮廷魔術師オルウェンが、静かに歩み出ました。


手には、一冊の古びた記録帳。


「殿下。これをご覧くださいませ」


「なんだ、それは」


「セリア・アストレア嬢が残していった、観測記録帳にございます」


オルウェンは、それを玉座の前に広げました。


「過去三年。王国が一度も災害に見舞われなかったこと、覚えておいでですか」


「……当然だ。我が国は星辰の加護を――」


「加護ではございません」


老魔術師の声が、静かに響きました。


「この三年間、いつ嵐が来るか、いつ魔物が渡るか。そのすべてを、この記録帳が正確に予測し、的中させておりました。ここに、日付も、進路も、対処法も、一つ残らず」


ロイドの顔が、凍りつきました。


「災害を避け続けていたのは、星辰の加護でも、聖女の光でもございません。――セリア嬢、ただお一人の『星読み』にございました」


「そんな……馬鹿な……あの、地味な女が……」


「殿下が『時代遅れ』と切り捨てたその力こそが」


オルウェンは、記録帳をぱたりと閉じました。


「王国そのものを、守っておったのです」


玉座の間に、沈黙が落ちました。


半壊した王都から、民の悲鳴が風に乗って届きます。


ロイドは、へなへなとその場に崩れ落ちました。


「星は……嘘を、つかない……あの女は、そう言って……」


遠い夜会の夜、あの令嬢が残した最後の一言が、今になって胸に突き刺さります。


教会は、責任逃れのため即座に聖女ミラを切り捨てました。


王太子ロイドは、廃嫡寸前まで追い込まれました。


失って、初めて気づいたのです。


本当に価値あるものが、何であったのかを。


◆


竜峰。


『竜の渡り』の夜が、明けました。


私の予測どおり、渡りの群れは竜峰を大きく西へ逸れ――


竜人族は、史上初めて。


ただの一人も、犠牲を出さずに、その夜を乗り越えたのです。


「せいじょさま! せいじょさま!」


ノルンが、翼をばたつかせて駆けてきました。


「だれも、しななかった! みんな、いきてるよ!」


ぼろぼろと、大粒の涙をこぼしながら。


毎年、毎年、誰かを失ってきた子が。


今年は、誰も見送らずにすんだと、泣いていました。


「ええ。よく、頑張りましたわね」


私はノルンを抱きしめました。


小さな体の温もりが、じんわりと胸に沁みます。


竜人たちが、次々と焚き火のまわりに集まってきました。


そして、誰からともなく、私の前に膝をつきました。


「星の巫女よ。我らを、救ってくださった」


将軍ガルドが、一族を代表して頭を垂れます。


「どうか、あなたを我らの『星の巫女』としてお迎えしたい」


「まあ。巫女だなんて、大げさですわ」


私は笑いました。


「私はただ、星を読んだだけ。あとは、皆さまが自分の足で歩いて、生き延びたのですもの」


そのとき。


将軍ガルドが、他の者たちを下がらせ、私の前に残りました。


巨躯の将軍が、焚き火の炎に照らされて、ひどく落ち着かなげに視線を泳がせています。


「……セリア」


「はい?」


「俺は、言葉が、下手だ」


ぽつり、ぽつりと、言葉を絞り出すように。


「気の利いたことは、言えん。だが」


琥珀色の瞳が、まっすぐに私を見つめました。


「お前が来てから、夜が、怖くなくなった」


炎が、爆ぜました。


「お前の読む星の下は――あたたかい」


そして将軍は、深く、頭を下げました。


この、誰にも屈しなかった竜人族の将軍が。


「ここに、いてくれ」


たった一言に、万感を込めて。


私は、胸の奥が熱くなるのを感じました。


前世でも、今生でも。


誰かに『いてくれ』と、こんなにも不器用に、こんなにも真っ直ぐに、求められたことなど――一度もありませんでした。


「将軍」


私は、そっと微笑みました。


「その台詞、もう少し暖かい場所で、もう一度おっしゃってくださいませ」


ガルドが、ぱっと顔を上げます。


「……それは、つまり」


「ええ」


私は焚き火のそばの、彼の隣に腰を下ろしました。


「私も、この焚き火のそばが、ずいぶん気に入ってしまいましたの」


ノルンが、きゃっと歓声を上げて、私たちの間に飛び込んできました。


星降る夜の、あたたかな焚き火の輪。


ここが、私の――私たちの、居場所になっていくのだと、そう思いました。


◆


それから、幾日か過ぎた頃。


竜峰の麓に、みすぼらしい馬車が一台、辿り着きました。


降りてきたのは、王国からの使者。


かつて私を蔑んだ貴族たちが、泥にまみれ、憔悴しきった顔で、山道を這うように登ってきたのです。


「セ、セリア様! どうか、どうかお戻りを!」


焚き火のそばに座る私の前で、使者たちは地にひれ伏しました。


土下座、というのでしょうか。


「王国は、もう限界にございます! 農地は壊滅、王都は半壊! 星を読める者が、あなた様のほかに一人もおりませぬ!」


「殿下も深く悔いておられます! 公爵位も、名誉も、すべてお返しいたします! ですから、どうか!」


ああ、と私はため息をつきました。


(三年間、私が守っていたときには、感謝の一言もなかったのに)


(失って、初めて気づく。人とは、そういうものなのですわね)


「顔を、お上げくださいませ」


使者たちが、すがるように顔を上げました。


その視線の先で、私は焚き火に、そっと枝を一本くべました。


ぱちり、と火の粉が舞い上がります。


「私、もう決めましたの」


炎を見つめたまま、私は静かに言いました。


「星は、誰かに命じられて読むものではありませんわ」


使者たちが、息を呑みます。


「星は――大切な人のために、読むものですの」


隣に座るガルドが、そっと私の肩に、大きな手を添えました。


ノルンが、私の膝で星座早見盤を握りしめています。


遠くの焚き火では、竜人の子らが、星の物語を語り合う声が聞こえます。


これが、私の読んだ星の下に生まれた、暖かな夜。


私は使者たちへ、令嬢としての最後の微笑みを向けました。


「王国の空も、私は嫌いではございませんでしたわ。三年間、確かに、精一杯読みましたもの」


そして、はっきりと。


「――それに、こちらの焚き火のほうが、ずっと暖かいのですわ」


使者たちは、言葉を失いました。


もはや、何を言っても届かぬのだと、悟ったのでしょう。


やがて彼らは、力なく肩を落とし、来た道を下っていきました。


王国が、これからどうなるのか。


それは、星を粗末にした者たちが、自分の頭で考えるべきことです。


「……行ったな」


ガルドが、ぽつりと言いました。


「ええ」


「後悔は、ないのか」


私は、ふふ、と笑いました。


「後悔? 私、こんなに満ち足りた夜を過ごしておりますのに」


炎に照らされた将軍の頬が、ほんの少し赤らみました。


そのとき――


ノルンが、ふと山道の方を見て、首を傾げました。


「せいじょさま。だれか、また、のぼってくるよ」


私は目を凝らしました。


夜道を、よろよろと、一人の少女が登ってきます。


ぼろぼろの服。栗色の髪。潤んだ大きな瞳。


――まさか。


聖女ミラ。


教会に切り捨てられ、王国から逃げ延びた、あの少女でした。


彼女は、私の焚き火の前まで来ると、ぺたりとその場に座り込みました。


そして、震える声で、こう言ったのです。


「……わたし」


涙をぼろぼろとこぼしながら。


「わたしにも――星の読み方を、教えて」


焚き火が、ぱちりと爆ぜました。


私は、しばらく彼女を見つめ。


それから、ゆっくりと、隣の空いた場所を手で示しました。


「――まずは、お座りなさいな」


「星を読むには、ずいぶんと長い夜が、必要ですのよ」


星降る竜峰の夜は、まだ、始まったばかり。


新しい星の物語が、この焚き火から、また一つ、生まれようとしていました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。