「野営のひとつもできない聖女が、私の代わりですって?」──婚約破棄された星読み令嬢は、竜と焚き火で夜空を数えることにしましたわ
「セリア、君との婚約を破棄する」
星辰の光が降り注ぐ夜会の広間で、王太子ロイドの声が高らかに響きました。
シャンデリアの水晶が煌めき、居並ぶ貴族たちの視線が一斉に私へと突き刺さります。
「地味な星占いなど、もはや時代遅れだ。新たな聖女ミラは、祈るだけで魔物を退ける光を放つのだからな!」
ロイド様の隣で、栗色の髪の少女が潤んだ瞳をこちらへ向けていました。
聖女ミラ。
教会が担ぎ上げた、愛らしくも――中身のない少女。
「セリア・アストレア。貴様は聖女ミラに嫉妬し、数々の嫌がらせを働いた。公爵位を剥奪し、国外追放とする!」
嫌がらせ、ですか。
私は静かに睫毛を伏せました。
(まあ。私、この一週間ずっと竜峰の観測所で『竜の渡り』の計算をしておりましたのに)
アリバイを主張したところで、この場の誰も聞く耳など持たないでしょう。
見る目のない王太子。責任逃れの教会。派手な奇跡に群がる貴族たち。
そして――祈るだけで魔物が退くと信じる、哀れな聖女。
「セリア様……わたくし、あなたが怖くて。どうしてそんなに、わたくしを憎むのですか?」
ミラが、涙ぐんで小首を傾げます。
まあ、お上手ですこと。
私は一つだけ、問いを胸のうちで転がしました。
(祈るだけで魔物が退く? では聞きますけれど、来月の『竜の渡り』はどうなさるおつもり?)
星の運行から、私は既に知っておりました。
来月、王国を数十年ぶりの記録的な嵐と魔物の大群が襲うことを。
それを三年間、たった一人で読み解き、避け続けてきたのが誰であったのかを。
――でも、もういいのです。
私はドレスの裾を摘まみ、優雅に一礼いたしました。
「かしこまりました。では、後はお任せいたしますわ」
「……なんだ、その態度は。弁明もせぬのか?」
ロイド様が、拍子抜けしたように眉をひそめます。
私は顔を上げ、王太子と聖女に微笑みかけました。
「弁明? いいえ。星は嘘をつきませんもの」
それだけ残して、私は踵を返しました。
ざわめく夜会の広間に、私の靴音だけが静かに響きます。
(さて。野営のひとつもできない聖女さまが、私の代わりですって?)
(お手並み、拝見いたしましょう)
扉が閉まる音を背に、私は星空を見上げました。
東の空、いつもの星々が、いつも通りに巡っています。
ああ、なんて静かで――なんて自由な夜でしょう。
◆
国境へと続く街道を、私は一人歩いておりました。
公爵位も、婚約者も、王都の屋敷も、すべて置いてきました。
手荷物は、使い込んだ観測記録帳と、羊皮紙、方位磁石、そして――前世の記憶だけ。
そう。
私、セリア・アストレアには、前世の記憶があるのです。
現代日本で、天文部と防災サークルを掛け持ちしていた、平凡な学生としての記憶が。
星を眺めるのが好きで、災害の備えを調べるのが好きだった、あの頃。
この世界に転生して気づいたのです。
この国の『星読み』とやらが、ただの迷信でしかないことに。
(星の位置から季節風を読み、大気の乱れを予測する。渡り鳥ならぬ『竜の渡り』の進路を割り出す。――これ、占いでもなんでもありませんわ。ただの気象予測と天体観測ですもの)
赤い星が異様に瞬くとき、それは大気が乱れている証。
特定の星座が地平に沈む頃、季節風が向きを変える。
それらを組み合わせれば、いつ・どこに・どんな災いが来るかが読めるのです。
私はそれを『星読み』と呼び、三年間、王国を無災害に導いてきました。
誰にも気づかれぬまま。
(祈って魔物が退くなら、こんな計算、誰も苦労いたしませんわ)
ふふ、と私は思わず笑ってしまいました。
聖女ミラの『光』は、ほんの一時、魔物を怯ませるだけの祝福魔法。
天候も、魔物の生態も、彼女には何一つ読めない。
それを頼りに来月を乗り切ろうというのですから――王国の未来は、もう決まったようなものです。
さて。
私が向かうのは、追放先に指定された辺境。
その名も『竜峰』。
人を寄せつけぬ竜人族の領地で、まともな人間は近づかないと言われる場所。
ですが、私の記録帳によれば――
(来月の『竜の渡り』は、まさにあの竜峰を掠める進路)
偶然でしょうか。
それとも、星が私を導いたのでしょうか。
私はマントの襟を寄せ、山道を登り始めました。
冷たい風が頬を撫でます。
(大切な人のために星を読む、なんて日は、私にはもう来ないのかしら)
そのときはまだ、知る由もありませんでした。
この山の上で、生まれて初めての『暖かい夜』が、私を待っていることを。
◆
竜峰の中腹で、私は巨大な影に囲まれておりました。
身の丈二メートルを超える、褐色の肌の者たち。
首筋から腕にかけて赤黒い鱗が走り、背には畳まれた翼。
竜人族です。
「人間が、なぜこの山に」
最も大きな影が、地を這うような低い声で言いました。
燃える琥珀色の瞳。威圧感だけで押し潰されそうな巨躯。
――これが噂の、竜人族の将軍ガルド・ヴォルガードですね。
「はじめまして。私はセリア・アストレア。星を読む者ですわ」
私は恐れることなく、優雅に一礼いたしました。
「王国を追放された身ですが、あなた方に一つ、お伝えしたいことがございますの」
「……星を読む、だと?」
ガルド将軍の眉が寄ります。
周囲の竜人たちがざわめきました。侮蔑と、わずかな怯えの混じった空気。
「星のことなど二度と聞きたくない。毎年、毎年――」
将軍の声が、微かに震えました。
「『竜の渡り』のたびに、嵐と星の異変で、我らは仲間を失い続けてきた。星など、我らには呪いも同然だ」
ああ、と私は胸の奥が締めつけられるのを感じました。
この方々は、毎年空を見上げては、大切な誰かを失ってきたのですね。
だからこそ、私は静かに、はっきりと告げました。
「三日後、東の空に赤い流星群が現れます」
「……なに?」
「それは大気の乱れの兆し。今年の『竜の渡り』は、この竜峰を直撃いたしません。西へ、大きく逸れます」
竜人たちが息を呑みました。
「避難は、今夜のうちに。赤い流星から数えて五日目の夜、渡りの群れが最も乱れます。それまでに東の谷へ移れば、一人も欠けることはありませんわ」
「――信じられるものか!」
小さな翼を持つ竜人の少女が、健気に吼えました。
「人間の女の戯言だ! 星が我らを救ったことなど、一度もない!」
名を、ノルンというのだと後で知りました。
「ならば」
私は羊皮紙を広げ、そこに描いた星図を示しました。
「三日後の夜、東の空をご覧くださいませ。赤い流星が、私の言葉が嘘か真か、証明してくれます」
そして、微笑みました。
「星は嘘をつきませんもの」
ガルド将軍は、長いあいだ私を見下ろしていました。
やがて、低く唸るように言いました。
「……三日だ。三日、様子を見る」
その夜。
私は焚き火を起こしました。
枯れ枝を組み、火打石を打ち、小さな火を育てていく――前世の防災サークルで学んだ、ごく当たり前の手順で。
ぱちり、と火の粉が舞いました。
そして、三日後。
東の空に、赤い流星群が、ひとつ、またひとつと降り注いだのです。
私の予言した、寸分の狂いもない夜空に。
◆
赤い流星が降った夜から、竜人族は動きました。
半信半疑のまま、それでも将軍ガルドの命で、一族は東の谷へと避難を始めたのです。
そして焚き火のまわりには、いつしか竜人の子らが集まるようになりました。
「ねえ、星のおねえさま! これ、なあに?」
あの日私に吼えた少女――ノルンが、今では私の手元を覗き込みます。
私は羊皮紙を切り抜いて作った、手製の星座早見盤を見せました。
「これはね、星座早見盤。夜空のどこに、どんな星が昇るのかを教えてくれる魔法の円盤ですわ」
「まほう!?」
ノルンの瞳が、焚き火を映してきらきらと輝きました。
「本当は魔法ではなく、計算なのですけれど」
私はくすりと笑い、円盤をくるりと回して見せます。
「今夜は、あそこに『竜の親子』の星座が見えますのよ。母竜が子竜を翼で守っている姿ですわ」
「わあ……!」
子どもたちが、いっせいに空を見上げました。
毎年、彼らを苦しめてきたはずの星空。
それが今夜は、温かな物語を語る夜空になっていました。
――ふと、視線を感じました。
焚き火の輪の、少し外側。
巨躯の将軍ガルドが、暗がりの中に佇んでいたのです。
炎の届かぬ場所で、じっと。
「将軍。よろしければ、こちらへ」
「……いや」
「暗いところが、お好きですの?」
ガルドの肩が、わずかに強張りました。
図星、でしたか。
威圧感の塊のようなこの将軍が、実は――夜の暗闇が苦手なのだと、私はもう気づいておりました。
焚き火から一番遠い場所に立ちながら、その実、一番火を欲している目をしていたのですから。
「暗闇は、寂しいものですわね」
私は独り言のように呟きました。
「でも、焚き火があれば、少しだけ、まし。星があれば、もう少しだけ、まし。――そして、誰かが隣にいれば」
私は炎のそばの空いた場所を、そっと手で示しました。
「怖くなくなりますのよ」
ガルドは、しばらく動きませんでした。
やがて、ゆっくりと、大きな体を炎のそばへ運びました。
どさり、と地に腰を下ろす音。
琥珀色の瞳に、炎が揺れています。
「……あたたかいな」
ぽつりと、こぼれるような呟きでした。
「こんな夜は、初めてだ」
生まれて初めて『暖かい夜』を知った将軍の横顔を、私は静かに眺めました。
ぱちり、と焚き火が爆ぜます。
ノルンが将軍の膝によじ登り、星の物語をせがみました。
無愛想な将軍が、ぎこちなく、けれど確かに、小さな子竜を大きな腕で抱き支えます。
星降る夜の、焚き火の輪。
(ああ)
私は思いました。
(大切な人のために星を読む夜は、もう来ないと思っておりましたのに)
炎が、私たちみんなを照らしていました。
◇
その頃、王国ステラリアでは。
「聖女ミラよ、来月の魔物の動きはどうだ」
王太子ロイドの問いに、聖女ミラは可憐に小首を傾げました。
「大丈夫ですわ、ロイド様。わたくしの光があれば、魔物なんてみんな退散してしまいますもの」
「そうであろう、そうであろう! 地味な星占いなど、もう不要だ」
ロイドは満足げに頷きました。
地味な星占いなど、もう不要。祈るだけで奇跡が起きるのだから。
――そう、信じていたのです。
その月の半ば。
空が、変わりました。
東から押し寄せる黒雲。数十年ぶりという記録的な嵐。
そして、嵐に乗じて、竜の渡りの群れとそれに追われた魔物の大群が、王国へなだれ込んだのです。
本来ならば、西へ逸れるはずだった渡りが――誰も進路を読まなかったために、まっすぐ王都へ。
「ミラ! 光を放て! 早く!」
王城のバルコニーで、ロイドが喚きました。
ミラは震える手を天へ掲げ、祈りました。
ぽう、と淡い光が灯り――
そして、あっけなく消えました。
一時の祝福魔法など、大群の前では蝋燭の火も同然。
「な……なぜ、退かないの……?」
ミラの顔から、血の気が引いていきます。
「魔物が、こんなに、たくさん……こんなの、聞いてない……!」
農地は嵐に薙ぎ倒され、王都の外壁は魔物に食い破られ、半壊しました。
民は逃げ惑い、悲鳴が夜を裂きます。
「なぜだ、なぜ星が読めない!」
玉座の間で、ロイドは髪をかきむしって喚きました。
「星読みは! 誰か星を読める者はおらぬのか!」
そこへ、白髭の老宮廷魔術師オルウェンが、静かに歩み出ました。
手には、一冊の古びた記録帳。
「殿下。これをご覧くださいませ」
「なんだ、それは」
「セリア・アストレア嬢が残していった、観測記録帳にございます」
オルウェンは、それを玉座の前に広げました。
「過去三年。王国が一度も災害に見舞われなかったこと、覚えておいでですか」
「……当然だ。我が国は星辰の加護を――」
「加護ではございません」
老魔術師の声が、静かに響きました。
「この三年間、いつ嵐が来るか、いつ魔物が渡るか。そのすべてを、この記録帳が正確に予測し、的中させておりました。ここに、日付も、進路も、対処法も、一つ残らず」
ロイドの顔が、凍りつきました。
「災害を避け続けていたのは、星辰の加護でも、聖女の光でもございません。――セリア嬢、ただお一人の『星読み』にございました」
「そんな……馬鹿な……あの、地味な女が……」
「殿下が『時代遅れ』と切り捨てたその力こそが」
オルウェンは、記録帳をぱたりと閉じました。
「王国そのものを、守っておったのです」
玉座の間に、沈黙が落ちました。
半壊した王都から、民の悲鳴が風に乗って届きます。
ロイドは、へなへなとその場に崩れ落ちました。
「星は……嘘を、つかない……あの女は、そう言って……」
遠い夜会の夜、あの令嬢が残した最後の一言が、今になって胸に突き刺さります。
教会は、責任逃れのため即座に聖女ミラを切り捨てました。
王太子ロイドは、廃嫡寸前まで追い込まれました。
失って、初めて気づいたのです。
本当に価値あるものが、何であったのかを。
◆
竜峰。
『竜の渡り』の夜が、明けました。
私の予測どおり、渡りの群れは竜峰を大きく西へ逸れ――
竜人族は、史上初めて。
ただの一人も、犠牲を出さずに、その夜を乗り越えたのです。
「せいじょさま! せいじょさま!」
ノルンが、翼をばたつかせて駆けてきました。
「だれも、しななかった! みんな、いきてるよ!」
ぼろぼろと、大粒の涙をこぼしながら。
毎年、毎年、誰かを失ってきた子が。
今年は、誰も見送らずにすんだと、泣いていました。
「ええ。よく、頑張りましたわね」
私はノルンを抱きしめました。
小さな体の温もりが、じんわりと胸に沁みます。
竜人たちが、次々と焚き火のまわりに集まってきました。
そして、誰からともなく、私の前に膝をつきました。
「星の巫女よ。我らを、救ってくださった」
将軍ガルドが、一族を代表して頭を垂れます。
「どうか、あなたを我らの『星の巫女』としてお迎えしたい」
「まあ。巫女だなんて、大げさですわ」
私は笑いました。
「私はただ、星を読んだだけ。あとは、皆さまが自分の足で歩いて、生き延びたのですもの」
そのとき。
将軍ガルドが、他の者たちを下がらせ、私の前に残りました。
巨躯の将軍が、焚き火の炎に照らされて、ひどく落ち着かなげに視線を泳がせています。
「……セリア」
「はい?」
「俺は、言葉が、下手だ」
ぽつり、ぽつりと、言葉を絞り出すように。
「気の利いたことは、言えん。だが」
琥珀色の瞳が、まっすぐに私を見つめました。
「お前が来てから、夜が、怖くなくなった」
炎が、爆ぜました。
「お前の読む星の下は――あたたかい」
そして将軍は、深く、頭を下げました。
この、誰にも屈しなかった竜人族の将軍が。
「ここに、いてくれ」
たった一言に、万感を込めて。
私は、胸の奥が熱くなるのを感じました。
前世でも、今生でも。
誰かに『いてくれ』と、こんなにも不器用に、こんなにも真っ直ぐに、求められたことなど――一度もありませんでした。
「将軍」
私は、そっと微笑みました。
「その台詞、もう少し暖かい場所で、もう一度おっしゃってくださいませ」
ガルドが、ぱっと顔を上げます。
「……それは、つまり」
「ええ」
私は焚き火のそばの、彼の隣に腰を下ろしました。
「私も、この焚き火のそばが、ずいぶん気に入ってしまいましたの」
ノルンが、きゃっと歓声を上げて、私たちの間に飛び込んできました。
星降る夜の、あたたかな焚き火の輪。
ここが、私の――私たちの、居場所になっていくのだと、そう思いました。
◆
それから、幾日か過ぎた頃。
竜峰の麓に、みすぼらしい馬車が一台、辿り着きました。
降りてきたのは、王国からの使者。
かつて私を蔑んだ貴族たちが、泥にまみれ、憔悴しきった顔で、山道を這うように登ってきたのです。
「セ、セリア様! どうか、どうかお戻りを!」
焚き火のそばに座る私の前で、使者たちは地にひれ伏しました。
土下座、というのでしょうか。
「王国は、もう限界にございます! 農地は壊滅、王都は半壊! 星を読める者が、あなた様のほかに一人もおりませぬ!」
「殿下も深く悔いておられます! 公爵位も、名誉も、すべてお返しいたします! ですから、どうか!」
ああ、と私はため息をつきました。
(三年間、私が守っていたときには、感謝の一言もなかったのに)
(失って、初めて気づく。人とは、そういうものなのですわね)
「顔を、お上げくださいませ」
使者たちが、すがるように顔を上げました。
その視線の先で、私は焚き火に、そっと枝を一本くべました。
ぱちり、と火の粉が舞い上がります。
「私、もう決めましたの」
炎を見つめたまま、私は静かに言いました。
「星は、誰かに命じられて読むものではありませんわ」
使者たちが、息を呑みます。
「星は――大切な人のために、読むものですの」
隣に座るガルドが、そっと私の肩に、大きな手を添えました。
ノルンが、私の膝で星座早見盤を握りしめています。
遠くの焚き火では、竜人の子らが、星の物語を語り合う声が聞こえます。
これが、私の読んだ星の下に生まれた、暖かな夜。
私は使者たちへ、令嬢としての最後の微笑みを向けました。
「王国の空も、私は嫌いではございませんでしたわ。三年間、確かに、精一杯読みましたもの」
そして、はっきりと。
「――それに、こちらの焚き火のほうが、ずっと暖かいのですわ」
使者たちは、言葉を失いました。
もはや、何を言っても届かぬのだと、悟ったのでしょう。
やがて彼らは、力なく肩を落とし、来た道を下っていきました。
王国が、これからどうなるのか。
それは、星を粗末にした者たちが、自分の頭で考えるべきことです。
「……行ったな」
ガルドが、ぽつりと言いました。
「ええ」
「後悔は、ないのか」
私は、ふふ、と笑いました。
「後悔? 私、こんなに満ち足りた夜を過ごしておりますのに」
炎に照らされた将軍の頬が、ほんの少し赤らみました。
そのとき――
ノルンが、ふと山道の方を見て、首を傾げました。
「せいじょさま。だれか、また、のぼってくるよ」
私は目を凝らしました。
夜道を、よろよろと、一人の少女が登ってきます。
ぼろぼろの服。栗色の髪。潤んだ大きな瞳。
――まさか。
聖女ミラ。
教会に切り捨てられ、王国から逃げ延びた、あの少女でした。
彼女は、私の焚き火の前まで来ると、ぺたりとその場に座り込みました。
そして、震える声で、こう言ったのです。
「……わたし」
涙をぼろぼろとこぼしながら。
「わたしにも――星の読み方を、教えて」
焚き火が、ぱちりと爆ぜました。
私は、しばらく彼女を見つめ。
それから、ゆっくりと、隣の空いた場所を手で示しました。
「――まずは、お座りなさいな」
「星を読むには、ずいぶんと長い夜が、必要ですのよ」
星降る竜峰の夜は、まだ、始まったばかり。
新しい星の物語が、この焚き火から、また一つ、生まれようとしていました。




