13 キュアール神の啓示
これは夢の中の光景だとなぜかすぐわかった。
広々とした高原みたいなところに僕は立っている。近くに高い山もまったく見えないから、僕が暮らしている土地の周辺でないことは明らかだ。
ここで「なぜ」を問うても無意味だ。屋敷の中にいる夢も、なぜ屋敷にいるのかなんて必然性はない。宮殿の中だとか、自分が暮らしたこともない間取りの家にいることだって普通にあるからな。
強い風が吹きつけてきて、思わず目を閉じた。
風が弱まって、目を開いた時、目の前に長いブロンドの髪の女性が浮かんでいた。
純白のドレスがはためいている。これは神様だと直感的に感じた。
「スクルドで間違いありませんね」
そう、神が尋ねた。
「は、はい! スクルドです!」
「あなたはわたくしの神殿で下働きが主とはいえ、律義に奉仕してくださいましたね。そのことには深く礼を言います」
「ということは、キュアール神様でしょうか……?」
神の顔を凝視していいかわからないので、上目遣いで尋ねた。
「そうです。ただ、悲しいことに、あなたに何の罪もないのに邪念を持つ者たちのせいで、ひどい侮辱を受けてしまいましたね。このことには謝罪をしなければなりません」
「いえ、キュアール神様が行ったことではありませんから……」
実のところ、その「謝罪」だけでもすごく救われた。神とはいえ、神官という他人を管理するのは限界があるだろう。悪人が必ず罰せられる世界なら、そもそも悪人が生まれないはずだ。
「神官が無実の罪で、それも神官によって辱めを受けるなどあってはならないことです。少なくとも、あなたを救わねばわたくしの面目も立たないと思っていました。あなたには栄達を約束いたしましょう」
「そこまでしていただかなくても……。今の生活もそれなりに楽しいですし」
子供の時の目標みたいなものもなかったしな。今のゴブリンの村で素朴に暮らせればひとまず十分だ。
「あなたは無欲ですね。少しつまらないぐらいです。では、少しだけ指針を教えてあげましょうか。明日はあまり森の奥に行かないほうがいいですよ。災厄が通ります」
災厄?
「キュアール教の神官には差別なく指針は示します。そのうえで指針を使ってもらうかはその方次第ですが」
◇
「――なんて夢を見たんだけど、やけにリアルだったから、共有しておくほうがいいかなって」
僕は夢のことをドドに伝えた。狩りの場所の変更などはドドしかできない。知識を使うかどうかはどのみちドド次第だ。
「まあ、信じておくか。信じたところで別に損はねえしな。村の西側にはあまり行かねえように言っておく」
ドドがこう言ったので僕の任務は済んだ。どうせ決定の責任は僕は取れない。
と、速足で誰かが入って来た。リリだった。
「斥候に出てたんだけど、オーガが通ってる可能性があるよ! 今日と明日はうかつに西のほうに出ないのが無難かも」
「あっ、まさに!」
「予知夢的中じゃねえか」
ドドがにやっと笑う。一方、リリは当然ながら何の話かわかってなかった。
「予知夢ってどういうこと? オーガがくるってわかってたの?」
「まあ、そういうことかな。夢で西には行くなって言われたんだ」
「そっか、キュアール神様だよね。リリも信仰しようかな~」
少し考える顔をして、リリが言った。
「そっか、キュアール神様は別に誰が信仰しても嫌な顔はしないと思うよ」
「じゃあ、お祈りしようっと」
やっぱり何かリリは思うところがあるようだけど、うかつに突っつくとよくない気がして何も言わないでいた。
◇
山のふもとの村まで来た神官は不機嫌な顔をしていた。
担当教区とはいえ、あまりにも辺鄙すぎる。こんな山近くの村は廃村して、もっと人口が多いところに移してくれないものか。
しかも数日前に変な夢を見た。キュアール神を名乗る存在が出てきて、村から避難しろ、村人にも告げろといったことを言っていた。
そんなことを言われても具体的な理由もわからないのに村人を移すことなどできない。移動させて何もなければ、訳のわからないことを言った自分の失点になる。
そして、神官が村の教会に入って農地の様子などを古老から聞いていた時だった。
悲鳴のようなものが遠くから聞こえてきた
「まさか、オオカミでもいるんですか?」
「いえいえ。村のあたりまで獣が来ることはありません。獣のほうも人間を恐れますからな。珍しい鳥でも鳴いているのでしょう」
しかし、それにしては声が大きい気がする。神官が不審に思って、教会の外に出た。
巨体の赤茶けた裸体の化け物が村人をつかんで、地面に叩きつけていた。たしか、オーガとかいう魔物だ。このあたりに出没するなんて話は聞いてなかったのに、なぜこんなところに?
これはまずい。神官の本能がそう告げていたが、足のほうはすくんで動かなかった。
「ウグアァァァァァッ!」
オーガが神官のほうに迫ってきた。
その時、神官は夢の内容を思い出した。あれはこのことを言っていたのか。
その日、僻地の村が一つ消滅した。死者は十人ほどだったが、生き残った村人も同じ村での生活を諦めて、ほかの土地へと移っていった。




