14 村長代行
ある朝、村にできた城門のあたりが揉めていた。僕の家は城門に近いので話し声が聞こえて目が覚めたのだ。
城門は城壁を作ったあとに設置した村の出入口だ。といっても、門というほどのものがあるわけじゃなくて、城壁がない部分に夜に柵を設けてるだけだ。
「頼む! 入れてくれ! 村長に会わせてくれ!」
柵の前で叫んでいるのもゴブリンだ。なんだ、村の外で酒でも飲んで寝落ちしたのかと思ったが、腰布がこの村のものじゃない。
「山の北のベーブラという村から来たんだ! 頼む! 村長と話ができればここでもいいから!」
山の北の村か。これは放っておかないほうがいいと思って、ドドのところに向かった。
「わかった、まだ朝だな。じゃあ、村民もまだ出払ってないな。村民をできるだけ集めろ」
「何か重大なことでもしゃべる気なの?」
真面目な顔でドドはうなずいた。
「そういうことだ。まだ用件は聞いてねえが、何の目的で来たかよくわかるぜ」
村人たちが村の中央に集まってきた。元々、朝はそこで大量の朝食を作っているから、いつもの人の集まりがさらに増えた形だ。
エルフのエルカさんも不思議そうな顔で僕のところに来た。
「こんなこと、村に来てから初なんですが、いったいこれは……」
「僕もよくわかってない。ドドが何か話すらしい」
十分ほどたつと、さらに村民の数が増えた。全部とは言えないが、八割とか九割の村民が一箇所にいるんじゃないのか。
土を固めて作った小高いマウントの上にドドが立った。
その横にもう一人誰かが立った。さっきの腰布のゴブリンだ。
「俺はベーブラという村から来た使者だ。ここの村長に伝えたいことがあってやってきた。ええと、この村の名前は……」
「南のほうはどこも村に名前をつけてねえ。外の連中はクレナ川の村って呼ぶこともあるけどな、クレナ川も離れすぎてるからあまり満足はしてねえな。まあ、お前は外の奴だからクレナ村とでも呼べよ」
「クレナ村の村長、今、山の北側のゴブリンの村ではずいぶんと揉め事が増えてるんだ。仲裁役がいねえとまとまらねえ。それで山の南側の偉い奴に来てもらうしかねえと思った」
食事中のゴブリンたちも異変に気づいた。
空気が変わっている。のっぴきならないこととわかったらしい。そういえば、他所のゴブリンとの「外交」はまったく聞いたことがなかった。
周囲のゴブリンたちの顔をちらちら見たが、僕と同じぐらい困惑した顔だった。
僕はケケを見つけて、そこに移動した。
「おい、これ、どうなるんだ?」
「それはドド次第です。ですが、使者をいちいちみんなに見える場所に来させたということは、村民に広く周知する意味があると思ってるってことでしょう。つまり、ドドの中では結論が出ているはずです」
たしかに。理屈の上ではそうなる。
使者の言葉は仲裁役に来てくれというものですべてだった。あとはせいぜい道案内は自分がするとかその程度のものだ。
やがて、ドドは一度深呼吸をして、それからこう叫んだ。
「みんな、聞いてくれ。俺は北へ行って、一仕事してくる。長引くかもしれねえが、その間、待っていてくれ」
各所から悲鳴が上がった。
そりゃ、そうだ。ドドがいなくなったら、誰が集落を守っていくんだ。
「村長不在の間、誰が村長代行やるんですか!」
そんな声も飛んだ。そう、この村は副村長ののような立場の者が決められてない。ドドの留守を誰が担当するかわからない。
「なあ、使者、お前らが俺を仲裁役に選ぼうと思ったのは、俺が北の村の連中の外側にいるからでいいな?」
「ああ、村長、そのとおりだ。どこかの村の味方じゃない奴でないと意味がないからな」
「その理屈なら、この村の村長代行も村からちょっと離れた奴のほうがいいってことになるな。仲のいい奴に肩入ればかりする奴を村長代行にはできねえ」
そこでドドは村民に視線を送った。
「おお、いたいた。スクルド、ちょっと上がって来い」
「えっ? 僕?」
名指しで呼ばれた以上、逃げるわけにもいかない。ドドのもとへと向かう。
「スクルド、お前が村長代行をやれ。任期は俺が戻ってくるまでだ」
呼ばれた時点でそういうことを言われるかもと思いはしたが、それはあまりにも任が重すぎた。
すべてのゴブリンの視線が僕に向いていた。
「ゴブリンですらない奴がゴブリンの村の代表なんてできるのか……?」
僕はゴブリンの言葉でたどたどしく、反論した。「うん、やります」だなんて言えない。
「だからだ。この村に人間が十人でも二十人でもいると話が変わってくるけど、そうじゃねえだろ。お前のほかはエルフが一人いるだけだ」
中立的だからと言われると、反論が難しかった。
その間にドドは「代役を認めない奴は許さん。だが、ほかの集落に引っ越すことは認める」と叫んだ。
この場で去っていくような村民はいなかった。明日になったら人口が半分になってるかもしれないが……。
「回復してくれたの、感謝してるぞ!」
ゴブリンの一人が人間の言葉で言った。それに続くように、
「治癒! ありがとう!」「治癒すごい! 村長になってもっと助けてくれ!」
などと誰かが人間の言葉で言う。
「スクルド!」という声がいくつか飛んでくる。
僕自身が一番戸惑っていた。
「スクルド!」「代役やれ!」「できる!」
そんな声が次々に上がりだす。
「お前がやれ!」「スクルド!」「やれ!」
声がどんどん増えて集落全体から上がった。
一人や二人の声じゃない。そりゃ反対する奴もいるだろうけど、体感として認めてもいいと思ってるゴブリンのほうがずっと多い。
リリもケケも手を叩いてくれていた。
ドドがにやっと笑って、僕を見ていた。
顔には「こうなることはわかってた」と書いてある。
そうか、治癒魔法は直接相手の傷を治す。そのおかげで信頼関係が築きやすくなっているらしい。
たしかに僕もケガを目の前で誰かに治してもらったら、その人間についていけば大丈夫だと思うかもしれない。少なくとも、頼りになる奴だと思うだろう。
実力社会で、直接目の前のケガ人を癒せる魔法を使えるというのは、思った以上にプラスの印象を与えるようだ。
もはや、「やりません」なんて言える空気ではなかった。
僕は立ちあがった。
「ありがとう、感謝する」
僕はゴブリンの言葉で言った。
また、歓声が上がる。
ドドが僕の前にやってきて、僕の肩をぽんと叩いた。
その瞬間、僕は村長の代行になった。




