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破門された神官、ゴブリンの村で第二の人生を送る  作者: 森田季節


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8 ゴブリン集落の治癒担当

 そのあと、僕はドドから空いている住居を一つ宛てがわれた。




 穴を少しだけ掘って、その上に木製の屋根をつけた、半地下的な家だ。神官の養成学校で勉強している時は、こういうのを竪穴(たてあな)式住居と習った気がする。




 古めかしい家だなとは思っものの入ってみると、意外と温かい。




「少し暗いけど、それ以外は悪くないな。夜は冷えるかもだけど、森で動けなくなってるのと比べれば天国か」



 光は屋根の部分を少し開くことで取り入れられる。あとは火をおこす時の換気を考えないといけないが、それも屋根の開閉する箇所を開けたりすればどうにかなるか。




 と、出入口のところの光が遮られた。誰かがそこに立っている。




「スクルドさんなんですよね? 本当にお久しぶりです!」


「その声はケケ?」




 視界の奥には眼鏡をかけたゴブリンが立っている。眼鏡のせいか、大人のゴブリンにしてはずいぶん子供っぽく見える。いや、実際に背が低いし、ケケは人間の子供みたいな童顔なのだ。




「そうです、そうです。まさか、こんなところで再会することになるなんて!」




 人間の言葉でケケはしゃべる。なまりもほとんどない。ほとんど奇跡に近い。

 どたどたと危なっかしい足取りでケケは降りてきた。竪穴式の住居は出入口がリビングより高いところにある。




「だいたいの話はほかのゴブリンから聞きました。キュアール教で冤罪(えんざい)に巻き込まれたということであってますか?」


「そう、まさに。社会に理不尽なことがあるってのは知ってたけど、まさか自分が巻き込まれるとは思ってなかった」


「同情します。ですが、だからこそこうしてスクルドさんと再会できたわけだから、ケガの功名だと思うことにしましょう」


「なんでそんな言葉まで知ってるんだ。まあ、ケケが勉強熱心なのは知ってたけど」


「ぼく、けっこう人間ぽく見えると思いませんか? とくに顔はこういう人間の子供もいるよなって感じますよね」




 ケケは自分の顔を指差した。それはそうだけど、どういう話の流れだろう。




「何度か、人間のふりをして本の買い出しに行ったんです」


「えっ! よく成功したなあ……」


「怖かったですが、地理は把握してましたから。本を購入する元手は持っていた本です。内容は全部複数部筆写していますから問題ありません」




 その時、出入り口のほうからひゅ~~んと気の抜けた音とともに何かが飛んできた。




 ケケの頭に毛玉を丸めて作った威力ゼロの矢がぶつかった。




「そうそう。ケケも勉強になると危ない橋をよく渡るんだよ。戦場に出てるリリよりずっと危ない目にあってるよ~」




 出入口に肩まで髪の伸びた女性が立っていた。




 最初、それがリリとわからなかった。

 それぐらい、彼女が人間の女の子にしか見えなかったのだ。




 すたすたと太腿が見えるズボン姿でリリが降りてくる。あと、やけに胸が大きくなってるような……。




「お久しぶり、スクルド! 大変だったみたいだけど、ここでゆっくりしていきなよ! リリもけっこう偉くなってるし、スクルドにタダ飯食わせてあげられるぐらいの力はあるから」


「ほ、本当にリリなんだよね……? 同じ名前の人間じゃないよね?」


「なわけないって~! 昔からあんまり変わってないでしょ?」


「いや、変わりすぎてるって! 人間にしか見えないんだけど……」




 十歳の頃までのみんなはもうちょっとゴブリンって感じだった。今のみんなは人間に寄りすぎている。たしかに人間の十歳と十八歳は全然違うから、そういう変化がゴブリンにもあるのかもしれないが。




「ぼくも詳しいことは記録がないのでわからないんですが、このゴブリンの村は人間の血が過去に入っていたんだと思います。ほら、ハーフエルフという言葉がありますよね。それのゴブリンのバージョンというか。これが仮説その1です」


「ということは、仮説その2もあるってこと?」




 ケケがうなずく。




「仮説その2はこの森が太陽光がとても弱い影響です。それに北側の山が邪魔をして日照時間も短いですし。そこでずっと暮らしてきたゴブリンは人間に近づいていくのかもしれません」


「生活環境が影響を与えるってことは……あるにはあるか」




 僕の故郷の村もこのへんもそうだが、北側にそびえる山で文化も人の行き来もすべて分断されている。北側には南側には住んでいない種族も魔物もいるという。




 どうせ仮説を証明する手段もないのだし、僕は納得することにした。たしかに村人はゴブリンとろくに接触してこなかったし、生活環境すらよくわかってなかった。




「スクルドさん、少しずつここの生活に慣れていってください。それと、できればキュアール教の教義や神官の生活も教えてほしいです。ものすごく興味があります!」


「あ~あ、またケケの勉強癖が始まったよ。勉強をやりすぎて、狩りとかに出ることも免除されてるんだよ」


「免除は光栄なことでしょう。恥ずかしがることじゃありません」


「リリは狩りに出るなとか言われたらショックだけどな。でも、スクルドが神官の時にどんな生活してたかは聞きたいから教えて!」




 僕は友達二人に神官の話を語ってきかせた。学校生活のことも含めれば、分量はものすごくあるから、一日では全然話足りなかった。



















 数日、まともな食事を支給してもらえたおかげで、だいぶ体も動くようになってきた。




 まだ慣れない狩りに同行して成功させる自信はないから、僕は食べられる野草を採る仕事を行うことにした。これならそこまで体力も使わないし、神官の僕でもできる。




 もっとも、すぐに僕専用の別の仕事が決まった。




 治療係だ。




「おっ、手をすりむいてるな。ちょっとこっちに来い」




 僕はケガしたゴブリンのところに手を近づける。それから頭の中でキュアール神様に祈る。




(キュアール神様、わずかでよいので、そのお力を信徒の私めにお与えください。救われぬほかの者にその力を与え、キュアール神様の徳が世界に及びますよう努めます……)




 学校では脳内詠唱と呼んでる教官もいたが、実質的には祈りに近い。たとえば、文言が多少変わっても魔法に慣れた者なら発動させることができる。




 もし詠唱というなら違う文言でも効力を持ってしまうのはおかしなことになる。言葉自体に意味があるのだから、同義語に置き換えるようなことはできないはずだ。




 淡い緑の光とともにそのゴブリンの傷が消える。






「うおー! すげー! スクルドだっけ? ありがとなー!」




 ゴブリンが露骨にはしゃぐ。おいおい、はしゃいでまたケガするなよ。




 当たり前だが、大聖堂で働くのと比べれば、野山での生活ははるかにケガが多い。そういう意味では治癒魔法の使いどころは無数にあった。

 治癒魔法の仕える神官は大聖堂じゃなくて、野山で暮らすべきじゃないか。こっちのほうがよっぽど人の役には立つだろう。野山で暮らさないといけないなら、神官などやりたくないかもしれないが。




 僕の様子は村長であるドドも腕組みしながら見ていた。




「いい力だな。文字通り、一生メシが食っていける能力だ。俺はお前を村の治療係に正式に任命する。ケガ人の治療をする限り、今後も食事を提供する」


「ありがとう。でも、無制限に魔法が使えるわけじゃないからね。連続十回ぐらいが限界だから、大量のケガ人が出たりすれば回数が不足するし、半死半生のケガまでは救えない」




 治癒魔法は表面的なケガを癒して、肉体の回復力を一時的に増加させる働きがある。だから、たとえば、剣で腕を切断されたら、治癒魔法だけで元に戻るってわけにはいかない。まして新しい腕が生えることもない。




 すぐに縫合して治癒魔法を使えばまた腕が動くかもしれないが、とにかく無制限にケガを救える力ではない。




「わかった。そのあたりのルールも決めておこう。突き指程度でお前を頼る奴が増えても困るしな」










 治療係のおかげか、村での僕の序列もじわじわ上がってきているような気はした。




 人間って呼んでた奴がスクルドと呼ぶようになったり、スクルドと呼んでいた奴はスクルドさんと呼ぶようになったりした。あと、笑顔であいさつしてくれるゴブリンも増えた。




 ゴブリンの中の序列が上がったところで、自慢できる人間がこの世に誰もいないのだが、下がるよりは確実にいいよね。

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