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破門された神官、ゴブリンの村で第二の人生を送る  作者: 森田季節


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7 ゴブリンの恩返し

 僕は森の中に分け入っていく。




 ほかに生きる道がないのだ。




 それ以外の手立ては何もない。ほかの村に逃げ込んだとしても、この辺の山村はどこもキュアール神の教会の所領だ。僕が助けてもらえるとは思えない。一食ぐらいはありつけても、神官があいつを追い出すようにと言ってくるだろう。




「キュアール神様の悪徳十五条に『殺人を犯す』ってあったもんな……。陰謀をたくらむような幹部も殺人に手は染めたくないわけか」




 共同体から追い出された人間は自動的に死ぬ。殺す必要もない。




 冬の近づいている山道を進む。何か山で食糧があればいいのだけど、渋い果実が見つかっただけだった。




 日が暮れて来て、歩くスピードも落ちてきた。




「もう終わりだ」




 僕は木にもたれて、うめいた。




 声もかすれていたし、生きるという希望も意欲も尽きかけていた。





 生き延びる手段が何もないのだ。このまま死んで、白骨になるのだろう。





 その時――足音が聞こえてきた。




 どすどすと、人間にしては荒っぽすぎる音だと思った。案外死神か? 僕が仕えた神の教えに死神っていたかな。





 ゴブリンが立っていた。





 立派な腰布姿で、なかなか丈夫そうな槍を持っている。

 ゴブリンの中ではかなり上位の奴だろう。




 だが、同時にひどくなつかしい気持ちもした。




「あれ? ドド? 僕のこと覚えてる?」




 八年ぶりに僕はゴブリン語を使った。




「おい、スクルドか!? 何があったんだ、本当に!」




 人間の言葉が返って来た。




 それで確信が持てた。普通のゴブリンはおそらく人間の言葉をしゃべれない。




「ドド? ドドでいいんだね?」


「ああ、そうだよ! お前、どうした? 飢えてるのか? 死臭がしだしてるぞ」




 そういや、村ではパン一つももらえてなかったな。




「腹は減ってるな。悪い大人たちにだまされた。神様はどうかわからないが、神様に仕える奴らは詐欺師ばかりだったよ。自分たちの都合のために平気でウソをつくんだ」




 ドドは背負っていた袋を置くと、何か取り出した。




「干したイノシシ肉だ。まずはこれを食え」




 ドドは僕のほうに差し出してくる。




 拒めないほど僕の体力はなくなっていた。




「ちょっと、硬いな……」


「携帯用の食糧だからな。しゃぶりながら食うんだ」




 その肉はこれまで食べた中で一番美味かった。





 肉を食べたら、少し心に余裕ができた。




 僕は改めて大聖堂で何があったかを詳しく語った。といっても、内容は簡単だ。




 宗教の中でもみ消すことのできない大きなスキャンダルが起きた。

 宗教側は後ろ盾が全然ないスクルドという若い神官を生贄にすることにした。実力を期待して昇進ルートに乗った大聖堂で働かせたくせに勝手なものだ。



 それでも、侯爵家につながる神官を破門したりして、侯爵家から睨まれるよりはマシだったんだろう。




「まあ、よくあることだな。ゴブリンの世界でも似た話はあるぞ。ゴブリンの場合、追放なんてことにはならずに騙し討ちになるけどな」


「そうかもね。しかし、まさか自分が巻き込まれるとは思ってなかったよ。自分はまだまだ下っ端だったから。下っ端だからこそ使い捨てに便利って発想はなかった」




 自虐的なことをしゃべってもあまり意味はないのだけど、かといって派手に裏切られておいて、学校では優秀な成績だったと自慢するだなんて愚かにもほどがある。




「ところで、ドドのほうはどうなったの?」


「俺はゴブリンロードになった。つまり、村長ってことだな」


「ゴブリンロード!? そんなに偉くなったの? まだ若いのに!」


「ゴブリンは人間よりは若い奴をトップに据えようとはするけどな。前のゴブリンロードが引退する時に俺を選んでくれた。狩猟でもほかのゴブリンの村との小競り合いでも活躍した甲斐があった」



 ドドもまんざらでもなさそうだった。




「じゃあ、行くぞ」




 ドドが僕の手を引いて立ち上がらせた。




「行くっていうと、やっぱりゴブリンの村ってことかな」


「ほかにどこに行くんだよ。お前が追い出された村に行ってもしょうがねえだろ」


「それはそうなんだけど……僕は人間だから、着いた途端に殺されたりしない……?」



 友達のゴブリンがいるとしても、僕は一度もゴブリンの村に遊びに行ったことはない。つまり、村レベルでは人間は歓迎されないのが常識だとは思う。




 少し悩んだあと、ドドはこう言った。




「村中から信用を得るのはちょっと時間はかかる。でも、これはほかのゴブリンが来ても一緒だ。よそ者だからな。けど、メシを食わせてやるぐらいで強い反発が起きることはねえよ、お前一人で村を乗っ取られるって怯えるゴブリンもいねえしな」


「あ、ありがとう……」




 僕はその言葉を聞いて、泣き出した。




 ようやく自分を助けてくれる存在に出会えた。




「おい、スクルド、泣くとかえって疲れるぞ」


「悪い。優しさに触れたのって本当に久々で……」


「ああ、お前は疑うってことあまり知らなそうだもんな。どこの世界にもカスみたいなのはいるし、そういうのに巻き込まれるってことはあるかもなって気がしてた」


「ああ。この世界で僕以外のすべての人間が僕が死ぬことを願ってる状態だ」




 これは誇張じゃない。大聖堂の連中も地元の村人も僕が死んでくれたほうが楽と思っている。




「なら、やっぱりゴブリンのところに来るしかねえな」















 ゴブリンの村は僕が倒れていたところから一時間ほど歩いたところにあった。




 これぐらい人間の村から離れていれば、人間とゴブリンが出くわすことがないってこともありえるか。




「うお! 村長、なんで人間がいるんです?」


「ボロボロみたいですけど、遭難でもしてたんですか?」




 当たり前だが、いろんなゴブリンが僕に反応した。もしゴブリン語を知らなかったら、食べる相談でもされてるんじゃないかとか、今すぐ殺されるんじゃないかと怖くなっただろう。




「あのな、俺が子供の頃、森で枝が刺さって死にかけたって話をしたことあるよな。あの時助けてくれた人間が同じように森で倒れてたんだ。人間社会から追放されたらしい」




 ドドの言葉にゴブリンたちがうなずいた。




「こいつを助ければ将来的に俺たちの得になると俺は判断した。少なくとも、お前らに迷惑はかけねえ。こいつに飯を用意してやってくれねえか」




 ゴブリンたちがうなずいて、何人かが散っていった。




「スクルド、そこのテーブルに座ってろ」




 屋外にテーブルと椅子が置いてあるところがある。どうやら、どこかから拾ってきたものらしい。




 しばらくそこで座っていると、女子ゴブリンがお皿を持ってやってきた。果実と焼いた肉が載っている。




 やっと食事にありつける! まずはそのうれしさがあった。




 その後に、ほかの感想がやってきた。




(思った以上に、この女子ゴブリン、人間みたいだな)




 ゴブリンというと、不気味な緑色の肌というイメージがあった。別に緑色だから僕がドドたちを怖がってたわけではないが、人間の一般的なイメージとしてはそういうものだ。しかし、この女子ゴブリンはそこまで緑色が濃くない。




 それと、髪の毛も人間の女子みたいにさらさらしている。そういや、イメージ上のゴブリンって頭髪は薄いか、ほぼないものだったけど、女子はそんなことはないのか。リリも髪はあったし。




 服も粗末なものだけどちゃんと着ているから、人間との違いを探すほうが難しい。




「お前、やけに人間に近いなって思ったか?」


「ドド、はっきり言ってそうだね」




 これなら遠方の土地の人間はこういうものですと言われても、信じてしまうと思う。




「ゴブリンっていっても多いからな。人間っぽい特性の奴もいる。そりゃ、個体差ってもんだ。このへんはそこまで日光が強くないから人間っぽいゴブリンも多くなるらしいな。人間と勘違いされるような奴もたまにいるぞ」




 僕は自分の中のゴブリンが化け物というイメージを少し反省した。ドドたちと遊ぶことはあってもゴブリンの村を知らなかったので、普通のゴブリンのイメージが故郷の村のものと大差なかった。




「お前にとっちゃ珍しいものだらけかもしれねえけど、まずは食えよ。飢えて得することなんてねえぞ」



 本当だ、出されたものを食べた。



「うまい! この肉は、イノシシかな」


「そうだ。あと、そっちの横のはシカ肉だな」




 気づいたら、僕がおいしそうに食べているのをいろんなゴブリンに見られていた。人間がいるなんて奇妙なことだから、みんな見に来たらしい。



 ゴブリンたちの表情は思ったより柔らかかった。




「お前がうまそうに食ってるからな。うまそうに食われるとたいていの奴は安心するんだよ」


「それはわかる」




 神官の学校でも赴任先の料理はできるだけ食べろと教えられた。その土地の料理を拒否するってことは、そこに馴染めませんと言ってるようなものだからだと。




「まだ体力戻ってねえだろ。元気になるまで食って寝てればいい。元気になったら、ちょっとは働け。それでいいな」


「わかった。受けた恩は返す。キュアール教でも基礎だと教えられたよ」




 そう言って、自分でおかしくなって笑い出してしまった。




「おい、スクルド、何がおかしい?」


「僕はその宗教の神官たちに裏切られて、何もなくなったんだよね。だから、僕の言葉もあんまり説得力がないなって」


「別に、スクルドを裏切った奴らをスクルドが助けたことはないんだろ。だから、そいつらにとってはどうでもよかったのかもしれねえぞ。そいつらの命を救ったことでもあれば態度も変わっただろう」




 ドドは村長だけあって、僕が驚くほど論理的なことを言った。




「たしかにな。でも、そんなに命を救えるような場面はないんだ。相手が死にそうで、なおかつこっちで助けられるなんて普通はない」



「わかってる。だから、俺はスクルド、お前を助ける。あそこでお前が来なきゃ俺は死んでた。恩義とかって考えはよくわからねえけど、俺が助けたいから助けるんだ。絶対にな」




 僕は深く頭を下げた。



 大聖堂の連中や村の人間が聞いたら、どう思うだろうな。ゴブリンに頭を下げるなんて人間辞めたのかとでも思うんじゃないか。




 けど、こうなったのは、あんたらに見捨てられたのが原因だから、そこは赦してくれよ。




 僕はゴブリンの集落で生きていこうと決めた。

 厳密には、ここ以外で生きていく選択肢が僕になかったとも言える。



 復讐したいわけじゃない。特別な夢があるわけじゃない。

 でも死にたくない。だから僕は生きる。




 シンプルでいいじゃないか。

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