6 神官追放
十六歳の時、僕は正式にキュアール教の神官に任命された。
治癒魔法を三回連続で使用するという一応の試験はあったが、そんなのはただの行事と変わらなかった。
僕の前に用意されたのは翼をケガしたハトだ。
そのハトに右手をかざす。
緑色の光とともに、ハトはポポポーと元気よく鳴いた。
それから二回目の治癒魔法をかける前に羽ばたいて、窓からどこかに去っていってしまった。
「あの、試験監督、治癒魔法をかける対象がいなくなってしまいましたが」
「それだけ治癒魔法の威力が高かったということだ。スクルド、お前は合格だ。神官として精進しなさい」
試験監督は少しあきれ気味に言った。
「ありがとうございます。たとえ、この身に何があろうとキュアール神様を裏切るような真似は決して行いません」
「ああ、そうしてくれ。いつか、我々もお前に敬語を使わねばならない日が来るかもしれんな」
「それは言い過ぎです。治癒魔法の力だけで神官の資質が決まるわけではありませんし」
「それはそうだが、お前の才能はそれぐらいすごいということだ。ああ、それと、これはまだ確定の話ではないが」
少し間を空けてから試験監督は言った。
「お前はおそらく地方の教会ではなく、総本山の大聖堂で奉職することになるだろう」
ということは……地元の村に仕事で戻るようなこともない……?
「あの、それは出身地の田舎で働けないということでしょうか?」
「まあ、そうなるな。ここまでの成績を残した以上、お前は高位の神官に進むコースに乗るだろう。田舎の住人の対応をするようなことはないだろうな」
試験監督は完全に喜ばしいこととして語っている。
「僕は地元にそれなりの愛着はあります。一時休暇を得て戻るようなことをしてもよいでしょうか?」
試験監督は首を横に振った。
「スクルド、無理をする必要はないぞ」
「えっ? 無理?」
「生徒の入学前の状況はお前を推薦した神官が報告している。お前は年の離れた兄の夫婦のところで肩身の狭い思いをしていたらしいな」
……! 村に来ていた神官は村の人間関係も詳細に把握していたのか!
「王都近くの大聖堂で働くから帰省できないとでも手紙を書いておけ。方便じゃなくて事実なんだがな。義理立てして帰る必要などないぞ。まあ、帰省するとしても下級の神官の先輩を二人ぐらい同行させる。治癒魔法の天才の身は守らないといけないからな」
まだ生徒の身分といっても、成績がよすぎたら注目されてしまう。どうやら、個人で自由に動ける状態ではないらしい。
誰かに見られていたら、どのみちゴブリンと会おうとすることなんて不可能だ。
これが人間の村なら手紙を届けるぐらいはできる。でも、ゴブリンに手紙を届けてくれなんて誰にも頼めない。
「……わかりました。どこで働くことになっても、そこで全力を尽くしたいと思います」
僕はようやくそれだけ答えた。
◇
僕はキュアール神を祀る大聖堂で働くことになった。僕が16歳の時だ。
無論、最初は下働きみたいな立ち位置だ。それでも、仕事で大聖堂にやってきた地方の神官たちはやたらと丁重に扱ってくれた。
将来的に僕が幹部クラスの神官になる可能性が高いからだ。同じ下働きでも、大聖堂の下働きと田舎の神殿の下働きはまったく意味が違う。若造の僕に露骨にぺこぺこしている人もいた。
生活は豊かになったけれど、これでいいんだろうかという気はしている。
もう、昔の人間関係はなかったものとして生きていくしかないんだろうか。
心を押し殺して、僕は2年間、働いた。
その中で、この世界に神なんていないのかもなという事態が起こった。
「民が持ってきたお布施がまとめてなくなっている! 盗んだのは誰だ!」
大聖堂の上級神官が声を荒げたことで、事件は明らかになった。
窃盗、しかも民のお布施だ。最低最悪のことだ。前例から考えれば、犯人はキュアール教から破門される。
そのスキャンダルはすぐに大聖堂全体に広まった。翌日には、「盗んだのは、あそこの侯爵家の分家の子息がやった」という噂が広まっていた。寄付金を見つけて、賭博場に向かったという話も聞こえてきた。
その貴族階級の人間は僕より二つ上だが、とにかく素行が悪いことで知られていた。その侯爵家はたくさんお金を寄進しているので、その素行の悪い奴をねじ込まれても断れなかったのだ。
本当に噂でしかないが、キュアール神の神官には必須の治癒魔法すら使えないという話もある。
これはどうなるんだろうと思っていたところ、僕は幹部の神官に呼び出しを受けた。
いったい何なのか、その時は本当にわからなかった。
僕が部屋に入ると、すぐにドアがほかの神官に閉められた。
目の前には幹部の神官たちがずらっと並んでいる。僧正とか大僧正とかこの宗教のトップと呼べるような人たちはいないが、序列5番目ぐらいからの神官が揃っている。文句なしに幹部の集まりだ。
「あの……いったい何でしょうか?」
「スクルド、お前がやったんだな」
序列5番目の神官であるアージュ祭祀長が言った。
一瞬、言われている意味がわからなかった。
「違います! ありえません。神へのお布施を盗むなど、神に誓って絶対にありません!」
僕は必死に首を横に振った。
というか、犯人の目星は幹部たちもわかっているはずなのだ。噂を幹部が知らないわけがない。
「噂の人物が犯人と決めつける気はありませんが、少なくとも疑わしいところから捜査を進めるのはおかしなことではないと思います。僕が罪を犯したという噂など出ていないはずです」
幹部たちが青い顔になった。
やっぱり素行の悪い貴族階級出身の男が犯人とわかってるな。
これは不祥事だから、もみ消したいのだろう。しかも素行が悪い神官が遊び歩いてたのは過去にも街で何度も目撃されている。おそらく、まったくの事実無根にするのは難しいから窃盗犯を別に用意したいのだ。
「あの……僭越ながら、トカゲのしっぽ切りをなさろうというのであれば早計だと思います」
「黙れ! これはお前がやったのだ! しかも他人に罪をなすりつけようとするとは話にならん! お前は破門だ! すぐにお前の実家の村にも報告してやる!」
アージュ祭祀長が叫んだ。
その時、僕は自分の弱点を知った。
田舎の農民出身の僕はいざとなったら切り捨てることができる。僕が破門されたことに圧力をかけてくれる存在などいない。
神童と呼ばれたことがあろうが、将来を嘱望されてようが、スキャンダルを終息させるほうが幹部たちにとっては大事なのだ。
「な、なら、証拠をお見せください! いつ僕がお金を盗んだというんですか! 手を付けられる時間などなかったはずです!」
「口ごたえをするな! お前が犯人なのだ!」
ありえない!
僕は抗弁したが無駄だった。何が正しいか決める権利が幹部の側にしかないからだ。
僕はその場で破門ということにされ、大聖堂をその日に追い出された。
◇
一週間かけて地元の村に戻ってきたが、村人全員の視線が冷たかった。
「何しに帰ってきたんだ」
「天才と言われても、罪を犯せば一緒だ」
聞こえる程度の声で陰口を叩かれた。
僕が破門されたという情報はすでに広まっている。僕が無実を訴えないように、先に神官たちが僕が盗みを働いたという情報を流したに違いない。
兄さん夫婦の家に行くのは本当に怖い。
恥知らずとして叩き出されるんじゃないだろうか。
だが、その心配は必要なかった。
家がなかったのだ。
更地になっている。
僕は近くを通りかかった村人のおじさんに声をかけた。
「あの、ここの家はどうなったんですか!」
「あっ? もしかしてスクルドか? お前の兄貴の家は神官様からお金をもらって、引っ越していったよ。ここにずっと住んでたら居心地が悪かろうっていう神官様の温情だ」
僕が頼ろうとする場所を先に潰そうという意志を感じる。
山村で家もなく、ほかの人たちからも後ろ指を指されたら絶対に生きていけない。実際、僕は眠る場所すらない。
「あの……どこかに空き家はないでしょうか?」
「どの家もお前に貸すような部屋も小屋もねえよ。お前に手助けしたとしたら、すぐに広まるからな」
僕が生きていける場所がこの村の中にはない。
本当にどうしよう……。
「事情はよくわからねえけどよ、スクルド、お前、何か大きな失敗をやらかしちまったんだろ。この村は絶対にお前を助けねえぞ。お前を助けたら共倒れだ。誰だって自分が破滅するリスク背負ってまで助けようとは思わん」
神殿に真っ向から逆らっても得がない。スクルド一人が死んで収まるならそのほうが簡単だ。
そう、村人たちは考えている。
そのとおりだ。僕の言葉が真実だとして、寂れた村がどうやって神官たちの組織に立ち向かえる?
村の側に勝ち目なんて何もない。
しかも犯人扱いされてる僕の家族ももういない。家族が悲しんでる顔すら見ずに済む。
僕が村からいなくなるのが一番丸く収まるのだ。
「スクルド、悪いけど、早く村から出ていってくれ。村の外までお前を攻撃する奴はいねえからよ」
「……わかりました」
僕はとぼとぼと村を出ていった。
行く場所としたら、森のほうしかなかった。
8年も顔を合わせていないドド、ケケ、リリ。
みんなに助けてもらえるか、野垂れ死ぬか。
もう、どっちかしない。




